番外557 後世への祈り
城にも魔石やミスリル銀線といった、新しい魔法研究施設用の資材が用意されていたので、それらを用いて転移門を作ってしまう予定だ。
城近くにある建設予定現場の建材も、昨晩シリウス号から見た感じでは、転移港を作るのには十分な量だった。
本来それらの魔石や建材もフォルガロの蓄財から捻出されたものなのだろうが、既に用意してある物を流用した方が迅速に態勢を整えられるのは間違いない。
誓約魔法を経て役職を解かれ、フォルガロの元宰相となったミゲルであるが、彼によれば、きちんと物資の計上もされているそうで、そうした目録も渡してもらった。
これならどのぐらい使ったか等の管理もしやすい。改めて物資を準備するのも無駄な時間の浪費だろう。そういった理由から、コンスタンザ女王も俺の裁量で使って構わない、と快諾をしてくれた。
というわけで朝食を済ませ資材を船に積んで、まずはお祖父さん達と神殿へ向かう。
「では、タームウィルズで転移門を作って待っておるぞ」
「また後でね、テオドール君」
お祖父さんとヴァレンティナが笑顔で言う。
「はい。また後程」
「船は我らが本国に届けます」
「うむ。頼んだぞ」
と、七家の長老エミールとも言葉を交わす。シルヴァトリアの飛行船についてはエミール達が預かるというわけだ。
「では、行ってくるわ」
クラウディアがマジックサークルを展開。光の柱が立ち上るとクラウディアの転移魔法でお祖父さんとヴァレンティナが月神殿の敷地からヴェルドガルへと飛ぶ。ややあって、今度はクラウディアの声が俺の背後からかけられた。
「送ってきたわ、テオドール」
と、シリウス号の甲板から顔を覗かせてクラウディアが楽しそうに笑って手を振ってくる。シリウス号に転移で戻ってきたわけだ。
「おかえり、クラウディア」
「ええ、ただいま」
と、そんなやり取りを交わしつつ、シリウス号に乗り込み……今度は城の近くにある広々とした空き地――建設予定地へと向かう。
「元の予定だと、かなり大きな施設を建てるつもりだったようね」
「資材の目録を見た感じ、結界やら魔道具やら……色々設置する予定だったんだと思うよ」
「魔法生物の更なる増産を考えていたって言っていたものね」
資料に目を通して言うローズマリーの見解に頷くと、ステファニアも神妙な面持ちで言った。
建築規模も大きいが、そこで使われる魔石等々の資材の量も相当なものだ。転移港を作るには十分というか、ガステルム王国やグロウフォニカ王国、深みの魚人族やネレイドの集落など、他の場所に転移門を作っても大丈夫そうな資材の量がある。
転移施設の建築に必要な建材、資材をウィズと共に計算して、まずは仮想の光フレームを組んでいく。普段なら迎賓館風にするのだが、この都市の立ち位置は他とは違う。客を迎えると言うよりは……各国の兵力が駐留できるよう、宿舎風の建物を建てていく、というのが良いだろう。
まず、最重要となる転移港部分。それから宿舎……武器庫、食糧庫、風呂場、食堂、会議室、応接室……。更には丈夫な塀と門……と、必要になりそうなものを考えつつ光のフレームに反映させていき、必要になる建材、資材の量をウィズに計算してもらう。……よし。問題無さそうだ。
「ありがとう、ウィズ」
と、軽くウィズに手をやると帽子のツバの部分を頷くように動かして返事をしてくれる。
続いて小さなサイズの模型を作ってセラフィナに見てもらう。
「こんな感じでどうかな?」
「んー……。うんっ、大丈夫だと思う」
暫く模型を眺めていたセラフィナだが、明るい笑顔で頷いてくれた。
というわけで、建築までの道筋もできたので早速実行に移していく。
「起きろ」
まずは基礎と地下からだ。地面をゴーレム達に変えて、必要な部分を掘り起こしていき、基礎部分と地下室部分を作っていく。土台部分を構造強化で固める。一旦退かしたゴーレム達を変形、変質させて壁や床として敷き詰めて、こちらも構造強化していく。
遠巻きに見ている住人達が不安がらないようにとゴーレム達に手を振らせると、やや呆けた様子でこちらに手を振り返したりしてくれた。
それで危険はないと分かったのか、少し離れたところから見物している住民もいるようで。ああ。神殿で治療を施した顔触れや冒険者もいるな。
土台部分が出来上がったら、マジックサークルを展開。建材を光球の中に溶かして建物を作っていく。転移門を設置する空間を宿舎の中心に据える。その門を防衛しやすいように広間や広々とした廊下が配置。利便性の良さそうな場所に武器庫、奥まった場所に食糧庫を作る。更に居室、厨房、食堂、風呂、トイレ等々……といった調子で必要な部屋を、光のフレームを埋めるようにして順々に構築していく。
「建物が湧いていくような光景ですね……」
「要塞を建てた時から分かっていたけれど、すごいですね」
「流石はテオドール公」
コンスタンザ女王やモルガン達、長老達は魔法建築を見て感心している様子であった。
武官が滞在する事になるから、華美な装飾よりは重厚で骨太な印象の方が好まれるだろう。
周囲の建築様式にも合わせて無骨になり過ぎないように注意しつつ、大きな宿舎を建築していく。
それでも結構土地は余っているから、かなり大型の魔法研究施設を作るつもりだったのが良く分かる。敷地内に空間が割と余っているが、普通の建物なら中庭に当たる場所は練兵場にしておけば滞在中の武官も訓練できるだろう。
その脇に竜舎を建てて、最後に高い塀と頑丈な門を建築すれば……見た目の上では出来上がりだ。後はここから転移門や各種魔道具を設置して装飾を整えれば家具を入れるだけ、という感じになる。
転移門に関しては――他のところに作ったものよりも防備を万全にしておく必要があるだろう。先日の様子を見る限りでは首都にいる面々は落ち着いているようだが、だからと言って対策を怠るのは油断というものだ。
周囲を覆う結界と、この場所の主になるコンスタンザ女王――ガステルム王家との契約魔法の他……今回は呪法防御も組み込もうと考えている。
転移門を不正に使用したり、破壊や解析といった行動を試みるとカウンターで呪法が発動する、という具合だ。
「発動条件付きの呪法ですので、結構干渉効果も高くできそうですね」
というのがエレナの見解である。
「発動条件に抵触した場合、警報を鳴らしつつ金縛りにして、矢印をつける……あたりが妥当なところかな」
「ん。あの矢印、結構好き」
「ふふ。落ち込み方を見てると少し気の毒だけどね」
と、シーラがうんうんと目を閉じて同意し、イルムヒルトが小さく苦笑する。
「まあ……あの連中については後で解呪するよ」
というわけで、方針も決まったので、アルバートから魔石に術式を刻んでもらう。魔道具を設置する箇所にミスリル銀線を埋め込んだり、転移門の周囲や塀に結界を張ったりといった作業も行った。
転移門の意匠に関しては、今回あちこちに作るのでそれだけ色々考える必要がある。
どんな意匠にしたものかと少し悩んだが……。この場所に設置する転移門には鎮魂の祈りの時の光景を連想する装飾と、あの……最後に見えた、笑っていたテンペスタスの姿を刻むというのが良いのかも知れない。テンペスタスを始めとした……魔法生物達の事を後世に語り継ぐ、という意味でも。
「きっと見た人も考えてくれると思います」
そう言った考えをみんなに伝えるとアシュレイが真剣な面持ちで言う。マルレーンもこくこくと真剣な表情で頷いてくれた。
片方の柱に、集まっていく光とあの時に作られた魔石の意匠を。もう片方の柱にはテンペスタスと魔法生物達。両方の柱の下の方に珊瑚や蛸、魚といった海をモチーフにした意匠を刻んでやる。
「これが……テオが最後に見たテンペスタスの表情ですか?」
「うん。楽しかったって、何だか笑ってるようだったよ」
そう答えるとグレイスも優しい笑みで頷いていた。テンペスタス達も……この意匠を喜んでくれると良いのだが。