番外555 フォルガロの重鎮達
コンスタンザ女王からの方針の通達は大きな混乱もなく、甲板から感情の動きを色として見ていたエイヴリルによれば……貴族や騎士はかなり反省していたようだし、兵士と民衆は概ね女王や俺達に対して好意的であったとの事だ。
貴族と騎士達はやや不安の色が差し、兵士と民衆は安堵の色が多かったらしい。そうした反応は……まあ、貴族と騎士の処遇がまだ宙に浮いているからという部分が大きいだろう。
反抗心や敵意をむき出しにしているような者は……今日の出来事が衝撃的だったから流石にいなかった、とのことで。
「ああして大勢を見た場合、感情の波長が一人だけ違ったりするとかなり目立って見えるものなのだけれど……主だった人達も含めて、そこまで気になる色をしている人はいなかったわ。明日以降個別に見ていければ、信用できる相手と、もう少し詳しく調べるべき相手と分けられるのではないかしら?」
と、エイヴリルは言った。
主に貴族、武官、使用人から話を聞いて、その上で処遇を決めるといった必要な通達もしてある。
夕食を済ませたら早速公王家や重鎮の面々と話をするということになっている。戦後処理の面でも、これは早めに進めた方が良い。諸々話をすることもあろう。
「民衆と兵士達がこちらに好意的だと言うなら、当面は安定しそうね。だからと言って、安穏としているわけにはいかないけれど」
ローズマリーが現状をそう分析する。安穏としているわけにはいかない、というのは、妙な策動が起こらないように気を付けて行けば、という事でもあるな。
俺のするべき仕事も幾つかある。まず差し当たってはフォルガロの首都に転移港を設ける事だろう。今の状況を通信機で聞いて、サトリも助っ人に来たいと言っているそうで。ヴェルドガルと行き来できるように環境を整えておけば、こちらとしても色々な面から安心だ。
各国の王達もそれぞれ戦力を引き連れてきているので、誰を兵力として残すか、交代の人員は、等々話し合ってくれている。
隠密船に乗っている深みの魚人族救出に向けて呪法を送る必要もあるが、これは公王家の人物に事情を聞き、協力を求めてからだな。状況が整ったら早めに術を使えるように術式を組んでおく必要もあるか。
優先度はそこから更に一段下がるが、グロウフォニカ王国とガステルム王国の王都にもそれぞれ転移港を、という話になっている。
フォルガロが倒れた事により、西方海洋諸国にも影響が出て、同盟とも相互に協力をしながら発展していくという方向に進めていけるだろうと予想されているわけだ。
まあ……いずれにしてもそれらの諸々は明日以降だな。今日は……流石にテンペスタスと戦って疲れたというのもある。
夕食をとり、公王家や重鎮達との面会に立ち会ったら、今日のところは早めにみんなと一緒にゆっくりと休ませてもらおう。
夕食の席は飛行船を並べた甲板の上で、ということになった。まだ盛大に祝勝という状況ではないから大々的に酒を飲んだり振る舞ったりという宴会ができるわけではないが、コンスタンザ女王を迎えてお互いの絆を高めるという目的には沿った物だ。
飛行船の甲板を向かい合うように突き合わせてその上で食事となると、何となく空中晩餐会的な雰囲気があってこれはこれで悪くない。
俺達が城の調査などをしている間に、手の空いた面子で食事の用意を進めて貰っていたので、すぐに夕食の席の準備が進められた。
大人数で纏めて食事をという事で、今日はシーフードカレーだな。一度食材を軽く素焼きして、食材の生臭さを消したりした上でカレーの具材にしている。
イカや貝等の旨味の成分がたっぷりとカレーに溶け込んでいて……スパイシーでありながらもまろやかな味わいがあり、実に食が進む。結構な完成度だ。
「これはまた……初めて食べる料理ですが複雑な味わいですね」
コンスタンザ女王はカレーを口に運ぶと、口元に手をやって驚いたような表情を浮かべていた。
「儂も気に入っている。もっと気軽に食べられるようになれば里の者達も喜ぶのだが、まあ、テオドールと顔を合わせた時の楽しみという事でも良いが」
「それは確かにな」
「うむ。また今度遊びにいこうではないか」
レイメイがそんな風に言うと御前とオリエがうんうんと目を閉じて頷いていた。
「ん。おかわり」
と、シーラもシーフードカレーだからか、大分ご満悦な様子だ。耳と尻尾を反応させながらカレーを楽しんでいた。
コンスタンザ女王も食後にコルリスやティールに鉱石や魚を手ずから食べさせたり、交流を楽しんでくれている様子であった。コンスタンザ女王も……暫くは気が休まらない事も多いだろうから、束の間ではあるが肩の力を抜いてもらえたらこちらとしても嬉しいのだが。
「――我らは……コンスタンザ女王と同盟に恭順の意を示そうと思います。事ここに至ってはどのような処遇も、甘んじて受ける次第でおります」
と、ディエゴ=フォルガロはそんな風に言った。
公王家の代表やフォルガロの重鎮達との面会は、城の一角にある広間で行われる事となった。
俺達もコンスタンザ女王に付き添い、面会に立ち会う。エイヴリルも一緒だ。立ち会うと言っているが……まあ、護衛でもあるな。
アダルベルト亡き後に公王家の家長となるのは、アダルベルトの叔父にあたるディエゴという人物だそうだ。
コンスタンザ女王の話では……ディエゴは幼い頃から身体が弱く、将来を嘱望されたアダルベルトよりも年上であるが王位継承争いではその自分達兄弟の代より、最初から遠いところにいたらしい。
対してアダルベルトは先代公王の一人息子として、昔から色々とフォルガロの公王となるべくして教育を施されてきた、との事で。
大体歴代の公王は実子の長男が選ばれ、きっちりとした帝王学やらの、薫陶を受けた者が跡継ぎとして指名されるとの事だ。
まあ……そうだな。海賊行為やら何やら、秘密にしなければならない事がフォルガロには多い。歴代公王に相応しい「英才教育」を受けた者でなければ後を継げないし、裏の事情を話せない、というのは道理だ。
「少し厳しい話になりますが……まず公国独立の正当性を認めず、公爵位を剥奪するところまでは確定事項となりそうです」
「それは……この状況であれば仕方のない事、でしょうな……。諸国の憤りを鎮め、早期に状況を落ち着かせるには必要な事と理解しております」
コンスタンザ女王の言葉に、ディエゴが眉根を寄せて目を閉じる。
「ディエゴ卿は、裏で行われている事をご存知だったのですか?」
「お恥ずかしながら……継承権が高かったからこそ、実権には関われない立場でした」
渋面を浮かべるディエゴ。
ディエゴの役割はもしもの場合の繋ぎという事か。継承権が高いと言ってもアダルベルトに実子が生まれれば自動的にそちらの方が継承権も高くなるからな。
「ディエゴ殿の仰っている事は事実です。責めを負うならば事実を知りながら我が国の利となるならばと、見過ごしてきた私めが」
そう言ったのはフォルガロの宰相ミゲルだ。何人かの重鎮達が「我らもです」と、ミゲルの言葉に続く。エイヴリルは話し合いに際して彼らと顔を合わせた途端に「覚悟を決めている」と、小声で言っていた。
自分達の首をかけてでも責めを負おうとしている面々ということか。ここまでの出来事や、率先して動いたディエゴを見て、思うところがあったのかも知れない。或いは……公国はアダルベルトの権力が強すぎたか。
これまでの言葉にも嘘らしき反応があればエイヴリルが合図で教えてくれるはずだが……今のところそうした反応もないようだ。
「……まず……このように覚悟を決めて来ている方々を厳しく処断するというのは、私としても考えていません。火種を残したくないので誓約魔法と共にある程度行動を制限する必要はあるとは思っていますが」
誓約魔法の内容については不備がないように詰める必要はあるが、コンスタンザ女王としては完全に蟄居させるよりは平穏の為に繋げられれば、と考えているようだ。
「その一方で、貴方がたは、これまで公国を統治してきた実績があります。公国国内の事情には誰よりも詳しい。実権に関わる事ができないように手は打ちますが、今後私から相談を求めたい内容も出てくるかも知れません」
「それを以って……助命の理由になさるのですか。我らの助言を……信じると?」
ミゲルは渋面を浮かべる。影響力を残すのはまずいのでは、と言いたいのだろう。
「反乱の企てを防ぐのは勿論ですが……甘言も用いる事ができないように誓約魔法に組み込めば良いのです」
コンスタンザ女王は静かに答える。ディエゴは少し思案していたようだが、やがて言った。
「この場で内容を詰めて、誓約魔法を用いてしまえば……他の者達も安心できるかも知れませんな」
そうかも知れないな。責任者である首脳陣が呼び出され、誓約魔法に応じて無事に帰ってくる。それは担ぎ上げての再起の目を潰すものであるし、他の者に対してもこちらの方針を端的に示すものにもなる。公王家や重鎮の面々が率先して態度を示せば……どんな罰が下されるのかと不安を抱えている者達が、その恐怖から迂闊な行動を取ってしまうということも予防できるだろう。
それに……ディエゴが協力的というのは有り難い話だ。残りの深みの魚人族の救出の目途もこれで立ったと言えるだろう。