番外550 主家の女王
テンペスタス達への祈りが終わって状況も落ち着き……駆けつけてくれたみんなと顔を合わせて挨拶をする。
首都側でもオーレリア女王達が待っていてくれるので、ここは早めに合流し、戦後処理の形を整えられるようにしたいところだ。
そのためにはフォルガロの将兵達と船団をどうするかという問題があるが……彼らには既に抵抗の意思はないようだ。神妙な顔つきで投降を申し出てきた。アダルベルトも……テンペスタスの暴走で亡くなってしまっているしな。
エイヴリルも姉妹船の甲板から将兵達を確認してくれているが、感情の色を見る限りでは表面上の降参というわけではないようで。
「戦いの水準が彼らの予想の遥か上だった事もそうだけれど……先程の光景を見て何も思わないような人は、そうはいないのではないのかしら」
というのがエイヴリルの弁だ。そうだな……。そうだと良いのだが。
「ならば、彼らをある程度信用しても大丈夫そうですね。船団の曳航は彼ら自身に任せて、私達も首都へ飛行船で同行する、というのはどうでしょうか?」
エレナがそんな風に提案してくる。
「そうだね。それなら問題無さそうだ」
「では、妾が船の水流を操り、航行速度を速めてやろう。動くにしても迅速な方が良いであろうし」
「水を操るのならグランティオスの者達も手伝えるぞ」
「おお、それは助かる」
と、御前とエルドレーネ女王が笑みを向けあう。
というわけで、これからの話は首都に場所を移して、ということになった。まだこちらとしても完全に警戒を緩めるというわけにもいかない。
深みの魚人族には集落を守る戦力を要塞側に残しつつ、首都での話し合いには参加してもらうということで……長老と戦士長、ブロウスとオルシーヴに同行してもらうということになった。
話が纏まったところで人員を点呼し、姉妹船、フォルガロの船団共々移動開始である。今から移動して、夕方ぐらいには首都に到着する速度、だろうか。
船団規模の航行速度としては相当速いのだが、御前やエルドレーネ女王達に言わせれば割と無理のない範囲の操作だそうで。フォルガロの船団そのものにも航行用の魔道具があるから上乗せされているところはあるが、今日中に到着してしまえるというのは助かる。
というわけで、艦橋に場所を移して、みんなと今後について相談しながら進んで行こうということになった。ただ……その前にどうしても俺と顔を合わせて話をしたい人物がいる、とのことで。
「お初にお目にかかります。ガステルム王国の女王、コンスタンザ=ガステルムと申します」
グランティオス王国の姉妹船から顔を出してそう挨拶をしてきたのは、身形の良いブルネットの女性であった。
ガステルム王国。フォルガロのかつての主家だった国で……今代の国王は女王であるという話だ。
フォルガロを迎え撃つまでに姉妹船側で根回しを行おうということで、主家であるガステルムに話を通しに行ったのだが……フォルガロの過去の悪事を聞いて自分も同行すると女王が言い出したらしい。
物腰は丁寧だが、だからと言って気が弱いということもなく、フォルガロと外交でやりあったりしているから、かなりしっかりした人物だとデメトリオ王には聞いている。
デメトリオ王曰く、グロウフォニカと連携して調整役を買って出てくれることもあり、西方海洋諸国の中でも信用がおける人物、との事で。
グランティオスの船はエルドレーネ女王を始めとして女性陣も多く、呪歌、呪曲を用いるので前線にも出にくい。更にガステルム王国も海の民に理解がある……というわけで近衛騎士達と共にグランティオス側の姉妹船に乗ってきたわけだ。
「お目にかかれて光栄です、コンスタンザ陛下」
ガステルムの面々には竜籠を使ってシリウス号側の甲板に移動してもらい、それから挨拶と自己紹介を交わした。
「公王家を押さえる事ができず、増長させてしまったが故の此度の不始末。かつての主家として、誠に申し訳なく思っております」
「いえ。過去の事について今の代の誰かに責任を求めるというのも、些か理不尽な話でしょう」
深みの魚人族の証言によると、最もフォルガロから目の敵にされていたのもガステルム王国だしな。グロウフォニカと並んで最大の被害者だと言えるし、フォルガロがまだ公爵家であった頃に王国内に共謀していた者がいたとしてもそれこそ過去の話だし、仮にそうだとしてもガステルム王家が絡んでいたとは考えにくい。
「しかしそれでも……私達だけでは対処しきれない相手でした。事情を知らずに過ごしてきて、いざ知った時には境界公を矢面に立たせてしまった事を恥じ入るばかりです」
と、コンスタンザ女王は表情を曇らせる。
「僕自身の生き方の問題でもありますし、グロウフォニカや海の民の方々との関係を慮っての事でもあります。あまりご自身を責められませんよう」
「そう言って頂けると、少しだけ気が休まります。先程の鎮魂の祈りを共に捧げられた事。そしてまた、あの祈りを捧げた方々との知己を得られた事を、何より嬉しく思います」
コンスタンザ女王が胸のあたりに手をやって静かに目を閉じると、護衛の騎士達も思うところがあるのか、再び黙祷を捧げていた。
テンペスタス達への鎮魂の祈りは……コンスタンザ女王とその護衛達も一緒に行ってくれたらしい。確かに……デメトリオ王の言った通り、信用のおけそうな人物だな。
甲板での挨拶と自己紹介を済ませコンスタンザ女王達を艦橋へと案内する。これからの事を話し合いながら首都へ向かわねばなるまい。
『ご無沙汰しております、コンスタンザ女王。戦地に向かわれたと聞き、心配しておりましたが、お顔を見て安心しました』
「デメトリオ王もお変わりなく。此度の事ではご心配をおかけしました」
と、水晶板モニター越しにコンスタンザ女王とデメトリオ王が柔らかい表情で言葉を交わす。メルヴィン王とも現状の確認と報告や初対面の紹介を行ってしまう。
コンスタンザ女王とメルヴィン王及び、エベルバート王は初顔合わせであるらしい。三人とも穏やかな調子で水晶板モニター越しに挨拶を交わし、それからメルヴィン王は俺からの現状報告を聞いて相好を崩していた。
『――うむ。テオドール達も……無事で何よりだ』
「ありがとうございます、メルヴィン陛下」
というわけで、報告と紹介が終わったところでこれからの話だ。まだ城の中を見ていないから何とも言えないところはあるのだが、方針だけでも定めて意思統一しておけば、色々違ってくるだろう。
『首都の様子は……一先ずの混乱からは落ち着いてきているわ。フォルガロの貴族達、将兵達にしても守護獣と称していたものが暴走して被害を出してしまったのは、かなり衝撃的だったようですね』
オーレリア女王が教えてくれる。潜入させたシーカーからも首都の様子を見る事は可能だが、将兵達も戦いの後始末と怪我人の対応に追われている状況のようで。
オーレリア女王はフォルガロの主だった者に一応の話は付けて、証拠隠滅ができないように城の中枢部には誰も立ち入らないようにと指示を出したらしい。
そんなわけで、生命反応感知の魔法で状況を見ながら、城に飛行船を横付けして監視している状態だ。
切り札が暴走して被害を受けた上に、オーレリア女王や魔法騎士団の実力、七家の長老達の大魔法であるとか、高位精霊の顕現や魔法生物の魂が海に向かって飛んでいくだとか、諸々の光景を見た後では貴族も将兵も逆らう気が起きないようで、首都に残った者達は大人しく魔法生物の被害に関してのみ対応している、という状態らしい。
『現状は大人しくしている、か。フォルガロ公国の後始末についてだが、過去の証拠の裏付けを進め、家臣団の処遇が決まるまでは政情が不安定にならぬよう、兵力を置く必要があろう。各国の王を長期滞在させるというわけにいかぬが、武力が空白となる期間を作らぬようにしておく必要があろうな』
『それについては同意する。ガステルム王国とグロウフォニカ王国の将兵が主体となるのが望ましく……後は地域の安定に協力するという名目で、同盟からも暫定的に出向して補助するのが良いのではないかな』
デメトリオ王の言葉にメルヴィン王が頷く。
「では、首都の月神殿を利用して転移を行えるように手筈を整えておきましょう。有事に兵力が駆けつけられる状況を構築しておけば、仮に内心で不満を抱いている者がまだいたとしても、迂闊な行動には出られませんから」
「鎮魂の祈りを捧げた将兵達の改心は……信じてやりたいとは思いますが、居合わせなかった者達もおりますからな」
バルフォア侯爵の言葉に頷く。そうだな。簡単に改心を信じられるなら、そもそもこんな事態になっていないのだし、時間が経てばまた魔が差すなんてこともある。そのあたりは信用を無くしている状態なのだから、少し肩身の狭い思いをするのも仕方があるまい。
『温情のある沙汰だからとそれに応える者ばかりとは限らんからな。見極めや予防線の構築は――まあ、できなくもないが。肝要なのは無辜の民に累が及ばないようにする事か』
ファリード王が言う。こうした場合、究極的には一族郎党処断してしまうという方法がある。確かにそれで後腐れはなくなるのだが……そこまで徹底した対処は俺も各国の王も考えてはいない。
テンペスタス達に祈りを捧げた将兵達もいたのだし、それを信じてやりたいという気持ちだってある。みんなもそうなのだろう。
そうなると精査した上で罰を与えるべき者には罰を与えて実権を奪うとか、将来結束して反旗を翻せないように手を打っておく、という方向になるわけだ。ルーンガルドの場合、誓約魔法や魔法審問があるので、そうした温情判決が上手くいったという例だって多い。
「西方海洋諸国についてはどうでしょうか。今回の一件では直接関わりにはなりませんでしたが、過去の出来事もありますから、話を通さないというわけにもいきませんし」
「過去のフォルガロ公国が行った証拠と証言を元に、可能な限り不当に収奪された財産を返し、被害の規模に応じた見舞金を支払う……というのが筋でしょう。どのぐらいの財産がフォルガロに残っているのかは分かりませんが……」
俺の言葉に、コンスタンザ女王が真剣な面持ちで答える。
『よもや、陛下はそれでガステルム王国が割を食っても構わないと考えているのでは? それも理不尽な話でしょう』
『確かに。フォルガロ公国の独立は不当なものであるために無効とするとして……国庫を検分し、現状の公国の税制が妥当であるかを確認。補償に際して不足した分は、民の生活に累が及ばぬようにして、税で得た物の中から余裕が出たら長期的視野で……という方針ではどうか』
デメトリオ王の言葉に、エベルバート王がそんな風に提案すると、各国の王もそれが現実的だろうと同意していた。
ガステルム王国やフォルガロの民が割を食わないようにしつつ、各国への補償は長期的に行っていく、というわけだな。
フォルガロの独立が無効となれば……元々ガステルム王国の領地なのだし、実務と統治を行うことでガステルムはかつての主家としての責任を果たす事になる。
ガステルム自体も被害者ではあるから何かしらの形で利益を受け取って然るべきだ。だがそこは補償が終わった後にも公国の領地を保有する事になるので、そこから得られる収益も手にする事ができる。
ガステルムが管理する正当性もあり、公国の海の要衝としての立地の良さが話の確実性等々を担保してくれるというわけだ。
方向性としては……納得しやすいものだな。フォルガロが処断された上に今の世代の者が利益を二の次にして筋を通そうとしている以上は、他の国々も無茶は言えまい。