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番外548表 因果と閃光

 作戦は色々練ったものの、戦いが始まってしまえば予想外の出来事というのは起こり得るものだ。テンペスタスの暴走にしてもそうだろう。

 非常事態に対応して深みの魚人族の力を引き出せるよう、瞳は首にかけて持ち出してきてはいる。

 封印術がかかっているが……こうして相対してみて、テンペスタスとはやはり違う、と感じる。


 魔法生物達と、深みの魚人族の性質の違いを見れば……それはそのままテンペスタスと深みの魚人族の主の、性質の違いを表しているように感じられるから。


「さて。始めようか」


 マルレーンの祈りと共に、クラウディアの祝福がこの身を……そして戦場にいるみんなを覆う。奴から吹き付ける剣呑な魔力が幾分か和らいだようだった。性質変化で、何をしてくるか分からないからな。祝福も心強い。

 瞳の封印術を解除。練り上げた循環魔力と意思、そしてクラウディアの祝福の力も借りて励起させれば、瞳もそれに応える。俺の衣服の下から光の波が輪となって海域全体に広がっていった。


「ル――オ、オオオオオオオオオオオオォォォッ!」


 テンペスタスは瞳の励起に目を見開き――そして口の端を喜悦に歪ませて、天を揺るがすような咆哮を上げた。

 それは、歓喜の声だった。瞳を見つけた事に対する喜びか。それとも所有者と戦う事そのものが嬉しいのか。

 確かな事は、奴は完全に俺を目標として見定めたという事だ。お互いの戦意を証明するかのように、俺と奴の魔力が、闘気が、膨れ上がって充実していく。


 ウロボロスを構える。視線は合わせたままだ。

 高まっていく力が、安定する。それを俺達は理解する。そうして……一瞬の間を置いてから、お互い示し合わせたかのように爆ぜるような速度で前に出た。


 一瞬で開いていた間合いをゼロにして、前腕のブレードとウロボロスとが激突。重い衝撃と共に火花が散った。ブレードを斜めに受け流しながら、すぐさま返しの技を繰り出していた。

 ウロボロスの逆端を用いて側頭部を狙うような軌道で打撃を跳ね上げれば、奴は左手首のブレードを翳すようにして受け止め、そのまま右腕のブレードを、首を刎ねるような軌道で振り抜いてくる。


 斜めにシールドを展開しながら攻撃を逸らし、身体を沈ませて踏み込み、胸部へと掌底と共に魔力衝撃波を叩き込む。

 予想していない威力の攻撃だったらしい。身を引くのに合わせて流れるように側頭部にウロボロスを叩き込む。手応えと共に火花が散るが、奴は怯まない。お返しとばかりに口から閃光を放ってきた。

 側転で切り裂くような閃光を避ける。シールドを蹴って踏み込み、もう一撃を叩き込めばブレードを合わせてくる。


 足を止めての打撃と斬撃の応酬。技術は荒削りだが――反射速度と身体能力が凄まじい。

 撃ち込まれた勢いに任せて奴は後ろに回転。凄まじい勢いで尾が直下からサマーソルトのような軌道で迫る。転身して回避。暴風のような一撃が身体のすぐ横を通り過ぎていった。


 後ろに一回転したかと思えば、奴の翼に魔力が篭り、こちらに向かって弾丸のような速度で突っ込んでくる。こちらもネメアとカペラの力を合わせてシールドを蹴る事で初速を稼ぎ、魔力光推進で飛んだ。


 刹那の交差。ウロボロスとブレードが触れて火花を散らし、遥か彼方へと遠ざかった次の瞬間には、体勢を立て直して互いに向かって突っ込んでいく。


 回る回る。天地を入れ替え、空と大海原の、一面の青の中で切り結ぶ。

 青白い俺の魔力と奴の緑色の魔力が絡み合って弾かれて、突き進んで交差する。

 一瞬、緑色の魔力が翼に集中したかと思えば、四方八方に光弾が拡散した。一旦広がってから弧を描くように、一つ一つが別の角度でこちらに向かって降り注ぐ。


 突っ切る。当たるものだけネメアとカペラが弾き飛ばして突破。逃げ道を塞ぐように正面から迫るテンペスタス。


 そのまま激突。二度三度とウロボロスとブレードが絡み合って火花を散らす。

 その瞬間、奴の纏う魔力が変質したのが分かった。ブレードの一撃を掻い潜って踏み込めば、奴も片腕を後ろに引いていて――ブレードではなく、掌底を合わせてきた。


 背筋に走る嫌な気配。奴の技に合わせるようにこちらの技を合わせる。互いの掌底が激突して大きな衝撃と共に、お互い後方に弾かれる事になった。


 今のは――魔力衝撃波、か? 奴の使った技は紛れもなくそれだった。テンペスタスは喜悦の色を口元に浮かべて、己の掌を見ている。めきめきと音を立てて魔力反応の変質と共に、奴の腕の筋組織や骨格に、変化が生じているのが見て取れる。


 新たに知った魔力の使い方を――身体構造を作り替える事で模倣したのか。様々な因子を宿す合成獣ならではだが……戦いの中で学習して模倣するのは、はっきり言って異常な速度だ。


 準備は整ったとばかりに、奴は咆哮を上げながらこちらに向かって突っ込んでくる。先程よりも細かく、鋭い動き。明らかに攻防の技術が向上している。


 ウロボロスの中程を握って対応するように細かく打ち合えば無数に火花が散った。弧の軌道を描く斬撃に混ぜて最短距離を貫くように、掌底を繰り出してくる。

 問題ない。俺も脅威と認識したからこそガルディニスの技を覚えたのだ。だから、返し技の一つや二つは覚えている。

 魔力反応から魔力衝撃波を放つ瞬間というのは分かる。展開するシールドに振動数を合わせて、魔力衝撃波を相殺。腕を掴んで下から肘関節へと衝撃波を叩き込む。生じた隙にマジックサークルを展開。


「グラインドダスト!」


 俺の身体の周りに硬質の砂塵が吹き荒れた。テンペスタスの表皮を削り取りながら、しかし奴はそこから引かない。削り取られるダメージにもお構いなしに砂塵の中に身を置いて、ブレードで切り込んでくる。

 まともに魔力衝撃波を叩き込んでも俺には効かないと判断したのか、奴のブレードが細かく振動していた。魔力衝撃波の自己流での応用か。奴のブレードに合わせるように、こちらもウロボロスに纏う魔力を変質させる。


 切り結んだ時の反発力はますます増して、幾度も互いの魔力が干渉して弾ける。

 攻防の中で繰り出される技の中から一つを見極め、斜めにシールドを展開。

 本来なら受け流せる角度だったはずが易々とシールドを切り裂いてくる。それをウロボロスで受け止める。高周波ブレードのように作用しているのか、凄まじい切れ味だ。


 先程まで効果があったはずのグラインドダストも何時の間にか無効化されていた。表皮を岩のように堅く厚く変化させて、グラインドダストにも適応してみせたのだ。目蓋も硬質で透明な膜のようなものが覆っていて――目潰しとしてすら役に立たないだろう。


 分かっている。これらは確認だ。奴は様々な外的要因に応じて、肉体そのものを内包する因子から変質、最適化させてくる。機を見て叩き込むのなら、確実に仕留められる大技でなければならない。だから――もっともっと魔力を練り上げろ。研ぎ澄ませ。


 思考を巡らし、環境魔力も取り込んで自らの力を高めていく。その中でも火の出るような攻防は続いている。互いの手の、先の先を読み合うような技術戦だ。


 ぎりぎりの紙一重を避けて、より有利な間合いに踏み込んでいく。奴はブレードに何かの液体を纏わせて、そうした手が使えないようにしてくる。恐らくは毒だ。紙一重の回避を許さない。

 ならばこれは――? こちらの動きに合わせようとして、奴の側頭部にウロボロスの打撃が叩き込まれていた。

 ミラージュボディのデコイだ。音響反射による探知を誤魔化すためにゴーレムを幻影の中に織り交ぜた。視覚や反射神経だけでは対応できない類のフェイントだ。


 二度、三度とウロボロスを叩き込めば、咆哮を上げながら切り返してくる。

 ウロボロスによる衝撃打法は今のところ効果が見られるが、身体の頑強さだけに物を言わせて引こうとしない。循環させた魔力の一撃や、内部構造にダメージを与える衝撃波すらも、段々と効き目が落ちているのが分かる。


 奴の目に、変質が生じた。ミラージュボディのフェイントを見切って、俺本体にブレードを合わせてくる。探知方法を変えたらしい。温度感知か、或いは魔力感知か。

 頬を掠める斬撃。毒を水魔法で絞り出しつつ、クリアブラッドで対応。周囲にばら撒かれる毒の霧も風魔法で遮断。


 攻防に交えて五本の指先から光弾が四方に放たれる。魔力反応から予期していた。即座に横に跳びながら身体を捻り、光弾と光弾の隙間をすり抜けるように避けて、最短距離からウロボロスでの刺突を見舞う。


 上腕部に突き刺さったそれは、奴にとっては大して魔力も篭っていない、ただ速いだけの何でもないものだった、はずだ。それが――今までにない効果を生む。


「ギッ!?」


 奴は弾かれるように自分から距離を取ったが、浅いか。いや、こちらの攻撃への反応が早かった、と奴を称賛するところだろう。


 煙を上げる己の上腕部の傷を、躊躇う事なく自らの牙で喰い千切る。こちらを見やる目には思いがけない攻撃を受けて後ろに下がらせられたという事実への、憤怒の色があった。


 単なる毒なら奴には耐性を獲得されてしまうだけだろう。だが、今の攻撃に関してはそれもできない。

 即ち、生命体への腐食――。出所は魔力衝撃波と同じだ。ガルディニスの瘴気特性を宿した一撃。奴の特性でも対応できないから傷口ごと喰い千切る事で腐食部分を抉り取ったのだろう。

 抉られた傷は再生が始まっているが、単なる攻防の中にも己を殺せる手札があると知ったからか、苛立たしげにしながらも慎重に間合いを計っている様子だった。


 今の技だけが理由でもあるまい。こちらの動きを学習しながらも、技術戦で上回れない事への苛立ちが先程の攻防の中から伝わってきた。戦いの為に生まれてきた自分が、人間ごときを、何故仕留められない、というわけだ。


「それは、そうだろう。生命体として比べたらお前の方が優れた種なんだろうが、経験が違う」


 簡単に上を行かれるほど甘い戦いを潜り抜けてきたつもりはない。こちらの技を学習していこうが、同じ土俵で勝負している内は、まだまだ俺の手の内だ。

 そう告げてやると――奴は驚いたように目を見開き、そしてまた喜びの色を表情に浮かべた。


「グ、ル、オオオオォォオォアアッ!!」


 咆哮。溜め込んで練り上げられた魔力が全身から迸る。両腕のブレードや背中にある翼そのものが変質して、凄まじい勢いで緑の光を噴出する。ブレードと翼が緑に輝くオーラのような形質に変化を遂げたのだ。闘気に近いが、それ以上の何か。或いは生命力そのものを振り絞って作り出しているのかも知れない。

 こちらを戦闘者として格上と認めた上で、全てを賭して真っ向から打ち破ると。奴はそう言っているようだった。


「――そうだな。全力で来い。叩き潰してやる」


 こちらも牙を剥いて笑って。背中からヴァルロスの使っていた重力操作の翼を噴出させ、ウロボロスには腐食の力を纏う。

 練り上げる。体内魔力と環境魔力とを練り上げていく。

 奴もまた、こちらに合わせるように力を練り上げているのが分かる。眷属である魔法生物達を音叉のように共鳴させて、自身の力を増幅。オーラを維持する魔力をそこから捻出しながらも、内側に力を溜め込んでいるのだ。


 どちらからともなく動いた。バロールに乗っての魔力光推進との併用。馬鹿げた速度で間合いを潰して一撃を加えてすれ違う。生き物のように形を変えるオーラの刃と、ウロボロスの纏う腐食の魔力が激突して弾ける。


 速度の爆発的な上昇に伴って戦域が広がる。凄まじい速度で天地を入れ替えるように並走しながらオーラの刃とウロボロスとで切り結ぶ。

 速度と力に自分の持てる技を乗せて、斬り込んでくる緑の一閃。先読みと技法で弾いて踏み込む。奴の反応に合わせて転移。逆方向から側頭部へと叩き込まれるウロボロス。


 テンペスタスは角を生やして腐食の一撃を受けるなり、即座に自切していた。今のは……一瞬反応が遅れたものの、魔力感知で転移を見切ったのだ。それは転移をいざという時の回避に使うには危険が伴うということを意味している。


 通り過ぎたオーラの刃が形を変えて、死角から降って来る。間合いがどうだとか、近接戦の技術がどうだとか、意味を成さない類の攻撃だ。広げた魔力の網で探知。重力操作の翼で打ち落とす。


 こちらの受け手に合わせるように、本体が突っ込んできたかと思うとテンペスタスの爪先が跳ね上がる。凄まじい勢いで振り抜かれた足にもオーラが纏わりついている。脇腹の肉を浅く抉っていった。問題ない。動きに影響はない。

 こちらの腐食に直接身を晒さないよう守っているオーラが、攻撃力や機動力にも直結している。直撃すれば効果は見込めるだろうが、受けるにしても痛手にならない器官を創造して受け止める、と。シンプルな力技だが、理に適ってはいる。


 噴き出すオーラが生き物のように形を変えて、四方八方から斬撃と弾雨を見舞ってくる。重力操作の翼で打ち落とし、ネメアとカペラがシールドを蹴る事で死角からの一撃を回避。


 踏み込んでウロボロスの打撃を見舞う。上体を逸らして避けたそこに――。

 一度は通り過ぎたウロボロスの先端が反射速度を上回る速度で跳ね返る。オーラの防御を貫くにも十二分の速度。余計な器官を創造する暇さえ与えない。杖の先端が通り過ぎた瞬間を狙ってウロボロスから魔力光を噴出させたのだ。

 腐食の一撃が、肩口から逆の脇腹にかけて一条の傷を刻めば、周囲の肉ごと傷をオーラの刃が抉って、そのまま再生も待たずに突っ込んでくる。


 拡散させていたオーラを集中させて身に纏い、緑の彗星と化して。腐食の魔力もお構いなしにウロボロスを掴んで、天空から海面へと、力尽くで一気に押し込んでくる。


「ガ、アアアアアアアッ!」

「お、おおおおおおおおおおおッ!」


 額に開いた穴にオーラの輝きが集束していく。そこから全身全霊を賭した砲撃を行うつもりなのだろう。傷の再生すら後回しにした強引な勝負手だが、痛手を受けた身で後ろに引けば次はないと理解しているのだろう。

 ならば、受けて立つまでだ。練り上げた魔力。環境魔力。全てを込められるような、巨大なマジックサークルを展開。腐食によって崩れて握りが甘くなった腕を衝撃波で振り払い、杖の先端を向ける。


 ヴァルロスの重力球は、恐らくこいつに対しての止めにならない。深海の巨大な水圧下の支配者を元にした魔法生物だからだ。

 この状況で真っ向からの撃ち合いに向く術は何か。決して撃ち負けず、更に生命体を撃ち滅ぼすのに特化した術は――。


 ほとんど密着した距離から大技の打ち合いとなった。視界に溢れる緑の輝きと、こちらの放った白光とが、至近で激突する。解き放たれたオーラと魔力とが押し合って、こちらの杖を握る手に凄まじい過負荷を伝えてくる。


 こちらの放った白光の正体は、圧倒的な熱量を持つ灼熱の光弾――いや、砲弾というべきか。

 炎熱のゼヴィオンの切り札だ。ウィズとバロールが水と風の術式を展開して熱を遮断しているにも拘らず、こちらの身体にまでじりじりとした灼熱の余波が伝わってくる。放出されている側にいるテンペスタスにはもっと、だろうが。


「はああああああああぁあッ!」

「ルオオオオオオオオォォッ!」


 裂帛の気合と咆哮。テンペスタスは膨大な量のオーラを放出しながらも、残った眷属を使って力を増幅させているのだろうが――その条件ならこちらが有利だ。みんなが大物を含めた魔法生物達を倒し、アシュレイが戦場をシリウス号で飛び回って治癒魔法をかけて回ってくれている。その結果として……今の戦況の天秤は――大きくこちらに傾いている。


 それに、深みの魚人族の主から得た性質であるというのなら、瞳もまた同じことができる。深みの魚人族の気持ちが、力となってこちらに流れ込んでくるのだ。遥か昔に在った主従は、一方的な支配を行うようなものではなく、互いを助け合う関係だったという事だ。


 だから理由のない戦いを、戦いそのものを生きる目的に選んだこいつには……その力を深みの魚人族にまで向けようとしたこいつには、決して負けてやるわけにはいかない。ヴァルロスやベリスティオとの約束や、一緒に戦ってくれているみんなの気持ちに応える為にも。


「吹き、飛べ――ッ!」


 瞳から流れ込んでくる力を術式に向かって注ぎ込む。爆発的な力の増大。極熱の砲弾がテンペスタスの身体を呑み込む。その刹那、奴は満足げで楽しそうな笑い声をあげた、ような気がした。


 均衡が破れれば一瞬だ。いかなる生命体であろうと生存を許さない炎熱の閃光が、テンペスタスの身体を焼き焦がして――跡形もなく崩壊させていく。

 雲を蒸発させて、周囲を海の底まで白々と照らし。焦熱の柱が天を貫くように、高く高くどこまでも伸びていった。

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