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番外548裏 従魔反乱・中編

 凄まじい速度で空を飛ぶ、オーレリア女王と七家の長老達を乗せた飛行船。

 やがて水平線の彼方にフォルガロの首都が見えたかと思うとあっという間に大きくなる。城の一部や監視塔から煙が上がり、混乱が起こっているのが見て取れた。


「暴走からの初動が早かったお陰ですね。内側からの攻撃で監視塔の結界は破られたようですが、まだ街にまでは被害が及んでいない様子」

「救援を行うなら好都合ですな。では、参りましょうか。ヴァレンティナ、船を頼むぞ」


 月の女王オーレリアの言葉に、七家の長であるジークムントが答える。


「お任せ下さい。ご武運を」


 ヴァレンティナが恭しく応じる。そうして急制動をかけて首都に付けた飛行船から、オーレリア女王とその側近達、七家の長老達とエリオット。そしてエリオットの元同僚たる、幻獣に跨るシルヴァトリア魔法騎士団の面々が飛び出していく。


 空に向かって身体を投げ出すなり、重力に逆らうように幻獣にも劣らぬ速度で飛翔するオーレリア。監視塔から逃げ出してきた将兵達と、そこに向かって魔力弾を吐き出そうとしている魔法生物。オーレリアはそれを見るや否や、細剣を抜き放ち、遥か遠い間合いから刺突を見舞った。


 細く絞られた高密度の魔力の刺突が魔法生物に穴を穿つ。踊るように刺突を繰り返せば次々と穴が穿たれて蜂の巣のような有様となった。

 しかしそれでも魔法生物は絶命しない。一度は崩れ落ちかけるも、穿たれた穴から肉が盛り上がるように身体が再生。オーレリア女王に向き直り、咆哮を上げた。


 その魔法生物の動きから自分達が助けられた事を悟ったのか将兵達は――飛行船とそこから降りてきた面々を呆然と見上げる。


「きゅ、救援? しかも飛行船とは……まさか、ヴェルドガル……東の同盟の……?」

「詳しく説明している時間などありませんよ。私達が戦うのは無辜の民を守るため。空飛ぶ相手への手立てがないなら、戦うよりも民の避難を優先させるのが今あなた方の成すべき事でしょう。首都中心部付近はこれより戦場になります」

「は、はいっ」


 凛としたオーレリア女王の言葉に、相手の正体も知らずに畏まって走り出す兵士達。

 そんな反応からはフォルガロの将兵達の命令系統が大分混乱しているのが見て取れたが……オーレリア女王の視線は、正面から動かない。

 警戒すべき敵の出現。それを察知した魔法生物達が飛行船から飛び出してきた面々へと一斉に向き直ったからだ。


「とりあえず……引きつける事はできたようね。再生能力は……点よりは面。衝撃による破壊か、残らず吹き飛ばすか――」

「ふむ。では我らは隙を見て大魔法を浴びせてみますか」


 オーレリア女王の言葉に長老の一人、エミールが頷く。


「そうじゃな。あー。お主ら。少数なら後ろに通しても構わんぞ。間合いを開いておいてくれれば儂らで焼き払う。密集したところへも叩き込むつもりじゃから、深追いしないように」

「承知しました!」

「はっ!」


 それを受けたジークムント老の言葉を合図に、マジックサークルを展開する七家の長老達。更に七家の長老達の身を守るようにエリオットと月の武官、魔法騎士団が前に出る。


 首都の城――監視塔。あちらこちらから浮かび上がり、オーレリア女王達を敵と見定める魔法生物達。

 一斉に突っ込んでくるそれらを――オーレリア女王とエリオットを先頭に武官と魔法騎士達が迎え撃ち、剣戟の音と雄叫び、咆哮が重なって戦端が開かれた。

 七家の長老達はマジックスレイブを無数にばら撒くと、小さな魔法で牽制や前衛への援護射撃をしながらも同時に大魔法を練り上げていく。そして首都の上空にいくつもの光芒が閃き、大魔法による巨大な爆炎と嵐とが吹き荒れるのであった。




「ふっ!」


 キュテリアが小さく呼気を吐き出すと海中が黒く染まる。そう思った瞬間、黒く染まった水が集束して形を成し、周囲にいくつもの黒い獣の顔が浮かび上がった。


「行きなさい!」


 キュテリアの号令一下、要塞から船団へ飛ぶエステバン達に向かって迎撃とばかりに突っ込んできた小型の魔法生物達に向かって海中から黒い獣が解き放たれた。空中のエステバン達が目を引き、同行者のキュテリアによる海中からの奇襲だ。長く伸びた黒い獣が魔法生物に追い縋り、強烈な咬合を見舞う。

 スキュラ族の術だ。自らの墨を海水に混ぜる事で干渉力を上げて蛸足に纏わせ、生命力――闘気を練り込んで生き物のように操る。これがスキュラ族の目撃証言が異なる理由となったのだろう。


 強靭な足の筋力が更に増幅されて獣の力となる。作り出された墨獣は攻撃を受けてもスキュラ本体に影響はない。噛みつかれながらもお構いなしに暴れて弾幕を張る魔法生物達。それでも墨獣は怯むことなく魔法生物達の動きを阻害する。

 ネレイド達の防壁が苦し紛れの魔力弾を弾き飛ばしたかと思えば、闘気を纏ったエステバンや、水の渦を纏ったエッケルスの槍の一撃が魔法生物に突き刺さり、シオンやマルセスカの高速の一閃が薙ぎ払う。


 攻撃を受けて海中に落ちてきた魔法生物達に、ブルーコーラルのマニピュレーターから指向性を持った水中衝撃波が放たれる。動き出そうとした肉片が粉々に吹き飛んだ。テッポウエビのキャビテーションの原理――テオドールの知識からなる水中衝撃波の術式だ。


「ある程度の欠片にしてしまえば力も弱まるし、再生も間に合わずに死んでしまうようですね。特性が違うので全てに共通した対策かは分かりませんが……衝撃で組織を破壊するのも有効なようです」


 と、冷静に分析するシオンである。


「キュテリアの技……私と相性が良さそう。その墨……後で分けて欲しい」


 そんなシグリッタの言葉に目を瞬かせるキュテリアである。確かにシグリッタのインクの獣をばら撒けば、その中にキュテリアの技を紛れ込ませる事もできるし、インクの材料にすればシグリッタの獣そのものも強化されるだろう。マルセスカにも想像がついたのかうんうんと頷いていた。


「ふむ。この調子なら行けそうですな!」

「ですがキュテリア殿は病み上がりとお聞きしています。決して無理をなさらないように」

「ええ。無理はしないって約束するわ」


 エステバンが笑みを浮かべ、エッケルスが静かに言うとキュテリアはにっこりと笑うのであった。




 腕部が槍のように変化を遂げた人型魔法生物がヨウキ帝に迫る。肉薄されたヨウキ帝はさりとて慌てたところもなく。姿が蜃気楼のように揺らいで、槍が突きこまれたその場に残るのは青い鬼火だけだ。


 少し離れたところに、瞬く青い炎の中から現れるヨウキ帝。幻惑の術で誘ってのけたのだ。

 魔法生物はヨウキ帝の出現を目で追って、そこから槍――腕を突き出すように構える。次の瞬間、腕そのものが凄まじい勢いで射出された。自然に生きる生物ではなく、あくまでも生体兵器。それがフォルガロが作り上げ、テンペスタスが覚醒させた魔法生物達だ。

 だが、必殺の一撃は途中で青白い光の壁に阻まれて届くことはなかった。いつの間にか空間に残された呪符が青白い結界を構築し、魔法生物をその内側に捕えていたからだ。


「――あさましや化生」


 陰陽服の袖を風になびかせ、後方へと揺らぐように遠ざかるヨウキ帝。その手が素早く印を結ぶ。結界が急速に縮小して一点に収束すると――凄まじい爆発が起こった。


 まだ終わってはいない。爆風の中から黒く焦げた魔法生物が咆哮を上げて飛び出す。そこにイチエモンの放ったクナイが一本、二本と突き刺さる。クナイに刻まれた印が発光し、更なる爆発を起こした。


 そこへ一閃。爆発で体勢が崩れたところにヨウキ帝の手にする呪札から薙ぎ払うような巨大な紫電が奔り、まともに雷撃を浴びた魔法生物が海に向かって落ちていく。


「我が国の妖怪と違って穢れは残さぬようだが――呆れた生命力よな」


 落ちていく魔法生物を見送りながら、ヨウキ帝は眉根を寄せて呟いた。

 各国の精鋭が集まっているからこそ、相手の戦力を分担できるのは僥倖だとヨウキ帝は分析する。

 仮に戦列を維持できる戦力が足りなければ? 致命傷を与えられる術がなければ?

 消耗戦に持ち込まれ、再生力に物を言わせて弱いところから食い破られ、勝敗の天秤は敵側に傾いていくだろう。だからこそ特に強力な個体を押さえられる味方や、数を物ともしない味方がいるのは心強いと言えた。




 自意識が希薄であった魔法生物達は、テンペスタスの反逆と共に文字通り覚醒した。彼らを総べる群れの主――テンペスタスの望む方向へ身体機能の変化が起きたのだ。


 彼らが内包する様々な因子から獰猛さや残忍さといった性質を強く強く引き出した。

 それはテンペスタスが――そして彼らが、ただ戦いの為に在れと作られたからなのだろう。


 従って、根源的、本能的な部分で彼らは戦い方を分かっている。

 相手を見て戦法を変える判断力。仲間内で連係する能力。生き物を理由なく、見境なく襲う性質。全てそういうところから来たものだ。

 高い戦闘能力を有する暴走した魔法生物の群れ。それは生きとし生ける者への災禍と言っていい。新たなる脅威の誕生と同義と言えた。


 故に、魔法生物達は接近戦が劣りそうな術者には体格の優れた個体で酷く強引な攻撃を仕掛けるし、戦場にあって一際目を引きつけるガシャドクロのような巨躯相手には、機動力に優れた小さな群れで以って打ち掛かるのだ。

 飛行型と射撃型から変化を遂げた魔法生物の群れが弾幕を撃ち込めば、ガシャドクロは巨大な骨の剣で魔力弾を纏めて切り払う。


 別働隊がそのガシャドクロの動きに合わせるように死角から弾幕を叩き込む。

 だが、その魔力弾がガシャドクロに命中することはなかった。漆黒の防壁があちらこちらに浮かんで魔力弾をその中に飲み込んだのだ。


 ガシャドクロのその身の内にはマルレーンの使い魔エクレールと、召喚獣にして闇の精霊シェイドが潜んでいた。

 エクレールが死角を見張り、マルレーンが五感リンクを通して召喚獣に合図を送る事で可能となる連係である。


 少し前までならば闇の精霊シェイドにもここまでの力は無かっただろう。しかしシェイドもまたテオドール達と度々修羅場を共にし、精霊としての格を上げていた。

 同時に――ライブラの指導を受けたマルレーンもまた、召喚術師としての腕前を格段に上げている。


 更に同じ闇の属性を有するシェイドとガシャドクロは、お互いの力を高め合い、互いの隙を補い合う。だからこそ敵部隊を引きつけるという、この場で求められる防御的な役割を、二体の召喚獣はきっちりと果たす。

 攻撃役は――誰かが目を引きつけている間に他の者達がやればいいだけの話だ。


 遠距離攻撃が届かないなら近接戦を、とばかりに魔法生物の群れが編隊を成して突っ込む。その背骨に向かって攻撃を叩き込もうとしたところで――突如水晶の弾幕が背骨の一部から放たれて魔法生物達が引き裂かれ、動きが鈍ったところに再生するよりも早く魔力の光線が浴びせられた。


 骨の主成分はリン酸カルシウム。リン鉱石に近い物だ。

 多彩な土魔法を操るコルリスにとって、自らを覆う鎧を骨の質感に見せかけることは造作もない。後は行動を共にしているステファニアの光魔法で少し偽装してやれば――ガシャドクロの身体はコルリスにとって理想的な迷彩フィールドと化す。


 ガシャドクロの仕事は敵を引きつける事。ステファニアとコルリスの仕事はシーラ達の背中を守る事。だからガシャドクロの背を守る事が結果的に双方の仲間を守る事に繋がる。


 幾度かそんな攻防を繰り返せば、目に見えない別の敵が潜んでいると魔法生物達も気付く。しかしその姿は追えない。シェイドの作り出す暗闇の空間がコルリスの攻撃してきた近辺を覆い隠したかと思えば、骨に沿って移動してしまっているからだ。間合いを詰めたはずが死角から攻撃を受けるという事態になる。


 迷宮深層で得た伸縮自在の水晶の槍が横合いから放たれ、魔法生物を串刺しにしたかと思えばセントールナイトから得た光の戦輪が薙ぎ払っていく。

 それでも魔法生物達の心に恐れも迷いもない。一瞬たりとも止まらず、揺るがず、追い立てる。

 攻撃の後、間合いを詰めた時に死角に動いているのであれば、数を活かして死角に対して分担して攻撃を浴びせればいい。


 ガシャドクロにとって打撃となる威力の魔力弾で闇の防壁を使わせ、見えない敵にも別の者達が魔力弾を牽制で撃ち放つ。

 そうした物量を活かした攻撃が功を奏したのか、何度目かの攻撃の後でスパイクボールと化した丸い物体が高速回転しながら飛び出してきた。それは四肢を抱えて丸くなっているような形状で――。


 魔法生物達はそれを、追う。見えない敵をガシャドクロから離したのならもう戻さない。逃がさないとばかりに。

 その瞬間だ。


 ガシャドクロの首が突如として百八十度後ろに回転した。輝くような暗黒。そうとしか形容しようのないエネルギーがガシャドクロの口から解放され、スパイクボールに群がった魔法生物達複数体をまともに飲み込んでいた。


 如何に機動力と小回りに優れるとはいえ、追い立てる事に意識を集中していれば予備動作の大きな攻撃であれど避けられない。或いは敵は仲間ごと攻撃をする、という行為が、今まで魔法生物達が戦いの中で見た動きにはないものだったから、想定から抜けていたか。


 無論、そこにコルリスとステファニアはいない。


 囮になるスパイクボール――棘球を放ち、本体はガシャドクロの内部に一旦下がる。後は囮に合わせて高威力、広範囲攻撃を行って欲しい。

 そんなメッセージをステファニアが通信機でマルレーンに送った結果だ。


 そう。誰かが攻撃役になればいい。だとするなら役割が一時的に入れ替わっても構わないという事だ。




 海竜のような姿に変化した大型の魔法生物は、一部のクラゲのように身体の側面に光の粒のラインが走っていて。

 それが一際強く発光したかと思うと魔力の弾丸を雨あられとシーラに向かってばら撒いてきた。


 瞬かせるように、あちらこちらにシーラが現れたり消えたりする。魔法の外套の効果だ。

 幻惑的な動きで海竜との間合いを詰めるシーラ。

 弾幕の張り方は巧みだった。偏差射撃と低速と高速の弾を使い分けて面で制圧するような射撃。しかしシーラもまた、そうした弾幕には訓練で慣れている。

 闘気を纏った真珠剣で自らに当たる軌道のものだけ切り払い、最短距離を突破。


 そうして魔力弾を掻い潜ったそこに――大顎の一撃と尾の刺突が待っていた。

 僅かな時間差を以って交差するような攻撃。シールドを蹴っての側転。大顎が空を切ってシーラのすぐ背後で牙を打ち鳴らす重い音が響く。

 尾の一撃はすれ違いざまに斬撃を見舞って迎撃していた。表皮は固く火花が散るが、本物の竜ほどではない。シーラの闘気を込めた斬撃で一条の傷が刻まれる。


 追う。シーラを追う。背から幾本も生えた突起が槍のように伸びて。魔力を込めた爪が空を切り裂き。巨体からは想像もつかないような、息もつかせぬ波状攻撃。兵器として生まれたが故に、全身が武器のようなものだ。

 そうしてシーラを追いたてながらも、同時に遠くから光の矢を放ってくるイルムヒルトには弾幕をばら撒いて対処してくる。


 海竜の魔力弾とイルムヒルトの光の矢が空中でぶつかり合って弾け散る。


 しかし次の瞬間、イルムヒルトの放った光の矢が弾幕をすり抜けてきた。

 シーラの刻んだ傷痕と寸分違わず同じ個所に突き刺さる。ただの矢だと警戒していなかったのだろうが――海竜は大きく身体をくねらせる。


 目に見えて傷の再生速度が落ちていた。イルムヒルトの矢が魔法生物の魔力を掻き乱したからだろう。矢を引き抜いても効果は残るらしい。だが、問題はない。

 下等な雑兵と違って大型――特別製である彼は脳や心臓といった器官が複雑化している。故に重要器官を貫かれれば死に至るというのは普通の生物と変わらない。必ずしも再生能力を前面に出して戦うというわけではないのだ。


 だが、表面的な部分での再生能力がある以上、射手など物の数ではないと思っていたのも確か。それを打ち崩してくる。イルムヒルトは警戒すべき敵だと、そう認識を改めて向き直った瞬間――。

 すぐ目の前にシーラが現れ、眼球を狙って真珠剣を振るってきた。離脱するのとほとんど同時に光の矢が目を撃ち抜く。


 驚異的な連係の精度。だが構わない。あの獣人は視覚だけでは追い切れないし、射撃合戦で後れを取ろうと、ラミアの矢玉だけでは大きな損傷になりえない。要は、連係さえさせなければいいだけの話だ。魔法生物は闘争本能に根差した意識でそう断じる。

 片目を奪われようが、死角はできない。組み込まれた因子は熱感知の器官を海竜に備えさせている。意識と新たな器官に覚醒したばかりで不慣れではあったが、ようやく使い方が分かってきたところだ。


 消えても無駄だと矢継早にシーラへの攻撃を繰り出し、同時にイルムヒルトの動きから射線を予測して弾幕を撃ち合う。


 牙で砕き、爪で切り裂き、尾で薙ぎ払う。背ビレで刺突を見舞い、光弾を放って追い立てる。

 海竜の連なるような猛攻を、純然たる剣技でいなし、身のこなしで避けながら交差する刹那に反撃を繰り出すシーラ。外套の力だけに頼っての回避にならないように訓練を積んでいるからこそできる芸当だ。

 それでも海竜は一時たりとも攻撃を止めることはない。受けながらも身をくねらせてシーラから受けた傷をイルムヒルトの射線から隠して再生を狙う。


 イルムヒルトはシーラの刻んだ傷を撃てる位置を追うように空を進み、自分に当たる光弾を撃ち落とすために立て続けに光の矢を放った。二人と一体は空中を絡み合い、舞い踊るように攻防を繰り返す。


 イルムヒルトはシーラへの攻撃の一部を破邪の力を込めた矢玉で散らしている。シーラもまた猛攻をいなしながら反撃を浴びせて、イルムヒルトが傷を射抜きやすい方向に誘導してくる。


 声一つかけず、目配せすらも必要としない。互いが互いの動きを完璧に理解した上での連係は、自意識に目覚めたばかりの魔法生物をして凄まじい練度と感じられるものであった。


 それでも。精神と体力の削り合いに持ち込めば自分に軍配が上がると海竜は信じていた。シーラやイルムヒルトの技量に驚きはしても迷う事も恐怖も感じないからだ。

 二人が如何に超人的な技術を持つとは言えど自身の生命力、体力の面で上回る事はない。そういう確信を持っている。


 動き回り続け、魔力の矢を放ち続ければ、いずれは終わりが来る。どこかで集中力を切らして攻撃を受けても勝敗の天秤は大きく自分に傾くだろう。では? そこに何を用意する? 魔法生物は目覚めたばかりで素晴らしい獲物に恵まれた事に歓喜の笑みを浮かべながら、竜に似た己の暴虐を体現するかのように二人を追い立てる。


 アギトが空を切った次の瞬間――。死角に回り込んだシーラの姿が熱感知から掻き消えた。位置を予測して攻撃を繰り出すもそこに手応えはなく、代わりにすれ違いざまの斬撃が今まで以上の威力で海竜の身体を抉り、間髪を容れずに複数本の矢が突き刺さって傷口の再生を阻害した。


「ガアアッ!」


 咆哮。何が起こったのかと残った目を向ければ――視界の端に剣と身体に水を纏ったシーラが映った。真珠剣の力だ。外気温に合わせて水の温度を調整したもので――相手の感知能力を理解した上で潰す一手。そんなシーラの姿が見えたのも一瞬の事。

 物量で押し返すとばかりに凄まじい密度の弾幕を張るも、呪曲の力が込められた鏑矢がただの一本で魔力弾を減衰させて掻き散らしていた。


 海竜には理解不能の一手。或いは繰り出した魔力弾が単発の大技であったなら打ち勝ったのかも知れない。

 だが消したということはそこが安全地帯となるはずだ。闘争本能。或いは野生の勘とも呼べるものだけでそこにシーラがいると信じて牙で砕きに行く。気配を感じて噛み砕くが――当たって、いない。魔法生物が攻防に躊躇いを持たないということを計算に入れた上で、敢えて行動を遅らせ、水の人形を先行させたのだ。


 空振りの隙に迫るシーラ。残った目でシーラの位置は掴んでいる。斬撃に一度耐えたら離脱に合わせて全霊を込めた吐息で薙ぎ払うのが海竜の次の一手! だが――シーラは水人形の残りで水球を生み出し、真珠剣の鍔を押し付けてきた。


 次の瞬間、水球を通して凄まじい衝撃が海竜の頭部を揺さぶっていた。

 水を操る真珠剣に組み込まれた術式の一つ。ブルーコーラルにも搭載された、水中衝撃波の術式だ。

 瞬間的に大きな破壊力を生み出し、斬撃でもなく、闘気にも頼らない。シーラに足りないものを補う奥の手と言えた。


「今っ!」


 だが、それで終わりではない。シーラもイルムヒルトも幾多の戦いを潜り抜けてきた。勝機に全てを注ぎ込んで畳み掛けるというように、大きくのけぞるように弾かれた海竜の頭に巨大矢が突き刺さっていた。

 蛇の尾を使って巨大弓を引き絞る大技。故に、温度感知で動きを見ている海竜には普通に撃っても当たらない。だから、シーラの大技に合わせたのだ。


 巨大矢に仕込まれた爆裂の術式はイグニスのパイルバンカーと同じものだ。内側から爆発させられて、頭部を半ば砕かれながら海竜は目を輝かせていた。

 戦いの為に生まれた存在として。積み上げられた研鑽からなる強さと、経験に裏打ちされた駆け引きは瞠目に値する。だからこそ、この極上の獲物を殺したいと願うのだ。


 喜びと殺意を込めた咆哮。喜色に口の端を歪ませたままで、温度感知で掴んだシーラの位置へと口の中に溜め込んだ魔力を薙ぎ払うように解き放った。


 巨大な光弾がシーラを飲み込む。それを――突き抜けてきた。

 剣先から爪先にいたるまでドリルの様に水の渦を纏い、闘気を通して弾き散らしたのだ。海竜の反撃は大技を食らった直後で、威力がかなり減衰していたのは間違いない。

 しかし貫きやすい角度を見切って、回避よりも真っ向勝負を選んだのはシーラの技量と経験に裏打ちされたものに他ならない。


「貫け……ッ!」


 光弾をぶち抜いて、螺旋の渦が海竜を捉える。全身全霊。ありったけの闘気を込めて。砕きかけた頭部を更に抉り散らしながら向こう側へと突き抜ける。

 頭部に致命的な損傷を負い――それでも海竜は笑っていた。目から光を失い、海へと落ちていく最中に、先程の戦いはとても楽しい時間だったと、そう笑うのであった。

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