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番外548裏 従魔反乱・前編

「予定とは変わってしまいましたが我らも要塞を出て、共に戦いたく!」


 詰め寄った深みの魚人族の一人が力強く言う。その相手は要塞の中央管制室に座す一匹の黒猫――テオドールの使い魔カドケウスだ。要塞外壁から内部に戻ってきた長老達と対面していた。

 それは当初の予定ではもう少し先の段階での話だった。シリウス号の姉妹船が船団を挟撃したら海の中からもロヴィーサやモルガン達、キュテリアと共に包囲を仕掛け、敵を分散しつつも船団の足を止めて逃亡を防ぐ。そういう手筈になっていた。


 しかし、事ここに至ってはもう、その作戦も意味を成さない。カドケウスは主であるテオドールの意思を示すように、静かに頷く。

 しかし自分達が要塞を出て動く前に。もう一つだけテオドールに伝える事があった。


「我らではあれに力は及びません。お頼みするしかないのが心苦しい状況ではありますが……どうかもう、安らかに眠らせてやって下さい」


 戦士長のその言葉に、深みの魚人族の長老と戦士達は神妙な面持ちであったが各々頷く。分かっているのだ。あれはもう彼らにとっての主ではない。

 かつての主の亡骸を元に作られた、邪悪な何か。ならば、テオドールが気兼ねせずに思いきり戦えるように、自分達の意思をはっきり伝えておく必要がある。


 その言葉にカドケウスは改めて力強く頷いた。通信機を差し出し、要塞を緊急の際の逃げ場所として上手く使う事、魔法生物が集落側にも攻撃を仕掛ける可能性があるので攻撃を仕掛けて敵を引きつけても無理はしない事。必要以上に深追いはしない事といったテオドールからの注意事項を伝えてくる。


 長老が声に出して復唱するその注意事項に戦士達は頷く。


「聞いたな! まずは要塞内部に残っている魔法生物を討伐! その後要塞と集落の防衛を行う人員と、船団側で戦う人員に分かれて各々奮戦せよ! 役割分担は事前に決めた通りだ!」

「おおおおおおっ!」


 戦士長の言葉に気炎を上げて、深みの魚人族が動き出すのであった。




「――行きます」


 シリウス号の甲板から、赤い瞳を輝かせたグレイスが飛び出す。漆黒の闘気を双斧に纏い、手近にいた球体型の魔法生物に肉薄する。


 球体型に限らず、フォルガロの魔法生物達はテンペスタスの反乱と共に少なからず形態変化を起こしていた。同じ種類でも異なる形、異なる能力を得て、統一性のあった見た目も千差万別。テンペスタスの獰猛な性質を反映するかのような変化を経て、怪物の集団に成り果てている。


 球体から獣の腕を生やしたそれが、グレイスを魔力の篭った爪で迎え撃とうとして――逆に黒い雷のような闘気の一撃で一閃される。通り過ぎたグレイスの背後で切り裂かれた球体型がそれぞれに再生しようとしたものの――甲板からベリウスが放った火線を浴びせられて爆発を起こした。


 魔法生物達はグレイスを強敵と認めたか、大型の魔法生物が咆哮を上げ、全身に紫色の魔力の輝きを纏いながら突っ込んでくる。

 巨体とはいえ、元は人型であったはずのそれは、四足の獣のような姿へと変異しており、巨躯に見合わない凄まじい速度で突っ込んでくる。突撃の勢いそのままに爪による斬撃を繰り出してきた。人型であった頃の名残か。獣よりも前足の可動範囲が遥かに広い。


 斧を合わせるグレイス。こちらは一刀両断とはいかない。衝撃と火花が散って、そのまますれ違う。互いに空中を飛び回りながら交差と激突を繰り返す。絡み合うようにぶつかる、黒と紫の流星。


 大型の魔法生物は大型船に一体ずつ。グレイスの相手をしている者の他に、残り二体。

 見た目は同じはずだったのに、どちらも違う形態に成り果てていた。片方は身体が縮小した代わりに全身が結晶化。もう片方は細長い体に伸びて、海龍のような姿に。


 それらの形態変化の違いは――半分はアダルベルトが意図したものだ。テンペスタスが統率を行い、強化をすると統一されているはずの魔法生物の特性が個々で強く出る。


 そこで触媒に使う鱗や牙など、各地から取り寄せた魔物部位の配合を少しずつ変える事で、テンペスタスの統率下での特性変化に幅を持たせ、戦術に変化を持たせる。その中で最適な能力を持つ魔法生物を見出そう、という実験的手法を行っていた。


 しかしそれでもここまでの極端な変化は想定外だったに違いない。ちょっとした特性の違いが、何倍にも増幅、強調された結果として千差万別の形態変化を生む、などと。


「さて。始めましょうか、イグニス、マクスウェル」

「承知!」


 イグニスと接続したチャリオットに乗り込み、ローズマリーが結晶型の魔法生物に突っ込んでいく。その、イグニスの手にはマクスウェルが握られていた。

 結晶型もまた、奇怪な咆哮を上げながらイグニスとローズマリー、マクスウェルを迎え撃った。砲弾のような勢いで撃ち込まれる戦鎚を迎撃したのは、背中から生えた――伸縮自在の結晶の鞭のような器官だ。


 3対、計6本の結晶の鞭が縦横に振るわれ、イグニスの手にしたマクスウェルや戦鎚を打ち合う。嵐のような凄まじい剣戟の音が鳴り響く。腕の数を活かして後方のローズマリーに向かっても結晶の鞭を打ち込むが、ローズマリーの手のワンドが閃くと爆裂弾がそれを迎撃していた。




 もう一体の大型魔法生物――海竜は自身の乗っていた大型船をその細長い身体で絞めつけて破壊しようとしていたが……顔面に向かって放たれた闘気の斬撃波を咄嗟に避けて、苛立たしげに顔を上げた。


「お前の相手は、私達」

「援護するわ」

「ん」


 海竜を相手取るのはシーラとイルムヒルトだ。前衛がシーラ。後方にイルムヒルトが控える。海竜もまたシーラを敵と認めたのか、大型船から離れてシーラに向かってくる。


「そっちには行かせないわ。存分に戦って」

「助かる」

「うん。ありがとう」


 後衛のイルムヒルトに向かおうとする魔法生物達を引きつけるかのように、ステファニアとコルリスが空中に立ち塞がり、その背後から巨大な骸骨――ガシャドクロが海面に迫り出してくる。


 召喚主であるマルレーンはシリウス号の艦橋で召喚術の維持に集中している。

 甲板にはアシュレイとクラウディアが氷の防御陣地にディフェンスフィールドを張る。リンドブルムやティール、デュラハンやピエトロ、ヘルヴォルテやアルファ、ベリウスがその身を守るために周囲を固めた。


 シリウス号の役割は魔法生物達の気を引きながら、アシュレイが遠隔治癒魔術を行ったりクラウディアが転移魔法で避難させたりといったものだ。当初は船団を飛行船で分断し、包囲すると言う作戦だったが最早意味を成さない。攻撃を引きつけつつ戦場を飛び回って皆の回復や退避といったサポートを行うのがシリウス号を始めとする飛行船の役目であった。


『私達はジークムント殿達と共に首都救援に向かいます!』

『気を付けるのじゃぞ!』


 オーレリア女王の声とジークムントの声が響く。

 駆けつけた姉妹船から同盟各国の皆も戦場に姿を見せるが、オーレリア女王達を乗せたシルヴァトリアの飛行船だけは方向転換をしていた。フォルガロ首都に残っていた魔法生物が暴走している光景をシーカーが捉えていたからだ。この戦場程数は多くないにせよ、捨て置けば首都に大きな被害が出るというのは想像に難くない。首都に残った防衛戦力が応戦しているが、救援無しではどこまで持つやらといったところだ。


 操船席に座すオーレリア女王がマジックサークルを閃かせれば、飛行船が光を纏って猛烈な速度で首都に向かって突き進んでいった。


「駆けつけてみれば魔法生物の暴走とはな」

「くっく。やはりテオドールの近くは退屈せんな」

「全くですな。良い修業になります」

「ふむ。流石に手に馴染むな。娘はまだ究極の武器ではないと言っていたが、かなり強力な治癒術も使えるらしいのでな。皆安心して戦ってくれ」

「それは有り難いお話です」


 と、飛行船の甲板から飛び降りてきて魔法生物達と対峙しながら笑うのはグリフォンに跨るレアンドル王、イグナード王とイングウェイ。そしてファリード王。そしてそれぞれの国の側近たる武官達だ。

 ファリード王の手には複雑な刃紋を刀身に持つ、日本刀とも曲刀ともつかない不思議な刀が握られていた。エルハーム姫がコマチの助言を元に作った、ファリード王用の刀である。


「ふっふ。先だっての戦いは世界のためのもので……引いては我らの為でもあった」

「であれば此度の戦いは西の同盟やテオドール公にも借りを返せるものでしょうか」

「テオドールと行動を共にするのは貸し借りを抜きにして楽しくはあるから、望むところであるが」

「ふふ。確かに」


 と、膨大な量の水の帯を操り、御前こと白蛇の化身――ミハヤノテルヒメが楽しそうに笑い、麒麟に跨ったシュンカイ帝が構える。小蜘蛛達を従えたオリエが思案しながら言うと、イチエモン達を従えるヨウキ帝も笑って頷いた。


「公国の騎士共は……まあ、個別の精査が必要じゃろう。巻き込まんようにな」

「ま、気に入らないのは確かだろうが、あいつらも分かってるだろうよ」


 魔法生物達の群れに飛び込んでいくゲンライとレイメイが互いの背中を守るように構える。


『総員、奏でよ! 我らが友に慈母と精霊達の加護があらんことを!』


 エルドレーネ女王の号令と共に戦場を満たす呪曲。

 グランティオスの船から聞こえるそれは、セイレーンだけでなく、ハーピーの歌声も重なっている。それを受けた皆の戦意が増大していく。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん!」

「久しぶり!」

「ふふ。少し背が伸びたかな?」


 スティーヴンやイーリス達と合流して嬉しそうに大鎌を構えるカルセドネとシトリア。無言のまま不敵に笑い、雷を纏うテスディロス。同盟の皆が肩を並べて、各々敵と見定めた魔法生物達へと突っ込んでいく。




「うっ、おおおっ!?」


 飛行型であった魔法生物から魔力弾が放たれ着弾と同時に爆裂する。

 氷の足場の上に投げ出されたフォルガロの騎士達は、手も無く追い立てられていた。


 突然の魔法生物の暴走――反乱。魔法生物達は先程までの従順さが嘘のようだった。騎士達を空から魔力弾で追い立てる、その目には獰猛さや狩りへの愉悦の色が浮かんでいる。

 空を飛ぶ事のできない騎士達に、対抗手段はないに等しい。散発的に闘気の斬撃を返すが、空中で余裕を持って回避すると何倍もの弾幕を放ってくる。


 爆裂、爆裂。轟音と爆風に晒され、転がされ、吹き飛ばされて。

 魔法生物達は各々が好き勝手に動いているように見せかけて互いに連携しあい、散り散りになっていた騎士達を一ヶ所に集めていく。そうして、彼らが気付いた時には氷の足場の端まで追い詰められていた。


 逃げ場はない。水中に潜る手段にしても乗っている魔法生物達からの補助術が前提だったのだ。仮に海に飛び込んで逃げても、待っているのは死だけだろう。


 今や戦闘薬の再生能力だけが彼らの頼みの綱であるのに、溺れてしまったら薬は何の役にも立たない。魔法生物達は喜色も露わに、魔力弾の輝きを口や指先に灯し――。騎士達はそれを迎撃するために絶望的な気持ちの中、闘気を集中させる。


 魔法生物達の力が解放される。闘気の斬撃で撃ち合うが、強化を受けた魔法生物の力の方が、遥かに強い。


 爆裂。轟音が辺りに響き渡り、騎士達は腕を交差させたり顔を守ったり、闘気を纏ったまま身体を縮み込ませたりして各々咄嗟の防御体勢を取っていたものの――無傷であった。何か……光り輝く壁のようなものが彼らを守っていたのだ。


「間に合いましたね」


 騎士達を守ったのは――海の中よりネレイド達が張った防壁であった。モルガンが静かに言ってキュテリアやソロンと共に頷く。


 魔法生物達が次の行動を起こすよりも早く。騎士達の背後の海から一斉に氷の弾丸が飛び出し、魔法生物達に浴びせられた。氷の弾丸と共に、深みの魚人族達が海中から姿を見せ、突っ込んでいく。

 遠方のテオドールから光り輝く波のようなものが広がり、彼らのところまで到達すると、その身体がオーラを纏う。魚人族の戦士達は真っ直ぐに空を駆ける。


「な……」


 事態を理解できず、呆気にとられる騎士達。

 瞳の力を受けた深みの魚人族が、魔法生物の弾幕を弾き散らし、爆風を突破して打ち掛かる。そうして乱戦となった。


「な、何故、お前達が私達を……」

「別にお主達を助けたわけではないわ。お主らを追い詰めているのが見えたから、奇襲の為に利用させてもらったまで」


 その声に、振り返る。そこにはオーラを纏った長老と戦士長が海の上に立っていた。


「あの方が力を引き出してくれる今、儂一人でもそなたらを纏めて海の藻屑にもできよう。しかし、全ての事情を知っていてあの王に付き従っていたかどうか、我らには正確なところが分からぬ故に、今は捨て置く」

「海の娘達がお前達を助けたのも、ここで我らが戦う事を選んだのも、流す血は少ない方が良いと慮って下さった、テオドール公のお気持ちを思えばこそだ。お前達は主君を失い、従僕に反乱を起こされて逃げる手段もなく、既に敗れたも同然。邪魔さえしなければそれでいい」

「じゃが……勘違いするな。我らはお前達を信用していない。恩を仇で返し、剣を向けるのであれば、次こそ欠片も容赦はしないと肝に銘じておくがよい」


 長老と戦士長はそれだけ言い残すと、仲間達の戦闘に加わる。長老は水球の上に座ったままで、水の蛇のようなものを螺旋状に纏って空を飛ぶ。膨大な闘気を纏う戦士長が雄叫びを上げながら異形と化した魔法生物へと突っ込んでいき、切り結ぶ。


 そこに黄金の蜜蜂達やティアーズも飛来しての乱戦となった。魔力の光が弾け、得物と爪とを叩きつけ合う剣戟が咆哮と共に鳴り響く。


 その光景に、騎士達は助かったという安堵と、助けられたという無力感、突き付けられた言葉を噛み締めながら、ある者は呆然と立ち尽くし、ある者は膝をついた。

 瞳の力を借りた深みの魚人族と、テンペスタスの力で強化された魔法生物達との戦いは――到底彼らに割って入れるようなものではなかった。


 打ちひしがれる騎士達を捨て置いて、半分に分かれた魚人族の戦士達。シオン、マルセスカとシグリッタ、ウェルテスとエッケルス、ブルーコーラル達が、前衛としてネレイド達の守りについた。

 ティアーズを随伴させ、飛竜に跨ったエステバン達もそれに続いて移動を開始する。集落側と船団側に向かって。仲間達を守るため。テオドール達の加勢をするために。

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[一言] ファリード王の手には複雑な刃紋を刀身に持つ、日本刀とも曲刀ともつかない不思議な刀が握られていた。エルハーム姫がコマチの助言を元に作った、ファリード王用の曲刀である。 曲刀じゃん!
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