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番外547 支配者の残骸

「ぐっ、おおおっ!?」


 追い立てる。兵隊蜂達が包囲し、突撃と弾幕で追い立てる。

 要塞の回転で裏側に回された騎士達は数が少なかったという事もあり、あっという間にアピラシアの兵隊蜂達にペースを握られた。


 黄金に輝く蜜蜂達の乱舞によって撃墜され、クリアブラッドで戦闘薬の効果を解除される。

 確かに、あの戦闘薬は通常の将兵同士の戦いであれば継戦能力の大幅な向上が見込めるので有利に働くだろう。


 しかし、集中させる事でより大きな威力を出す闘気の性質から言うと……同時多面的、立体的に攻撃を仕掛けるアピラシアの蜂達は傍目にも相性が悪い。闘気の集中が薄い所を見極めて分散して攻撃したり、数の有利も存分に使ってくるからだ。


 グレイス並みの有無を言わせない出力。或いはシーラ並みの機動力や反射速度があれば話は変わってくるのだろうが……フォルガロの騎士達は深みの魚人族による恩恵というぬるま湯に浸かっていたせいか、いざという時の必殺の気迫に欠ける。早い話が精鋭といっても2流止まりという事だ。騎士団上層部が腑抜けていたら、それは下にも伝播するからな。


 これでは同調して完璧な連係を行うコンセプトの魔法生物達も、宝の持ち腐れだろう。魔法生物達の統制は、正しく指揮官や乗り手に依存する。使い手が一流であれば回避も攻撃ももっと良くなるだろうに。

 故に――強化されているはずのフォルガロ騎士の一団が、手も無く守勢に回る事となるのだ。その光景は、船団にはどう映ったか。

 兵隊蜂の前衛達がすれ違いざまに得物で無数の傷をつけ、戦闘薬の効果で再生。浴びさせられる弾幕を闘気で切り払えば、その隙をついてまた前衛達が攻撃を加えていく。


 そんな光景を受けてか、3隻の大型船を中心に構成されている船団は、要塞までの距離を少し詰めながらも更に魔法生物の部隊を展開しながら左右に広がって、前線の騎士達に向かって旗を振る。


 騎士達の撤退先として自分達の方向に誘導するためだろう。兵隊蜂が密集して連係しているから突破できないのなら、後方の船団を広く展開する事で逃げやすい道を作ってやればいい。


「本陣まで一時撤退の命令だ! 船団に向かって散開して逃げろ!」

「こいつらの相手をするにしても、もっと頭数が必要だ! 無理に相手をするな!」


 蜂に追われていた騎士達も船団の動きに応じるように、ばらばらの方向に拡散して逃げる。確かに、戦域を広げられれば兵隊蜂達に対しては有効だろう。


 アダルベルトの乗る船の守りを薄くしてでも蜂に追われる仲間の救出の構えを見せる。それはアダルベルトの考えというよりは――先程の口上で自らの正当性をアピールした以上は、必然的にそうなる、という類のものだ。

 俺達の口上に対して大義を叫んで疑念を抱いた将兵達を鼓舞した以上、見捨てて不信を買うような真似ができなくなるという……自縄自縛に近いものだ。


 だから――それに付け込む。アピラシアにわざと手加減させたのは、戦闘薬の回復速度と効果の限界を確かめるためのものでもあり……船団の出方を窺うためのものだ。

 だから動きを読んでいたというよりは、どちらに転んでも良かった、というべきか。

 アダルベルトが本陣の守りを優先して前線の騎士達を見捨てたとしても、それはそれで士気を削る事ができたわけだし、それを理由にもう一度揺さぶりをかけられただろう。アダルベルトもそれを嫌ったわけだ。


 ともあれ戦闘薬と魔法生物の能力は見せてもらった。要塞内部での戦いもかなりの優勢だ。俺自身も要塞から出てシリウス号側に移動している。


 では――こちらも行動を始めよう。

 要塞から逃げてきた騎士達が後方の船団と合流する、そのタイミングを狙う。隠蔽術と幻術の併用で姿を見せずに移動したシリウス号。その位置は――。


「行くぞ!」


 俺の声に合わせてアルファが咆哮する。巨大な狼のオーラを纏ったシリウス号が海面に向かって突き進む。中央の船団と、西側に広がって展開した船団の間に向かって飛び出すように、シリウス号による突撃を敢行した。


 朝焼けの海に、巨大な狼のアギトが飛び出す。あまりの光景に目を丸くする周囲の船団の乗組員。

 シリウス号は海面を突き抜けたところで、空中に留まる。その姿を見せつけるかのように。


 アギトによって船尾を抉られた大型船が大きく揺れて、周囲の船団も波に翻弄される。本当はアダルベルトの乗る船にアルファのオーラを纏った一撃を叩き込んでやりたかったが……何事にも順番というものがあるだろう。

 それに船団は魔力反応から見るに、海中からの攻撃に警戒をしていたのか中型船、小型船からなる結界を展開している。恐らくそれぞれの船の位置によって結界構築を行うのだろう。海洋国家の船団ならではの魔法技術だとは思うが……。


 だから……大型船の機動力を奪いつつ敵を分断する位置に飛び出した。

 ここで重要なのは――突撃によるダメージではない。今ここに、シリウス号がフォルガロ公国の敵対者として姿を見せるという、その事実である。


「何が起こったッ!?」

「そ、空に船が!」

「フォ、フォレスタニア境界公の……!?」


 船団の乗組員。騎士達がこちらを見て口々に騒ぐ。アダルベルトはこちらを射殺すような目で憎々しげに見ていたが。あの反応は……俺達がグロウフォニカ王国と共に背後にいるのは予想していたが、このタイミングで動くのは予想外だった、という事だろうか?


 それとも西方海洋諸国の事情もあるから裏で暗躍するだけ、とでも思っていたか? 騎士達も固まっているようだ。畳み掛けるように甲板に変装を解いて姿を見せて、セラフィナの力で声を響かせる。


「テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアだ。重ねて問う。お前達の行いに大義はあるのか? 魚人達の語った言葉は――この目で確かめてきた。紛れもない事実だ。だからこそ、グロウフォニカ王国と足並みを合わせ海の民達の保護の為――引いては友好と信義、平穏のためにここにいる。西方海洋諸国の在り方に干渉する気はないが、お前達のやって来た事を周辺の国々が認めるはずもないぞ」

「笑わせる! デメトリオの口車に乗せられたか!? それともその軍事力を盾に我らの海の絆を壊そうという腹か!?」


 俺の言葉に即座に反論してきたのは、やはりアダルベルトだった。デメトリオ王の野心や俺の野心にすり替えようと。


「お前は――海賊の頭目止まりだ。賊の御託は聞き飽きた」


 そう言うとアダルベルトが目を見開き、そして憎悪も露わに俺を睨んでくる。


「如何に境界公の飛行船と言えど、ただ一隻でどれほどの事ができる! 言葉には気を付けるのだな! 余への無礼は許さぬぞ!」

「一隻? 勘違いするなよ? 俺達がシリウス号ごと姿を見せたのは、今なら姿を見せても問題がないからだ。戦力的にも――名目的にもな」


 俺の言葉に、衝撃を受けたような表情で周囲を見回すアダルベルト。そして遠くの空に見る。南の空からシリウス号の姉妹船が――戦域に向かって突き進んでくるところだった。


 フォルガロの陰謀の裏付けが取れて……こうして軍備を整えて要塞側に攻めてくるまでの時間はそこそこあった。グロウフォニカ王国が許可を出す事で機動力に優れる姉妹船が根回しに動く事ができたわけだ。

 ヴェルドガルを始めとした同盟が深みの魚人族と友好関係を築いた以上――グランティオスが名を連ねる同盟は海の民の保護という名目を掲げる事ができるからな。


 ヴェルドガル王国とグランティオス王国がそうであるように、陸地は陸の民のもの。海の民は海中を領土とすると、基本的にはそういう理解の下に互いの領分を守っている。

 互いの領地に手出しをする事が難しいから無駄な争いが起こらないようにしている、とも言うが。


 さて。そこに深みの魚人族を不当な方法で支配していたフォルガロの行いだ。

 円満に臣民として組み込んでいるならともかく、奴隷に等しい扱い。しかも西方海洋諸国間の協定後も海賊行為を強要させていたわけで。

 俺達がブロウスとオルシーヴの証言を基に集落の皆を解放。救出作戦も決行し、裏付けが取れた時点でも証拠は十分に揃ったと言える。捕虜やあの帳簿であるとか、キュテリアについてもそうだ。


 フォルガロがどこからどの程度奪っていたかについても証拠として必要だが、深みの魚人族の裏付けが取れた時点で最低限の体裁は整った。


 海の民の敵である以上はグランティオスの敵。連鎖的に同盟各国もフォルガロを敵と見做す。フォルガロのかつての主家も、独立そのものの正当性に疑義が生じたと動いている。そうしてこの状況だ。


「現在同盟は、グロウフォニカの了解を取り付け、海の民の保護を目的として動いている。お前達に関しても、海洋諸国の協定後に海賊行為を行っての不当な蓄財を背景に独立を認めさせたという疑義が生じている。ついては主家の了解を得て調査を行う事となった。保護と調査に対して全面的な協力の意を示すなら良し。そうでない場合、抵抗する武装勢力を海賊と断定して排除に移る方針であると通告しておく」


 こうして主戦力を誘い出したのは首都で籠城されないようにという意味合いもあるな。ここで身柄を押さえるか主戦力を壊滅させてしまえば、城での証拠隠滅も不可能になるだろう。ま、魔法審問もあるからそんな事をしても無駄だけれど。


 アダルベルトは少し放心していたようだが――やがて顔を上げた。その表情には笑みが合って。頭上に手を掲げると甲板にあの、黒い箱が迫り出してくる。


「やめろ。戦力差ははっきりしている。無駄な事だ」

「くく、それはどうかな?」


 箱に幾重にもマジックサークルが展開し――表面の溝を魔力の光がなぞったかと思えば――。自壊するように箱だったものがばらばらになって甲板に落ちる。

 そして、その内側からそれが姿を現した。


 白と、暗青色の魔法生物。人型ではあるが異形だ。胸の前で交差させた前腕部がかなり長い。その腕――人で言うなら手首の部分から大型のブレードのような鋭利な突起が生えている。流線型の身体と長い尾。背中に尖った翼を持つ。人とも魚人とも違う何か。

 鋭い牙を持つ口は大きく裂け、その額にはぽっかりと穴が開いていて――。


 そんな異形がゆっくりと甲板に降り立つ。足首より先は尖っていて歩行に適してはいないようだ。甲板の上に立つのではなく、少しだけ浮遊していた。

 そいつが目を見開く。同時に、膨大な魔力がその魔法生物から放射された。


 これ、は――この魔力波長は。そいつを中心に暴風のように吹きつけられるこの魔力。

 知っている。瞳に近いものだ。だが……似ているが違う。

 全く方向性の無い力の塊だった瞳に対して、こいつの持つ力には……嫌な雰囲気がある。そうだ。精霊達が嫌うような。ドラフデニアで戦った悪霊や、ホウ国で戦ったショウエンのような。


 緑色の宝石のような目がぎろりと動く。そこには知性、自意識の輝きがあって――。魔力の放射を受けた魔法生物達が、めきめきと音を立てて力を膨れ上がらせ、形態変化していく。

 ――眷属への統率、強化の能力。ああ。間違いない。


「くく。魚人共の墓所を暴いてな。深みの魚人族への影響力は失ったようだが、他の魔法生物達にはこの通りだ。故に過去に生きていた当時、そのままの形とは違うのであろうが……素晴らしいだろう? 錬金の粋を尽くし、骨や牙から蘇らせたのだよ。さしもの我が一族も苦労を重ねたものだ。名を――テンペスタスという」


 アダルベルトは開き直ったのか、最早自分の悪行を隠す事すらしない。瞳を求めたのも……こいつの完成度を更に高めるため、か?

 テンペスタスが両手を広げて天に向かって咆哮すれば、戦場にいる魔法生物達が応じるように咆哮を上げた。膨れ上がる……いや、共鳴するように魔力が高まっていく。それはまるで音叉のようで。


「様子がおかしい! アダルベルト、制御を保て!」

「何っ!?」


 焦って振り返り、テンペスタスにマジックサークルを向けるアダルベルト。

 だが、遅きに失していた。金属が砕けるような音と共にテンペスタスの身体から何かの術式が砕け散ると同時に、アダルベルトの腕が弾かれるのが見えた。

 アダルベルトが驚愕の表情でマジックシールドを展開するのと、テンペスタスが腕のブレードを振るうのが殆ど同時。


 マジックシールドごと切り裂いて。肩口から深々と斬撃を受けたアダルベルトが、口から血を吐きながら甲板に沈む。


「馬鹿、な……。我が家の血も……組み込んだ、支配の、はずが……」


 それきり、アダルベルトは動かなくなった。血か。術者の血も組み込んでキメラを支配するという手法があるのは知っているが……。


 そして奴は――テンペスタスはどこまでも高く響き渡るような咆哮を上げた。

 三日月のように裂けた口元には喜びの笑み。己を支配しようとした目障りな輩を片付けてやった、というような。共鳴を利用して魔力を高め――支配の為に組み込まれていた術式を砕い、た?


 恐らくは――支配を砕く機会を待っていたのだ。実戦で己が使われれば、眷属達の力も使って支配から逃れる事ができると。


「ア、アダルベルト陛下!?」

「ひっ!?」


 あちこちで悲鳴が起こった。さっきまでその背中に大人しく騎士達を乗せていた魔法生物達が、一斉に逆らうような動きを見せたのだ。背中に乗せていた騎士達を海に向かって振り落とし、テンペスタスに共鳴するように、嬉しげに咆哮を上げる。

 逃げ惑うフォルガロの騎士達をいたぶるように魔力弾を立て続けに放つ。フォルガロの騎士達だけでなく、アピラシアの兵隊蜂も要塞も、お構いなしに攻撃を加えようとしてくる。


 魔法生物の、反乱――。あんな魔獣、支配するのは無理だと分かるだろうに、馬鹿げた事をするからだ。


「おやめ下さい! あなた様は――あなた様は我らの主であったはず! もはや戦う必要はないはずです!」


 長老が――要塞の外壁上に姿を現し、魔法を使って大音声を響かせた。

 それを見たテンペスタスはにやりと笑った。口の中に魔力が集中。見据えているのは遥か遠くの長老。――拙いッ!


 甲板から飛び出し、ソリッドハンマーを叩き込む。それを察知したのか、テンペスタスは凄まじい反応速度で振り向きざまに口から閃光を放ってきた。閃光が海を切り裂き、長老のすぐ横を掠め、要塞の結界を揺るがす。ソリッドハンマーも真っ二つに切り裂かれていた。


「……こいつは、もう違う。深みの魚人族の、かつての主を元に改悪した何かだ。指揮能力を与えるために自意識を植え付けたんだろう。その過程で、アダルベルトは失敗した」

「な、なんという事を……」


 長老は無事だったが、呆然とした面持ちだった。


「テオ、私達も」


 みんなも甲板から出てきて、魔法生物達への臨戦態勢を整える。


「ああ。予定とは違うが、こんなものが出てきたら仕方がない。目標はフォルガロの作った全魔法生物! ここで倒すぞ!」

「はいっ!」


 テンペスタスから視線を外さず、魔力を循環させて力を高めていく。奴はそれを見るとにやりと笑って、俺のいる高さまで浮かんできた。どうやら、俺を敵として認識したらしいな。それでいい。

 こいつは――陸の民も海の民も等しく敵と見なしている。ここで止めなければどこでどんな被害が出るか分からない。

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