番外545 氷結要塞の迎撃戦
朝焼けの海を進んできたフォルガロの船団を、ティアーズから送られてくる映像が捉えている。要塞の攻撃距離を測りあぐねてか、大型船を中心にそれぞれ左右に分散する構えのようだ。
要塞に設置された投石器は大小様々な石を同時に拡散して放つ面制圧型だ。船が直撃を食らえば船体や乗組員に大きなダメージを受ける。
船団を分散させたのは、射程距離を見誤った場合に密集しているのは危険だという判断だろう。因みに、アダルベルトが乗っている船は中央に陣取る大型船。こちらが攻め手に転じた場合に三方から挟撃できるような構えを見せているから、そう易々とは本陣を攻撃させない、という腹積もりなのだろう。
「敵の狙いとしては……まず飛行部隊で一当てしつつ様子を見て、可能なら投石器を破壊するか無力化してしまう、といったところかしら?」
ローズマリーが敵の出方を分析する。
「だろうね。投石器が無くなれば船を接舷させて、戦闘薬を飲ませた人員を要塞に乗り込ませる事ができる。或いは遠距離から攻撃できるような兵器が搭載されているなら、船をもう少し接近させて攻撃することで、こっちの射手による遠距離攻撃を黙らせる事を考える、かな」
要塞の射程距離外から破壊して、こちらの射手をその区画から撤退させるといった手法だ。要塞自体の射程距離と耐久力を、向こうの遠距離攻撃が上回るなら、の話だな。
「もっとも、向こうの方が遠距離戦で上回るなら、こっちも海中から攻撃に移るから、早々簡単に手は進めさせないけど……」
「けれど、魔法生物と戦闘薬があるから白兵戦は向こうも望むところかも知れないわね」
「要塞周辺も……そこそこの距離まで氷の足場が拡がっているし、そこで戦闘をすれば、少なくとも意識を失っての溺死もないわけだものね」
クラウディアとステファニアの言葉に頷く。足場は魔法や弓による遠距離攻撃を当てられる距離や位置に敢えて残したもので、誘い込む意味合いも強い場所ではあるのだが。
『いずれかの方法でこちらの遠距離攻撃を封殺したら、後は接舷して耐久力を活かした力技で制圧するか、要塞の一部区画を確保してから切り札を投入するか……という感じでしょうか』
エステバン達と共にやってきた諜報員、ヘッセニアもそんな風に分析する。ヘッセニアは現在、要塞側のナビゲーター役として零番区画中央管制室にいる。考え方等々もしっかりしているので頼りにして良さそうだな。
「深みの魚人族の頭数は向こうも把握してるからね。後は向こうが予想しながらも把握していない『助っ人』の戦力をどこまで警戒しているかを見れば……アダルベルトの警戒度も分かるかな?」
俺達の存在まで予想して警戒しているかどうか。だとしても戦い方までは予測させないが。
相手の出方を見て作戦を考えている内に、大分遠い位置で船団は中央と両翼に分かれて進行を止める。代わりに航空戦力である守護獣とそれに跨った騎士達、飛竜に跨った騎士達が広めの間隔を取りつつ要塞に向かって前に出るようだ。
まあ、そうなるな。緒戦は小回りが利いて離脱もしやすい飛行部隊をぶつけて様子を見る。無難な手だ。こちらが対空用として投石器をぶっ放しても避けられるように距離を広めに取って進んでくるだろう。
だが――その前にやっておくべき事が1つある。
「ちょっと行ってくるよ。将兵にも、伝えておくべき事は伝えておかないと」
と、オルキウスに変装してシリウス号から要塞側へ移動。エメリコ、長老や戦士長、キュテリアと合流して、正面外壁上部へ移動し、セラフィナの力を借りて船団への指向性を持たせた大音声を響かせた。
「そこで止まれ! 大義は我らと共にある!」
「将兵達の中には知っている者もいるであろう! フォルガロ公国は我ら一族を騙し……魔法で操る事で、長年言う事を聞かせてきた!」
「我らに海賊行為を手伝わせる事で周辺諸国から富を奪い、そして公国独立の足掛かりとしたのだ! この事はグロウフォニカ王国や諸国にも周知させてもらった!」
エメリコの言葉に続けられる長老と戦士長の声に、甲板にいた連中が一瞬驚きの表情を浮かべたのが分かった。それを受けて、魔法生物に跨る騎士達が何事か叫ぶ。戯言だ。耳を貸すな、といったところか?
「民の暮らしを守る貴族として! そして武人として! 恥を知る者であるなら、下がれ! こちらの要求はただ平穏な暮らしだ! だが騙すような信用の無い輩は交渉相手にはできない!」
長老達に続いて、俺も言葉を響かせる。
「故に我らは公王アダルベルトに告げるのだ! 民を守ろうと剣を取った誇り高き将兵の前で誓うが良い! 二度と海の民の暮らしを脅かさないとな! さすればこの場は見逃してやる!」
「将兵達もだ! 真実を知って尚剣を向けるのならば……己が将兵ではなく、海賊の仲間だと理解せよ! 向かってくるのならば容赦はしない!」
長老と戦士長も言葉を響かせ、キュテリアも意を決したように口を開いた。
「将兵の皆さん! 私はフォルガロのお城に囚われていたスキュラです! あなた方の薬は私から無理矢理採取した血を材料に作られたもので……! その守護獣だってそうかも知れないのです! お願いですから、真実に耳を傾けて下さい!」
これは――告発であり、揺さぶりと警告も兼ねたものだ。
こちらに向かって憤慨する者、戸惑ったような顔を見せる者……反応は様々ではあるが、その内心までは伺い知れない。どうであれ、将兵達には伝えておかなければならない事だ。
すぐさま離反や撤退を期待しているわけではないが、後々効いてくるならそれでいい。
と――そこにアダルベルトが姿を現した。将兵達の注目を集める中でマジックサークルを展開。風魔法を用いて海域に声を響かせる。
「馬鹿げた事を。我らの誇りと栄光を虚偽だと言い張る、貴様らが一体何者か、余は知っているぞ? 真実だというのなら余が本当の真実を教えてやろう。生臭い魚人やスキュラなど、栄光あるフォルガロ公国とは過去から未来に至るまで、何の関係もない! 奴らはグロウフォニカの尖兵に過ぎぬ! 落ちぶれた名ばかりの盟主が、我らという新しき国の隆盛を疎ましく思ったが故に、名誉を貶めようとしているのだ! 故に、余は命じる! あの不埒な者共を討ち取れ、とな!」
……ああ、そうかよ。公国が正義だと主張し、自尊心を擽って将兵達を動かすぐらいの事は言うだろうと予想していたが。
散々利用しておいて、深みの魚人族やキュテリアにその言い草か。
ただの身から出た錆を、グロウフォニカが勢力を挽回しようとしている陰謀だとすり替えて、それを堂々とこの場で言ってのける。どうしようもない輩だ。
それでも悪びれたところが見えなければ主君を信用するという事か。それとも元々知っていて付き従っているのか。飛行部隊はそのまま前に出てくる。
「何という……いや、予想していた事ではありますからな。冷静にならねば」
長老がかぶりを振る。そうだな。開き直ってこちらを悪と断じてくるぐらいの事は言うだろうと予想していたから、堪えられるのだろう。
「言い合っても無駄ですね。伝えるべき事は伝えました。淡々と、成すべき事を成しましょう」
俺達は要塞内部へと戻る。
航空戦力はある程度の間隔を開きつつ、しかし過度には分散させず。全員が正面の入り口――1番、2番区画の間に存在する正門側を目指して進んでいるようだ。
こちらは――小回りの利く航空戦力相手に投石器を撃つつもりはない。あれは見せ札だ。対空用としては微妙だし、何より射程距離という情報を、みすみす渡すつもりもない。
『1番区画及び2番区画、射撃用意! 引きつけるまで攻撃密度に留意せよ!』
ヘッセニアの指示を受けて、該当区画にいる人員が銃座に向かう。射程距離内に踏み込んで引きつけたところで――。
『放て!』
各所に作られた銃座から氷と水の弾、魔力弾や闘気を帯びた矢玉が飛行部隊に撃ち込まれた。飛行部隊は射線から逃れるように上昇する。正門からは遠ざかるが……敵の狙いはまず、要塞の防御の厚さを見る事なのだろう。騎士達の得物に闘気が集中。槍を振るえば闘気の衝撃波が飛び――魔法生物の口からも魔力の弾丸が放たれる。
後方から随伴してきた球形の魔法生物からもだ。砲撃型なのだろう。紫色に輝く魔力の弾丸が発射される。
敵の狙いは綺麗に二ヶ所に分散した。要塞外壁そのものと、外壁上部に設置された投石器だ。
要塞外壁は――敵の砲撃を物ともしない。呪法と構造強化によって二重に強化された外壁が敵の砲撃をまともに浴びながら弾き散らす。
火力を集中させれば或いは傷をつけられるのかも知れないが、こちらの射撃に警戒して距離を取り過ぎている。減衰して分散した攻撃程度では壁を破壊するのは難しいだろう。
投石器に向かって撃ち込まれた攻撃はどうかと言えば――目標まで届く事は無かった。外壁上部に展開されている結界が弾き散らしたのだ。
「ちっ。防御が厚い――! ただの氷ではないな!?」
「上は結界だ! 攻撃が届かない!」
旋回しながら状況を報告し合うフォルガロの騎士達。
「正門はどうだ? 開閉する関係上、構造が脆いかも知れん!」
「よし! 各員、敵の射撃を避けつつ正門に攻撃を集中させろ!」
再び突っ込んでくる騎士達。迎え撃つのは深みの魚人族の射撃。
人型の魔法生物も追いついて来て、銃座から浴びせられる射撃を光の盾を展開して受け止める。安全を確保した状態で、騎士達が正門に射撃攻撃を加えて即座に離脱していく。
正門には――僅かにだが接合部に罅が入っていた。
「良いぞ! この分なら何度か攻撃を当てればぶち抜ける!」
「それに思っていたよりも弾幕が薄い! 人員自体が足りないのかも知れん!」
「海からは距離を取れ! 海中からの奇襲があるものと思え!」
そんな戦況を見て取ったか、飛行部隊の援軍というように、後続が更に前に出てくる。
正門に火力を集中させつつ前線の魚人族と撃ち合う騎士達。
まだ――まだこのままで良い。銃座の切れ込みに身を隠しながら射撃する深みの魚人族には、敵からの攻撃は通りにくい。そんな半端な攻撃を受ける戦士はいない。
もっとも、相手が飛行部隊なのでこちらの攻撃も避けられやすいが――有利な状況で撃ち合えているのは間違いない。
現に、敵方に命中する攻撃もある。騎士達や守護獣はそれを闘気や魔力の盾で受けているようだが。
「戦闘薬の情報が事前にあって良かったですね……。闘気の消耗を見誤っていたかも知れません」
戦況を見て、アシュレイが言った。確かにな。
一般的な見地から言って、敵は様子見な割に闘気をがんがん使っている。精鋭だということを加味してもハイペースだ。
キュテリアの言葉で、戦闘薬があるのがバレているから隠すべき手札でもない、という事なのだろう。
そうして――騎士達が闘気と魔力弾混じりのヒットアンドアウェイによる旋回射撃を繰り返している内に、とうとう正門が半壊して内部への入り口を覗かせる。
「この数ならば――!」
後続部隊も追いついたから、部隊指揮を執っている騎士は強気だ。或いはアダルベルトが後方で見ている、という意識もあったのかも知れない。
部隊を率いて正門入口から突っ込み――そして連中の先頭集団が正門から要塞内部に飛び込んだその瞬間。メダルゴーレムが破損した扉を修復。先頭集団を分断して閉じ込める。
「何っ!?」
「――エレナ。ヘッセニア。今だ」
「はいッ!」
「総員! 一斉射撃!」
俺の指示と同時に門が呪法の輝きを纏う。内側と外側から咄嗟に門に攻撃を加えた連中が簡易型の反射呪法の効力で反射ダメージを受けて吹っ飛ぶ。
同時に銃座に詰めていた全射手からの一斉射撃。加減していた今までの弾幕とは比較にならない程の十字砲火が門付近に近付いて締め出された連中に浴びせられていた。
「うっ、おおおおおっ!?」
「り、離脱を!?」
弾幕に飲まれて闘気と魔力盾で耐える騎士や、急上昇で避けようとする騎士。
そこに――横合いから結界と外壁が迫ってくる。激突寸前の騎士は目を見開いてそれを見やるも、予想の範囲外だったらしく回避行動を取れなかった。
そうだ。ただの要塞だと思っているからそういう事になる。
要塞自体が時計回りに回転したのだ。逃げようとした騎士を結界と外壁にぶち当てて要塞はそのまま回転。離脱が間に合わなかった先頭の連中と、間に合った後続部隊とを無理矢理分断する。
「何だと!?」
「罠だっ! 畜生!」
まずは緒戦で誘いをかけてから分断。本腰を入れて動くのは、戦闘薬の限界値や魔法生物の能力を見極めてからだ。