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番外544 朝焼けの海で

「あれで宜しかったでしょうか?」


 去っていく船と飛竜を見送りながらエメリコが言う。


「良いですね。アダルベルトがどこまで裏を読むかは分かりませんが、周辺国の動きについてまで、はったりだなどと楽観視はできないでしょうし」


 先程のやり取りは向こうに新しい情報は与えず、こちらの伝えたい情報を偽情報の中に臭わせるだけのもので、斥候が新たに得られたのは氷の要塞とオルキウスの存在ぐらいのものか。流石フォルガロへの大使として選ばれるだけのことはある。


「はっは。儂らとしては中々気持ちよく啖呵を切れましたぞ」

「連中には鬱憤も溜まっておりましたからな」


 長老と戦士長がそう言って、楽しそうに笑った。そうだな。俺も意図して口調等を使い分けてオルキウスとテオドールのイメージが離れるようにしていたところはあるが、連中のやり口にはうんざりしていたからな。先程の言葉も偽らざる本心であったりする。

 まあ、オルキウスに関してはベシュメルクの時のように、闘気を見せておいたので魔術師ではない、と思ってくれれば上々だろうか。


 船が見えなくなったところで一旦要塞の中に皆で入り、内部を経由して変装を解いてからシリウス号へと戻る。


「ん。おかえり」


 と、シリウス号でやり取りを見ていたみんなが出迎えてくれる。いつも通りのシーラと、にこにこした笑顔のマルレーン。それにコルリスが揃ってサムズアップで迎えてくれたりして。オルキウスの姿で切った啖呵が良かったということだろうか。


「ん。ただいま」


 俺も笑って答え、操船席に腰かけるとグレイスがお茶を淹れてくれる。


「ありがとう」

「はい。これで敵の船の航行速度が大体わかりましたね」

「斥候は速度を重視しているでしょうから、船団での移動となるともう少し遅くなるかしら」


 にっこりと笑みを向けてくれるグレイスと、海図を見ながら分析しているローズマリーである。


「首都から出航する時間で夜襲するつもりなのか、朝駆けするつもりなのか、大体のところが分かるかな」


 グレイスとローズマリーの言葉に頷く。まあ、魔法生物を先行させての奇襲という可能性もあるから油断は禁物だが、大凡の到着時刻を見積もって心構えをしておけば対応もしやすくなるだろう。

 そんな話を要塞側にも通達していると、モニターを見ていたイルムヒルトが言った。


「テオドール君。何だか、首都側で気になるものが城から出てきたのだけれど」


 皆と一緒にそちらを見やれば……何やらアダルベルトが兵士達に指示を飛ばしながら、黒い石の箱のようなものを城から持ち出させているところだった。


「何だろうな。棺……みたいな印象があるけれど」

「棺……。例えば今回の場合なら、魔法生物を閉じ込めておく、檻のようなもの、でしょうか?」

「ああ、それはありそうだ」


 首を傾げるアシュレイの言葉に同意する。

 そこそこ大きなサイズの箱を兵士達が重そうに荷馬車に積み込んで、港側へと運んでいくのが見える。


「アダルベルトが陣頭指揮を執っているあたり、フォルガロ公国の切り札として見ておくべきなのかしらね」

「同じようなものがいくつも出て来ないならそうかも知れないわね」


 ステファニアが言うとクラウディアが目を閉じて頷いた。そうだな。あれについてもみんなに警戒を促しておく必要はあるだろうが。

 あれが切り札とするなら、アダルベルトは斥候の報告を聞くまでもなく、こちらに対して攻めるつもりでいるのは間違いない。


「今度の戦い。アダルベルト本人が出てくる可能性があるな。心血を注いだ研究の完成品を実戦投入するなら、その成果を自分の目で見たいっていうのは人情だろうし」

「まあ、その気持ちは分からないでもないわね」

「開発者や研究者肌の人間はそういうところあるよね」


 と、ローズマリーとアルバートが一緒になって頷いていたりするが。それも含めて皆の認識を共有しておくべきだな。




 そうして――斥候が首都に戻って間もなく、数多くの魔法生物を随伴させた船団が出航するのが確認された。

 兵士達を城の前の広場に集め、アダルベルトから出撃前の訓示が行われたのだ。


『我らは今、建国以来の国難に遭遇していると言えよう。諸君らも知っての通り、先日この栄光ある公国の首都に向かって卑劣な魔法攻撃が行われた。我が国の財物に被害を与え、人々を徒に不安がらせた不逞の輩によるものだ』


 ……とまあ、こんな内容だ。真面目に聞いていると不快極まりない。


『今回の国難に当たっては余も心を痛めている。事ここに至っては余、自ら出陣し、公国の作り上げた魔術の粋を持ってそなた達を守護するとここに宣言しよう! 各員奮闘し、我が国の強さを、賊の裏で糸を引いている者達に見せつけてやるのだ!』


 ……だとかいう話の運びであった。まあ……俺達はこんな演説を聞かされても呆れるか苛立たしいだけだが、それでも何かしら情報を得られるかも知れないから聞かなければいけない。


 要するに危機を煽りつつも戦力が十分な事を示して、士気を上げようという意図なのだろう。親征という事で将兵達は士気を上げているようではあった、まあ……末端は裏の事情を全く知らないとすれば効果もあるだろう。

 魔法生物に関してはスキュラの事を表沙汰にしていないだろうし、最初から守護獣なんて耳当たりの良い言葉でお披露目したわけだしな。


「賊は公国の方だろうに」

「あの手の輩の主張にまともに耳を貸すべきではないわよ」


 と、不快げに眉を顰めるヘルフリート王子と、肩を竦めるローズマリーである。全くだ。


 フォルガロは大型の軍船3隻、中型と小型の軍船……首都にあるだけを繰り出してくるつもりらしい。アダルベルトも例の黒い箱が積み込まれた船に乗り込むところが確認できた。

 前回の救出作戦の折に確認できた守護獣の他にも、人型の魔法生物の図体をかなり大きくしたものやら、球体型というのも映像には映っていて……。明確な役割分担があるのが見える。

 矢印達は留守番か。まあ、体面的にも外に出せないのだろう。


「敵船団の首都からの出撃を確認。今からだと、大体明け方頃こっちに到着することになるかな。前に打ち合わせた通り、先行部隊の奇襲が想定される時刻も視野に入れつつ、敵本隊の到着に備えるように」

『承知しました。皆にはそのように間違いなく通達致しましょう』

『我ら一同、テオドール公と共に一族の誇りの為に戦える事を嬉しく思っております』


 長老と戦士長がモニター越しに応じる。その背後に控えるブロウスとオルシーヴもうんうんと頷いて……大分気合が入っている様子だ。


 こういう大きな実戦は初めてという者もいるだろうし、気持ちが高ぶって休んでおく時に休めないという者も出てくるだろう。

 時差解消用の睡眠魔道具も活用し、見張り当番以外の者はきっちり休みを取るように、と伝える。逆に、夜見張りをする者は、眠気覚ましの魔道具と体力回復ポーションを活用して本隊到着に備える事になるだろうか。


 向こうには戦闘薬があるという話だし、こちらも回復用のポーションを新たに調合してシリウス号、要塞の両方に用意した。万全というには時間が足りないが……限られた時間の中で、諸々迎撃を行うための準備は整ったと言えるだろうか。




 そうして――その時はやってくる。明け方。水平線の向こうに魔法生物達を随伴させたフォルガロの船団が姿を見せたのだ。

 夜襲ではなく朝駆けを選択したようだが……そのあたりは夜の海での戦闘を嫌ったということだろう。


 暗視の魔法にしても水中呼吸の魔法にしても時間制限があるし、暗視の魔法に対しては閃光を浴びせれば簡単に対策できてしまう。

 魔法生物に騎乗しているとしても視界が悪ければ陸の民の方が不利になるのは分かり切った話だ。その点、朝駆けならば奇襲の意味合いも残せるし、戦闘が長引いても視界が確保できる時間が長く取れるからな。


「よし……。迎撃戦だ。気合を入れていくとしよう」


 そう言って、シリウス号と要塞側の面々とで、俺達は顔を見合わせて頷き合うのであった。

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