番外542 氷結要塞と戦闘準備
季節外れ、しかも緯度が低く、こんな暖かい海では有り得るはずもない巨大な氷の塊が海上に浮かぶ。
氷の結晶を拡大したような外壁を持つ……景久の記憶で言うところの五稜郭と同系統の全周防衛拠点だ。突端部分にそれぞれ射手を配置し、侵入してきた敵に左右から砲火を浴びせられる作りになっているわけだな。
中央に本丸となる青白い城が聳えるという見た目ではあるが、内実は実用性一辺倒。応接室のような洒落た空間はない。臨時のものなのでそうした空間は割愛されているというだけだが、厨房、倉庫、トイレ、仮眠室といった防衛拠点に必要な空間はきちんと設計の中に組み込んでいる。
細々とした部分は魔道具を設置したり土魔法で作っておく必要もあるだろうが、それはそれとして、実際に内部を歩いてみて現段階での仕上がり具合を確かめていく。滑り止めをした氷の歩きやすさだとか、そういったものも確かめてみた方が良い。
要所要所にゴーレムメダルを埋め込みつつ要塞内を皆と共に見て回る。
「メダルは前の要塞の時と同じなのね」
「ああ。内部の人間は要塞内を移動しやすくして、侵入者に対しては堂々巡りや分断ができるようにしてある。魔道具と訓練時間が足りないから、前ほど複雑にはできないけれど、結構効果は高いと思うよ」
首を傾げるイルムヒルトに答えつつ、ゴーレムを変形させて実演をして見せる。
「なるほど……。通路が壁に入れ替わるというわけですか」
戦士長はその光景に感心したように目を見張る。
「この氷壁は――内側からは見えるのに逆からは鏡のよう……不思議なものですね」
モルガンがマジックミラーになった氷壁を見て楽しそうに言う。
「便利そうね。これは」
「後で原理を教えるよ」
ローズマリーに答えると満足げに頷く。
ドルシアの娘達や魚人族の子供達も表に回ったり裏に回ったりして、面白がっている様子だ。ステファニアも一緒に壁の向こうで見ている子供達に手をふったり楽しんでいる様子だが。
「隣接する移動用の通路は暗くしておかないといけないので、その通路を使用する時は通常の光源を持ち歩けないという注意事項もあります。まあ、その問題は透ける通路側に光源を設置しておく事で気を遣わなくてもいいようにしましょう」
そのあたりは実際のマジックミラーと一緒だ。マジックミラー構造になっている侵入者迎撃用の区画には、表裏とも透けないよう処理された人員の移動用通路が隣接している。
内部の人間はゴーレムが移動用通路側に通してくれるので先回りや待ち伏せ等々が簡単に可能、というわけだ。訓練時間の足りないところを、分かりやすさで補うというわけだな。
これらは外部から侵入された場合の備えだ。門を突破された振りをして内部に誘い込んで分断、各個撃破という方法も使えるが。
外の敵に対しては外周部のあちこちに銃座となる窓も設置してある。弓や水、氷の魔法による遠隔攻撃が可能だ。
外壁に結界を張ると共に投石器も設置しておこう。木魔法で枠組みもロープも作れるから、弾だけはステファニアやコルリスに作っておいてもらえばいい。即席で氷の弾を発射しても良いし。
これは敵船の迂闊な接近を阻むと共に、首都への攻撃も可能な兵器があるぞ、という見せ札だな。あるというだけで相手方が対応を考えなければならない。後は――そうだな。
「エレナさんに相談があるのですが」
「はいっ、何でしょうか」
エレナに話題を振ると嬉しそうに答える。うむ。エレナも大分モチベーションが高いというか、要塞造りで士気が上がっている様子だ。
「要塞の門を呪法で防御する事は可能ですか? 負担の少ない方法で良いのですが」
門そのものは海上部分だけでなく、海中部分にもある。海中での戦闘も想定しているからだ。魚人族が海中戦闘をこなして危険を感じたら撤退できるようにというわけだな。
「この要塞自体、呪法と相性がいいので出来ると思います。戦闘用の反射呪法程ではありませんが、それなりの防御を施せるかと」
よし。それなら門に攻撃を集中しての力押し、というのは難しくなるだろう。シリウス号もいるわけだし、悠長に攻撃はさせないが。
「アピラシア。要塞内部の伝令役を任せても良いかな?」
そう言うと、アピラシアは任された、というように胸に手をやってこくんと頷く。要塞に伝声管は敷設されていないが、これならあちこちとの連絡もしやすくなる。
アピラシアは身振り手振りを交えながら説明してくれるが……外回りでの情報収集、伝達、物資運搬は通常、働き蜂の仕事らしい。だから伝令の仕事の質を落とさないまま兵隊蜂を使って攻撃や防御に回る事も可能だろう、とのことで。
「それは……助かるな」
そのあたりは流石蜂というか。分業は専門分野ということなのだろう。人手はいくらあっても困る事はない。
色んな人から魔力を貰っているので頭数も大分揃っているらしい。アピラシアは手を大きく広げて、今なら強い子が沢山出撃できると主張していた。では、このあたりは期待させてもらおう。
働き蜂に加えてシーカー、ハイダーをあちこちに配置しておけば要塞内部の双方向での情報伝達は万全だろう。
そうして、人員の配置場所、設備の使い方等々を深みの魚人族にも説明していくのであった。
フォルガロの連中は――急ピッチで出撃準備を進めているようだ。
国庫を解放して食糧を船に積んだり、攻めの姿勢を見せている。
伝令の報告等々からグロウフォニカの公館が無人になっているのも発覚したようなので、今頃は深みの魚人族の失踪と合わせて、色々と背後関係に関して考えを巡らせている頃合いだろう。
まあ、実際に船団と魔法生物を動かす前に、斥候を深みの魚人族の集落にやって様子見してくるだろうが……その連中に関しては別に帰してしまっても構わない。海上要塞自体、こちらの見せ札でもあるからな。そこにある事で対応を迫るというか。
その間に空中戦装備や要塞の使い方といったものに可能な限り習熟しておく。
外縁部は氷の結晶をモチーフにしているので六方向に分かれている。
区画ごとに零から六までの番号を振る。零番区画というのは中央部の事だ。こちらの出す指示に従って内部を迅速に移動したり、侵入班、迎撃班に分かれ、迎撃班には働き蜂の伝令役をつけて模擬戦を行ったりといった訓練を行う。
侵入者への射撃。待ち伏せと先回り、分断と挟撃。制圧された区画からの撤退。そういった流れを一つ一つ確認していく。
「海上に浮かんでいる要塞ならではの防御法としては……こんな方法もあります」
と、訓練の中で要塞を操作して実演してみせると、おお、という歓声が漏れていた。
「なるほど……。確かにこれは、通常の防衛拠点を想定した攻め方だと意表を突かれますな」
「相手方の動きでこの要塞をどう捉えているかも一目瞭然になりますからね。勘違いしているなら最初の一回目は出し抜けます。相手方がこれを予想していた場合でも防衛側の負担を一時的に分散させる手にはなるでしょう」
そう言うと一同納得したように頷いていた。
さて。深みの魚人族の戦士達は幸いな事に、全員が軍事的訓練を受けている上に多かれ少なかれ水や氷の魔法を使える魔法戦士ということになる。
団体での作戦行動や陸上、建物内での戦闘に慣れているのは勿論、銃座も任せられるし白兵戦も可能という高水準ぶりだ。こちらの出す指示の意図を理解して動いてくれるので、訓練が形になるのにそう時間はかからなかった。
「ん。みんな優秀」
と、シーラが率直な感想を述べる。
「嫌々ながらも訓練を重ねてきましたが、隷属魔法のせいで手を抜けませんでしたからな」
なるほどな……。練度が高いのはそういう背景もあるか。
「今回ばかりはあの連中に礼を言わねばなりますまい」
「礼は……たっぷりと利子をつけて返してやらねばな」
そんな風に冗談を言い合い、魚人族の戦士達から笑い声が漏れる。
エステバン達と一緒に派遣された諜報員の女性や、グロウフォニカ公館の使用人達も、部隊指揮ができるということで、零番区画の管制室でナビゲート役をしてもらうと、これまた適役という印象を受けた。
食料も――グロウフォニカ王都でかなりの支援物資を積み込んでいる。元々深みの魚人族の救援なのでそれも込みなのだ。細々とした設備も整えたし、これで……一先ずの迎撃態勢は整ったと言えるだろう。