番外539 公国の秘密
そうして――。更に夜も更けて良い頃合いになった。
こちらの眠気と体力は魔法、魔道具、ポーション等々で補い……救出作戦の次の段階へと入る。
威力偵察。或いは挑発と言っても良い。フォルガロ上層部にそれと分かる形で喧嘩を売ってやるわけだ。
「どうなるか楽しみね」
「大騒ぎになりそうですが」
これから起こる事を予想したのか、羽扇の向こうで肩を震わせるローズマリーと、苦笑するグレイスである。
「それじゃ、始めようか」
海底にメダルを埋め込み、3体の魚型のゴーレムを作る。そのゴーレムと一体化させるような形でステルス船の対抗魔道具を持たせ、その場に留まってもらう。
バトンのような形をした対抗魔道具は、基本的に二本以上でその間に結界線を展開して効果を発揮する仕様だ。シリウス号にも甲板と船底に一本ずつ配置することで効果範囲を拡張、対応しやすくする。
対抗魔道具は今回の作戦用の特別仕様だ。ステルス船に搭載された隠密魔道具が結界線に触れれば、呪法により外部から魔道具を起動させて強制的に周囲の情報を読み取らせる。つまり、対抗術式の効果が発揮される条件を満たす。潜入した際に船からの不審な魔力反応は幾つか目にしている。ただ停泊させているだけであろうと、見逃す事はない。
後は……魔力反応に合わせて結界線を動かし、岬のように突端に位置する首都近辺を、海岸線に沿って一撫でしてやるだけでいい。状況が分かりやすいようにティアーズを一体配置して定点から観測する。
そのままシリウス号と魚型ゴーレムは各々別方向に分かれ、互いの間に結界線を伸ばしながら移動を開始する。程無くして――フォルガロの首都に異変が生じた。
軍港に停泊していた4隻程の小型船、中型船の上に、ぎらぎらと極彩色に煌めく矢印が浮かんだのだ。
「これはまた……」
「実際見ると中々に凶悪ですな」
と、そんなことを言いつつもバルフォア侯爵やソロンも笑っている様子だ。
軍港だけではない。一般の港に停泊していた商船風の船にも矢印が浮かんだ。
「ああ。あの船は確か……偽装船でしたな。折を見て出撃すると通達が来ておりました」
深みの魚人族の戦士がそれを見て言う。
ネオンサインのような明るく目立つ光が真夜中の港を照らす。軍港にある大きな建物にも矢印がついたのは少し予想外だ。三つ、四つ……矢印が固まって回転している。
「多分……あの建物は魔道具を製造する施設か、保管場所、といったところかしら?」
「ん。どうせなら城に矢印がついた方が面白かった」
クラウディアの分析に、シーラがそんな風に言うと、皆の間から堪えられないと言ったような笑い声が響いた。バルフォア侯爵まで顔をそむけて口に手を当て、肩を震わせたりしているが。
確かに、シーラの言うとおりだな。結界線は城にも触れていたはずだが、そちらには変化が見られない。城では別の研究が進んでいるから既に確立された技術のために割くスペースがないのか。それで魔道具の製造設備ごと軍港に移されたのかも知れない。
シリウス号が移動を終えて定点観測役のティアーズのところに戻って来る。ティアーズは回収するが、魚型ゴーレムはそのままだ。
後から首都に戻ってきたステルス船を結界線で引っ掛けられるように、三体の魚型ゴーレムは海中にて待機する。任務先から入れ違いになって戻って来る工作船からの取りこぼしを避ける意味合いがあるが、仮にゴーレム自体が敵に発見された場合は海底の岩等に一体化して逃げるよう挙動を組んである。
さて。フォルガロの方はどうなっているかと言えば――停泊している船の乗組員や軍港の建物内にいた人員が、矢印を頭上に貼りつけたままでわらわらと飛び出してきて、何が起きたのかと大騒ぎになっている様子であった。
「停泊しているから人員自体はそんなに巻き込めないかなって思ってたけど……まあ、そうだな。隠密船の警備を薄くするわけにもいかないか。手がかかる分、隠密船の数もそこまででもないみたいだ」
「半舷上陸というか、人員を常駐させるのが基本なのね」
と、ステファニアが納得するように頷いている。
大型の軍船に効果が出なかったのは、魔道具が搭載されていないからだろう。魔道具の出力的にも大型船を覆う効果範囲を確保するにはそれだけ良質の魔石が必要となる。であれば小型船、中型船を工作船とし、大型船は示威のために用いるという方針だろうか。
「これで我らももう、後戻りはできませんな」
「しかし胸がすくような光景です。あの慌てぶりときたら」
と、戦士長がにやりと笑い、ブロウスが楽しそうに言った。
「この事は……周辺国にも伝わるだろうね」
「しかも、その周辺国は矢印が付くのは隠密用の魔道具が搭載されている船だけって知ってるわけだ。あの船ももう使えないし……体面的にも戦力的にもかなりの打撃になるんじゃないかな」
アルバートとヘルフリート王子はそんな風に分析する。
そうだな。人の口に戸は立てられない。あれだけ目立って騒ぎになってしまえば、情報統制どころの話ではない。
相手方が秘密裡に運用していた魔道具を無力化し、それを知らしめた。この事態を受けて、フォルガロの公王はどう思うか。
「激怒するか、それとも警戒するか。いずれにせよ本気になるのは間違いないかな」
そこで深みの魚人族やグロウフォニカの大使が姿を消しているとなれば……まあ、背後関係を察するだろう。
グロウフォニカは深みの魚人族をどうやって連れ出したのかという疑問にぶち当たる。連中は一つの仮説を思い浮かべるはずだ。恐らくそんな事ができるのは瞳だけだ、と。
それはつまり西方海洋諸国の盟主であるグロウフォニカ相手に過去、現在も含めての悪事がバレた上に瞳まで押さえられているということを意味する。
そうなれば時間が経てば経つほど根回しされ、情報が広まって不利になるか……或いは既にそういう事態になっていると予想するだろう。
結果、フォルガロは開戦に備える事となる。だとしても……まずは迅速に自分の足元――深みの魚人族の集落を押さえなければなるまい。それができる戦力、手段が首都にあればの話だが……敵の手に瞳があると予想すればこそ、恐らくは出し惜しみすまい。
そこからのフォルガロの動きは迅速だった。
港と首都を飛竜が飛び交い、すぐさま通りに城や詰所から将兵達が駆り出される。監視塔が結界を展開。大通りが封鎖され、裏通りは隊列を組んでの見回りが始まる。あっという間に首都に厳戒態勢が敷かれていくが――。
「テオドール様。あれを――!」
と、アシュレイが城を映している水晶板を指差した。
その水晶板は――城の敷地から何やら生き物が飛び出してくる光景を捉えていた。装具を纏ったエイのような形状の生き物や、人型の生き物が城の上空を守るように舞う。エイの背にはフォルガロの騎士達が跨っていて――。
「何かしら。あの生き物は……」
「……今まで、あんなものは近海で見た事はない」
カティアが疑問を口にするも、オルシーヴは首を横に振っていた。
答えられる者は――誰もいない。陸の民である俺達は勿論の事、グランティオスの面々も、ネレイドも、深みの魚人族も、キュテリアも。
「少し……海上に顔を出して目で確認してくる」
俺の言葉にみんなの視線が集まった。シリウス号から海上に顔を出して城を見やる。独特の生命反応と魔力反応の輝き。そして完璧な統制を取りつつも自意識を感じないあれらの生命体の動きから判断するに……。
「戦闘用、騎乗用の魔法生物、か?」
キュテリアの血液は……もしかするとあれらを創造、培養するために必要としていたのだろうか?
ならば……あれらがフォルガロの隠し玉という事になる。航空戦力部隊なのだろうが……キュテリアの血液を用いているというのなら、海にも対応できる可能性は高そうだな。