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123 利点と義理と

「――ふむ。お互いにとって良い話だと思うのですが。差し支えなければ理由をお聞かせ願いたい」


 俺の言葉を受けて――侯爵は一瞬眉を顰めた。噛み砕くぐらいの間を置いてから、侯爵が尋ねてくる。

 父の経済制裁策があるからという前提は……まあ明かすわけにはいかないが、それを抜きにしても全く意義を感じない話だ。


 まず第一に、返ってくる見込みも無ければ、貸し付ける意義も感じられないというのがある。こちらが内情をある程度把握しているから余計にそう思うのだろうが、投資などと名目を飾っていても実際のところは変わらない。はっきり言って無駄遣いが多すぎる。侯爵はまず今日見せたような贅沢を止めるべきなのだ。


 今日の歓待にしたって。それにこの屋敷の備品にしたってそうだ。晩餐会や舞踏会を取り止め、絵画や装飾品の類などはまず処分するべきだろうに、侯爵は余裕があるように見せる事が何より重要だと思っているからか、それとも浪費癖が抜けないからか、それができない。

 貴族の体面というのもあるのだろうが、体面が保てているのなら――つまり、信用があるのなら他所から借金を断られたりしない。


「まず、そういった不確実な話で儲けたいとは思っていません。どの程度の資金援助を希望なさっているのか知りませんが、そんな現金は持ち合わせていませんし」

「い、いやいや。名前を貸していただければ。それだけで良いのです。大使殿の信用さえあれば、急場を凌げる。そうなればたっぷりと見返りをですな」


 俺の信用やら名前で金を引っ張ってこようと。


「別の利点――例えば侯爵の人脈と繋がりが持てるからというのがそれだと仰るのでしたら、僕は社交界とは距離を置くようにしていますので。陛下の直臣という立場ですから、あまり特定の派閥に与するような事がないように気を付けています。ですから、それができない事はお分かりいただけるものと思いますが」


 その言葉に、侯爵は鼻白む。だが、まだ諦めていないらしい。


「……大使殿と実家との確執はどうです? 私ならそれを解決して差し上げられますぞ?」

「現状で構わないと思っています」


 言下に切って捨てる。キャスリン達の俺への態度は、確かに侯爵とは直接の関係はないのかも知れない。けれど、それも裏では解決済みだったりする。

 侯爵の発言はそれを知らないからではあるのだろうが、大体今のガートナー伯爵家の誰に何を言うというのか。父さんに言う、という形になるのだろうが、父さんとは和解しているし、完全に侯爵を敵と見なしている。


「というわけで……申し訳ないのですが、もうよろしいでしょうか?」


 侯爵からの返答は、ない。説得の言葉も無くなったかと、少々の間を置いて立ち上がる。


「い、いや! 待っていただきたい! そ、そう! 義理というものがあるのでは?」


 退出しようとする俺の背に、侯爵は追い縋るように声をかけてきた。……そんなにも後がないのだろうか?


「義理? 何の義理ですか?」


 それこそ義理なんてものこそ無いのだが。実家との調停を言い出した以上は、キャスリンとの不仲の事を知らないなんてことはないだろうに。

 振り返って侯爵を見やると、その目が泳ぐ。ここで俺に帰られては万策が尽きるのかも知れない。口走ってから理由を後付けにしているような印象があった。

 そして、侯爵は言う。


「お、お父君とキャスリンの縁談が持ち上がった際、侯爵家は大使殿の母君を第2夫人とする事を認めたのですから! 言うなればご両親の仲立ちをしたようなものではありませんか!」


 ……。ああ、そういう事、か。


「それは政略結婚を成立させたくて当人に納得させるため――いや、侯爵家が譲歩したと見せるため、でしょうか? それをして義理だと仰るのですか?」


 ああ。当人に納得させる必要なんて、なかっただろうさ。


「そ、それは――」


 真っ向から見据えて牙を剥くように笑みを見せると、気圧されたように侯爵は身を引いた。どうやら図星らしいな。

 今更そんな事、どうだっていい。母さんは母さんで、俺は俺だ。生まれがどうだとか馴れ初めがどうだとか。どういう経緯があったにしても何も変わらない。あの日々に、誰にも何も言わせない。


 大体、キャスリンの事についてだって。侯爵とは何度か書状のやり取りをしていたようだと父さんから聞かされている。キャスリンは何度か侯爵の指示を拒んでいるようなのだ。

 結局キャスリンは選択した。そうだとしても伴侶を裏切っているという自覚なんて、はっきり言って毒以外の何物でもない。そうやって父さんとの関係に横槍を入れて拗れさせ、歪ませた本人が、その自覚や呵責さえないのだろうか?


「侯爵がご自身の行動をどう評価しようと、それは侯爵の自由です。ですが僕が今ここにいるのは、断じてあなたのお陰などではない。そこを勘違いする事の無きよう」

「……あ、ああ」


 椅子からずり落ちる侯爵を尻目に、今度こそ部屋を退出する。

 食堂に戻ると丁度催し物も終わったところのようだ。余興を中座させる必要もなかったのは、なかなか良いタイミングであっただろう。

 流石に……この場で断られた程度で実力行使に出るような真似はしないか。


「話は済んだよ。帰ろうか」

「はい」


 帰り支度を手早く済ませて、撤収する事にした。馬車に乗り込み、帰路につく。


 しかしまあ、なんというか。非常に無駄な時間だった。

 しばらく防犯には気を使ったほうがいいな。侯爵も恐らく「庶子や平民など」と思っている口だろうから、王の直臣とは言え、庶子だった俺にすげなく断られた事そのものを屈辱に思っていてもおかしくはない。

 あの様子だと切羽詰って俺の家に泥棒に入らせるなどしても、何ら不思議はないというか。


 俺が侯爵のこさえた借金を凌げるほどの現金を持っているなどというのは誤解だろうが、家に値打ち物があるんじゃないかと言われたら……まあ、魔術的な面から見れば確かにそうだし。

 となると、俺が出入りしている工房の方も、か。アルバートに話は通しておこう。


「テオ……大丈夫ですか?」

「テオドール様? 何かあったのですか?」


 思索に耽っていたが、呼び掛けられてふと顔を上げる。

 3人が心配そうな顔で俺の顔を覗き込んでいた。んん。いかんな。表情に出てたか。


「金か名前を貸してほしいっていう話だったけど、断ってきた」


 簡潔に答えると、アシュレイの表情が曇った。


「侯爵がテオドール様にですか?」

「まあ確かに……ちょっと理解に苦しむ話だったけど。一応暫くの間は防犯に気を使った方が良いかなとは思うよ」


 何せ迷宮に行くと日中留守になるからな。家の周りの巡回を増やしてもらうぐらいは良いだろう。


「そのお話は分かりました。けれど……」

「私達が心配なのは、テオドール様の事です」


 と、2人が言い、マルレーンも心配そうな面持ちで俺の手の甲に掌を重ねてくる。

 あー。うん。相手が相手だったし、彼女達とはいつも一緒にいるからなぁ。

 侯爵と話をしてきて、それで様子がいつもと違えば、実家の絡みで何か不快な思いでもしたかと、察してしまう部分はあるか。侯爵が、俺を怒らせるような話題があるとしたら、両親の事ぐらいしか有り得ないのだし。


「大丈夫。ありがとう」


 小さく笑って答える。実際、侯爵の物言いは腹立たしいものであったが、そこまで気にしていない。あんな言葉をいつまでも引き摺っていると、母さんと一緒に暮らしていた日々まで貶めてしまうからな。


「みんなの事頼りにしてる。支えてくれてるのは、感謝してるよ」


 言うと、グレイスはふと柔らかい笑みを浮かべ、指で髪を梳くように触れてくる。アシュレイに寄り添われ、マルレーンが抱き着くように胸に頬を寄せてきた。

 彼女達の温かさと馬車の揺れに、目を閉じて身を委ねる。そう。こうやって彼女達が傍にいてくれるから俺だってこうして歩いていられるのだし。気にかけてくれている人がいる、というのは嬉しい事だ。

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