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11 家探し

「そうですなぁ。月々75キリグの家賃でなかなか良い物件があるのですが、そこなどどうでしょうな?」


 ロゼッタから紹介された不動産屋キーソン=モルティスから、そんな事を言われた。

 キーソンは恰幅の良い髭の男だ。如何にも絵に描いたような商人といった風体だが……ロゼッタの紹介ならそれほど悪質な吹っかけ方はしてこないだろうとは思う。油断はできないけれど。


「75キリグですか。見てみない事には何ともお答えできませんが」

「勿論でしょうとも。近い場所にあるので参りましょうか」


 そんなわけで東区の綺麗に舗装された道を皆で連れ立って歩いていき、家を見て回る事になった。

 俺達がここに来るために伯爵領から乗ってきた馬車と馬は厩舎に預けてある。馬車はともかくとして、フォレストバード達が乗ってきた余剰の馬は、後でギルドに行って伯爵領に送り届けてもらうという依頼を出すという事で、父さんと打ち合わせしてある。


 それにしても家賃が月75キリグか。キーソンに言われた額を軽く検討してみる。

 キリグとはキリグ銅貨の事だ。日常で広く使われる貨幣であるため、何キリグとか、銅貨何枚という感じで会話を進めるのが一般的である。

 金貨を基準にするなら、セベル金貨1枚がそれぞれアルベン銀貨20枚、ロデル大銅貨100枚、キリグ銅貨500枚、モール卑貨5000枚に相当する。


 流通形態が全く違うから単純比較はできないだろうけれど、日本円に直すとするなら1キリグが1000円ぐらいの感覚的価値になるのだろうか?

 標準的な労働者の月収はおおよそ100キリグ程度だ。月々75キリグの家賃とは、標準的な月収の大半が毎月飛んでいく金額という事になる。そう考えると割と大きい。さすが高級住宅地の東区だ。

 キーソンはこちらの身なりからある程度俺達の懐具合を見積もっているのだろうが。

 

 因みに……家を出る時に父さんに持たされた額は5000キリグだ。金貨9枚と銀貨20枚という構成だった。気軽に仕送りができるわけではない事や、俺が没交渉したがっている事を考えての金額なのだろうが……正直過保護だと思う。


 そこから道中、蟻退治の報酬と褒賞金を山分けで560キリグほどを入手。蟻の群れ相手に戦って560キリグというのが高いのか安いのかは議論の分かれるラインではあるが……個人的にはそれほど大変でもなかったから濡れ手で粟という感じではある。

 更にタームウィルズに到着した時点でフォレストバードへの成功報酬720に上乗せして120を支払い……道中での買い物やらなにやらを諸々差し引けば……手持ちの金は残り4514キリグとなった。


「因みにその家を購入する場合は?」


 この場合借家への家賃でなく持家のローンを支払うような形になるが……。

 さすがに家の相場は知らないし物によって幅が広いと思うので全体として幾らぐらいになるのか尋ねてみた。


「新築ではありませんがしっかりした家ですので。値段としては2万9300キリグになりますな。この場合、月々100キリグに加えて利息を頂きます。維持できない場合引き払う事は可能ですし、しばらく住んで途中から購入するとなった時も、それまでの家賃として払った金額を、幾分か差し引かさせていただく事が可能です」


 ……年間1200をコンスタントに支払続けたとして支払が終わるのに24年と少しぐらいか。これは利息などを含めなければの話だ。詳しい事は契約書を見れば解るだろう。


「ロゼッタ様のご紹介ですから、多少の勉強をさせていただいておりますよ」

「ヘンリーは連絡をくれれば融通するらしいわよ。お金の事なら私も相談に乗るけれどね」


 ロゼッタがそんな事を言ってくる。

 彼女としては俺の顔を定期的に見ておきたい、というところか。俺を目の届く所に置いておきたいのは解るが。


「……遠慮しておきます」


 ロゼッタの申し出は辞退するとして。

 家の購入はしばらく様子見をしてから決めるべきだろう。

 迷宮に普通に潜るとどれぐらいの稼ぎになって、生活しながらだと収支がどの程度になるだとか……今の時点では何とも言えないからだ。

 金を稼ぐだけなら自信はあるけれど、生身である以上、疲労や病気、怪我などもあるだろうから、貯蓄もしたいし、あんまり過酷な労働環境になってしまうような生活はパスしたい。


「そう? 言ってくれればいつでも応じるわよ?」


 ロゼッタは穏やかに笑みを浮かべているが何を考えているのやら。俺が父さんに頼らず、それだけの家賃を払うのはキツいと踏んでいるのだろうか。


「どっちにしても見て気に入ったらですかね。使用人はグレイス一人ですし、維持管理に手が掛かりそうなら別の家を見なければいけません」

「それでしたら手がかかるのは最初だけかと思いますよ? ああ、着きました。あの家です」


 キーソンが示したのは二階建ての……白い石壁に赤い屋根という、割合しっかりとした家だった。ぐるりと家の周りを石壁と鉄柵のフェンスが囲み、家の周りは小さな庭になっているが……最初に手がかかると言うのはこれか。草が伸び放題で庭が荒れに荒れている。


「これはまた」


 グレイスがそれを見て眉を顰める。


「いや、外側までは管理の手が回りませんで。中は綺麗ですし、庭師の手配もできますよ」

「庭師は必要ないでしょう。雑草を抜いて花を植えるだけで大分見られるようになるとは思います。ここを借りるなら、の話ですが」


 グレイスは俺の方をちらりと見てきた。

 この庭の草むしりをやるとしたら、グレイスは呪具からの解放状態になって一気に終わらせるつもりなんだろうな。


 家の建てられている場所は学舎通り。中心部からはやや外れた、静かな位置にある。

 東区の大通り、市場、それから迷宮入口までは然程かからず行ける。そして通りの名前にあるように、学舎までは目と鼻の先だ。単純な立地条件と家の作りを見るに……確かに75キリグは安いと言えるのかも知れない。


 立地という話をするなら、どちらかと言えば迷宮入口に近い方が良いのだが……神殿――つまり王城の近辺は、王城と同系列な迷宮生成絡みの建築物を、そのまま住居として利用している。

 東区は裕福な住宅街程度だが、あちらに住んでるのは完全に金満な連中だ。当然値段も跳ね上がってくるだろうと予想されるのでパス。


 かと言ってあまり安い場所に行くと……例えば港湾のある街の西側などは東と違って治安が相応に悪いので、それはそれで問題が出てくる。

 港湾人足の斡旋とか完全にそっちの筋の領分であるからして。つまり盗賊ギルドがあるのも西だし、スラムがあるのも西だ。安いからと西区で暮らしたいとは思えない。グレイスと暮らしていく事を考えたら治安が良いに越した事はないだろう。

 学舎が近いというのは、治安の面から見たらプラスではある。経済的に裕福であったり、教育水準や意識の高い者達が多い地域という事になるからだ。当然お上が治安維持に努めるので兵士の巡回も多い。


 どうせ住むならやっぱり東区……かな。割高なのは安全を金で買うと考えればいい。

 後はこの家の中身を俺が気に入るかどうかという話だが。さて。


 キーソンが扉を開けて家の中に入る。

 玄関ホールの奥に廊下と二階に続く階段が見えた。階段裏には地下室に通じる階段があるが……まずは一階部分から見ていこう。


「右手は食堂、左手は応接間、その廊下から通じているのが居間と台所、トイレになっております」


 応接間からは家の前の通りに面した庭が一望できるが……まあ庭は酷い有様ではある。

 台所から直接食堂や応接間にも行けるようだ。勝手口もある。勝手口から外を覗いてみると家の裏手に出た。水道橋から引かれてきた貯水池と水路がすぐ近くにある。諸々、便利なのは間違いないようだ。

 水汲みは水魔法でさっさとやってしまえば良いだけの話なので、俺に限っては別に重労働でも何でもないし。


 トイレは水路から水を引けるようになっている。小さなタンクに水を溜めて流す水洗式で中々に衛生的だ。上下水道がある境界都市は非常に文化的で素晴らしい場所である。

 ただ、境界都市は下水と言いつつ、やっている事と言えば迷宮に水路を作って下層へと流し落としているだけだけれど。これは割と問題がある。

 何が問題かと言うと、同じ属性の物が集まるという迷宮の性質上、下層のある部分で非常に嫌な区画を形成する結果になっているのだ。


 その名も大腐廃湖である。特別に用が無い限りは、俺はあんな毒々しい場所には行きたくないが……あの場所を通らないと行けない所もあるんだよな。そこに行きたければ一度は通らないと駄目とか、性質が悪い。

 どんな場所かと言えば、字面から想像してくれれば大体合っている。細い足場が点在するヘドロの湖だ。ヘドロの中からタール状の魔物が襲ってきたり、下に注意していると頭上から羽の生えた人面蟲などが飛びかかってくるという何とも素敵な場所である。

 初見プレイヤーは毒状態にされたうえで足を取られて嬲り殺しにされたりといった憂き目に遭うので、大体トラウマになる。BFOではVR故に省略されていたが、恐らく臭いも相当な事になっているだろう。


「こっちの扉は?」


 嫌な記憶を振り払い、トイレの向かいに付いている扉を開く。


「脱衣所と浴室ですね」

「へえ」


 浴室があるのか。公衆浴場に一々出かけたり、水場で沐浴したりするよりずっと良いだろう。

 トイレ同様、貯水池から繋がる水路から水を引いて溜められるようになっている。湯船はかなり広く、ゆったりとした物だ。湯を沸かすには生活魔法を覚えるか、壁の窪みに魔石をセットしてやる必要があるようだが……。


 魔石というのは魔物から剥ぎ取ったパーツから抽出して作れる結晶体だ。

 魔法との親和性が高く、術式を記述する事で特定の魔法を記憶させたり、単純に魔力を溜めておくといった事ができる。

 あまり複雑な術式は記述し切れないが魔法技師の手にかかれば色々な用途に応用できる。


 但し、そういった複雑で高度な回路が組み込まれた魔道具は完全なハンドメイドであるため、大体目玉が飛び出るようなお値段になる。庶民がお目にかかれるものではないだろう。

 術式でなく、魔力を溜め込んでいるだけの魔石の方は燃料の用途があるので、消耗品として恒常的な需要があるわけだ。

 しかし、回路付の風呂か……。悪くないかも知れない。月75でこれは、ひょっとして安いのか?


「二階は客室や主寝室になっております。テラスと屋根裏部屋もありますよ」


 キーソンに付いて二階を見て回る。客室の数は三。広さはそこそこ。

 主寝室にはテラスと使用人の居室が併設されている。


「地下は?」

「物置としての用途があるかと思います」


 物置、か。地下に降りてみると石壁の頑丈な作りだった。――転送魔法陣をここに設置すると良いんじゃなかろうか。普通の物置は屋根裏部屋を使うという手もあるし。


「グレイスはどう思う?」

「台所が広くて使い勝手が良さそうですね。後はトイレとお風呂ですか。水路が中水道の役割を果たしているんですよね?」

「そうだね。使わない部屋は閉めておけば良いし。手は回りそう?」

「お任せください」


 にこやかにグレイスは応じた。頼もしい事である。


「どうなさいますか、テオドール様」

「一応他にも良さそうな所があるなら見てみたいんですが」


 好感触と見たのかキーソンが嬉しそうに尋ねてきたが……一応もう少しだけ比較検討してみよう。




 その後何件か回ったが、しっくりくる物が無かった。結局最初の、75キリグの家を借りる事に決めてしまった。

 半年分という事で450キリグの家賃を即金で支払い、様子見で暮らしていく事にした。無理ならグレードを下げるし、やっていけそうなら家の購入も視野に入れるという事で。


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