番外538 フォルガロの公王
「――研究の中心を担っている魔術師って言ったら……それはやはり陛下でしょう」
もう一人の捕虜――バスコからはそんな情報を得られた。
情報を引き出す方法はハビエルから聞き出すのに使ったのと同じような手だ。新人の振りをして挨拶がてら辞令を持ってきた、という名目から世間話に持ち込む。
ハビエルからある程度の実情を聞いているということもあり、バスコは割とすぐ信用してくれたようだ。
内密な話をという事で案内してくれたのは街のあちこちに建てられている監視塔の内の一つであったが、バスコの記憶から少し監視塔の内部の情報が得られたのは有り難い。
そうして今までの情報に対しての裏付けを取りつつも新しい情報が聞けないかを尋ねてみたのだが……。研究の中心人物について尋ねてみたところ、そんな解答が帰ってきたのであった。
「あの方は幼少期から魔術の才能がおありになられましたからね。先代もあちこちから魔術師を招聘して公王の家庭教師になさっていたという話を聞いたことがありますよ。今では公国一の魔術師と言われています」
「確かに……資金や人脈、血筋等々の環境整備がしやすいですからね。大貴族は優れた魔術師を輩出しやすい傾向にある、というのは聞いたことがあります」
それはヴェルドガル王家も然り、シルヴァトリア王家も然りではある。海賊行為で得た資金源で環境整備したフォルガロと一緒にされたくはないが。
しかし……公国一ね。それだけの評価となると世辞を除いても……やはり何かしらの分野で頭角を現していると見るべきだろう。だがまあ、戦闘での評価なのか、それとも研究者畑での評価なのかで意味合いは大きく変わるが。
案外、ステルス船の術式を組んだのもフォルガロ公王本人という可能性はある。それはそれで、術式を潰してやれたのは精神的な揺さぶりを誘えるかも知れないが。
「なるほど……。では、フォルガロ公の専門分野等はご存じですか?」
「それは流石に把握していませんが……やはり秘密の研究絡みではないでしょうか?」
そう、か。その辺りの情報も不足しているな。
これだけ裏の事情を知っている相手にも秘密で研究しているとなると、城の警備は相当厚いと考えるべきだ。主導者が魔術師だと考えると、魔術的な侵入者対策もありそうだから、シーカーの潜入は慎重に慎重を重ねた方が良さそうだ。
相手が魔術師で、先にシーカーという手札が発覚してしまうと同じ手が使いにくくなる。
対して、無理をさせずに潜入させたままの場合のアドバンテージはどうか。
連中が軍を動かした時にその内情を見る事も有用性が高い。実際に動いた兵科といった陣営まで見て取る事が可能だからだ。だがまあ、少し突いて出方を見てみるのも一つの手ではあるが……。さて、どうしたものか。
「ん。おはよう」
「ああ、おはよう」
夢から覚めると、第2船倉で意識を取り戻す。シーラがこちらの顔を覗き込んで目覚めの挨拶をしてくれたり、マルレーンもにっこりと微笑んだりしてくれたので、こちらも少し笑って挨拶を返す。
「どうだったかしら?」
「テオドール様の役に立ってたかな?」
「そうだったら嬉しい」
と、尋ねてくるイルムヒルトと、小首を傾げるカルセドネ、シトリアである。呪曲や感情増幅等々の能力の影響について気になっているのだろう。
「ああ。前に同じ事をした時よりも、随分連中の口も軽くなっていたと思うよ。どっちの夢もお祭りだとか、随分と賑やかな雰囲気になってたし、大分浮かれている様子だったからね」
そう言うとホルンもこくこくと頷く。その言葉に顔を見合わせ、嬉しそうな表情をするイルムヒルト達である。
「必要な情報も色々得られたと思う。まずは――艦橋に戻って話をしようか」
というわけで梱包されている捕虜達にも改めて封印術をかける等、必要な処置を施して俺達は艦橋へ戻ったのであった。
潜入させたシーカーはシオン達が操作して城の敷地近くまで移動させて待機中、という状態だ。模型を確認してシーカーのいる場所について確認をする。
「良い場所だね。これなら更に潜入させるにもこのまま待機させておくにも丁度良いかも知れない。こっちから攻める場合でも、敵兵の動きが分かるし」
「それなら良かったです」
シオンがそう言って微笑む。
シオンに頷いてから、ハビエル、バスコ両名からの聞き取りで裏付けが取れた内容。分かったこと等をみんなに話していく。
「まず……他に囚われている者はいないらしい。召喚儀式自体に貴重な触媒が必要で、費用が嵩むからあまりおいそれとは出来ない。だから召喚対象の扱いに気を付けるようにって研究者や関係者に注意喚起があったらしい」
そう伝えると、みんなの表情にも少し安堵の色が混ざる。そうだな。これで再度の潜入等々はしなくても大丈夫という見通しがついた。
「それはつまり、研究のためにはスキュラ族を選ぶ必要がどうしてもあったという事になるわね」
ローズマリーが思案しながら言う。
「そうだね。俺もそう見ている。何か目的としている研究があって、スキュラ族の持つ特性がその条件を満たすものだったのかな」
「私達でなければダメだった? 心当たり、ないなぁ」
と、当人であるキュテリアは少し困惑している様子だが。
「そっちについては不明だけど……どうも、フォルガロ公王自身が魔術師らしくてね。専門分野は分からないけれど、秘密の研究も主導しているらしい。もう一方で、スキュラ族の血から戦闘用の魔法薬の開発もしたみたいだ。多分、魔法薬に関しては本命の研究の副産物かな?」
戦闘薬の効果を話して聞かせると、グレイスが少し眉根を寄せる。
「その魔法薬がどのぐらいの効果かは分かりませんが、戦闘になった場合は常に念頭に置いておく必要がありますね」
「眠らせたり意識を失わせたり、といった方法も有効かも知れません」
アシュレイも真剣な面持ちで言う。そうだな。戦闘薬の存在を前提に対策を立てておくのは重要だ。
「フォルガロ公王自身も……厄介そうね」
ステファニアが眉を顰める。
「俺もそう思う。当人が魔術師で、本命の研究はかなり厳重に秘匿してるようだから、城内の重要区画は魔法的に――例えば結界や魔法罠で防御している可能性が高い」
「そうなると……シーカーについては深入りさせない方が良いかも知れないわね。潜入させている現状自体が優位に働くもの」
クラウディアが目を閉じてそう言うとみんなも頷いた。
「そう言えば威力偵察に類する行動も、と仰っていましたが、あれについてはどうなさるのですかな?」
バルフォア侯爵が尋ねてくる。
「予定通り実行に移そうかと」
「どのような作戦なのでしょうか? 人手が必要ならば我らも動きます」
と、首都から救出した戦士達が申し出てくる。
「ああ、それは――」
内容について細かい部分を説明するとエメリコや戦士達は顔を見合わせて目を瞬かせていた。
「というわけで、戦闘になるかどうかは分かりませんが、もう少し寝静まった頃合いで動いて……相手が対応するまでの速さを見る事で、将兵の大体の練度を見積もったりしようかと考えています。その上で敵の手札を引き出せればこちらとしては上々ですね」
「なるほど……。偵察でもあり、戦力を削ぐ事にも繋がる、と」
「敵に本気を出させる事にも繋がりそうだね」
ヘルフリート王子が少し笑って言った。そうだな。上手く釣れれば手札を開帳してもらえるかなといったところだ。
「それじゃ、このままここで今後についての作戦会議かな? 必要な魔道具があれば即席でも作ろうと思っているから、必要なら言って欲しい。対策を詰めておくのは大事だからね」
アルバートが言う。
「そうだね。もう少し話し合いをして作戦を立てて、時間を置いてから動こう」
そうしてその場にいる面々の意見を聞きつつ、守るにはどうしたらいいか。逆にこちらが攻める場合には、などと、今まで得られた情報から話し合いを重ねるのであった。