番外531 海溝の宴
『――では、目録に関してはこちらも調べて証拠を固めておく。進展があればそちらにも知らせよう』
『そなたらの武運を祈っておるぞ』
「ありがとうございます。陛下達もお気をつけて」
『うむ』
キュテリアの血液を資源として、連中が何を研究していたのか。その辺りの事を想定した話し合いも交えつつ一通りの作戦を立て、手順の確認が終わったところでメルヴィン王、デメトリオ王との通信も一旦切り上げ、会議は終了となった。
方針としては救出に関しては迅速に、ということになる。これは事前に立てていた計画と変わらない。
ステルス船の情報を海洋諸国の大使達が本国に持ち帰れば、機密性もそれだけ低くなる。ステルス船の発見。或いはフォルガロ側の諜報活動等によって遅かれ早かれフォルガロにも機密が漏れた事が伝わり警戒度を高めてしまうだろうが……それはまだ情報伝達の速度から言ってもう少し先の話だろうと予想される。
救出が上手くいった場合も警戒してしまうのは同じだから、そこまでは速度を最重視して望めばいい、というわけだな。
深みの魚人族に離反されるのはフォルガロにとって異常事態のはずだ。その時に連中の保有する手札も見て対応していく事ができれば理想、といったところか。
瞳を保有している深みの魚人族に手出しできるだけの手札がフォルガロにあるのかないのかも……恐らくは巣を突いてみれば分かる。要するに、今回の救出作戦に関しては威力偵察的な側面もある、というわけだ。
というわけで作戦会議も終わった。
救出作戦も控えているので気は抜けない部分もあるが、戦いの前に歓迎の席を共にしてお互いの信頼を深めようということになっている。
「我らの術を利用してフォルガロの連中が集落の視察に来た事もありますが……その時の反応を見る限りでは、我らの料理は陸の民にも楽しんでいただけるものなのではないかと存じます」
「我らも陸で活動する機会が増えていたので、そこで食材を美味しく食べられるようにという研究はしておりました。連中を積極的に歓待する気になどなれませんが、テオドール様達なら話は違います」
長老と戦士長がそう言って笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。僕達としても皆さんの暮らしや文化には興味があるので楽しみです」
「ん。海の幸、最高」
と、期待感を高めているシーラであるが。
「相互の理解を深めるという事なら、私達も陸の料理を作ってお互いの料理を楽しむというのも良いかも知れないわね。迷宮村も最初期はそうした催しをしたのよ」
「懐かしいお話です」
と、クラウディアが微笑んで、ヘルヴォルテもその言葉にうんうんと頷く。そうだな。異文化交流という事なら、そちらの方が盛り上がるだろう。
「島に待機している人達の分もしっかり作って持っていってあげないとね」
ステファニアがにっこり笑って言うと、水晶板モニターの向こうにいる魚人達も「おお……」と期待に声を上げていた。
宴の場所は引き続き甲板と集落の広場だ。救出作戦に向けてお互いの士気を高められるような席にしたいものである。
深みの魚人族はフォルガロの言いつけてくる任務の絡みで何だかんだ陸の食材も口にする機会があるが大体のものは大丈夫、と確認が取れた。
グランティオスの面々は昔から陸の料理を口にしていたりと、慣れている部分があるから、まあ……そういった面から見ても深みの魚人族も大丈夫だろう。
「こちらの自作以外の陸の料理に関しては船上で食べられるものが殆どで、あまり手の込んだものは用意してもらった事がありませんからね。楽しみです」
戦士長はそんな風に言って、ブロウスとオルシーヴは一足先に俺達の作った食事を食べているからどこか楽しそうに笑っていた。
魚人族の待遇は現場の指揮官により多少の違いはあるものの、厚遇されているとは言い難い。結局自分達の創意工夫で何とかしたりという側面もあるそうで。
そういう事ならこちらも自然と料理作りに気合が入るというものだ。シリウス号の厨房に移動し、みんなと一緒に料理を始める。
「海中であまり口にすることが無いものにしたいですね」
「そうなると……やっぱり揚げ物や汁物の類でしょうか?」
と、グレイスやアシュレイがにこやかに何を作るかについての話をする。そうだな……。
「それに加えて甘味を用意して、って言うのが良いかな」
「テオドール君の作る甘味、好きよ」
イルムヒルトが俺の言葉に嬉しそうに笑い、マルレーンもにこにこしながらこくこくと頷いた。うむ。
集落にいる魚人族の人数は隷属魔法の解除作業で分かっているのでそれに合わせて料理を作る。元々討魔騎士団と共に行動することを想定している船なので、大人数の料理を作れる設備がシリウス号にはあるというのはこういう時に強みだ。
そうして暫くして、術で水抜きされた広場に魚人族の料理が運ばれてきて、俺達の用意した料理も完成する。ゴーレム達が大鍋を運んできて、甲板で配膳していく形だ。
「準備も整ったようですな。では――」
と、それを見た長老がにこやかに頷き、再び広場の周辺に集まってきた魚人達に向き直る。
「皆の者! 未だ解放されぬ同胞が我らを待っている状況ではあるものの、ついに我らにとって待ちに待った時が訪れようとしている!」
長老の言葉に、集まった魚人達が歓声をあげて応える。
「長年に渡る縛めから我らを解き放ち、失われていた秘宝を運んできてくれた大魔術師殿! その来訪と協力、友好関係を築けた事は誠に喜ばしい事である! 今宵の宴にて知己を得られた事を盛大に祝い、互いの絆を深め――来るべき同胞の救出作戦と、フォルガロとの戦いに向けて、英気を養おうではないか!」
「おおおおおおおおおっ!」
拳を突き出し長老の声に答える戦士達。解放に向けての作戦を控えているのでかなり士気が高い様子だ。そうして深みの魚人族との宴が始まった。
魚人族の用意してくれた料理は魚の刺身の盛り合わせである。新鮮な魚を一度凍らせて寄生虫対策をした上で料理を作るというのはグランティオスと同じであるらしい。
例の大きなホヤ貝もしっかり捌かれて、他にも貝やクラゲ、雲丹、海老、イカ、タコ、海藻等と共に饗される。陸でも食べやすいよう酢や柑橘類を用意したりしてくれている。これらの調味料は陸で調達したとのことだ。
酢は作りやすいし調達もしやすいが……そう言えば日本でも江戸時代は刺身を酢で食べていたりしたそうだ。してみると刺身の原点回帰的なイメージがあるが……マリネのような味わいである。ホヤも……巨大なホヤだったから味はどうなのだろうと思っていたが食感も風味も申し分ない。
「ああ、これはさっぱりしていて良いですね」
「ん。新鮮な魚は良い。美味」
と、グレイスが微笑み、耳と尻尾を反応させてもぐもぐとやっているシーラである。深みの魚人族は漁をしても基本は生け捕りにしてきて、食事に饗されるまでは集落の生簀に放してあるのだとか。だから鮮度はほぼ完璧と言える。
ブロウスとオルシーヴはこの方法なら醤油とも合うだろうな、と顔を見合わせて言っていた。
「ほう。ショウユとは?」
「テオドール様の作った調味料、らしい。風味が深くて非常に美味だ」
「魚介類に合いますね」
「ああ、非常に合う」
と、長老に答えるブロウスとオルシーヴである。
「そうですね。酢と柑橘の組み合わせもさっぱりして良いと思いますが、刺身には醤油も合うと思います。備蓄はあるので後で試してもらうのも良いかも知れませんね」
「それはまた……。では、陸の料理を楽しませてもらった後で、ということで」
魚人達も興味津々といった様子である。そして……俺達の用意した料理はカツ丼と豚汁だ。卵でとじたカツ丼と、具のたっぷりと入った豚汁を、ゴーレム達が次々配膳していく。
そうして――それを口にした魚人達は驚きの表情を浮かべる。
「美味しい……!」
「お肉を噛んだ瞬間に口の中に美味しい味が広がるわ……」
「この白いものと一緒に食べると……ああ。何だこの美味しさは……」
うむ。とじた卵も良い塩梅の柔らかさで、衣に染みたタレも自信作だ。
「陸の料理は凄いな……。調理法の選択肢が多いというのが大きいのか」
と、中々に好評な様子だ。魚人族にも喜んで貰えたようで何よりである。ロヴィーサやウェルテス、エッケルス。それにモルガンやカティア達も深みの魚人族と普段の生活や食文化等々の話で盛り上がったりと、それぞれに交流を深めている様子であった。