番外530 首都攻略に向けて
こちらの状況の報告も兼ねて、メルヴィン王、デメトリオ王にも連絡を入れ、水晶板モニター越しではあるが、まず深みの魚人族に紹介をする。
「これは……メルヴィン陛下とデメトリオ陛下に拝謁する機会を得られるとは……。これまでの我らの所業、さぞかし業腹でしょう。この通り、一族を代表してこれまでの無礼、お詫びいたします。」
と、長老が深々と頭を下げると、デメトリオ王は柔らかい微笑みを返す。
『悪人は陸でも海でも何時の時代にもいるものだ。今の状況で後世のそなた達に落ち度があると責めるのは酷というものであろう』
『その通りだ。責められるべきは悪意を以って隷属魔法を利用し、そなた達を縛った者達であろう。その上スキュラ族の娘にまで手出しをしていたというのは誠に度し難い。我が国の国是にかけて支援をするべき事案だ』
デメトリオ王とメルヴィン王は共にそんな言葉をかける。
深みの魚人族とキュテリアは俺の主君と、今まで工作をしてきたグロウフォニカの国王ということで少し恐縮していたようだが、二人の柔和で気さくな雰囲気に幾分か安心したようだ。もう一度深々とお辞儀をするのであった。
というわけで、中継をしながらの作戦会議を続ける。現在の状況の報告や、フォルガロにいる人員等々についての確認、そしてこれからについて、といった内容になるだろう。
『――やはり……連中と傭兵に混ざった魔人達は関わりがあったか。我が国も騎士団を動かしたのは正解であったな』
デメトリオ王は話を聞くと暫くの間目を閉じていた。グロウフォニカにとっても忌まわしい事件だが、重大だからこそ証拠無しでは動けなかったのだろう。かといってこの場で激昂するというのも違うということなのか、やがて目を開き、話の続きを促してくる。
「では報告というよりは作戦会議に入ってしまう部分ではあるのですが。深みの魚人族の皆さんの話や記憶を元に、フォルガロの都の立体模型を作ってみました」
『ほう』
「街並みも城の作りも……かなり実戦的で防備が厚いように見えるわね」
「そうね。裏で敵対的な行動をしていて、資金も潤沢にあるというのなら、防備に使うのは道理かしら。それにこの塔……結界構築にも使えるのではないかしら」
と、ローズマリーとクラウディアが首都の模型を見て眉根を寄せる。
『フォルガロの首都は元々海の交通の要衝であった場所だから防備を厚くするというのは分かるが……裏を知ってしまうとそれだけではないというのも見えてくるな』
『一体どれだけの財をかすめ取って作られたものなのやら』
デメトリオ王が街並みを一望してかぶりを振り、メルヴィン王も不快げな表情をした。
海上にまで伸びる高い外壁に囲まれた街と、その中央部に実戦を想定した堅牢な印象の城、という構造だ。
街中にも将兵達の詰所兼砦となる塔がいくつか間隔を置いて建造されていて、高所からの監視が可能な他、攻め入られた際に塔から弓や魔法等々での支援攻撃が可能だろう。
クラウディアの言うとおり、有事の際には外壁の内側に更なる結界を構築するのにも丁度良い配置。軍事的、魔法的に計算された配置で……バリスタや投石器といった大型兵器を塔に設置しても外敵に対して機能しそうだが……恐らくそうした備えもあるだろう。
街並みに関して言うなら、多数の将兵を出撃、展開させて迎撃させやすい作りだ。
塔の一つ一つの射程距離に大通りや広場が設置されている。この作りで実戦を想定するなら……城へと向かう敵を、城と塔から出撃させた将兵で挟撃したり、塔から大通りに支援射撃が行えそうに見える。高所から見れば街の内外にいる敵の動きも丸わかりだろうな。塔の根元も他の塔から見える位置で死角がない。
「海側の塔は――灯台も兼ねています。港と軍港が隣接しているのですが、軍港は基本的に一般人が立ち入るには許可が必要です」
と、ブロウスが教えてくれる。海側の塔に関してはやや機能が多いわけだ。
「私達が普段詰めているのも軍港の一角ですな」
オルシーヴが軍港の一角を指差して言う。
「ん。となるとまずは軍港に集中して救助計画を練れば良い」
「そうね。人員の配置や警備の動きで分かっている事は?」
シーラの言葉にステファニアも同意して尋ねると、魚人達からあれこれと情報を貰える。有事の際の首都防衛もさせるつもりがあったからか、警備に関する事についてはある程度、情報を貰えているらしい。
まあ、そうだな。いざという時にどう動けばいいか分からないのでは深みの魚人族を戦力として組み込めない。なまじ隷属魔法で裏切れないと思っている分、連携を図る意味でも必要な情報なら渡すだろう。
「キュテリアさんもこの軍港にいたのですか?」
「いいえ。私がいたのは……ここよ」
アシュレイに問われたキュテリアは、城を指差す。
「大掛かりな召喚魔法の儀式で呼び出されて……それからずっと閉じ込められていたし、外に出る時も目立たないようにすぐに馬車に乗せられたりしていたから城のどこ、とは言えないけれど……。私がちょっとだけ見る事ができたのはお城の敷地内……だと思う。お城のどこかで魔法の研究や実験をしていたみたい」
召喚魔法、か。無理矢理召喚する系統の儀式のようだが、そうした強制力を持つ召喚魔法はコストが高いとも聞く。そうした術師がいるか、技術的なノウハウがあるのはまず確定だろうか。
「他にどんな実験や魔法研究をしていたかは分かる?」
イルムヒルトが心配そうに尋ねると、キュテリアは少し表情を曇らせる。
「危険なものが多いから、資源であるお前は割り当てられた部屋から出るなって言われていたわ。あんまり役に立つ情報がなくて、ごめんなさい」
キュテリアは少し申し訳なさそうな表情をするが……。
「断片的ではあっても情報は得られますから、役に立たないなんてことはありませんよ。寧ろ大いに参考になります」
「まず、軍港に魔法関係の研究設備はないという事は分かりましたから、魚人族の皆さんの救出に集中できますね」
グレイスもそう言ってマルレーンもにこにこしながら頷く。キュテリアは「それなら嬉しいわ」と、笑って応じてくれた。
他にも得られた情報としてフォルガロの行っていた魔法研究は、下手をすると怪我人や死人が出るようなものということになる。
それと、キュテリアの血液を連中は資源として見ていたというのも判明した。触媒か素材か。用途は不明だが……。
血液の採取に際してはある程度間隔を置いたりと、死なせないような配慮はあったようだが、一度に抜かれる血は結構多かったようで……その結果が回復が追い付かずに衰弱するというものだった。
キュテリアの他に無理矢理召喚された者がいるかは不明。大規模な儀式ということはおいそれとはできない代物だろうが、城の状況が不透明で情報が足りないので、今回の作戦では可能ならば調査と救出を視野に入れるが……さて。
魔法研究に必要とされているという事で、魚人族が逃亡した影響を考えると、警備が厚くなる、などだろうか。短絡的に危害を加えられるような事はない、とは思いたいが……楽観視はすべきではないだろう。
場合によっては首都の戦力を制圧してからの救出というのも視野に入れるべきだが、他に捕らわれている者がいるかどうかは何らかの手段で確認しておきたい。
「我らの集落で看病しているとはいえ、気の重い話だったな。体調が戻ればまた同じ扱いをされると知っていながら、城に連れて行かねばならなかったのだから」
と、戦士長が忌々しげにかぶりを振る。
そうだな……。海賊行為といい、魔法実験といい……気分が悪い連中だ。
魚人族は、それを分かっていたからこそ、せめてもとキュテリアに親身になって看病していたようではあるが。
「集落の人達も同じ立場だって聞かされていたから……親切にしてくれるのは嬉しかったわ。後でフォルガロに引き渡さなければならない方だって、嫌だものね。だから、集落の人達は恨んだりしないって決めてたの」
そんなキュテリアの前向きな言葉にみんなも微笑んで頷く。
「魔法……わるい事に使う人達、嫌い」
「うん。もうやらせない。キュテリアさんも守る」
カルセドネとシトリアもそんな風に言ってキュテリアに寄り添ったりして。キュテリアはやや戸惑っていたようだが、エレナが微笑んで言う。
「二人の境遇は……キュテリアさんに少し似ているのです」
「そう、なんだ。うん。よろしくね」
と、笑顔になってカルセドネ達と握手をするキュテリアである。うむ。
「ともあれ、方針は定まりました。まずは軍港の施設から深みの魚人族の皆さんを救出する事を念頭に置いて行動という事になります。魔法研究も軍事分野に携わる事でしょうし、ここでの無理はしない方が良いでしょう」
救出して態勢を整えてからフォルガロを相手取る、ということになるか。
深みの魚人族を救い出したとしても、彼らはフォルガロの今まで積み重ねてきた悪事の証人でもある。
表立って声明を出すような事はせずとも、フォルガロの連中が深みの魚人族を放っておくはずがない。
だから救出の方法としては――やはり瞳を用いてのもの、ということになる。同時に、広範囲に渡って首都にいる深みの魚人族に対して示し合わせたような動きをさせる事が可能な上に、フォルガロの連中が探し回っていたものを目の前に吊るしてやるのだ。きっと食いついてくる。
「念のため緊急の場合、皆と一緒に離脱できるよう転移魔法の用意も進めておきます」
『それに関しては了承した。タームウィルズでも受け入れ態勢は整えておこう』
と、メルヴィン王がにやりと笑って請け負ってくれる。
『グロウフォニカでも何か状況に変化があればすぐに知らせよう』
任務で出払っている深みの魚人族については――呪法で伝言を送る事でグロウフォニカとヴェルドガルを始めとした同盟が味方だと知る事になる。そうなれば伝言を聞いた深みの魚人族がステルス船から助けを求めてやってくる可能性もあるしな。
「よろしくお願いします。それと、深みの魚人族の皆さんの証言を元に、フォルガロの行っていた悪事に関しての目録を作りました。そちらのハイダーに複写させましょう」
『それは助かる。目録を確認したら、西方各国の海賊被害等々と照合を始めさせてもらおう』
証拠固めはデメトリオ王がバックアップしてくれるというわけだ。ステルス船の船員達も魔法審問を受けている頃合いだろうしな。
他の問題としては――連中がどの程度海の民に対抗する手段を持っているか、という点だろうか。
基本的には連中の目は海よりも別の人間達の国――陸に向いているようで、その方向で戦力を整えているようではあるが。
こちらの戦力を考えた場合でも、首都で戦うより海に誘き出した方が優位に事を進められるかも知れないな。いずれにしても、フォルガロがこちらの動きに勘付くより早く……慎重かつ迅速に手を進めていくとしよう。