番外529 深海の作戦会議
深みの魚人族はかなり盛り上がっていたが、まだ話をするべき事はいくつか残っている。
彼らが少し落ち着く頃合いを待って話を進めていく。
「続いては、戻ってきた瞳をどう扱うべきかについての話をしておかないといけませんね。瞳については深みの魚人族の手に戻るのが本来の筋かと思いますが、皆さんにも懸念はあるでしょう。幾つか対策の提案がありまして、それぞれ利点と欠点がありますので、それを聞いた上で一族の皆さんで話し合って決めて頂くのが良いのかな、と考えています」
「確かに、瞳を巡っては一族から裏切りまで出ておりますからな……。今後もフォルガロのような輩が狙ってこないとも限りませんし。是非、お考えをお聞かせください」
長老が俺の言葉に頷く。広場に集まった面々もどんな提案があるのかとこちらに注目している様子だ。
「まず、瞳を悪用できないよう契約魔法等々を用いて、それに抵触した場合、瞳の力を発揮できないようにする、という方法。この方法は大きく分けて二種類あります。一つは瞳を頑丈な魔道具に組み込む事。もう一つは……お気を悪くしないで聞いて欲しいのですが、瞳自体に術式を刻んでしまう事です」
そう言って反応を窺うも、深みの魚人族は意外と冷静だった。瞳を祀っていた当時の世代とは離れている、というのもあるのだろうが、あくまでいくつかある対策の中の一つだし、前置きもしているしな。
「利点と欠点ということは、それらの方法にも一長一短ある、ということですな?」
「そうですね。最初の方式は瞳自体に手を加える事がないというのが利点で、付属する魔道具を頑丈にすると言っても限界がある、というのが欠点です。何らかの手段で持ち出して魔道具部分を破壊されてしまうと、意味が無くなってしまいます」
「ふむ……。それは確かに」
長老は思案するように顎に手をやりながら頷く。
「2番目の方法は――そうして破壊される心配が無い事が利点です。欠点は……瞳自体を魔石と見立てて術式を刻んでしまうので、術式の容量分、今の瞳よりも力の限界値が下がる事ですね。瞳自体に手を加える事に対する感情的な抵抗も問題でしょう」
そう言うと魚人族は目を閉じて頷く者や何か思案する者と反応が少し別れていた。
「他の方法としては、瞳を守護する守護者――魔法生物を作成する事、でしょうか。これは、瞳に魔道具を後付けする方法に欠点が似ているかも知れませんね」
「魔法生物自体を破壊されてしまっては、元も子もないというわけですな」
「そうですね。但し……魔法生物の内部に瞳を保管するという方法なら、こっそりと盗み出すような手口は避けられます。交戦中に集落の者が魔法生物に加勢したりもできるでしょう」
そう言うと長老も感心したように頷く。
「魔道具を付属させる方法よりも安全性が高くなりますな」
「そうですね。魔法生物と魔道具化とを組み合わせて複合的な方法で守っても良いわけですし」
というわけで、同行している魔法生物の面々を改めて紹介したりして、魔法生物がどういった感じなのかを参考にしてもらう。
軽いデモンストレーションという事でイグニスが腕関節、腰関節の部分を回転させて猛烈な速度で変則的な素振りを見せたり、マクスウェルが磁力線斬りを見せたりすると、魚人族の戦士達は「おお……」と驚きの表情を見せていた。
「他の方法としては……瞳自体を危惧するのなら、余人の手が届かない場所に保管して眠らせたままにしてしまうという方法があるでしょうか。後で好き勝手な事ができないようにしつつ契約魔法を組み込み……転移魔法の応用で必要な時にのみ瞳を持ち出す、という方法もできそうですね。ああ、契約魔法の抵触で転移魔法を応用するというのは、魔道具化や魔法生物の案でも使えますか」
魔道具を破壊しようと試みたら最終的な防衛手段として瞳に対して転移魔法が発動するだとか。そんな風に言うと、長老は苦笑する。
「……何と申しますか、凄まじく高度な魔法技術が必要なお話が多くて驚いておりますよ」
「影響の大きさを考えれば出し惜しみはしませんよ」
と、答えてから言葉を続ける。
「いずれの方法でも対応可能ですが、今まで挙げた方法を皆さんで検討して頂きたいのです。その他の方法を思いついたのであれば実現可能かどうかも含めて相談に乗ります。契約魔法を用いる場合は、どんな方法なら安心して瞳を管理できるのか詰める必要がありますね」
後は……手を加える工程が多くなれば、その分だけ瞳を返すのが伸び伸びになってしまう事も伝えておかなければなるまい。
例えば、直接術式を刻むだけなら返すのは早くできるし、魔法生物に転移魔法まで、となればそれだけ時間もかかるだろう。そういった事を諸々伝えると、長老も含め魚人族達は納得したように頷き合っていた。
「分かりました。瞳に関しては状況が落ち着き次第、我らの間で相談する時間を作りましょう」
そうだな。瞳の管理については半端な事にならないようにじっくりと進めた方が良いだろう。
そして……今回の話し合いについてはこれからが本番だ。
「では――フォルガロにいる方々の救出方法を練るとしましょうか。フォルガロの様子や現在の状況を色々と教えて頂けると助かります。連中の悪事の証拠も掴んでおきたいので、そうした証拠に繋がる話や、過去に連中から受けた任務に関するお話も聞かせて頂きたく思います」
「それに関しては……戦士や、かつて戦士であった老人達に話を聞く事になりますかな。連中が我らに行わせていた事の全体像に関しては、隷属魔法があったために情報の共有ができておりません」
と、長老が言った。そうだな。それは予想していた部分ではある。
「少し時間をかけてお話を聞いて作戦を練る必要がありそうですね」
グレイスが言うと、長老も頷く。
「戦士や元戦士以外の面々には食事の用意など進めさせておきましょう。その者達にも何か役立ちそうな心当たりや思い出したことがあれば、その都度話し合いの場に情報を持ってきてもらうということで」
というわけで、戦士と元戦士の面々以外については一旦解散となった。
キュテリアは魚人族でもないし戦士階級というわけでも無いが、魔法実験を強制されていたので他の情報提供も期待できるかと、作戦会議に参加している。
話し合いの性質は先程よりも作戦会議に近いもので、情報収集に時間も使うし参加する人数も多い。ということで甲板に木魔法で簡易の椅子や円卓を作り、腰を落ち着けての話し合いだ。
シリウス号を覆う泡球の中で、フォルガロの首都の構造を図面に起こしたり、首都に詰めている深みの魚人族が普段どこにいてどんな生活をしているかなどを聞き取って、それを参考に救出作戦等々を練っていくというわけだ。
並行して何時、どこでどんな海賊行為や工作活動を手伝わされた、といった内容も聞き取りをして目録を作ったりしていく。
フォルガロ側に悪事の証拠が残っているかは分からないが、深みの魚人族の証言を各国の資料に照らし合わせれば被害状況の一部を明らかにする事が可能だろう。
深みの魚人族の記憶にも残っていない程古い事件に関しては……流石に追い切れない部分もあるが、幸運な事に深みの魚人族はマーメイドやネレイド程でないにしても人間達より大分寿命が長いそうで。
「そう言えばかなり前に、偽装海賊が魔人を傭兵として使っていた事件があった、とお聞きしていますが、心当たりはありますか?」
と、気になっていたことを尋ねてみる。深みの魚人族は顔を見合わせていたが、1人の老魚人が少し苦々しい表情を浮かべて頷いた。
「覚えて……おりますぞ。炎を操る魔人が結界を張るグロウフォニカ王国の船団を焼き払って、結界を打ち破って脱出したのです。私も補助役としてその場におりましたが、あれは敵味方に多くの被害が出て、大変な事になっておりましたな」
ああ……。やはりフォルガロがその一件にも噛んでいたか。
偽装海賊にしても、関係者の名前を聞き取りしていけば、フォルガロに所属していた武官の名前も出てくるだろう。魔法審問での証言と合わせれば十分説得力のある証拠になるはずだ。魚人達に証言してもらうにはその辺きちんと承諾を得る必要があるが、隠密船の乗組員なら遠慮はいらないしな。