番外527 深みの魚人族のこれからを
キュテリアには破邪の首飾りを渡した。血液という触媒があるとそれを利用して魔法をかける事が容易だからだ。連中の使用用途は恐らく違うのだろうが、念を入れておいた方が良い。
そうしてキュテリアと長老の治療を終えて、交代用の人員を連れて集落近くにある島へと向かう。
島の人員を隷属魔法から解放しても、交代要員を島に配置していないと集落の異常がフォルガロ側に伝わってしまう可能性がある。
フォルガロの通達してきた命令を聞くことで情報入手も可能なので、まだ隷属魔法がかかっているように演技をしてもらうという……要するにスパイ役を担ってもらおうというわけだ。
ハイダーを連れていってもらえば、集落にいながらにして島で得られる情報も入手できる。水晶板の仕組みや操作方法を説明すると、交代で島に向かう魚人達は感心したような声を漏らしていた。
「これなら後で部族会議にも参加できるものね」
と、イルムヒルトが明るい笑顔で言う。それもあるな。
「そうだね。都にいる人達や任務中の面々は参加できないのがなんだけど」
「いえ。できるだけ多くを、と考えて下さるのは嬉しく思っております」
「それに、俺達の働きでフォルガロの連中に一泡吹かせられると考えると……何て言うか、何時になく楽しいって言いますか」
「ああ、そりゃ分かる気がする」
と、魚人族達は笑って返し、そんな風に顔を見合わせて盛り上がっていた。
「では、船に乗って島へ向かいましょうか」
というわけでシリウス号に乗り込み、島へと移動する。
手順としては集落を解放した時と同じだ。必要な場所を簡易結界で覆ってから瞳を励起させ、気配が外に漏れないようにしながら隷属魔法を解除する、というわけだ。
「島の岩陰に洞窟があって、そこを少し整備して待機と連絡用に使っているのです。万が一知らない相手から見つけられても、魚人族が使っていただけと言い訳ができるようにですね」
なるほど。無人島に小屋等を建てるよりは人目を引かないとは思う。では――洞窟のある方向とは逆側から近付いて皆を降ろして行くとしよう。
見えてきた島に対してシリウス号で回り込みつつ、結界構築担当のみんなを降ろしていく。
集落の時とは違い三角錐型で構築すれば良いので、結界構築は4人で事足りる。クラウディア、ローズマリー、ステファニア、マルレーンが結界を維持。グレイスやシーラ達は結界を維持しているみんなの護衛、というわけだ。
「それじゃあ、行ってくるわ」
「ああ。気を付けて」
「問題ないわ。テオドールも水晶板で見ていてくれるし、ヘルヴォルテ達も守ってくれるものね」
と、クラウディアが笑って言うとヘルヴォルテが静かに一礼し、マルレーンも嬉しそうにこくこくと頷いて、ローズマリーに視線を送る。
「んん、まあ……わたくし達をどうこうできる戦力がこの海域に今いるとも思えないけれど、油断は禁物ね」
と、イグニスの引くチャリオットに乗って小さく咳払いするローズマリーである。
「ん。それじゃ行ってくる」
シーラが言う。そうしてそれぞれ甲板からベリウスの背やデュラハンの馬、チャリオットに乗りつつ、飛んでいった。
後は島の裏から洞窟側に回り込めば三角錐の結界で閉じる事ができるというわけだ。正面に回り込み、甲板から離れたステファニアがコルリスと共に海面付近に立つ。
「準備できたわ」
と、ステファニアが笑顔で言った。
クラウディアに同行させたバロールが上空から周囲に船影等々が無い事を確認。目蓋を閉じたり開いたりしてクラウディアに合図を送る。
そうしてクラウディアが手を頭上に掲げ、マジックサークルを展開。4人の術師を頂点とする光の三角錐がシリウス号と島全域を包む。
結界構築と同時に、俺も瞳を励起させると――眩い輝きと共にその力が広がっていった。
シリウス号正面に捉えている洞窟から――深みの魚人族が4人、半分眠った状態で姿を現した。
「それじゃ、手早く進めていこうかな」
マルレーンが結界維持と一緒にランタンで幻影も展開してくれているが……なるべく早く終わらせた方が良いというのは間違いないからな。
そうして――洞窟から出てきた面々が全員揃っている事を確認した上で隷属魔法を解除していく。こちらは集落側とは違って人数も多くはないから簡単なものだ。
4人全員を解放したところで支配を解除。瞳に封印術を施して木箱に戻すと、それを見届けた結界構築班もこちらに戻って来る。
意識が戻った魚人達はと言えば……周囲を見回していて戸惑っていた様子だが、交代の面々が事情を説明すると顔を見合わせ……数瞬の間を置いてから喜びの声を上げるのであった。
というわけで島に詰めていた人員はシリウス号に乗り込んで集落に戻る事となった。
予定通り、代わりに交代要員が島の見張り役となる。ハイダーと水晶板を目立たないように待機用の洞窟内に設置する。
「済まないな……。お前達も家族とゆっくり過ごしたかっただろうに」
「いいさ。家族に会って来てやれ」
「俺達もそうしてきたしな。次はお前らの番だろ」
「それに、フォルガロのためじゃなく、俺達の為だと思えばやる気も違うってもんだ」
と、交代役の魚人達は仲間達に笑ってそんな風に言って……彼らに見送られる形で海溝の集落側へと戻るのであった。
「手の届く範囲での隷属魔法の解除は終わったけど……話はここからだね。到着したら……まずは自己紹介と、ここに来るまでの経緯の説明からかな」
一仕事終わって艦橋に戻ったところでそう言うと、俺の言葉にヘルフリート王子が頷いた。
「信用を得られるように……僕も頑張らないと」
「私も一緒に説明するわ」
と、カティアが真剣な面持ちで言う。事情説明となるとヘルフリート王子の経緯から話さないといけないところがあるからな。
「もうひと頑張り、か。テオ君は魔法を使いっぱなしだけど大丈夫かい?」
「テオドール様しかできないお仕事でしたからね。頭が下がりますわ」
と、アルバートとオフィーリアも言ってくれる。
「まあ、それを言うならアルにも魔道具作りで頑張ってもらったし。環境魔力とマジックポーションで補ったりもしているから大丈夫だよ」
こう……何というか、魚人族が喜びに沸いているからか、精霊達も活性化していて俺に力を貸してくれたりするので。
「体力回復の魔法もありますから、いつでも言って下さいね」
「それじゃあ、今のうちに頼んでおこうかな」
「はいっ」
アシュレイの申し出に頷くと彼女は嬉しそうに微笑み、後ろに回って体力回復の魔法をかけてくれた。身体の奥からじんわりと温かくなるような感覚に、軽く目を閉じて息をつく。
「お茶と焼き菓子もどうぞ」
「うん。ありがとう」
グレイスの淹れてくれたお茶と焼き菓子も口にすると、お茶の温かさと糖分の甘みが染みいる感じだ。
「ん。肩も揉む」
「ああ。じゃあそれもお願いしようかな」
と、手をわきわきとさせるシーラに少し笑って頷く。ステファニアやローズマリーも小さく肩を震わせたりして。
そうしてシーラにマッサージをしてもらったりして……。ああ、これならこの後も頑張れそうな感じだな。体力や魔力に問題はないが、隷属魔法解除が間違いなくできるように気を張っていたところはあるから、気力の面でみんなに支えてもらえるのは有り難い。
戻るまでの少しの時間ではあるが、リフレッシュというか肩の力が抜けて気合を入れ直す事が出来たように思う。
というわけで集落に到着したところで、長老や戦士長を交え、色々と大人数で話ができるように段取りを整えてもらう。
集会用の広場があるので、そこにシリウス号を横付けする形だ。
長老も今後の一族の方針を占う大事な話と言って人を集めていた。キュテリアも参加である。自分がここにいていいのかと遠慮している様子であったが、魚人族には歓迎されている様子である。
本来なら瞳を扱う族長もいるのだろうが……ブロウスの話によれば瞳が失われてから久しく、また族長に瞳を任せて一族を率いてもらうという方法も隷属魔法での支配を呼び込む一因となったために、現在では合議制が敷かれているとの事である。
さて。では深みの魚人族との話し合いか。改めて気合を入れて臨むとしよう。