番外526 村外れのスキュラ
次々と順番に隷属魔法を解除して、ある程度人数が纏まったところで瞳の影響下から解放。戸惑う彼らに既に解放されている面々が現状を説明する。
女子供の隷属魔法解除作業は終わり、続いて男衆の解除作業に移っている。彼らも意識が戻った時はやや戸惑っていたが、説明を受けてシリウス号の周りで固唾を飲んで見守っている家族や恋人、子供から声をかけられたり抱きつかれたりして、周囲のあちこちで泣き笑いに近い状態になっているのが見受けられた。
それでも俺が深みの魚人族を催眠状態で順番に解除しているからか、彼らが意識を取り戻さないように出来るだけ大きな声を出さないように努めているようだ。
「テオドール様。魔力は大丈夫ですか?」
「んー。この辺でマジックポーションも飲んでおくかな。足りなくなったら環境魔力も借りるつもりでいるけど、念のためにね」
アシュレイの言葉に答えて小瓶を受け取り、マジックポーションを飲み干す。んん……。苦味で意識が冴えるというか。
マジックポーションが馴染んで魔力が回復するまでは、少しタイムラグがある。途中で万が一にも瞳の励起が途切れないよう、余裕のある頃合いで次のマジックポーションも飲む事を考えに入れつつ、更に深みの魚人族の解放作業を進めていく。
そうして暫く作業を進めて……ようやく集落にいる深みの魚人族全員の隷属魔法からの解放が終わった。
大きく息を吐いて瞳の励起を止める。再び封印術をかけて木箱に収めたところで、周囲の魚人族達から大きな歓声が起こった。やっと声高らかに感情を露わにできるということで、その喜びようは相当なものだ。親子で寄り添って……こちらに向かって手を振ってくれたり、夫婦や恋人同士なのか、それとも兄妹なのかは分からないが、男女で抱擁しあっていたり。
「良かった……。みんな喜んでくれていますね」
「そうだね……。まずは集落の人達が解放できて良かったと思う」
「あんな風に喜んでくれると……私達も嬉しいですね」
グレイスがそう言って微笑みを浮かべる。俺が答えると、アシュレイも穏やかに笑って頷く。水晶板モニターでこちらの様子を見ていた結界を張っているみんなも笑顔になっていた。
と、そこに……長老が声をかけてくる。
「本当に……何とお礼を言っていいか。皆も感謝しております。この後、先程受けた注意点についてみんなに厳命しておこうかと思います」
「助かります。ですが連絡役のいる島やフォルガロの首都、任務中の方々の隷属魔法解除がまだですからね。村外れのスキュラ族の方も、ですね。まずはその方の隷属魔法を解除してしまいましょう」
隷属魔法の非正規の方法による解除については社会的な影響が大きいために、俺が解除したことについては秘密にして欲しい。そういう旨の話は長老達にもしてある。
「分かりました。島に詰めている者達については、もう暫くしたら集落から交代要員が向かう事になっています」
「では……それに合わせて僕達も同行します。島の方々の解放が終わったらすぐに戻ってきますので、今後に関する相談の時間を取りましょう」
「わかりました」
深みの魚人族にも色々聞きたいことはあるのだが、手の届く範囲での隷属魔法の解除を今は優先するべきだ。但し……首都側に詰めている魚人族については、万全を期して望む必要があるので、どうしても作戦会議を経てからになってしまうけれど。
さて。ではまずスキュラからだな。今はブロウスが向かって状況説明をしてくれている。シーカーを同行させたが、どうやらスキュラは落ち着いて話を聞いてくれているようだ。
逃亡や抵抗の様子もないし、恐らくもう簡易結界も解除して大丈夫だろう。というわけで、皆と合流して、スキュラのところへ向かう事になったのであった。
「どうぞ」
長老の案内で集落北側にあるスキュラのところへ向かい、扉をノックすると返事が返ってきた。
家の中に入ると――そこにブロウスとスキュラがいた。水蜘蛛の糸で編まれた衣服を纏っているが、半身は蛸の足だ。人間で言うなら見た目の年の頃は10代後半から20前半ぐらい、だろうか? 俺達を迎えると寝台から降りてお辞儀をしてくる。
「初めまして。ヴェルドガル王国から来ました、テオドールと申します。体調が悪いと聞いていますし、そのままで構いませんよ。」
「ありがとう。でも大分回復しているし大丈夫よ。キュテリアと言うの」
スキュラ――キュテリアはそう名乗った。
「ええと……フォルガロ以外の陸の民と話をするのは初めてだから、何か失礼な事を言ってしまったらごめんなさいね。魚人族の皆を助けてくれてありがとう。みんな優しくて、良くしてくれた人達なの。寂しくないようにって、お見舞いの品まで持ってきてくれたりね」
と、キュテリアが笑みを浮かべて言葉を続ける。
深みの魚人族は療養の為に静かな環境を用意したとのことだが、確かに家の中は寂しいという雰囲気はない。色とりどりの貝殻を繋ぎ合わせた飾りや刺繍の施された水蜘蛛の糸の織物など、見舞いの品らしきものが見受けられた。
深みの魚人族としてもキュテリアの境遇には思うところがあったのだろう。海での療養を手伝うように命じられたのだとしても、同じフォルガロの被害者だ。隷属魔法に強制されたものでなく、自分達の意思で親身になれる相手でもあっただろう。
だから……キュテリアもまた、深みの魚人族が解放された事を自分の事のように礼を言ってくれるというわけだ。
「色々お聞きしたいこともありますが、まず隷属魔法を解除してしまいましょう。僕が解除した、ということについては秘密にしてもらえると助かります」
「ありがとう、約束するわ。どうか、よろしくお願いします」
というわけで、オリハルコンで波長を合わせて隷属魔法を解除する。やはり生命力も些か弱っていたので、同意を得てから循環錬気で生命力を活性化。アシュレイにも体力回復の魔法をかけてもらう。
「ああ。何だか……身体が温かいわ。とても……力が湧いてくる感じ。何度も技術開発のためだって、血を採られたりしたから……。傷は割とすぐ再生するのだけれど、血はどうにもならなくて、ね」
キュテリアは目を閉じて安堵したように息をつく。スキュラの血、か。魔法実験だか技術開発だか知らないが、連中の何かしらの目的のために必要だったということか。
「酷い事をするものね……」
と、ステファニアは眉根を寄せ、目を閉じてかぶりを振る。
「先程よりは回復したかと思いますが、まだ……あまり無理はしないように。特にフォルガロの連中には色々思うところもあるかと思いますが、僕としては皆で力を合わせて対処できればと考えています。あんな連中のために犠牲が出てしまうのも癪ですからね」
「そう、ね。確かにあの連中は気に入らないけれど、1人で先走るような事はしないわ。都にはこの集落の人達もいるのだし、その人達もきちんと助けないといけないもの」
そう言ってキュテリアは真剣な面持ちで頷いてくれた。彼女もまたこの集落の人達の事をしっかり考えてくれているようで。
「では、長老の尾も手当てしてしまいましょうか」
「これはかたじけない……。何というか恐縮です」
と、長老は畏まっていたが。
長老の生命力も活性化して体内魔力の流れを整える。慢性的に痛めた場所というのはやはり生命力や魔力の流れもあまり良くなかったりするからな。
調子を整えた後で、アシュレイが治癒魔法を用いると、長老は「おお、痛みがなくなりましたぞ」と、表情を明るくして尾を動かしていた。
よし。これで後は島の人員と首都の人員だな。任務中の魚人族については心配なところもあるが……これだけ深みの魚人族を解除してきて同じ合鍵で開錠できたのだから術式自体はきちんと作用してくれるだろう。