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番外525 瞳の力

 長老と戦士長が落ち着いたところで、改めて偽名ではなく本名を名乗る。


「フォルガロでも噂は聞こえております。ヴェルドガル王国の大魔術師殿だと」

「納得致しました」


 そうか。やっぱり偽名や幻術を使っておいて正解だったな。俺個人の特徴云々までは伝わっていないようだったが。

 さて……。では隷属魔法の解除に向かって進めていこうと思うが……。


「何か瞳を使うにあたり、注意点はありますか?」

「瞳は――強い魔力、或いは闘気、それに強固な意思を注げる者ほどそれに呼応するように励起して広く効果を及ぼすことができる、と言い伝えられております。支配や強化を維持するのも魔法の維持と似たようなものだと。故に瞳を受け継ぐ者は武芸にしても術にしても鍛練を欠かさなかったそうですな。誰が発動させるかは重要かも知れません」


 誰が発動させるか。長老か戦士長に手伝って貰えば、とも思っていたが。あくまで瞳側に依存した能力。励起のさせ方が重要であるなら循環魔力かそうでないかはあまり関係ない、という事になるのだろうか。

 そんな言葉に、ブロウス達も含めてみんなの視線が俺に集まる。


「維持を考えると……僕が発動させた方が良いのでしょうか」

「テオドール殿ならば安心してお任せできます」


 では、その役は引き受けよう。循環魔力で効果範囲が変わるようなら、他にも大きな闘気や魔力を注げる面々もいるし、その場で変わってもらうということで。


「それと……村外れに1人、深みの魚人族ではないのですがフォルガロの命令で連れてこられた海の民がいます。隷属魔法では我らとは少し違い、逃亡等を禁止されているだけ、という話ですが」

「海の民、ですか?」

「スキュラ族のお嬢さんですな。本人は明るい御仁ですが弱っていて臥せりがちで……同じ海の民ということで看病を任されたのです。何でも本人の言うところでは、首都で魔法の研究と実験に付き合わされていた、とか」


 グレイスが首を傾げると長老が教えてくれた。その言葉に、みんなの表情が曇る。カルセドネとシトリアも、不快げな表情をした。


「その方の容態はどうなのでしょうか? 何かできることはありますか?」

「いえ。命の心配という程の事は。やはり海に戻されたのが良いのか、少しずつ体力も回復しておりますよ」


 それは……良かった。

 スキュラか。半身は人間の女、もう半身は蛸の足だとか複数の狼の頭を持つ魔物……らしい。らしいというのは、海の魔物で単独行動を基本としているので、目撃例も少なく曖昧な部分があるのだ。対話や交渉は可能らしいので、冒険者ギルドでは友好的な魔物に分類される。


 しかし、工作任務で動く深みの魚人族とは立場が違うので、聞いてみれば隷属魔法で強制しているルールも違うようだ。本人はまだ本調子ではないが逃走の危険はない、と。それならば……監視を置いておけばすぐに解除、としなくても大丈夫そうだ。だが、魔法実験か。内容が気になるところだな。


「分かりました。いずれにしても必要な事ではあるので、集落の出入り口を簡易結界で閉じます。魔法実験として通達できるように偽の命令書も作ってありますので」


 そうしないと瞳の魔力反応を遠くから察知してしまう深みの魚人族もいるかも知れないからな。不測の事態や不手際による逃亡防止にも繋がるしやっておくべきだろう。


「承知しました。通達をして参ります」


 と、長老と戦士長は通達の為に動き始めるのであった。




 そうして長老と戦士長から、深海での実験を行う旨が通達される。

 海の中で結界を張る実験等々の名目で、危険はない。しかし念のために家に篭っていた方が良い、などと通達されて深みの魚人族の集落はすっかり静まり返っていた。不安感を与えているのは間違いないから、手早く進めていきたいところだ。


 クラウディア、マルレーン、ローズマリー、ステファニア、エレナ、カティア、ロヴィーサ、モルガンの8人で海溝に沿って、集落の端と端を閉じれば――簡易結界が構築できる。それぞれにシーラやイルムヒルト、シオン達、カルセドネ達といった手の空いている者達や動物組、魔法生物組が護衛として同行する。

 グレイスは瞳を励起させるにあたり、強い闘気を使えるので船にて待機。アシュレイも怪我人が出た時を考えて手を開けておく。


「では、始めましょう」


 そうしてそれぞれ配置が完了したところで、クラウディアがマジックサークルを展開。要となる術師から術師を繋いで集落全体を結界の光壁が包み、外界と隔離する。


「よし……。それじゃこっちも動くよ」


 シリウス号の甲板に立ち、封印術維持のための木箱から瞳を取り出す。術式を解除して瞳を解放。同時に練り上げていた循環魔力で瞳の力を解放していく。


 手の中で淡く緑色に光る瞳が、こちらの魔力に呼応して光量を上げていく。と同時に、影響範囲に置くことのできる魚人族の位置が――感覚的に視えると言えば良いのか。

 こちらに伝わってくる。ブロウスとオルシーヴ、長老と戦士長といった個体ごとの識別も可能だ。


「これは――すごい」

「何という雄大な……」


 ウェルテス、エッケルスにも瞳の力の高まりは海の民として感じるものがあるらしい。瞳が励起するのに合わせて、そんな言葉を漏らしていた。


 強い意思にも反応する、と言っていたな。だから、思う。深みの魚人族と共に在る主であったのなら、今共に彼らの窮地を助けよう、と。


 サンダリオの記憶。彼と共に戦った魚人族の事。サンダリオとマルティネス家の人々の意思。長きに渡る深みの魚人族の苦しみとサンダリオ達の心残りを、終わらせよう。その為に――力を貸して欲しい。


 瞳の放つ光が更に力強さを増していく。そうして。もう集落の端から端まで届くという、感覚的な確信があった。力を解き放てば、一際強い光の波のようなものが放射状に広がっていく。こちらの望んだ相手に対してのみ「支配」を及ぼす事ができたのが分かった。


 あちらこちらの家々から戸口が開いて、深みの魚人族が老若男女問わず、次々と姿を現す。その瞳は殆ど閉じられていて。意識は夢うつつと言ったところだが……ゆっくりとこちらに泳ぎながら、自然と列を成していく。


 戦士階級から、というのがリスク管理ではいいのだろうが……長老も戦士長も、女子供から、というのを望んでいた。であれば、その気持ちに沿うのが良いだろう。


 では始めよう。瞳の力で意識を薄れさせているから、隷属魔法の強制力でこちらに攻撃を仕掛けてきたり逃亡に転じたりということはない。なので封印術は省略できるだろう。

 まず、甲板に降りてきた小さな子供達とその母親からという事になる。

 並んだ順番に隷属魔法から解放していく。合鍵の形状は分かっているので後は個人に波長を合わせて次々解除するだけだ。


 マジックサークルを展開したまま、読み取り、解除していく。甲板の一角に移動したところで十数人を纏めて支配から解放する。


「あ、あれ。私は一体……?」

「お、オルシーヴ兄ちゃん?」


 と、解放された面々は周囲を見渡して戸惑っている様子だが。そこにオルシーヴが声をかける。


「落ち着いて聞いて欲しい。今、地上の英雄殿がやってきてね。瞳を使って半分眠らせたままで、我らにかかった隷属魔法を解除してくれているんだ」

「魔法実験というのは方便じゃが、信用のできる御仁だから安心するのじゃぞ」


 オルシーヴと長老の言葉に母親達は目を見開いて。そして数瞬の間を置いて、自分達を縛るものが無くなっている事に気付いて我が子と抱き合う。

 子供達も母親や兄弟姉妹同士で抱き合って。そうしてあちこちから嗚咽が聞こえてくる。悲しみではなくて、泣き笑いの。喜びと感動からの声。


 その光景は……俺にも力を与えてくれる。意思の力か。瞳から感じる力は強くなっているのに俺の負担は軽くなっているような気すらする。


「あったかくて……やさしい光……」


 と、子供達が瞳を見て言う。そうか。瞳の今の力は、深みの魚人族にはそんな風に感じられるのか。ああ。この調子なら、いくらでも頑張れそうだ。どんどん隷属魔法の解除を進めていこうじゃないか。

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