番外523 深みの集落
「いやはや。船旅なのに自由に入浴ができるとは、何とも有り難いことです」
と、艦橋にエステバン達が戻って来る。空中戦装備を扱う訓練を終えて、順番に風呂に入ってきたというわけだ。
あの後シーラ達も訓練に参加して演武を行った。それに触発されたか、エステバン達は体力回復の魔法も使って長時間の訓練を積んでいたというわけだ。精鋭部隊だけあって上達も早いというか。
「充実した時間になったようなら何よりです」
「確実に戦力が増強されている、という感覚が嬉しいのですな。つい皆、気合が入ってしまいました」
マルセロもそんな風に言って笑顔になっていた。
「しかしまあ……使い魔まで空中戦装備を使いこなしているというのは驚きましたが」
そんな言葉に一同妙にしみじみと頷き合っていた。ああ、うん。ラヴィーネやリンドブルム、コルリスやティールといった面々がシールドを蹴って飛び回る様子に目が点になっていたからな。
当の動物組は艦橋の思い思いの場所に座ったり寝そべったりしてのんびりしている様子だが。
コルリスはぺたんと床に腰をおろして、楽しそうな表情のセラフィナから手渡される鉱石を、爪の先で摘まんで口に運んだりしている。
「陸の魔物は……石を食べるのですか。何とも不思議なものですが……」
と、ブロウスやオルシーヴは目を瞬かせていた。珍しがっているのはエステバン達も一緒ではあるが。そんな反応にみんなが笑顔になったりと、和やかな雰囲気の中シリウス号は進んでいくのであった。
ブロウスやオルシーヴに海溝での暮らしぶりを聞きつつ、なるべく向こうも訪問客を受け入れやすい時間帯を選んで到着できるよう速度調整する。
隷属魔法の解除に関してはいくつか解決しなければならない問題がある。そのあたりの事を相談しながらも、シリウス号は昼夜を徹して進んでいき……そうして一夜が明けた。
海底の様子は相変わらず美しいが、ネレイド達に言わせると自分達の住んでいる近辺やグロウフォニカ王国内の海とは生き物の種類が違う、とのことで。
「地理的な物もあるかなとは思いますが……瞳の主が支配していた海域ですから、その魔力の影響があって、他の海とは違っているのかも知れませんね」
「それは……あるかも知れません」
俺の言葉にカティアが神妙な表情で頷き、ブロウスも首肯する。
「確かに。何というか俺達から見るとグロウフォニカ王国の海域は優雅な印象がありましたが、俺達の住んでいる場所は……大型で力強い生き物が目立っているようにも感じます」
なるほどな。ブロウスの所感は瞳から受ける印象にも近いものだ。
「海域の主の性質、性格が反映されているのなら、納得できるところではあるわね」
と、ローズマリーも興味深そうな様子だ。
実際、モニターの映像にはカジキであるとか鮫の姿もちらほら見える。深みの魚人族のテリトリーでもあるから、凶暴な魔物というのはあまり姿を現さない、とのことだが。
「ん。美味しそう」
モニターを見てそんな風に言うシーラに、グレイスやイルムヒルトがくすくすと笑っていたりするが。うむ。
艦橋は割合和やかな雰囲気であったが――。
「ああ、見えてきたわね」
クラウディアが言うと、みんなも真剣な表情になる。
正面モニターの遠景には南北に伸びる大きな海底の亀裂――海溝を捉えている。シリウス号が何隻も並んで余裕で潜っていける程の幅がある。
ブロウスとオルシーヴの話では広いところは幅も相当なもので、狭いところはシリウス号では通れないだろう、とのことだ。
幸い深みの魚人族が住んでいるところにはシリウス号で降りても問題ないぐらいのスペースはあるそうで。そのまま進んで海溝の直上まで来たところでゆっくりと深度を下げていく。
ティエーラや精霊王の加護は受けているし、海溝の底までいくわけではないが……念のために風魔法のフィールドの上に水魔法のフィールドを展開して水圧を軽減しておく。
「ええと……俺達の里はもう少し北上したところですね」
「私達はもう少し降りたら甲板で待機させてもらおうと思います」
ブロウスが周囲の景色を見回して言うとオルシーヴも言った。亀裂の形などで現在位置をしっかり把握しているらしい。
「その方が深みの魚人族の皆も安心だろうからね」
ブロウスとオルシーヴの姿が見えやすいように、甲板の様子が集落から見える高さに合わせてから北上すると、二人とも確認を取って、そのまま船を降ろしていく。
「到着したら、後は打ち合わせ通りに。二人としては、少し不安だろうけれど」
「テオドール公を信じます。確かに……我らはフォルガロに良いように使われてきましたが……陸の民とも接点を持つ機会が多いからこそ、誠実な御仁がいる事も知っています」
「翻って……海の民もそれは同様でしょう」
陸の民だとか海の民だとかで信用できるできないを分けても意味はない。そうだな。それは確かに。
ブロウスとオルシーヴは頃合いを見計らって、そろそろ北上しても大丈夫と太鼓判を押してくれる。そうして一礼すると艦橋を出て行った。
海溝を北に向かってゆっくりと船を進める。海の透明度は高いが海上からの光はもう届かない深さだ。暗視の魔法を展開しながら海溝の真ん中を行くと――やがて壁面に明かりが見えてきた。
深みの魚人族の集落の明かりだ。あちこちにぼんやりとした光源があるが、光る珊瑚、ではない。
光の形は概ね球形で……ブロウス達の話によると魔物貝の一種から真珠を採取して加工するとああして光るそうで。深みの魚人族の集落では光源として利用しているのだとか。
「真珠にしては……大きいわね」
とステファニアが目を瞬かせる。そうだな……。サッカーボールぐらいはあるだろうか? 大きいのでアクセサリーには向かないがインテリアとしては良いのだろうか。陸の民の俺達からしてみると抑えられた控えめな光量ではあるが、深みの魚人族にしてみればあれで丁度良いのかも知れない。
近付くにつれて段々と集落の様子もはっきり見えてくる。モニターで拡大して確認してみれば、海溝の岸壁を掘るようにして作られた家々が上下左右に規則正しく並んでいるのがわかる。
そこから漏れる明かり。家の前にテラスのような構造が突き出している家があってイソギンチャクのような生き物が植木鉢の花のように並べられていたりして。
岸壁には通路が掘られていて広場らしき場所も見える。このあたり、ハーピーの集落と、やはり少し似ているだろうか。
他には岸壁の一部を深く掘って大きなホヤ貝のような生物を……これは栽培するように養殖していると言えばいいのか? 色々と興味を引くところが多い。
見張りらしき魚人がシリウス号の接近に気が付いて驚いたような表情を浮かべるも、甲板からブロウスとオルシーヴが大きく手を振っているのも目に入ったのか、やや困惑しながらも手を振りかえしている様子だった。
家々の窓からも女子供の魚人族が恐る恐るといった様子でこちらに向かって顔を覗かせている。
女性の魚人族は体色がピンクだったり白だったり割と変化に富んでいて全体的に鮮やかでほっそりとしている印象だ。一方で男衆の色合いは暗青色や暗緑色、黒といった落ち着いた色合いでブロウス達とそれほど変わらないが、身体付きはしっかりとしていて……そのあたりはやはり魚人族らしく、一族の男達は皆戦士的な種族であるらしい。
「隷属魔法を受けているとは言っても自治は許されている、ということでしたな」
「制限はあるし不自由な事も多いのだろうが……暮らしぶりには多少は安心できた」
ウェルテスが言うと、エッケルスも集落の様子を見て静かに目を閉じて頷く。
そうだな。テラスに陸で言うところの花壇のようなものを作ってそれを愛でたりするぐらいの自由はあるというわけだ。フォルガロとて、集落での暮らし方まで制限する意味はないのだろう。
集落に入る前にシリウス号の前進を停止させる。このあたりで良いだろう。シリウス号で集落内部まで進んで無用な混乱を引き起こすような事は避けたいからな。
隷属魔法の性質を考えるとすぐさま手当たり次第解除というわけにもいかない。まずはブロウス達の言っていた集落で最も偉い面々――長老と戦士長に挨拶から入る必要があるだろう。




