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番外514 騎士の追憶

 というわけで、集会所に手荷物を置いて、それから皆で墓参りとなった。

 墓所は里の奥にあるらしく、人化の術を解いたネレイド達に案内されてその場所へと向かう。

 故郷に帰ってきたという安心感もあるのだろう。ネレイド達はゆったりと海中を舞うように泳いでいる。水の精霊達も数が多く、ネレイド達が帰ってきたのが嬉しいのか、彼女達の周りを楽しそうに泳ぎ回ったりして、俺からも精霊が見えているのがわかると、楽しそうにこちらに手を振ったりもしてきた。うむ。


「精霊が多いですね。やはり、里が特別なのでしょうか」

「そう、かも知れませんね。私達にとっても故郷であると同時に、特別な場所ですから」


 と、モルガンが教えてくれる。

 里を覆う魔力も清浄なもので、それも精霊の多さや活発さに関係しているだろう。ネレイドの里が東国で言うところの霊場や、陽の魔力溜まりと形容される場所であるのは間違いなさそうだ。


 通りを泳いで里の奥へと向かうと、石造りの神殿めいた建物があった。墓所の敷地は里の規模に比してやや小さめではあるが、ネレイド達は長命種であるから墓所の規模も緩やかにしか拡張することはないのだろう。


 敷地内――神殿の周辺には墓石が整然と並んでいる。ほのかな光源もあちこちに配置されており、静謐な雰囲気がそこにはあった。精霊達もそういう雰囲気の違いを察するのか、ネレイド達の後ろや横について神妙な面持ちだったりする。


「氏族ごとにお墓が決まっているのよ」

「サンダリオ殿とドルシアは……新しい氏族の祖として墓所を作ることになるでしょう。ですがその前に、祭壇にて1年、祖霊から墓所に迎えてもらうための準備の時間を設けることになっています」

「私達もできるだけ故人に生前の心残りがないようにと務め……そうして皆と共に静かに眠ってもらえるように祈る、というわけですね」


 と、カティアとモルガン、ドルシアの娘が教えてくれる。ネレイド達は先祖を祀っているのだったか。

 神殿の奥に大きな祭壇と水晶の柱があって。そこから静かだが大きな魔力が放たれているのが分かった。祭壇の上には石の棺が――寄り添うように二つ並べられていて……あれが、サンダリオとドルシアのものだな。


「お父さん、お母さん、ただいま」

「お父さんの事、色々調べてきたよ」


 と、ドルシアの娘達がそう言って。祭壇に向かって目を閉じて手を組んで、祈るような仕草を見せる。

 俺達もそれに倣って祈りを捧げていく。……何から話すべきか。そうだな。初対面の相手には、まずは自己紹介から、だろうか。


 名前と出自。遡ればマルティネス家の血を引くローズマリーの夫であるから、マルティネス家やバルフォア侯爵家にとっては外戚、ということになるのだろう。


 ヘルフリート王子とカティアの手助けになればとグロウフォニカにやってきて。それからの事を一つ一つ思い返しながらここに来た理由を説明していく。

 今のグロウフォニカと西方海洋諸国の状況。短剣から出自を追って、肖像画に残された手がかりから瞳を見つけた事。深みの魚人族と会って瞳の使い道を知った経緯。そして、未だに瞳を諦めていない、フォルガロ公国の事――。


 そして、これからの話。瞳を見つけ、再び世に出したからには俺も既に当事者として事態の解決に当たるつもりだ。

 西方諸国の戦乱や、深みの魚人族との争いが起こるような事は望んでいない。そうした出来事が起こらないように、対処するよう動く。


 それは――みんなと共に過ごしてきた今までの生き方でもあり、ヴァルロスとの約束でもあり……だからこそ、投げ出すようなことはしないと、そう約束する。


 そうして――みんなと共に祈りを捧げていると、祭壇の向こうで魔力の増大を感じた。


「これは――」


 目を開くと――水晶の柱が光を纏っている光景が見える。沢山の魔力の集まり。それは穏やかながら強く暖かなもので……。

 少し呆然としながらも、モルガンが言う。


「――以前にも……一族の困難に際して同じような事があったと伝え聞いています。祖霊の力が高まっているのでしょう。何か、向こうからも伝えたい事があるのかも知れません。目を閉じ、耳を傾けてみましょう」


 そう言って、再び祈るような仕草を見せるモルガン。俺達もそれに倣う。

 すると……目蓋を閉じているのに幾つかの風景が浮かび上がるように見えた。


 荒い息を整えながら洞窟を走る誰か。洞窟内を走り回り、海賊達に打ち掛かり、身を隠し、切り込んでは土魔法で通路を崩し、大立ち回りを演じて海賊達を引っ掻き回す。

 ああ、これは――サンダリオの記憶なのか。では、これは囮として海賊達のアジトに残った後の出来事なのだろう。


 洞窟内を戦いながら走り回って、辿り着いたのは洞窟を利用して作り上げた広々とした港だった。停泊しているサロモンの海賊船団。その甲板に――サンダリオは見た。

 口々に裏切り者と悪態を吐く4人の魚人と海賊服を纏った魚人。掲げた首飾りの力を使って操り命令を下せば、魚人達の悪態が止み、自分の心を失ったかのように侵入者を探しに洞窟の奥へと向かう。操られているというのに凄まじい闘気を身体から漲らせて。


 去っていく魚人達を見て満足げに笑う海賊服の魚人。岩陰で呼吸を整え、己の剣を確認するサンダリオ。

 剣を握れば――もう迷いはなかった。四肢に闘気を纏い、秘密の港を突っ切ってレビテーションと共に大跳躍を見せる。


 余所を見ていた魚人は、その一撃に反応できなかった。闘気の残光を残し崩れ落ちる魚人。宙に舞った首飾りをサンダリオの手が掴む。結果として甲板上のサンダリオは駆けつけた海賊達に包囲されることになったが――それでもすでにサンダリオの目的は達成されている、と言えた。最初から共に潜入した仲間達を逃がすのが目的だったからだ。


 サンダリオの記憶であるが故に表情はうかがい知れないが、血走った目の海賊達に囲まれながらも、サンダリオは笑っているらしかった。

 剣の柄に闘気を込めて、瞳を叩き壊そうとする構えのサンダリオに、誰も飛びかかれない。その時だ。遠くから破壊音と怒号が聞こえてきたのは。


 港まで、支配を解かれた魚人達が戻ってきたのだ。自分達を支配して良いように使っていた海賊達に反乱を起こして。

 魚人達が言った。それを使え。俺達の力を引き出し、操り、奴らを倒せと。

 サンダリオは答えた。力を引き出せるというのならそうする。しかし操りはしない。共に戦おう、と。


 サンダリオと魚人達はにやりと笑い合い――。それを合図にしたかのように、隠し港を舞台とした大混戦となった。

 敵は、偽装海賊。他国に侵入して破壊工作や略奪を行うための精鋭部隊でもあるし、数でも劣る。それでもサンダリオと力を引き出された魚人達は凄まじいまでの戦いぶりを見せて。


 とうとう手に負えないと判断したのか、暴れ回るサンダリオや魚人達が、隠し港から海賊達を一時撤退にまで追い込む。


「ははっ、見ろ。ざまぁない」

「くっく。やってやったな」

「良い戦いだったよ」


 各々得物を振り回していた魚人達は――満身創痍で全身から血を流しながらも笑っていた。魚人達は撤退していく海賊達を笑いながら、1人また1人と崩れ落ち……残った最後の1人は槍を手にサンダリオのところまで歩いてくる。


「連中の……秘密に関わる、生きた証拠だからな、俺達は。敵の攻撃もどちらかというと、こっちに集まったようだが……。まあ、俺達の事は、気にするな。満足と納得の行く、意味のある戦いだったよ。やり返して……すっきりした」


 と、魚人は笑う。そうして今なら小舟で逃げられるだろうと、港の一角を指差しながら魚人は言った。


「一族の秘宝が……災厄を招いた。だからお前さんにも事情があるんだろうが……今は、逃げて欲しい。誰の手も……届かないところにそいつを、隠して欲しいんだ。あいつらはすぐに態勢を整えて、戻って来るだろうからな。時間が、ない」


 そう言って、槍を支えに目を閉じる魚人。


「それは――だが貴君も共に」


 共に逃げよう。サンダリオは言うが、返答はなかった。槍を支えに、立ったままで魚人は息を引き取っていたのだ。

 数瞬の間、サンダリオは逡巡したようだが……。


「意味のある、戦いだったか。ああ。無駄には、しないさ」


 そう言って。身を翻して小舟に飛び乗る。魔法を使って夜の帳が落ちようとしている海へと小舟を進ませるのであった。


 だが、鎧を纏っている分、防御面ではマシだったとはいえ、彼もまた満身創痍だった。折も悪く海も荒れて、船から投げ出されそうになる。鎧を脱ぎ捨て、落水しても大丈夫なように備える。


 どこをどう小舟を進ませたのか。夜の海と嵐。波に攫われて海に落ちるサンダリオ。

 手には剣よりも託された瞳をしっかりと抱えて――。

 そして……最後に見た記憶は、海の底から一人のネレイドが自分に向かって泳いでくる姿だった。サンダリオと祖霊達が見せてくれた記憶が途切れる。暗闇。


 その中に浮かび上がるように穏やかそうな老紳士と、寄り添うネレイドの幻影が見えて。ゆっくりと俺達にお辞儀をして、薄れて消えて行った。


「お父さん、お母さん――」


 そんなドルシアの娘の言葉。目を開くと、祖霊達の魔力も段々と薄れていって。光を放っていた水晶の柱も段々と静まっていくところだった。


「……瞳の事に決着をつけてくると決めたから、でしょうか」


 グレイスが呟くように言う。そうだな。前は……秘密をずっと持っていくつもりだったから沈黙していたのだろうけれど、状況は変わったし、フォルガロもずっと諦めていなかったから。


「当時の人達の想いと一緒に、後の事を頼んだ、か」

「そういう事なら、仕方がないわね」


 ローズマリーも目を閉じて言って。みんなも思うところがあるのか、真剣な面持ちで頷き合うのであった。

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