番外512 船内会談
ネレイドの里へと移動しながら、メルヴィン王とデメトリオ王に連絡を入れる。分かった事とこれからの事について報告と相談をしなければならない。
グロウフォニカ王都にいるシーカーは、紙と羽ペンを持たせてもらっているので、文字を書いて段取りができる。
すると、シーカーは、日中は書斎から執務室に運ばれているらしく、割とすぐにデメトリオ王が水晶板モニターで応答してくれた。
メルヴィン王も通信機でデメトリオ王と話す機会があるなら教えて欲しいと言っていたので、デメトリオ王に話を通して連絡を取ってみると、メルヴィン王も執務を一旦切り上げて予定を合わせてくれた。水晶板モニターで中継しての首脳会談というわけだ。
『おお。久しいな、デメトリオ王』
『メルヴィン王も。久しぶりに話ができて嬉しく思う』
二人は以前にも顔を合わせた事があるようで、にこやかに挨拶を交わす。
『積もる話はあるが……今回は何やら重大な事が分かったという事らしいな』
『まずはテオドール公とバルフォア侯爵の話に耳を傾けるとしようか』
『うむ』
そう言って二人は頷き合う。
「では、まず……西方に住む魚人族の紹介と、前回の報告の続きから、となりますが――」
と、そんな風に前置きをしながらブロウスとオルシーヴを紹介し、更に南方の海でサロモンの宝を見つけ、サンダリオとドルシアの島に移動してからの事を話していく。
これからの俺達の動向が決まるとあって、ブロウスとオルシーヴは緊張しながらもメルヴィン王達に挨拶をしていた。
「やむを得ない事情があって交戦する事になりましたが……戦いの中では実直で信用のおける人柄だと感じましたよ」
と、俺の見立てを伝えるとメルヴィン王もデメトリオ王も『ほう』と声を漏らしながらも興味深そうな表情をしていた。
不意の遭遇と襲撃があり、ネレイド達を人質に取られそうになったところを撃退した事。逃亡した相手を捕縛しようとしたところ、深みの魚人族と遭遇、交戦した事。そして二人にかけられていた隷属魔法と、ブロウスとオルシーヴの話――。
真剣な表情で報告を聞いていた二人の王だったが、ブロウスとオルシーヴ達の事情に話が及ぶと聞いている内に表情がやや険しくなる。
『瞳の事など、色々と気になる事はあるが……。そうか。フォルガロが裏で糸を引いていたか。一族ごと隷属魔法で縛るなどと、非道な事を……』
デメトリオ王は不快げな表情でかぶりを振った。
「西方での発言力を増している新興国があると耳に挟みましたが、やはりフォルガロですか」
『うむ。軍事力、経済力もあるが……それらを背景に貿易の要衝となりやすい海域を押さえている。故に他の国々にも強く出られるというわけだな。グロウフォニカが北の国や東の国と接近しすぎないよう気を遣っているのも、フォルガロの働きかけによるところが大きい。西方での結束を呼びかけつつも、あの国が足並みを乱す事も多いのは確かだが……小国はフォルガロを無視はできぬよ』
要するに、フォルガロ公国としては……盟主国であるグロウフォニカ王国が目の上のたんこぶというわけだ。
『我が国や同盟にグロウフォニカ王国が接近しすぎるのは、フォルガロ公国にとって望ましくない、ということか。許容される中で勝手を言うのは政治の範疇ではあるが……』
「それも……瞳を得た場合の展望に野心を抱いているからこそ、かも知れないわね」
メルヴィン王の言葉にクラウディアが目を閉じて言う。そうだな。それは俺も同意見だ。
いくらグロウフォニカ王国が全盛期から衰退したといっても、まだまだ西方海洋諸国の中では国力の高い方だ。西方諸国の平穏のために尽力しているのも確かで、表立って非難したり戦いを仕掛けるような行いに正当性はない。
軍事力を背景にグロウフォニカ相手に無茶を通すというのは、下手をすれば次は自分の番、と危機感を抱いた周辺国も敵に回す事になる。
当然、グロウフォニカ王国とヴェルドガル、シルヴァトリアあたりとの関係は気になるはずだ。
まあ……野心はあるが自分達の血は流したくないという事だろう。
周辺国も争いを望んでいないから、フォルガロ公国も表で許容される範囲を見極めて行動してきたそうであるが……。
そこに瞳という軍事的均衡を変えうる物品が加われば……フォルガロ公国にとっての枷が外れてしまうというわけだ。
「もう一点。確認しておきたい事としては……魔人と知りつつ傭兵を使い、海賊行為をしていた黒幕もフォルガロの可能性があります。ブロウスとオルシーヴは知らないそうですが、魚人族の中には知っている者がいるかも知れません」
『……有り得る。こうも非道な行いを裏でしているとなるとな』
「証拠もなく迂闊な態度を取れなかったというのもあります。客人にお伝えするわけにも参りませんし」
デメトリオ王の言葉に、バルフォア侯爵も頷く。グロウフォニカ側としても、フォルガロにはあまり良い感情を持っていなかったという事だろう。
ともかく、裏で探させて瞳の行方が分からないから、改めてほとぼりが冷めたころに魚人をメインには据えずに魔人を編成に組み込み、瞳をグロウフォニカ側が所有しているかどうか、様子見しながら調査や海賊行為をさせていた。撃退されて大事になったために一旦は鳴りを潜め、ステルス船を開発したのを契機に改めて探索に乗り出した……というのが俺の推測だ。
深みの魚人族は隷属魔法を受けているためにフォルガロに不利な事は、仲間内でも伝達が難しい可能性がある。隷属魔法を解いた後で改めて魚人族全体に聞いてみるべきだろう。
『魚人族への接触は不可欠であるな』
「同意見です。瞳に関しては現在、一時的に僕が預かる、という事になっていますが……今後の方針を確認したいと思います。僕には立場や約束もあります。だからこそ深みの魚人族については隷属魔法からの解放を目指したいと思っています」
境界公として、友好的他種族との親善を深める事。そしてヴァルロスとの約束は……魔人だけに限るものでもあるまい。ヴァルロス自身が人間や他の種族も含めての未来を描いていたのだから。それに、俺個人の感情的にも魚人族に肩入れしたいと思う。
『隷属魔法を解除する、か。中々驚くことを口にする』
「理屈上、必要な装備と技能、術式が欠けると再現は難しいので、他で同じことをするのは難しいかとは思います。他言無用にお願いしますね」
『それを聞いて安心した。無論だ。口外できるはずもない』
と、デメトリオ王が苦笑する。
「話を戻しましょう。隷属魔法を解除した結果として、仮に魚人族が一族の総意として報復という選択をするのだとしても……その行いが正当なもので、過度な内容でもないと周知できるように協力する事で、その後の異種族間の意趣返しの連鎖を防ぎ、深みの魚人族との友好関係を築き、西方の混乱を避ける事に繋げられるのではないかと考えます」
『加えて……フォルガロ公国の野心を挫くことにも繋がるであろうな。そうした舵取りができるのはテオドールだけ、かも知れぬ』
『隠密船の海賊行為やその対抗術式について諸国に根回しを行いつつ、魚人族の隷属を解除する事で密かに当てにしていた武力も奪う、か。確かに効果的だな』
メルヴィン王とデメトリオ王はそう言って、思案していたが……やがてデメトリオ王が顔を上げて頷く。
『異論はない。フォルガロに対しては遅かれ早かれ、過去をはっきりさせた上での対応が必要であろう』
『確かに。余はグロウフォニカ王国の方針に口を挟まぬが、テオドールの行動に関しては――そなたの信じる道を選んで欲しいと思う』
デメトリオ王の言葉に、メルヴィン王も目を閉じて頷く。
「ありがとうございます!」
「これで一族の者達も救われましょう……!」
俺が隷属魔法解除に向けて動けると知って、ブロウスとオルシーヴは笑顔になると、二人の王に深々と一礼をしていた。そんな二人の様子にグレイスやみんなも顔を見合わせて微笑み合ったりしている。
『よい。余は何もしてやれぬ。礼ならばそこにいるテオドールに、な』
『ここまで客人に頼る形になってしまったのは不本意ではあるが……支援は惜しまぬし、事と次第によっては兵力の派遣も辞さぬ、と約束しよう』
と、笑うメルヴィン王と、真剣な面持ちで頷いて断言するデメトリオ王である。
「ありがとうございます。お二方が許して下さればこそです。瞳については――元の持ち主に返すのが筋とは思いますが、ブロウスやオルシーヴも一族間での火種や将来の禍根となることを案じている様子があります」
『確かにな。何か策は?』
メルヴィン王が尋ねてくる。
「瞳の特性を残しつつ契約魔法を組み込む事で、所有者や目的が正当でない限り効力を封印する、という事はできると思います。当然ながら……魚人族との話し合いが必要になりそうですね」
こちらは一族とまだ会っていないので何とも言えない部分はあるが……。魚人族が今までの出来事からそういう結論を望んでくれるのなら、という話になるな。隷属魔法を受けていたということで、将来の展望については一族間でも意思疎通できる環境ではなかったのだろう。ブロウスとオルシーヴもそのあたりは何とも言えない、という事だった。
『瞳に関しては交渉次第、か。難しい話ではあるが……。そうだな。余も水晶板越しになってしまうが、交渉の場に出よう。何かしら力になれるかも知れぬ』
デメトリオ王はそんな風に断言してくれる。有り難い話だ。
そうして諸々の方針は決まり、メルヴィン王、デメトリオ王を交えての話し合いは終わったのであった。
「――テオドール君、ネレイドさん達の里、見えてきたって」
と、丁度頃合いを同じくして、イルムヒルトが教えてくれる。どうやら……そろそろ、ネレイド達の里に到着するようだな。