番外511 瞳の行方は
魚人達の事情、経緯は分かったが……まだ一点、聞いていない事がある。
「隷属魔法を秘密裡に用意できるとなると……それなりの大貴族のはず。西方海洋諸国は独立や同盟、吸収合併等を繰り返していたと聞くけれど、その貴族家は……今どうなったのかな?」
「陸の民の世情にはあまり詳しいわけではないのですが、フォルガロ公国として元の国より独立を果たしたと聞いています。俺達が生まれる前、のことでしょうか」
フォルガロ公国……。デメトリオ王も気にしている節があったが……グラディス王妃の言っていた、発言力を高めている新興国、と言う奴だな。
「財力を背景に軍事力によって権勢を強め、かつての主家より独立を認めさせた国です。彼の国の今が……魚人族を隷属させて、他者の財を不当に奪った上で成り立ったものだとするなら……これは度し難い」
バルフォア侯爵が目を閉じてかぶりを振る。
「そう、ですね。裏の事情を聞いてしまうと、真っ当な手段で成り立った国とは考えられなくなります」
恐らくは、そうなのだろう。裏での海賊行為は敵対していた当時ならお互い様だったとか敵だったからなどと言えるかも知れないが、今もまだ国主導で行っているのなら、それは西方海洋諸国への背信に他ならない。
「けれど、国家間で対応して動くにはそれらの証拠を押さえる必要があるわね」
ローズマリーがそう言って眉根を寄せる。そうだな。西方海洋諸国が互助を是としている現状、強硬な対応を取るには多少の時間がかかるだろう。
ステルス船にしても目撃情報を元に発見し、拿捕した上で、偵察に過ぎなかっただとか言い逃れの出来る理由ではなく、きっちりと海賊行為を行っていた事を証明しなければならない。
「うん。けど、深みの魚人族を解放するだけなら証拠固めはいらないかな。こっちは裏の事情だから、向こうは表沙汰にできない案件だからね」
そう言うと、ブロウスとオルシーヴは顔を見合わせ、表情に喜びの色を浮かべた。
「それと……こっちの事情も話していこうと思う。今回の一件とは無関係なところで話せない部分もあるけれど、そこは了承して欲しい」
「分かりました」
俺の言葉に、二人は真剣な面持ちになって頷く。モルガンやカティア達、バルフォア侯爵に視線を向けると、それぞれ頷く。では――。
まず事の発端であるヘルフリート王子とカティアの話から始まり、俺達がアルバート達の新婚旅行の護衛を兼ねてグロウフォニカ王国を訪問してきた経緯から話をしていく。
ネレイド族が風習により、故人の慰霊のために心残りを解決しようと動いていた事。故人の手記や形見から図書館で調べ物をして、騎士サンダリオではないかとあたりを付けた事。
そして……その騎士と海賊サロモンの間に何かしらの出来事が起こったこと。サンダリオがサロモンから何かを奪い、追われていた事等々……今までの事情を一つ一つ話していく。サンダリオと海賊の件に話が及ぶと、ブロウスとオルシーヴの表情に驚きが入り混じる。
そうだな。こちらが二人の話から色々背景を想像したのと同様、海賊とサンダリオの戦いは彼らにとっても瞳の行方を想起させるものだし、そうでなくても彼らは瞳の気配を遠くから察知している。
「当時は西方海洋諸国間での和解が進められていた事、グロウフォニカ王国国内側でも穏健派と武闘派で意見が二分していた事を考えると……そこに火種になりかねない危険な因子は持ち込みたくなかった、とサンダリオ卿は考えたんだろうね」
だからサンダリオは公には行方不明になったままで伝手を頼り、手に入れたサロモンの宝を誰の目にも届かないところに隠そうと考えたのだろうと、ブロウス達にそんな話をしていく。
時代背景や陸の世情に関する話は疎いだろうとやや丁寧に説明したが……二人とも真剣な面持ちで頷いていた。
「そして隠し場所に選ばれたのが、船があまり来る事のない、この凪の海だったわけだ。俺達も資料を当たって隠し場所にあたりをつけて、この近辺に来たんだ。あの島は……隠し場所ではないけれど、サンダリオ卿が晩年を過ごした島でね。だからもうそろそろ、二人にも俺達があの島に立ち寄った理由も分かっているとは思うけれど……少し待っていてくれるかな。今持ってくるから、確認してもらいたい」
そう言って立ち上がり、一旦艦橋を出る。主寝室の隠しスペースから封印術を維持するための紋様魔法が刻まれた木箱を持って、再び艦橋へと戻った。
「探していたものは、これに間違いないかな? 特性を封印しているから、力は小さく感じるだろうけれど」
そう言って俺の作った木箱を開く。封印術を受けているにも関わらず、微かな海の気配。淡い緑色に光るその物体に、二人は目を見開く。
「――伝え聞く瞳に間違いない、と思います。伝承に一致しています」
「これが……主君の瞳……」
「遠方から二人が察知した事を考えると、おいそれと封印術は解除しない方が良いかな」
テーブルの上に置き、丁寧にもう一度蓋をする。
「俺達にしてみると、見つけたはいいけれど出自と用途の分からない物だったからね。西から持ち込まれたものなら西の魚人族が知っているんじゃないかと、手がかりを貰っていたけれど最終的にどうするかは宙に浮いている状態だった。こうして事情がわかったなら、本来の持ち主である深みの魚人族に返すのは筋だと思う」
しかし魚人族にとっても火種になりかねない代物ではあるのだろう。ブロウスもオルシーヴも、一族の宝が見つかっても、喜んでいるというよりは思案を巡らせているという印象が強い。
「……まず、言いにくい事は最初にはっきりさせておこうかな。報復は――相手を間違えないなら否定しないよ、俺は」
そう言うと、二人は驚いたような顔で俺を見てくる。
「勝手な都合で戦わされて、血も流れたし命を落とした者もいたと思う。一族の総意として復讐したいと思うのなら、止めない。俺も――そういう理由で力を欲しがっていたから」
だから、復讐は否定しない。しかし――。
「けど同時に、報復の後に深みの魚人族が人間から憎まれて、争いが広がっていくのも避けたいと思うんだ。こうして話のできる相手なら、できるだけ良い関係を築いていきたいとも思う」
「それは……確かに」
ブロウスは感じ入るように目を閉じ、オルシーヴは遠くを見るような目をする。
「そうした考えを持つのも、理解は出来ます。一族の者達がどういう結論に至るかは……何とも言えませんが。過去の出来事もある。瞳の扱いが難しいのは我らとしても同じでしょう」
「私達は、陸の者が本来関わりになれないところで暮らしています。自由になったところまでで良しとして、それ以上の戦いを望まない者も多い、でしょうね」
そう、だな。自由や防衛の為の戦いなら血を流す事に意義を見出せる。しかしそういう意味で言うなら、瞳が適切に管理されていて隷属魔法が解けてしまえば、そこで完結してしまう。
報復のための戦いとなると、また意味は変わるだろう。瞳という戦うための力があるなら、それができてしまうだとか、野心を抱く者の対策も考えなければならない、というのが悩ましいところではあるのだろうが。
「まあ……難しく考えなくても、報復が客観的に見て正当な範囲内で、フォルガロ公国の首長が悪党だったと世間に知らしめられれば、報復と友好関係は両立するとも思うけどね」
と、そこでふっと力を抜いて笑って言うと、二人も少し拍子抜けしたような表情になる。そしてそういう方向であれば――俺個人としては協力もできる。メルヴィン王やデメトリオ王にも話を通す必要はあるかと思うが。
「確かに、そうかも知れませんな」
「とはいえ西方諸国に関する事ですので、デメトリオ陛下にもう一度連絡を取る必要があるかなと思います。僕もメルヴィン陛下に今後の行動に関して許可を貰わねばなりません」
笑うバルフォア侯爵とそんな言葉を交わして頷き合う。そんなやり取りに、グレイス達も笑顔になっていた。
「突然展望が開けると……色々思い悩んでしまいますね。勝手ではありますが、瞳はもう少しだけテオドール公が預かっていてはいただけないでしょうか。力を封印できるなどと、他では聞いたこともありません」
「私達としても報復を否定しないと言って下さったテオドール公を信じます」
ブロウスとオルシーヴも、少し笑ってそんな風に言ってくれた。そうか……。
「それじゃあ、深みの魚人族からの結論が出るまでは責任を持って預かるよ」
そう言うと、二人は真剣な面持ちで頷いた。
「信頼関係は……大事よね」
「私達の里で歓迎をしますから……お互い理解を深められるような場にしたいものですね」
カティアもうんうんと頷き、モルガンも静かに笑う。そうだな。そうしてシリウス号はネレイドの里に向かってゆっくりと海底を進んでいくのであった。