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番外510 深淵の瞳

 サンダリオとドルシアの墓前への報告もある。島を後にしてネレイドの里へと向かいながらゆっくりとシリウス号は進んでいく。

 グレイス達がお茶を淹れてくれて……それが行き渡ったところで、ブロウスとオルシーヴの話にみんなの注目が集まった。


「昔の事から順に、というのが良いのかも知れないな」

「ああ」


 オルシーヴと頷き合い、そうしてブロウスが静かに語り出す。


「我ら一族は……遥か昔、元々我らの祖であり神とも言える御方に仕える眷属だった、と言われています。強大な力によって我らを束ね、力と恩恵を与える……そのような偉大な存在に守られると同時に、眷属であるが故に支配されてきました」


 魚人達にとって祖であり、信奉する神……のような存在。

 だった、という過去形であるからには、今はもう違うと言うことなのか。それとも――。


「時は流れ、我らの主君がお隠れになろうともそれは変わらず。主君亡き後に残された第三の瞳は豊かな恵みを呼び、我らの力を引き出す事で他の種族を寄せ付けず。しかし――瞳は我らの心をも支配したと言われています」


 その言葉に……俺も含めてみんな顔を見合わせる。

 雄大な海の魔力を宿したあのサロモンの宝が、深みの魚人に関わりのありそうな品というところまでは見当をつけていた。

 だがそれでもはっきりと分からなかったのは……出自と使い道だ。これで、それらの情報が繋がった、ようにも思う。そうか。あれは――瞳か。


「瞳は一族で最も優れた武勇と知恵を持つ者が所有し、その者が我らの族長となる。そうやって年月を重ねてきましたが、やがてそれを良しとしない派閥が一族の中から生まれました。魔物との戦いの時だけとはいえ、自らが誰かに支配される事を嫌ったのでしょう」

「今はもういない主にいつまで縋るのか、我らの力で生きるべきでないのか。そう主張し、瞳の力をみだりに使うべきではない、とする者達と、旧来の生き方を守ろうとする者達とに意見が分かれました。当時の族長は寛大な方で、それらの派閥の者の言葉にも耳を傾け、激しい議論となりました。……武力を用いての争いまではいかなかったそうですが」


 そこまでは……分かるような気がする。種族の生まれ持っての特性であるとは言え、自由を知ってしまえばそれを失いたくないというのは、俺からしてみれば当然というか。


「しかし、そんな折……一族から裏切り者が現れたのです。族長を殺め、瞳の力で人質を取り、陸へと逃げた者。その者は族長の座を簒奪すると共に、自らの身を守るために陸の民に一族を売ったのです」

「瞳の力は強大ですが、それを引き出すには本人の魔力が必要で、四六時中使っているというわけにもいきません。一族全てを敵に回しては、身を守るのは難しい。そこで陸の民に自らの力を売り込む事で、自らの身を守る手段を得ると共に、一族を支配しようとしたのでしょう」


 ……それは何というか。ろくでもない輩もいたものだ。


「ん。ザディアスみたいな奴」


 と、シーラが言うと、ステファニアやローズマリーも同意するように頷く。そうだな。あいつも人間という同種を裏切って自らの力や権力を求めていたようなところがあったし。


 ブロウスとオルシーヴはティーカップを俺達の見様見真似で口に運んで少し意外そうな表情を浮かべる。その香りや味が気に入ったのか、ブロウスはもう一度カップに口をつけて、一息をついてから話を再開した。


「それから――我ら一族は陸の民と裏切り者に支配される事となりました。裏切り者が取り入ったのはどこぞの国の貴族であったらしく、同じ陸の民の船から財を奪う手段として我らの力を利用し始めたのですね。追われても我らが海中から船を加速したり足止めしたり、海上に霧を生じさせて奇襲を仕掛ける、といった具合です」

「そうやって彼らは瞬く間に私腹を肥やし、裏切り者も将軍などという地位を得たそうですよ」


 その言葉に……みんなの表情が曇る。つまりは――海賊行為を行う補助として深みの魚人族の力を利用していたわけだ。それは、海賊サロモンの話とも符号するところがある。

 とにかく船足が速くて捉えきれないだとか、霧と共にやってきてあっという間に奪っていくだとか、色々と逸話が残っている。


「そうした日々の中で……貴族はある時――我ら一族の主だった戦士や長老らを城に呼び出したそうです。仕方なく応じたそうですが、そこで待っていたのは命令ではなく、歓待の席だった、と。こうして暮らしぶりが豊かになったのはお前達の働きによるものだ。無理に協力させた形ではあるが、感謝はしている。協力的であるならば扱いも悪いようにはしない……と、そんな風に語ったそうです」

「招待を受けた者達としても貴族と交渉すれば状況が好転するのでは、という思いはあったのでしょうな。その場で反抗すると言うこともせず、粛々と歓待を受けました」


 そこで――ブロウスとオルシーヴの表情が少し険しい物になる。


「しかし……酒で酔い潰れたところを、残らず隷属魔法を用いたそうです。恐らくは……眠り薬の類が盛られていたのではないかと」

「それを足掛かりに、女、老人を次々呼び出し、順番に1人1人隷属魔法をかけた。新たに生まれてくる子すら差し出すようにと……隷属魔法で命令を下したのです」

「裏切り者がグロウフォニカ王国で命を落とした事。瞳が行方不明になったことを我ら一族が知るのは……もっとずっと先の話になります」

「何という外道……」


 ソロンがそんな風に呟いてかぶりを振る。少しの間、場に沈黙が落ちた。裏切り者と、サンダリオの接触があったのは間違いあるまい。サンダリオが直接倒したか。或いは瞳を奪取して支配を受けなくなった深みの魚人達が反乱を起こし……サンダリオと共闘したという可能性も考えられるな。


 しかし深みの魚人達にその情報が伝わっていないという事は……サロモン一派に同行していた魚人達はその場を生き延びる事はできなかったのだろう。当時の状況はもう分からないが、最終的にサンダリオが瞳を手に入れ、危険性を感じて封印するように動いたというのが分かっている事実だ。

 それにしても貴族の方は……瞳を失って尚、魚人達の力が惜しかったか。


 沈黙を破り、口を開いたのはバルフォア侯爵だった。


「最初から……瞳の力で支配した上で隷属魔法を用いなかったのは、裏切り者にしてみれば自分の優位性が失われるから、でしょうな。その貴族は瞳が失われても、深みの魚人族の力は手放したくなかった。或いは報復を恐れたか」

「協力関係にあった将軍――裏切り者がいなくなってしまえば、貴族としては遠慮する必要もない、というわけね」


 クラウディアも不快げな表情を浮かべて首を横に振った。みんな険しい表情だ。貴族もその裏切り者も……どちらもろくでもない。

 ブロウスとオルシーヴは淡々とした様子で二人の言葉を首肯する。


「そしてその支配は今日に及びます。我らは海溝での暮らしと自治を認められつつも、必要とされる時に呼び出されました」

「騒動と無関係の西の国家間では――貿易を行うその裏で、相変わらずの略奪を行っていたのは間違いありません。頻度自体は減りましたが、これは西の国々の政情が安定したので派手な振る舞いができなくなった、というだけでしょうね」

「グロウフォニカ王国に対しては……秘密裡に瞳の行方を探しつつ接触には慎重になっていたようですが。瞳がグロウフォニカ王国に渡っている事を恐れたのかも知れません」


 ブロウスやオルシーヴの現状から分かっていた事だが……世代を経ても変わらず、か。


「そして最近になって、あの隠密船が開発されたのです。あの船さえあれば略奪のしやすさは勿論の事、グロウフォニカ王国で行方不明になった瞳の行方が探りやすくなると、そうして俺とオルシーヴは、瞳の気配を感知する役として同船し、この地に向かうことになりました」

「既に深みの魚人族を支配しているのに、まだ瞳を求めるのですか……」


 アシュレイが呆れたように言う。


「彼らは、我ら一人一人、大きな力が引き出されるという部分に、一貫して強い魅力を感じているようですね。海洋諸国間の軍事的均衡を完全に覆すものだと。そのように意義を強調していました」


 ……瞳を得たら戦争でも仕掛けるつもりか?


「我らは行方不明になった瞳の行方を探しつつ、グロウフォニカ王国南方の海図を作っていきました。そんな折です。強い海の魔力を感じ……我らはその方向へと向かうこととなりました」


 そう言えば……引き上げられた船からはインクが滲んでしまって何だかわからなくなってしまった紙が出てきていたな。思えば、あれが海図だったわけか。


「それが、昨晩の事です。魔力はすぐに途絶えてしまったのですが……今まで手がかりのなかったものを感知したのです。我らは昼夜を賭して船を走らせました」

「そして――前に調べた時は無かった島を見つけたために、何か関係があるのでは、と上陸して調べる事になりました。我らは上陸すると目立つので、調査隊の上陸中、海辺での後詰めを命じられ――」

「そうして……俺達と遭遇した、と」


 ブロウスとオルシーヴは俺の言葉にはっきりと頷く。そう……そうか。やはり、遭遇は偶然の産物というわけでは無かったようだな。俺達とは来る方向が違ったから、島で鉢合わせになってしまったが……。

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