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番外509 魚人達の事情

「気がついたかな?」

「……ああ」


 水球越しにブロウスに声をかけると、オルシーヴも小さく呻いて目を開く。


「どうやら……生きているようだな」

「ああ。二人がかりで本気を引き出せないどころか、死なない程度に加減されたとは……」


 ブロウスとオルシーヴはそんな会話を交わしてかぶりを振った。大分落ち着いている様子だ。これなら……話も聞けるだろうか?

 指を慣らすと水球がゆっくりと形を崩していく。ブロウスとオルシーヴは草原の上に胡坐をかいて腰を下ろし、俺と向かい合うような形となった。


「力を封印しているから力は出ないと思うけれど、一時的なものだから心配はない。拘束を解くから、話を聞かせて貰えないかな? 今なら邪魔者もいない」


 俺がそう切り出すと、ブロウスは暫く俺の顔を見返していたが、やがて目を閉じて答えた。


「それは……止めておいた方が賢明だな」

「我らは命令を受けている。遂行しなければならない」


 オルシーヴも言葉を続ける。

 ……他の誰も見ていない、こんな状況でも、という事か。だとするなら、2人の行動を縛っている何らかの事情か方法があるのだろう。状況から照らして考えれば、それらの事情なり方法なりも、自ずと狭まってくる。


「なら、そのままで話はできるかな。受け答えでこちらから情報を引き出すのも、俺達の足止めや打倒に繋がると考えれば命令の目的に沿う。それから――答えられない事には沈黙で応じてくれればいい」

「……いいだろう」


 ブロウスが言うとオルシーヴも小さく首肯する。

 こちらは目を閉じて、少しの間を置いてから言った。


「隷属魔法か誓約魔法の類。命令に逆らえない」


 誰が何を、とは言わない。断定するようにこちらの推測を口にして、ただ反応を見る。

 ブロウスとオルシーヴの反応はと言えば――一瞬ではあるが劇的なものだった。息を呑むようにして目を見開き、そして表情を戻す。返答はない。否定も肯定もしない沈黙が答えだ。それだけで……そうなのだと十分に伝わる。


 肉親や恋人を人質に取られているのだとするなら、連中がいない状況でも命令を遂行しなければならない、などと言うのは不可解だ。だが、行動を縛る隷属魔法や誓約魔法。或いは命令を破る事で発動するような呪法であるならば、誰も見ていないところでも行動を違える事はできない。


 その上で考えるのなら、恐らく……二人にかかっているのは隷属魔法なのだろう。

 誓約魔法は自発的なもので、意に沿わない誓約をさせたところで大きな力を発揮しない。呪法はどうかと言えば、こちらはベシュメルクの秘伝だ。

 隣国のドラフデニアに流れた術者も過去にはいたかも知れないが、西方で高度な呪法が用いられているというのは、些か可能性が低いように思う。


「少し、魔力の流れを見せて貰う」

「何をするつもりか知らないが……我らには拒否する手段もない」


 ブロウスの肩に触れる。循環錬気で魔力の流れを見て行く。

 ……これは、確かにあのサロモンの宝とどこか似た魔力の波長だ。あの物品が深みの魚人に縁の深いものであるのは間違いないようだが――。


 ああ。思ったとおりだ。刻まれた術式は――隷属魔法だな。

 事前の説明はしない。作業過程で反撃に出られる可能性があるからだ。ライトバインドの拘束を強化。封印術を一度解除し、再びかけ直す。しかし封印の対象はブロウスの能力から隷属魔法の術式へと切り替える。この時点でもう、ブロウスが命令を無理にでも履行しようとする心配はなくなったわけだ。

 そうして術式を読み取り、魔法的な合鍵を作ってオリハルコンで波長を合わせて開錠する。砕けるような音とともに、ブロウスの身体から光の粒が散った。


「な――」


 戸惑いの声を漏らすブロウスをさて置いて、オルシーヴにも同じような処置を施していく。程無くして、オルシーヴの身体からも隷属魔法の術式が砕けて散った。


「これでもう、理不尽な命令に従う必要はなくなったわけだ」

「……信じられん……。どうやって我らにかかった術を――」

「こんなにも……あっさりと」

「ライトバインドの拘束を解こうと思うんだが、話をしてもらえるかな?」


 驚いている二人に、そんな声をかける。


「無論。一族の誇りにかけて、あなたや他の者達に危害を加えないと約束する」

「ブロウスに同じく。恩人に槍を向けるような外道に成り下がったつもりはない」


 そうか。ならば。

 指を鳴らすと二人の身動きを封じていた光魔法の輪が砕ける。

 そうして二人は自由になって、自分の掌を見たり少し呆然としていたが――。すぐに俺に向き直ると示し合わせたわけでもないのに揃って跪く。

 っと、この反応は少し予想外だったが。


「これまでの無礼……許して頂きたい」

「武器を向けておいて誠に勝手な言い分というのは分かっております。どうか……我ら一族を救っては頂けぬでしょうか」


 一族を、とは……。


「……まさか、一族ごと隷属魔法を受けている、とか?」


 推測を口にすると、ブロウスははっきりと頷いた。


「はい。女子供に至るまで。過去の事件が元となり、我ら一族はある陸の民に隷属する身の上となっております」


 中々……深みの魚人にも込み入った事情がありそうだが。


「まずは――顔を上げて欲しい。普通に話をしたいんだ」

「承知しました」


 と、二人は顔を上げて……座ってとなるとまた跪いたままになりそうなので、お互い立ち上がって話を続けようと提案すると二人も応じてくれた。


「少し腰を落ち着けて、こっちの事情、そっちの事情も話をしないといけないかな。自己紹介もまだだしな。まずはっきりさせておかないといけないのは、隷属魔法を非正規の方法で解除できる事は表沙汰にしたくないというのは理解しておいてもらいたい。話を受ける受けないはともかく、一族まとめての大規模でとなると、表舞台に出ないように段取りを整える必要も出てくるから」

「秘密にしたいと仰るのであれば口外は致しません」

「その為に情報が必要という事であれば、喜んでお話します」


 うん……。長年の隷属魔法から解放されたわけだから気持ちは分からなくもないが。二人にしてみれば一族を救うとっかかりが見つかったようなものだろうしな。まあ……シリウス号に移動して、みんなも交えて自己紹介などしつつ、話をしていくとしよう。




 そんなわけで、サンダリオとドルシアの島の見学も一区切りつけて、シリウス号に移動した。ブロウスとオルシーヴに、俺達も自己紹介をしていく。


「テオドール公……。道理で……敵わぬはずです」

「東の国の偉大なる魔法使い。救国の英雄殿と聞き及んでおります。色々と納得致しました」


 と、ブロウスとオルシーヴは俺が名乗るとそんな風に答えていたが。

 うん……色々と大仰な肩書きは俺としては勘弁して欲しいところではあるのだが。

 深みの魚人族が知っているというよりは、西方海洋諸国のどこかの黒幕と繋がりがあるから情報を聞いたことがある、という事でいいのかな。


 というわけで動物組、魔法生物組も含めてブロウスとオルシーヴに自己紹介をする。律儀に動物組や魔法生物組とも握手を交わす二人は……中々実直そうな性格だ。まあ、流石に喋る斧であるマクスウェルには驚いていたようだが、コルリスやティールへの応対は逆に落ち着いたものだった。

 そうして自己紹介も終わったところで、互いの事情を話したり情報交換を、ということになるわけだが。


「俺達としても西の海溝――深みに住んでいる魚人族には少し話を聞きたいと思っているところだったんだ。多分あの島で鉢合わせになったのも完全に偶然ってわけじゃないだろうと考えている。お互い気になる事は色々あるだろうけれど、話の腰を折らずに順番に事情を話していくっていうのはどうかな?」

「異論ありません。であれば、我らからお話いたします」

「信用して頂くには、こちらの事情から明かすべきでしょう」


 と、ブロウスとオルシーヴ。


「確かにこちらの知る情報と辻褄が合うのであれば、話にも信憑性が増しますな」


 バルフォア侯爵がそう言って頷いた。そうだな。ではまず、二人の話を色々と聞かせてもらうとしよう。

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