番外508 偽装船調査
家の中も念のために不審な魔力反応が無いか一通り見せてもらったが……まあ、大丈夫そうだ。洞窟を整備して作られた家の奥は中々快適そうな空間だった。
食堂や居間として使われていた広間、厨房。子供部屋、寝室や風呂場まで作られているようで。洞窟内と言いながら壁や床、天井は木張りで、彩光窓も作られていて、内部は明るく広々としている。中々居心地の良さそうな空間だった。
「お父さんにはここで文字とか数字とか、計算も教えて貰っていたのよ」
「母さんはネレイド族の術を色々教えてくれたわ」
広間には文字板や小さなサイズの石版などもあった。暗い色の薄い石版に貝殻や珊瑚の欠片で白い文字を書いたりして読み書き計算や魔法を教えてもらっていたそうだ。
「中々快適そうな空間ですね」
「ふふ、でしょう」
と、ネレイドの娘達は誇らしげにしていた。何となく秘密基地じみていて、良い雰囲気というか。
みんなも手持ちの仕事が一段落したら家を見たい、ということなので改めて後で、として……他の仕事も進めていくとしよう。
続いて船の中から証拠品と魔道具を回収すると言った所、ネレイド達は協力したいと申し出てくれた。半分沈んだ船を浜辺まで動かして、作業しやすくしてくれるというのだ。
「では――よろしくお願いします。眠っている二人はこちらで見ておきますので」
深みの魚人二人はネレイド達の作った海水球の中に寝かされていた。確かに……海の民なら海水の中で眠らせておいた方が楽なのは間違いないだろう。生命反応も安定しているし、水球の維持をこちらで引き継ぐだけで問題はあるまい。
「では、沖合の船を浜辺まで運んでしまいます」
水球のコントロールを引き継いだところで、モルガン達は人化の術を解いて海に飛び込む。ネレイド達が身体に魔力を纏って祈るような仕草を見せたかと思うと、撃沈した船が再び海底から浮かび上がり、浜辺にゆっくりと移動してくる。
砂浜に船首が乗り上げ、俺があちこちに開けた穴から海水が排出されていった。
解体や証拠品回収、と言っても船自体も証拠品だ。竜骨部分等々は残しつつ、船があったことや原型が分かる形でバラしてしまうのが良いだろう。
「見た目自体は割と普通の帆船ね」
「姿を消して潜入するのが主目的なら、偽装を解いた時の外見で目立たない方がいいのでしょうけれど……船を残しても証拠にはならないというわけね」
船を見上げてローズマリーが言うとクラウディアも目を閉じてそう言ってかぶりを振った。
そうだな。俺が術を通して見た限りでも、船自体は魔道具が設置されている事を除けば普通の帆船に見えた。連中が潜入工作を主としているのなら身元の特定に繋がる情報も持ち歩いてはいないのだろうけれど。
まあ……船を持ち歩くわけにもいかないし、組み込まれた魔道具以外は普通の帆船で証拠にもならないのであれば、島の外から目立たない程度に解体してしまうというのが良いだろう。
「まずは船内にあるものを回収してきてしまいましょう」
そう言ってカドケウスとバロールを船内に放つ。
「吾輩も協力できそうですな」
「ブルーコーラル。お願いできるかしら」
と、ピエトロとロヴィーサ。ブルーコーラルが頷いて海水の排出された船に入っていき、アピラシアの働き蜂やピエトロの分身達も後に続く。
内部構造を確認しながら不審な点がないか確認。ウィズに立体図を構築してもらう。船員の私物や衣服、装備品に食糧、飲用水といった品々を持ち出して種類ごとに砂浜に並べ、水魔法で水気を切ってから箱の中に収めていくといった具合だ。衣服のポケットまで働き蜂が調べたりしてくれたが……やはりめぼしいものはない。
船自体も比較的新しく作られたような印象がある割に、造船技術は全体的に使い古されたもの、という事で……水流操作の魔道具が組み込んである以外は証拠にならないような作り方をされている、とバルフォア侯爵とローズマリーは分析していた。
内部からはグロウフォニカ王国に加えて、西方海洋諸国の国旗が多数見つかったりもしたが……。
「これは……偽装用かな?」
「捕まった場合に本国を特定されないように、という事かしら?」
「ん。自国に帰港した時は、本当の船籍の旗を掲げたり?」
俺とステファニアが言うとシーラが首を傾げたので首肯しておく。
「本当の出身国の国旗だけ船にあったら身元が発覚してしまいますね」
グレイスが眉根を寄せると、マルレーンも神妙な面持ちで頷く。うん。多分、そういう事だろう。
一方で肝心の魔道具はと言えば――無傷で残っていた。台座に収められた水晶球で……台座部分に術式の刻まれた魔石やら何やらが組み込んであるようだ。
証拠隠滅の為に破壊、というのが懸念材料ではあったが、連中にとっても頼みの綱であったためにそこまで踏ん切りがつかなかったのかも知れない。バロールで破壊しまくってから脅しをかけたせいで、大分混乱していたしな。
「魔道具は証拠品になりますね」
アシュレイが明るい笑顔になると、イルムヒルトも言う。
「そうね。こんな技術を持っているならグロウフォニカ王国以外でも同じような事をしてる可能性は高いんじゃないかしら?」
「黒い影の目撃情報なら……他の国でもありそうだね」
「……もう少しはっきりした事が分かったら西方海洋諸国にも通達する必要がありそうですな」
俺達のやり取りにバルフォア侯爵がかぶりを振ってそんな風に言った。
「僕としては、もう一歩踏み込んでしまいたいと思っていますが」
「と仰いますと?」
「術式を解析して、偽装を解除してしまうような反作用の術式を組み上げたところで、その反術式ごと情報として広めます。連中の開発した術式を、金輪際役立たずにしてしまおう、というわけですね」
「そんなことが……いや、できるのでしょうな、テオドール公には。西方の同盟間に不信の芽が広まる前に潰す事が出来そうではありますな」
俺の返答に、バルフォア侯爵は少し乾いた笑い声を上げた。そうだな。この術式を開発した相手には申し訳ないが……こうした技術がある事で相互不信から火種になりかねないならその前に潰させてもらう。
「アル。それでしたら……」
「うん。分かっている」
オフィーリアがアルバートに視線を送ると、アルバートははっきりと頷き、そして言った。
「もし、反術式の魔道具作成で魔法技師が必要なら、遠慮なく言ってほしい。流石に今のような状況で新婚旅行だから休み、とは言っていられないからね」
「それは……うん。ありがとう。魔石に術式を刻んでもらうだけの簡素なものでも機能するような術式を考えておくよ」
そう答えるとアルバートとオフィーリアは、顔を見合わせて微笑み合っていた。
アルバートとオフィーリアの気持ちは有り難い。二人にとってもそれが誇らしい事であるなら、素直に厚意を受け取っておこう。
そうして話が纏まったところで、証拠品はシリウス号に運んでもらい、あまり証拠にはなら無さそうな船そのものは木材として解体してもらう。
後々島をネレイド達が利用するのなら、単なる木材に戻してしまっても何かしら使い道はあるだろう。
端からウッドゴーレムに変えて手頃な大きさに加工。木材として邪魔にならないような、島の外から見ても目立たないような場所に積んでおく。
そうしたところで、仕事は一段落だ。後は魚人達が目覚めるのを待つ事になるが……みんなでサンダリオとドルシアの家を見学してこようという話になった。
「俺はさっき魔力探知で家の中を見てきたから、みんなが見学している間、眠っている二人を見ておくよ。二人が起きたら話もしてみたいしね」
「分かりました。では、お言葉に甘えて」
と、みんな連れ立って家の方へと向かう。そうして草原に座っているベリウスやコルリスに寄りかかるように俺も座って暫く待っていると、ブロウスが小さく呻いて薄目を開いた。どうやら……意識が戻ったようだな。事情については色々考えられるが……さて。上手く話が聞けるだろうか。