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番外506 南海の戦い

「我が名はブロウス」

「オルシーヴだ」


 一回り体格の大きい方がブロウス。やや細身の方がオルシーヴか。


「名乗りだなんて悠長な事している場合か! どんな卑怯な手を使ってもいい! 確実に足止めしろ! 殺せ!」


 逃げながらもこちらの様子を窺っていたのだろう。こちらが名乗ろうとしたタイミングで二人の背後の小舟からそんな声が飛んでくる。二人の表情に不快な色が浮かんだのも一瞬の事。すぐさまこちらに向き直り、ブロウスは闘気を槍に集中させていく。オルシーヴは闘気を纏いながらも水の球を自身の周囲に浮かべた。


 目標は、共に一番距離の近い俺。誰かが動けば即座に突っ込んでくるだろう。


 事情は知らないが……二人がかりというのが最大限譲歩できる卑怯さなのか。並々ならない気迫を漲らせているのは確かだが……。


「俺が相手をする。みんなはそのまま警戒を」


 二人の魚人と向かい合う。足止めと言うのならただ睨み合う状況こそ望むところ。それはあの船の男の希望通りの結果だ。それは……愉快な話ではない。


「行くぞ」


 こちらから踏み込むと、ブロウスも反応して草原が爆ぜる程の勢いで踏み込んできた。

 ウロボロスと槍の穂先が激突するその瞬間。オルシーヴの水の球が鞭のように形状を変えてブロウスの腰に巻きつく。

 急減速――! 合わせようとしたウロボロスの先端を避けるようにしてブロウスの槍が軌道を変える。


 三又の槍が狙うは脇腹。身を捻る程度の半端な避け方では左右に広がる槍が突き刺さる、が。

 それは空中で軌道を変えられないならの話だ。シールドを蹴って真横に跳べば、すぐさまブロウスが反応して槍を横凪に払う。正面からオルシーヴの闘気の斬撃波が降ってきた。


 シールドを足場に斜めで止まる。ウロボロスに角度をつけて跳ね上げて、側面と正面からの攻撃が交わる瞬間を捉えて同時に迎撃。二人の魚人に浮かんだ驚愕の表情も一瞬の事で、裂帛の気合と共にブロウスが凄まじい勢いで刺突を繰り返す。


 こちらもウロボロスで応じる。先端と先端。突き、払い、巻き上げて踏み込み。オルシーヴの操る水の球がドリルのように螺旋状に形状変化して突っ込んでくる。ネメアの爪が打ち払うように迎撃。


「オルシーヴ! この前の漁で使ったあれだ!」

「応ッ!」


 ブロウスが掌の上に浮かべた光の球体を炸裂させれば、周囲が白光に包まれた。

 目潰しと同時に、可聴域以上の音波の照射をウィズが確認している。音響反射を利用したエコーロケーション――!

 しかし無駄な事だ。展開した魔力網で動きの一切は捉えている。


 空気の動きを風魔法で乱して音響反射を攪乱。一撃から身をかわし、転身しながらウロボロスを振り抜く。脇腹にめり込むウロボロスに、苦悶と驚愕の表情を浮かべるブロウス。

 だが――それでも止まらない。槍を捨てて食いしばりながら打ち込まれたウロボロスを抱え込む。そうして背後のオルシーヴに向かって超音波で合図を送った。


 オルシーヴが槍に闘気と水を纏って跳躍した。ブロウスごと俺を撃ち抜くような軌道――。ブロウスもまたウロボロスだけでなく、俺に掴みかかるように迫ってきて――!


 次の瞬間。オルシーヴの一撃が草原に大穴を穿っていた。


 俺とブロウスの姿はそんな一撃を叩き込むオルシーヴの背後にあって。

 コンパクトリープ。あれだけの気迫。手段を選ばないのであれば捨て身とて選択肢の一つとして入ってくるだろう。だから――最初からいつでも発動できるように準備していた。


 こちらの肩を掴もうとした体勢のままで、呆然とするブロウス。肩越しに振り返って、目を丸くしているオルシーヴ。


「暫く、じっとしてろ」


 跳ね上がった俺の掌底が、ブロウスの顎先を捉えた。魔力衝撃波を打ち込まれたブロウス。揺らいだ身体に封印術の鎖が巻き付き、ライトバインドで身体を拘束されて地面に転がる。

 脳を揺らされたところに封印術を食らって身体能力を減衰させられたのが決定打になったのか、さしものブロウスも気を失ったようだ。


「まだだ!」


 オルシーヴはそれでも退かない。こちらに向かって今まで以上の闘気を漲らせて突っ込んでくる。

 しかし――。

 勝負は一瞬だった。互いの攻撃を振り抜いて行き違う。


 数瞬の間を置いて、俺の背後でオルシーヴが膝から崩れ落ちていた。


 交差する瞬間にミラージュボディの分身を放って攻撃をすり抜け、ウロボロスからの魔力衝撃波がオルシーヴの側頭部を捉えたのだ。先程同様、衝撃で揺らがせた意識に、打撃と同時に封印術を打ち込めば、問答無用でオルシーヴの身体に光の鎖が巻き付いていた。

 二人が意識を失っている事、生命反応がある事を確認してオルシーヴも拘束。小さく息を吐く。殺さずに倒す。これなら……上出来だろう。とりあえず二人には後で話を聞かせてもらうとして。


「さて――そうなると後1人、か?」


 しかし視線を巡らすも、先程の小船は影も形も見えない。

 そこにアピラシアが飛んできて、身振り手振りを交えながら教えてくれた。上空から働き蜂で監視していたが小舟が少し沖合まで出たところで、突然消えた、と。

 そうだな。俺も戦闘中にカドケウスの視点から、その消えた瞬間を捉えている。


 魔力反応。生命反応、共に無し。辺りには凪の海と島々が広がるばかりだが――。


「消えたのは――あの辺り、か。ちょっと行ってくる」


 少なくとも、姿を消したり現したりというのができる、という手札は判明した。問題はその方法。方式だ。


 俺達のように偽装しているのか。それとも転移で逃げたか。或いは――空間系の魔法でどこかに退避しているか。調べる事で一つ一つ検証していけばいい。


 こうした状況で使える術というものは過去の経験でもあるものだ。

 例えば――ベリオンドーラの偵察を行った時にヴァルロスが俺達にやったのと、同じ事をすればいい。

 俺の場合、ヴァルロスから術を継承しているが循環魔力を用いなければ発動できない。だから、射程では元より劣るだろう。それでも元々広範囲に及ぶ術ではあるから、俺の使える術の中でもかなりの射程であることは確かだ。しかし……ある程度間合いを詰める必要があるだろう。


 環境魔力を取り込み、力を引き上げながらマジックサークルを展開。集中させた力を解き放つ。

 俺の手から眼下の海面から島々へと、空間に衝撃が広がっていき――触れた物の反応がこちらに感覚として伝わってくる。触れたものの材質、形、距離。何もかもだ。完全に密閉されていなければ空間を伝わって掌握できる。


 そして、見つけた。大きな船が一隻。どうやっているのかは分からないが船の形は見えない。海面に変わったところが見えないし魔力反応も生命反応も遮断しているようだ。

 幻術に近いような特殊な術式を用いているのだろうが――姿を消しているだけでそこにあるというのが分かれば後は簡単なものだ。


「――バロール」


 頭上に掲げる、俺の手には魔弾。光の渦を巻いて魔力を取り込んだバロールが、黄金の輝きを纏う。位置は船の直上――。ウィズが仮想の光のフレームを組み上げ、船やその中の人員の位置までありありと見せてくれる。


「沈め」


 増幅した循環魔力を蓄えたバロールを、直下へと解き放つ。激突の手応え。マストを切り裂き、甲板をぶち抜いて船体に穴を穿ち――そのまま船底へと突き抜ける。

 凪の海面にバロールが船底から穴を穿つような不思議な光景だけが肉眼で見えている。突き抜けたバロールが海面から飛び出し、光の尾が弧を描きながら、今度は側面から船をぶち抜いた。


 突き抜けた方向に向かって木の破片がバラバラと飛び散る。どうやら、一定の効果範囲を覆うフィールドや結界方式の術のようだ。

 そんな分析をしながら二度、三度と、人員の位置を避けながら縦横に穴を穿ち、船の航行能力をまず完全に破壊する。バロールが飛び込む度にどこからか悲鳴と怒号が聞こえてくるが、知ったことではない。


 船長室の直下に魔道具らしきものがあるのは把握しているが、こうした隠蔽の術を敵が持っているというのなら、解析の為に無傷で確保したい。


「偽装を解いて姿を見せろ。抵抗したり姿を見せない場合、大魔法を叩き込む。返答を保留して長引かせていると思った場合もな。すぐに決断しろ」


 手元に戻ったバロールに魔力を再び集め、巨大なマジックサークルを展開しながら降伏勧告を行えば――ややあって変化があった。黒いフィールドが発生したかと思うと収縮して――船舶が姿を現す。

 例の小舟で逃げだした男も……甲板に穿たれた大穴の前で腰を抜かしてこちらを見上げているのが視界に入ってくる。


 ……なるほどな。グロウフォニカ南方で何度か確認されていた、黒い影の正体はこいつらか。

 恐らく、姿を消す時と現す時。フィールドを発生させて船体を覆うという過程が必要なのだろう。

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