番外502 サロモンの財宝
島の様子をざっと見回しつつ、片眼鏡だけでなく魔力探知でも探せるようにウロボロスとオリハルコンの魔力硬化で身体の下に台座を作り、バロールで推進力を得る。
その上に座り魔力の探知網を広範囲に広げながら島の原生林の奥までを見て行く。
ウィズにこちらの探知が及んだ範囲、距離を光のフレームで色分けしてもらうことで、島を塗り潰すように調べていく、というわけだ。
端から順に調べていくと――俺の探知網に何かの魔力反応が触れた感触があった。
島の一番奥……原生林の中央。草木の奥だ。
そうだな。上陸しやすいところや波を受けやすいところに隠すよりは、なるべく奥まった場所にと考えるのが普通だろう。原生林が育っていると言うことは、少なくとも平常時は波を被らないということだし。
『原生林の奥に何か反応を見つけた。このまま調べてくる』
と、みんなにも通信機で連絡を入れてから島に降り立つ。木魔法で枝葉を避けつつ魔力を感じた場所へ。
「この辺か」
原生林の下まで到達すれば片眼鏡でも見える。地表付近に――魔力の反応がある。結界術の類だな。場を清め、精霊の力を高める類のもののようだが。
魔力反応はもう一つ。複雑に絡んだ木の根に守られるようにして地面に埋まっていた。
木魔法と土魔法で木の根を避けさせ、土を除けていくと――何やら石の箱が出てきた。表面に掘った溝に魔石の粉を流し込んで魔法陣を描き、それを更に固めて封印のための結界術を形成。別の側面には……紋様魔術に類する補助の術式や、文言が刻まれている。
内容物から魔力を借りて外側の封印を維持。土や木の精霊を称え、助力を願うという旨の文言も添えられていた。これらは継続的に魔石への魔力供給を行うために、だろう。
土地自体を結界術で保護して、精霊達に力を与える代わりに箱の封印の維持を手伝ってもらうというわけだ。自然環境が保護されている限りは精霊の余力で封印も維持される、という発想の方式なのだろう。
内容物も、魔力を放つような何かで確定だ。但し、魔物や精霊、魔法生物のように意思は介在しないと思われる。或いは自己の封印を良しとしているなら話は別だが。
ふと気がつくと、小さな土や木の精霊達があちこちから顔を出して、俺の方を見ていた。
「大丈夫。この箱を隠した人達の残した伝言を受け取って……預かりに来たんだ。当時と状況が変わったから、今の時代なら人の目に届く場所で保管した方が良いだろうって」
そう言いながらこちらに敵意や害意が無い事を示すように、屈み込んで小さな精霊に手を差し出す。精霊はこちらの指をそっと両手で握って俺を見上げてくる。
「だから……悪いようにはしないって約束するよ。この箱を隠した人達も、みんながこれまで守ってくれた事には感謝してると思う。箱の事は……俺達に引き継がせてくれないかな?」
そう言葉を続けると小さな精霊達は納得してくれたのか、目を細めたり笑顔になってこくこくと頷いていた。どうやら箱を譲ってくれる、ということらしい。脇に避けるようにして、俺の行動を見守ってくれているようだ。
「ありがとう」
礼を言ってレビテーションを用いて箱を受け取り、一旦除けた土と木の根を元通りにする。同時に土地を保護している結界にも魔力を送って強化しておく。今まで箱を守ってくれたお礼というか、餞別というか。
そうして飛び立とうとする別れ際。精霊達が手を振って見送ってくれているのが分かった。何やらぼんやりと光を帯びて――魔法陣に魔力を送って強化した事で精霊達が全体的に成長している……ような。小人サイズだったのがもう少し背丈が伸びて、魔力も向上しているというか。
まあ……フローリアの事例もあるしな。悪い事ではないとは思う。これからも元気でやってくれたら幸いだ。こちらも手を振って精霊達と別れる。
そうして箱を持ってみんなのところへと戻る。魔法の明かりの灯った甲板に降り立つと、みんなの視線が集まる。
「おかえりなさい。どうでしたか?」
グレイスが微笑んで迎えてくれる。
「ん。この通り。中身はまだ見てないから分からないけれど」
と、みんなにも回収してきた石の箱を見せる。
「やっぱり大きさや封印の方法から見ても金銀財宝……ではないね」
ヘルフリート王子が石の箱を見て眉根を寄せる。
「長期に渡って保管する手段として、腐食しない石の箱を結界術で守った、というわけね」
ローズマリーも思案しながら言った。
そうだな。これが木箱や金属の箱だとどうしても風雨によって腐食してぼろぼろになる。
一方で石の箱は破損が懸念材料ではあるが……結界術や紋様魔術で守っている限りはそれも防げるだろうか。事実、素材選びとしては成功しているようだ。
「これは、どうやって開けるのかしら?」
イルムヒルトが首を傾げる。
「んー。結界で覆っているのがそのまま鍵になっているのかな。まあ……開けてみないと対処も考えられないし、始まらないか。罠は……なさそうだけど。みんな、少し離れていてくれるかな?」
「わかりました」
「念のためにディフェンスフィールドも用意しておいた方がいいかしら」
俺の言葉に、アシュレイとステファニアが答え、みんなも少し距離を取る。
魔法陣から術式を読み取り、結界を解くと……箱の縁に光が走って、箱の蓋が外れるようになった。同時に……濃い水の気配を纏った、かなり強い魔力が蓋の隙間から漏れ出てくる。
「これは……水の力……? 海の気配を纏った魔力……?」
「何だろう? あんまり感じた事のない力だけど……すごく、強い感じがするわ」
「確かに。あまり馴染みのない海の力を感じます。これ単体では清浄でも剣呑なものでもありませんが……雄大な何かに触れたような」
モルガンとカティア、それにロヴィーサも言って、ネレイド達も驚きの表情を浮かべる。
……海の気配を纏う力……。何だ?
確かにロヴィーサの言うとおり、魔力自体は強いが、清浄でも邪悪な雰囲気でもない。
蓋を開けると、そこには黄金で作られた首飾りが入っていた。首飾りはともかく、エメラルドグリーンの輝きを放つ球体が問題だ。魔石……ではない。水の魔力もそこからの放射だろう。
「これは――封印術を施しておいた方が良いかな」
「海に関わるものなのにネレイド達も水守も知らないとなると、慎重になった方が良さそうね」
クラウディアも真剣な面持ちで同意する。
封印術を施すと、漏れ出る水の魔力も大分弱くなった。後で封印術を維持するための箱を改めて作ってそこに移し替えておくとしよう。
特性を封じても水の気配が消えないというのは……これが発生した段階で海や水の属性に深く関わるものだったからに間違いない。
自然物か、人工物か。或いは魔物の剥ぎ取りのように生体から採取したパーツなのかは分からないが――。いや、この魔力は竜や魔獣系の魔物から感じるそれに似ている、か?
「もしかすると、何かの魔物の部位、かも知れない。生命反応は感じないし、封印されていたからこれ自体には意思はないのかなとは思うけれど」
「ん。術式とかは刻まれてない?」
「首飾り部分は……ただの黄金だ。装飾は細かいけど、魔道具ではないみたいだね」
シーラに答える。
「術式が刻まれていれば……テオドールならそこから読み取って使用方法の逆算もできたかも知れないのにね」
ステファニアが眉根を寄せて言うと、マルレーンも神妙な面持ちで残念そうに頷いていた。
「魔法や呪法の発動体、という可能性はあるでしょうか?」
「有り得るかも知れない。優秀な素材には魔道具みたいに決まった役割を与えずに、触媒や杖の発動体にした方が色んな目的で機能したりするから」
少し考え込んでいたエレナが言うと、アルバートも同意した。
「そうだね。俺もその可能性の方が高いように思う。出自が分かれば使用方法ももう少し絞り込めると思うけど、仮にこれを発動体や触媒として使ってたなら……水に関する術や儀式はかなり効果が上乗せされたりするんじゃないかな?」
他に特殊な役割があったかどうかは不明だが……。偽装海賊の可能性が高いサロモンが表向き撤退したと言うことは……出自を追うと何か特殊な物に繋がるかも知れないな。