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番外499 獅子の爪の所在は

 別室で尻尾に羽ペンを持って待機していたカドケウスが隠しメッセージを複写。肖像画を額縁へと丁寧に戻し、元通り展示室の壁にかけたところで、バルフォア侯爵が口を開く。


「獅子の爪と竜の鼻先……ですか。城には元船乗りの使用人も多くいますので、問題が無さそうなら彼らにも聞いてみますが、どうでしょうか?」

「あちこちで聞いて回るよりは、その方が秘匿性も高くなりそうですね。場所を聞くだけであるなら、今回の場合は大丈夫かなと思います」

「そうですな。今回大事なのは、まず獅子の爪の場所を確定させる事でしょうか。とはいえ、なるべく口外しない名目も考えたいところですが」


 と、バルフォア侯爵は顎に手をやって思案を巡らす。


「例えば――景色が良いらしいので観光や海水浴等々、僕達が遊びに向かうであるとか。そこで防犯上の観点で暫く口外しないように伝えるなどする、というのは?」


 俺達を理由にしてもらう、というのは俺達から言い出した方がバルフォア侯爵としても気楽だろうしな。


「おお、防犯上という理由は良さそうですな」

「では、そのようにお願いできれば幸いです」

「勿論です。早速聞き込みをして参りましょう。皆さんは休憩部屋で寛ぐなりして待っていて頂ければと思います」


 そう言ってバルフォア侯爵と笑い合う。何となく悪巧みをしているようなやり取りだった気がしないでもないが……うん。多分気のせいだろう。


 そんなわけでバルフォア侯爵に聞き込みをしてもらっている間、休憩部屋でお茶を飲んで一息入れてから、片付けやら何やらに動こうということになったのであった。


「ありがとう、カドケウス。一先ずは何とかなりそうだね」

「本当に……良かったです。この後の事も気を抜かずに頑張りたいですね」


 テーブルの上にメモ書きを差し出してくるカドケウス。それを受け取りつつ言うと、俺の言葉にグレイスが微笑みを浮かべる。


「色々、びっくりした」

「うん。ずっと先の事まで考えて、手がかりを残したりとか」


 カルセドネとシトリアも色々今回の件には思うことがあるのか、顔を見合わせて頷き合っていた。


「資料の中には、探せば他にも手がかりになるものがあるかも知れないけどね。肖像画を特別だとは言っていたから、当時の資料なら魔法研究の資料あたりでも示唆しているんじゃないかな」

「文字を読む方法は書かれていそうですよね」

「ん。そのあたりの事はある程度分かりやすくなってそう」


 アシュレイが感心したように言うとシーラも同意する。


「そうだね。対応する魔法をかければ文字が浮かび上がるとか、そう言った類の文字だったんだろうし」


 まあ、俺は片眼鏡で直接読み取ってしまったけれど。

 そんな話をしながらお茶と茶菓子を頂いて、一息ついたところで改めて資料の保管庫の片付けに入るのであった。




「情報が手に入りましたぞ」


 暫くすると、バルフォア侯爵が笑顔で戻って来た。テーブルの上に海図を広げて、俺達に色々と説明してくれる。


「まず、海域としてはガルニカ伯爵領に位置します。例の――海の難所とされる海域ですな。

この海図では少し形までは省略されていますが、このあたり、ということで。爪に関しては見れば分かる程度にはそれらしい形という話でしたよ」


 バルフォア侯爵は海図の中に描かれた島をはっきりと指差した。

 海の難所――。ガルニカ伯爵が話をしてくれた、例の風の吹かない海域か。


「確かに、用が無い限りは船も立ち入りたがらないでしょうし、そういった海域の島を隠し場所に選ぶというのは理に適っている気がするわね」


 と、ローズマリーが言う。そう、だな。確かに。


「古い船乗りの間では割と有名なのだそうですよ。爪や鼻先だけでなく、他にも色々あるようです。特徴的な形の島々に名前を付けて目印にすることで、航行の際の目安にするわけですな。特に……難所では食糧や水の配分といった、生き死ににも関わってくる話ですから」


 それは……必死になって覚えもするかな。


「古い船乗りはという事は――最近は事情も違ってきていると?」

「比較的最近になって、グロウフォニカ王国側が例の海域を航行する際に支援する体制を整えておりますからな。魔術師の仕事の一つとして、必要に応じて信用のおける者を冒険者ギルドと協力して紹介している、というわけです」


 なるほど。風や水魔法系に明るい魔術師にとっては王国と伝手もできるし、王国としても有能な人材の囲い込みができるというわけだ。

 信用のおける者を紹介するのなら犯罪に利用される事も無く、逆にそれらの支援を受けずに航行する船等には目をつけやすくなる。最近になって、となるとデメトリオ王の案かも知れないな。


 ともあれ、島々の名称の知識も、最近は必要に迫られてきっちり覚える必要がない、というわけだ。


「……良い頃合いで訪問したのかも知れないわね。もう少し時代を経ていたら、場所の特定が難しくなっていた可能性があるわ」


 クラウディアが目を閉じて言うと、マルレーンも神妙な面持ちで首を縦に振って同意する。そうだな。失われつつある知識だし、聞き込みが難しくなるところだった。俗称という事なら尚更だ。


 ともあれ、獅子の爪の場所は特定できたし、後は現地に向かって見てからだな。


「今後の予定ですが……明日には出発したいと思います。緊急性は今のところ無さそうですが、所在が絞り込めた以上は早めの対応をするに越した事はありませんから」

「承知しました。では、今夜はゆっくりと疲れを取っていって頂ければ幸いです。順番が前後してしまいましたが、まずは客室へご案内致しましょう」

「ありがとうございます」


 礼を言うとバルフォア侯爵も笑みを浮かべて応じるのであった。




 夕食の席はシリウス号の甲板で、ということになった。シリウス号側で留守をしているネレイド達にも食事を運べるように、鍋やら食器やらをシリウス号に持ち込んで夕食である。

 シリウス号で食事をしたいと、バルフォア侯爵が俺に頼んだという名目にしたわけだ。船には機密情報もあるために、配膳やら何やらは俺達の側で行うと。船内にいるネレイド達にも食事を運んで……甲板からバルフォア侯爵領の街並みや海を眺めながらのんびりとした夕食の席である。


 チーズをかけて焼いた大きなロブスターやら、貝の酒蒸しやら……夕食のメニューも例によって魚介類が主であるが、これがまた美味であった。


 食事が一段落したところで、イルムヒルトが楽しそうな音色を奏でる中、幻影劇場についての話をする。


「幻影劇場については凄いらしい、とは噂をお聞きしていますな」


 と、バルフォア侯爵。ああ。グロウフォニカにも伝わっているのか。


「恐縮です。あちこちの国を訪問した折は毎回幻影劇の題材を探したりしているのですが、少し脚色をして、明かせない部分を伏せればサンダリオ卿のお話も幻影劇に出来そうな気がしますね」

「ほほう。興味深いお話ですな」

「まあ、これから出てくる物品についても場合によっては考慮に入れる必要があるので、些か気の早いお話かも知れませんね」

「ふっふ。ですが、食事の席の話題としては楽しいものです。構想がおありなら聞かせていただきたいものですが」


 バルフォア侯爵は中々上機嫌そうに尋ねてくる。


「では――。例えば、騎士団の仲間を逃がすために囮になった後、海賊の首領サロモンを打ち倒すも、自身も負傷してしまい、溺れていたところを人魚か――或いは女性に助けられる、とか。サンダリオ卿自身も記憶喪失になってしまって、怪我の看病をしてくれる人物との生活を描きつつ、未来に希望を感じさせる雰囲気で閉幕……というような内容を考えています。しかし、ネレイドの皆さんにも許可が必要な内容かも知れませんね」

「私達は構いませんよ。種族を少しだけ変える事で秘密は伏せられますし、私達だけが本当の事を知っていて、物語が作られた経緯も知っているというのは……面白いかも知れませんね」


 モルガンが少し悪戯っぽく笑ってそう言うと、カティアや他のネレイド達も楽しそうにうんうんと頷いていた。


「歴史の裏であった事を少し脚色しながら表で知られている事との整合性を取る、といった印象ですな。最後はもしかしたら本当はそうだったかも知れないという希望があって……良いお話に思います」


 そう言ってバルフォア侯爵も笑みを浮かべて同意してくれた。

 そんな風にして気楽な雑談をしながらバルフォア侯爵領の夜は更けていく。

 さて……。明日には獅子の爪に向かって出発することになるか。物品の確認と封印はマルティネス家の人達の願いでもあるからな。気合を入れていくとしよう。

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