番外495 侯爵領への到着
黒い影や船の難所と……何やら不穏な話もガルニカ伯爵はしていたが、そんな話とは裏腹に、バルフォア侯爵家への旅は一先ず順調というか、美しい海原と島々を見ながらののんびりとした航海になった。
ティアーズ達がモニターを見て警戒に当たってくれているが異常もなく進んでいる。難所とされる海域についてはシリウス号には関係がないし、そもそも良く使われる航路からは外れる位置にあるようで。
「空からなので慣れなくて些か分かりにくいですが……。島の形や位置からすると、そろそろガルニカ伯爵領から私の領内に入る頃合いですな」
風景を見回していたバルフォア侯爵が言って、グロウフォニカ製の海図を見ながら大体この辺を進んでいると、指し示してくれた。
「海図と島々の位置から見ると――そうですね。間違いないと思います」
俺達は空からの景色を見慣れているしな。海図と風景を見てバルフォア侯爵の言葉に間違いがないことを確認する。このままの方位で進んでいけば大きな離島が見えてくるだろう。後は海岸線に沿って進んでいけば直轄地となる拠点に到着するというわけだ。
「進路はこのままで大丈夫だね。速度は少し上げようか」
俺の言葉に、操船席近くに座っているアルファが尻尾をぱたぱたと振って応える。うむ。
そうしてイルムヒルトの演奏を聴きながらお茶を飲んだり、カードやチェスに興じたりしながら軽快に進んでいくと……やがて大きな離島が見えてくる。バルフォア侯爵領直轄地を含む島だ。
「島の東南側に直轄地があります。海岸線に沿って回り込んでいけば到着しますぞ」
「分かりました。ではそちらに進んでいきます。バルフォア侯爵の直轄地は――ヴェルドガル王国やバハルザード王国との関係を重視した位置なのですね」
ヴェルドガル王国やバハルザード王国からの玄関口や、有事の際の軍事拠点として機能するわけだ。
バルフォア侯爵家の背中はグロウフォニカ王家とガルニカ伯爵領が守っているから、国外重視の位置取りができるのだろう。
ドリスコル公爵領にも接続する海域が含まれているし、両国の親善ということでバルフォア侯爵家とヴェルドガル王家の間で婚姻話が持ち上がったのも納得できる話ではあるかな。
そんな話題を振ると、バルフォア侯爵は静かに笑って頷く。
「そうなりますな。私としてはバハルザード王国の情勢が落ち着いて安心した部分はありますぞ。そういう意味でもテオドール公には感謝しております」
「それは何よりです。ファリード陛下は武人気質で勇敢な方ですが、それも平穏を望むからこその思慮深い性格でもありますからね。バハルザード王国も安泰でしょう」
「そのようですな。ファリード陛下が即位した折にグロウフォニカ王国としても祝福する旨、書状と使いを送っておりますが、一角の人物であったと報告を受けております」
なるほど。ファリード王が即位してからもバハルザード国内はカハールが逃亡したりと危険な状態が続いていたからな。おいそれと要人が直接会いに行くのは難しかっただろうけれど。
とはいえバハルザード王国の現行体制を支持していて関係性も悪くないと言うのなら……。
「そうだったのですか。折を見てお会いできる機会を作れるようなら、僕としても安心できるところはありますが、どうでしょうか? 勿論、グロウフォニカ王国の国内事情も勘案する必要のある話だとは思いますが」
「それは――素晴らしいお話ですな……! デメトリオ陛下もお喜びになるでしょう」
と、バルフォア侯爵は俺の言葉に喜びの色を露わにしてそう答える。
どうやらバルフォア侯爵や、デメトリオ王にとっては渡りに船という話らしい。東西各国あちこちとの均衡を重視しているから、バハルザード王国との関係についても安定の方向に向かうならそれが一番というわけだ。
「ファリード王もそういった話は喜びそうな気がするわね」
俺とバルフォア侯爵のやり取りにクラウディアも目を閉じて頷く。マルレーンもにこにこしながら頷いていた。そうだな。ファリード王は代替わりした後の平穏が続くように考えている人物だから。
そんな話をしながらも更に進んでいくと――やがて海岸線に大きな街が見えてくる。
透明度の高い海と白い砂浜。明るい陽射しに映える白い壁の家。街の中心に大きな城がある。
この城も様式から見ると王都の建物と共通するものがあり、グロウフォニカ全盛期に作られたものなのが窺える。
「領地内への通達はいっておりますので、城に横付けするような形で進んでもらって構いませんぞ。監視塔の兵士達には顔を見せておかねばなりませんが」
「分かりました」
バルフォア侯爵の言葉に頷き、まずは速度を緩めて監視塔目指して進んでいく。
そうしてバルフォア侯爵が甲板に姿を見せると兵士が敬礼を返し、二つ返事に近い形で通してもらえた。まあ、領主本人が同行しているのだから当然と言えば当然だが。
ガルニカ伯爵領と隣接している土地柄でもあるからか、街行く騎士や兵士達が俺達に敬礼をしてくれたりというのも同様だ。子供達も手を振ってくれたりして、訪問を歓迎してくれている様子が見て取れた。
「私達は船で留守番、という事でいいのかしら」
「旧マルティネス邸と違って、人が多そうだものね」
と、ネレイド達は顔を見合わせてそんな会話を交わしている。
「そう、ですな。流石に知る者が多くなりすぎると、口に戸を立てられませんからな」
バルフォア侯爵が首肯する。そうだな。使用人の人数が片手で数えられるようならどこから情報が漏れたとすぐに分かってしまうから口も堅くなるが、人数が多いとそうもいかない。今回ネレイド達には船に残ってもらう事になるか。
「窮屈な思いをさせてすみません。待機して頂く方々の他に、サンダリオ卿の肖像画を確認できる方に同行して頂く必要がありますね」
「この船は好きよ。綺麗だし精霊の加護を受けているから居心地が良いもの」
「そうですな。この船に乗っていると調子が良くなりますぞ」
カティアとソロンの言葉に、ネレイド達も同意するように頷く。モルガンも微笑んで、言葉を続けた。
「私達に関しては大丈夫です。私とカティア、それからドルシアの娘達が同行すれば確認に関しては大丈夫でしょう」
「分かりました。使用人達には……ヴェルドガル王国側の客人という事で話を通してしまいましょう」
「という事です。分かりましたか?」
「はい。モルガン様」
「はーい」
「わかりました」
モルガンがドルシアの娘達に視線を向けると、ドルシアの娘達は神妙な顔で頷いたり、笑顔で返事をしたりしていた。
「使い魔達も同行させれば気にならなくなりそうですね。使い魔達も同行させても大丈夫でしょうか?」
「余人に危害を加えない事は私が見てきましたからな。私から説明しますので問題はありませんぞ」
というわけで話も纏まった。ソロンも同行できるということで嬉しそうな様子だ。
バルフォア侯爵に案内された通り、シリウス号を城に横付けするように停泊させる。
タラップを降りて城の正門に向かうと、すぐに使用人達がやってくる。
「これは旦那様。お帰りなさいませ。皆様も遠路はるばるようこそお越しくださいました」
そう言って一礼してくる。甲板から覗くようにコルリスやティール達が顔を出すと、少し驚いていたようだが。
「ああ、ただいま。あの者達はテオドール公の使い魔達だ。危険はない」
バルフォア侯爵は笑って使用人にそう答えると俺達を紹介してくれる。俺達も紹介にあわせて一礼。それからバルフォア侯爵はあれこれと使用人や騎士、兵士達に指示や通達を出し、使用人達も慌ただしく動き出すのであった。