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番外493 ガルニカ伯爵の訪問

 旧マルティネス邸の内部からは錬金術用の器具の他には特にめぼしいものは見つからなかった。

 しかし、サンダリオの用いた方法の中に魔法絡みのものが有り得る、と分かったのは大きな収穫だ。後はバルフォア侯爵邸での蔵書等々の内容に期待したいところだ。


 まあ、それはそれとして。

 屋根裏の探索に際しては埃などで汚れるからと風呂を用意してくれた。

 折角なのでありがたく厚意を受け取る事にしたが、俺だけでなくみんなも家の中をあちこち探して回ったので、順番に入浴させてもらうのが良いだろうということになった。


 そうして案内されたマルティネス家の風呂場は、騎士家という事だからか、それとも身内にそうした技術者がいたからなのか。湯を張るための魔道具が用意してあって快適なものだった。


「――ああ。良いお湯でした」

「それは何よりです。今、夕食の用意もしておりますのでそちらも楽しんでいって頂ければ幸いです」


 風呂から上がったところでそう言うと、応接室で寛いでいたバルフォア侯爵が微笑む。


「ありがとうございます。こちらの人数が多いので夕食の用意も大変では? 必要なら何かお手伝いを、と考えていたのですが」

「ふむ。そこは彼らも少数でも対応できるような料理を作る、という方向で動いておりますからな。お気持ちは有り難く受け取っておきます」


 なるほど。そういう事なら侯爵や使用人達の厚意を受け取っておくか。確かに、大鍋でスープなどを作っていけば大人数でも対応できるしな。そうした創意工夫でもてなしてくれるというのも有り難い話だ。


「それじゃあ、私達も着替えを船から取ってきましたら、順にお風呂を頂いてきますね」

「うん。そうしたらみんなでのんびりしよう」

「はい」


 グレイスは頷いて皆と一緒に部屋を出ていく。バルフォア侯爵領には明日出発、ということで。

 そうして応接室で今後の予定等について話をしたりして、のんびりとしていると……屋敷の前に馬車がやってきた。家紋付の馬車で――中からがっしりとした体格の、黒髪に黒髭の人物が降りてくる。


「ガルニカ伯爵ですな。巡察から戻ってきて……話を聞いて挨拶に来られたのでしょうな」


 と、バルフォア侯爵が言うのであった。




 バルフォア侯爵と共に、俺やアルバート、ヘルフリート王子で連れ立ってガルニカ伯爵を迎える。ガルニカ伯爵の体格や所作からは武芸の心得があるというのが伝わってくる。伯爵領の尚武の気風が強いのと同様、領主である伯爵もまた武人、ということなのだろう。

 説明が難しいのでネレイド達には一旦隣の部屋に移動してもらい、ガルニカ伯爵を応接室に通し、お互い自己紹介を行う。


「いや、お寛ぎのところ申し訳ない。巡察中に来訪なされたということで、ご挨拶に伺った次第です」

「いえ。戻ってこられたら、こちらから挨拶にも、と思っていたのですが」


 と、アルバートが言う。


「いやいや。最初に迎えられたならまだしも、後になって御足労頂いたのでは礼を欠くというものでしょう。皆様はバルフォア侯爵のお客人でもありますからな」


 バルフォア侯爵の別邸で既に歓迎している以上は、ガルニカ伯爵としてはその邪魔になるような事はできない、というわけだ。


「それに……武を志す者の一人として、境界公には一度お目通りを願いたかったというのもあります。飛行船も間近で見られて満足しておりますぞ」


 と、ガルニカ伯爵は俺を見て、にかっと笑った。


「そうでしたか。こんな若輩でがっかりさせてしまったかも知れませんが」

「いやいや。寧ろ逆ですな。その若さで一分の隙も感じさせない完成された所作というのは、信じられない物を目にしたと申しますか、噂に納得がいったと申しますか……。これで魔術師だと仰るのですから、最早脱帽するしかありませんな」


 ガルニカ伯爵はそう言って大笑する。こちらも笑って手を差し出し、握手を交わした。

 分厚い剣ダコのある、いかにも武人らしい手であった。性格も中々豪快そうな人物だが、日々の鍛練も欠かしてない事が窺えるというか。


 和やかな雰囲気があったが、ガルニカ伯爵はふと、真剣な面持ちになって言う。


「それと――飛行船であれば問題はないとは思いますが、南方の海は船を隠せるような島々が多く、不逞の輩が海賊行為を行いやすい海域でもあります。また数日の間、凪になる事も多い、帆船にとっての海の難所も存在しておりましてな。その点は念のために、留意頂ければ幸いです」


 凪――。確か景久の知識では南半球、北半球共に緯度30度付近は気圧帯の関係で無風になりやすい、だったかな。粘りつく海などと呼ばれたサルガッソ海もこうした気圧帯に位置しており、帆船が何週間も停滞しやすいことから船乗りに恐れられたというが。

 グロウフォニカ南方はそうした海域が含まれているということになるか。まあ、ルーンガルドでは魔道具や魔術師で無風状態への対策も取れるから、通常の帆船でもどうにかなるとは思うが。


「御忠告痛み入ります。伯爵の巡察も、もしかしたらそうした背景があってのものですか?」

「そうですな。普段から見回りをしておけば海賊行為もしにくくなりますし、停滞している船がいたとしても救助できます故。そのため、騎士団の保有している船は無風でも進む事が可能なのです」


 グロウフォニカの造船技術は色々見せてもらったからな。魔道具で水流操作を行って推進したりといった技術が組み込まれているのかも知れない。


「ああ。それと……海賊は下火になっていますが、南方の海では数年前から黒い影が時折目撃されていたりします」

「それは――私の領でも以前報告がありましたな」


 ガルニカ伯爵の言葉にバルフォア侯爵も首肯する。


「実害は今のところ報告されていませんが、この点も一応お気を付け下さい」

「近年になって目撃される黒い影ですか……。何でしょうね?」


 ヘルフリート王子が首を傾げる。


「我々の知らない魔物か……或いは別の何かか。過去に南方の海域で命を落とした海賊や、難所で命を落とした船乗りの無念が作り出した幽霊船などという噂もありますが……何分、未確認の情報ですからな」

「幽霊船と言われるぐらいなのですから、結構大きいものなのだろうとは思いますが……ふうむ」


 そうだな。飛行船だと視界が船より格段に広い分、目撃する可能性も増す気がするが……。

 しかしまあ……難所に海賊、幽霊船、財宝、魚人にネレイドと……グロウフォニカの海も賑やかな事だ。


「色々為になる話をありがとうございます。実は、こうしてお世話になった時のお返しになるかと、ヴェルドガルからお土産を持ってきているのですが」

「うむ。あれですかな。あれは実に良いものですな」


 と、押印機の話をしている事に気付いたのか、バルフォア侯爵が楽しそうに笑い、ガルニカ伯爵は目を瞬かせるのであった。




 そうして――ガルニカ伯爵に押印機を渡すと「これで鍛練と巡察に使える時間が増える!」と大喜びで帰って行ったのであった。まあ、喜んで貰えたようで何よりであるが。


 ガルニカ伯爵が帰って行った後で、隣の部屋からネレイド達が顔を出す。


「ネレイドの皆さんは、時々南方の海で目撃される黒い影というのに心当たりはないですか?」


 と、ネレイド達にも尋ねてみるが。顔を見合わせたり、思案したり、今一つピンとこないという様子だった。


「私達は、今回の件のように、こうして大勢で外に出る方が稀ですからね。時々外の情報も収集はしていますが、そうした物を見たという者は……いないようです」


 モルガンは皆の反応を見ながらそう教えてくれた。

 現時点では……正体不明か。魔物や幽霊船などと言っているが自然現象だとか人為的なものというのも有り得る。

 仮に目撃してしまったとしても、実害が報告されていないと言うのを踏まえ、実態が分かるまでは慎重に対応するというのが良さそうだな。

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