番外492 過去の残り香
蔵書等々は移されているらしいが、生家を保存して残している、というだけあって、どの間取りがどのように使われていたかなどはしっかり把握しているらしい。
まずは使用人に案内してもらいながら、屋敷の内部を一通り案内してもらう。
「間取りの広さや、壁と床、天井の厚みから、隠し部屋を作れる空間が無いかをまずは見て行こうかな。ウィズに立体図を作ってもらう」
「ウィズがいると助かりますね」
グレイスが微笑んでそう言うと、ウィズが口の端に当たる部分をにやっと笑みの形につり上げる。
「ああ。お気になさらず。帽子型の魔法生物なんです」
「大人しい子だから、人に危害を加えるような事はしないわ」
使用人達はぎょっとしたようだが俺やクラウディアの言葉と共にウィズがお辞儀をすると、反射的にお辞儀を返して顔を見合わせていた。
そうして危険がないと分かったところで改めて屋敷をあちこちと見て行く。寝室、客室、居間、応接室に地下貯蔵庫、物置……等々。
「どうかしら? どこか怪しいところはある?」
と、ステファニアが尋ねてくる。
「特に……不自然な空間は無さそうに見えるかな。だとすると他に考えられる場所としては、柱や壁、床、庭の土の下――このあたりに何か隠していないかだね。下の階の端から順に見て行こう」
「魔力を打ち込んだ反射である程度分かるかも知れません」
俺の言葉にアシュレイが言う。
「魔力反射の感知はアシュレイに比べれば不慣れだけど、わたくし達もやってみましょうか」
ローズマリーが言うと、マルレーンもこくこくと真剣な面持ちで頷いていた。
「では私もやってみます」
「手分けして進めてみましょうか」
と、エレナが言うとクラウディアとステファニアも応じる。魔法が使える面々は魔力ソナーで、というわけだ。
「俺も魔力で見て行くのがいいのかな」
「ん。じゃあ、私は細工が出来そうな場所を中心に探していく」
シーラもそう言って、柱の装飾部分等を探り始めた。
「では、私は使用人としての勘でしょうか」
「なら、私は冒険者の勘かしら?」
と、グレイスとイルムヒルトも壁や床を調べ始める。
「それじゃ、私はアピラシアと一緒に高いところや狭いとこを見てくね!」
セラフィナとアピラシアが働き蜂と共に飛んでいく。それじゃあバロールもセラフィナ達について行ってもらおう。床は――カドケウスに見てもらうか。
古い家具等々はシオン達やカルセドネ、シトリアが一つ一つ丁寧に見ていく。庭はコルリスがふんふんと鼻をひくつかせて魔力反応や地面に埋まっている物がないかを探って回っていた。ただコルリスが探索していると目立つのでティールやソロン、ホルンが庭をかけて遊んでいるように偽装しつつのコルリスの探索である。
そんな調子で、みんなで手分けして部屋や廊下等を一つずつ虱潰しにしていく。それほど広い屋敷ではないからそこまで時間はかかるまい。
そうして地下、1階部分、2階部分と端から見て行ったが、怪しい物品はどこにもない。柱に子供の背丈を刻んだ跡……といった住人の生活の名残は見つかったけれど、それ以上のこれといったものは出てこない。
コルリスも遊んでいるように見せかけながらの作業だったので時間はかかったようだが、窓の外で鼻先を少し横に振りつつ、手を交差させてバツ印を作り、成果はなかったと教えてくれた。
これで……残るは屋根裏のみか。主寝室や書斎、地下室と並んで……怪しいと言えば怪しい場所だが。
「これは――ちょっとみんなで入るのは無理かな」
屋根裏は――二階物置の天井の一部が外れるようになっていて、そこに梯子をかけて入れるようになっている。屋根裏への出入り口は少し間口が広めではあるが、普段立ち入ったり何かに利用したりするのを想定していないのか、照明も彩光窓もないというような場所であった。元々管理や保守点検のために行き来できるようにしてある、というだけなのだろう。
身長によっては常時身を屈めないといけないし、天井板はそこまでヤワではないが上を歩くことを想定していないようだし、梁や柱が邪魔をして自由に移動するのも難しい。
「流石にこのような場所に境界公に入って頂くわけには……」
と、使用人も恐縮しているが。
使用人達も流石に立ち入る事を想定していない屋根裏までは隅々まで掃除とはいかず、結構長い事人が立ち入った形跡もない。まあ、屋根裏なんて鼠などが住み着かなければそれで良い、というような気もするが。
「問題ありませんよ。そもそも普段からの立ち入りを想定していない屋根裏のようですし。ええと、そうだな。普通に入ると大変そうだし、一人で行ってくるよ。魔力の探知で色々見てくるから大丈夫、だと思う」
「で、では、せめて戻ってきた時のためにお風呂を用意しておきます」
「ありがとうございます」
そんな風に使用人に笑って答えながら、キマイラコートをグレイスに預け、汚れや埃防止に風のフィールドを身体に纏う。
レビテーションを使って天井板を踏まないように気を付けつつ、屋根裏内部に立ち入り、暗視の魔法を使って視界を確保。ついでだから風魔法で埃を集めて掃除をしながら見て行くか。そうすればチェックした場所も分かりやすくなるしな。
風魔法で埃を巻き込んで球体状に丸めつつ、身体から魔力の網を広げ――触れた物体に魔力ソナーを打ち込むようにして探査していく。
と、屋根裏の端まで行ったところで、一部に妙な場所を見つけた。板の敷居で覆われており、軽く見た限りでは分からないようにしてあるが……ウィズの立体図と併せて見てみれば、内側に空間があるな。
感じる魔力は――微弱。魔法の罠の類は無さそうだ。釘で固定されている敷居板に対して木魔法を用い、簡易の扉を作って閉鎖空間を開く。すると、そこにあったものは――。
「ただいま」
と、屋根裏の出入り口から顔だけ出して言うと、物置の中や戸口あたりにいた皆の視線がこちらに集まる。
「何かありましたか?」
「一応ね。この出入口からぎりぎり通る寸法みたいだから受け取って貰えるかな。レビテーションをかけるから、支えて降ろしてもらうだけで大丈夫」
「分かりました」
頷くグレイス達に上から発見した物を慎重に降ろしていく。
まずは木箱――。それから、出入り口のサイズとほぼ同等の大鍋だ。大鍋を降ろしてもらってから、俺も屋根裏から出る。
「大鍋? という事は、こちらの木箱の中身は……」
と、ローズマリーが木箱の中身を覗き込む。そこにはフラスコなどの錬金術用の実験器具が色々と入っていた。何かしらの薬を調合できるような、しっかりとした備品一揃いといったところだ。
「この木箱の中身や、大鍋に心当たりはありますか?」
そう尋ねると、バルフォア侯爵も使用人達も首を横に振る。そう、だろうな。屋根裏は長い間、人が立ち入った形跡もなかったし。少なくとも昨日今日隠された代物ではあるまい。
隠されていたことから察するに、あまり人目に晒したくないが、必要な時には使用を考えていた……というところだろうか?
「マルティネス家の過去に、こういう備品を使える技術を持った人がいた、ということになるかな?」
ヘルフリート王子が思案しながら言う。
「僕はそう見ています。しかし、こちらの知りたかった情報そのものというわけではありませんね。前提として、マルティネス家にはこういう技術を持つ家人がいた、という事が分かりましたが……」
錬金術か、或いはポーション作りに精通した人物。宝を隠すのにそれらの技術が使われた可能性。バルフォア侯爵家側に置かれている資料に目を通す際に、念頭に置くべきはそんなところだろうか。