番外491 騎士の生家
グロウフォニカ本土の南東の港町を通り過ぎて更に南へ。
透明度の非常に高い青い海原を越えた先に、拠点と成り得る大きな離島が二つ。更に無数の小さな諸島群があり、それらをガルニカ伯爵とバルフォア侯爵が治めている、というわけだ。
離島の位置から南西部に位置するガルニカ伯爵領は西方海洋諸国の一部と隣接する海域であるし、南東部のバルフォア侯爵領は――バハルザード北部やヴェルドガル王国ドリスコル公爵領の一部に隣接する海域を治めている。
その為、かつてのガルニカ伯爵は精強で知られる騎士団を擁する武闘派であったし、バルフォア侯爵は昔から比較的穏健な立場をとる事が多かった、と言われている。
旧マルティネス邸のある場所はバルフォア侯爵領に隣接するガルニカ伯爵領だ。なのでガルニカ伯爵領へ向かっている最中というわけである。
「――そうした性質の違いも、今は情勢が落ち着いたこともあってか、殊更武闘派を強調する程の立場をとる事は無くなりましたな。但し、ガルニカ伯爵領自体の尚武の気風や、武芸や鍛練への奨励は昔から変わらず、といったところでしょうか」
と、バルフォア侯爵がこれから向かうガルニカ伯爵領について色々と教えてくれる。
「ん。エインフェウス王国に似てる?」
「北東の獣王陛下の国家ですか。ふむ。私は噂でしか知りませんのではっきりとした事は言えませんが、気が合う面々は多いかも知れませんな」
首を傾げるシーラの言葉に、思案しながら答えるバルフォア侯爵。
聞いた限りでは……確かにエインフェウス王国の面々とは相性が良さそうな気もするが。
そうして青い海原を進んでいくと遠くに大きな島が見えてくる。椰子の木といった南国の植物。白い砂浜。明るい整然とした街並み。監視塔や実用性を追求した無骨な印象の古い城塞――。
監視塔の上で兵士が旗を振っているのが見える。竜籠などでの訪問への通常の応対だ。シリウス号で観光に向かうということで、領主達に対しては通達が行っているのだろう。
監視塔に向かってゆっくりと飛行していき、みんなで甲板に出る。
緊張した面持ちの兵士であったが、一緒に出てきたコルリスとティールが揃って手を振ると、目を丸くして呆気にとられたような表情をしてから、かぶりを振る。やや気が抜けたような様子でもあった。
「お勤めご苦労」
「これは――バルフォア侯爵。通達はありましたが、飛行船に同船しておいでとは」
バルフォア侯爵が間に立ってくれて、俺達の事も紹介してくれる。
「お目にかかれて光栄です」
と、俺に対しては敬礼を向けられた。グロウフォニカ南方でも名前は広まっているようだが。
「――というわけで、サンダリオ卿の足跡を訪ねて観光中なのだ。旧マルティネス家を見学しようと来訪したのだが、伯爵はおいでかな?」
「はっ。ガルニカ伯爵は只今領地内の巡察中で不在であります。観光については通達を頂いておりますので、不在中に来訪があった場合、便宜を図るようにと」
「ふむ。有り難い話だ。では、私からの感謝の言葉と共に、伯爵に書状を渡してもらいたい」
「承知しました」
バルフォア侯爵は出発前に予め書状を認めていたようでそれを兵士に手渡していた。
無論、別邸扱いであるためにバルフォア侯爵がそこに向かうのは問題ない。領地内の立ち入りもガルニカ伯爵が許可しているわけで、問題なく旧マルティネス邸への訪問ができるだろう。
そんなわけで監視塔の兵士は再び旗を振って、通行許可の合図を街中にも出してくれた。
ゆっくりとした速度と低い高度でガルニカ伯爵領の一角にあるという旧マルティネス邸へと向かう。
甲板から街の様子も見えるが――騎士や兵士、冒険者が敬礼してきたり、子供達が手を振ってきたりと……事前に通達されているということもあり、割と歓迎されている様子だ。こちらも敬礼を返したり手を振り返したりしながら目的地へと向かう。
「あの屋敷ですな」
と、バルフォア侯爵が指し示す。海を望む高台にある、こじんまりとしたお屋敷、という印象だ。建築様式こそ年代の古さを感じさせるものがあるが、庭木も屋敷もよく手入れされているようで小奇麗な印象があった。
海側にシリウス号を停泊させて、タラップを降ろすと屋敷から使用人達が出てくる。全部で4人。別邸ということで普段は最小限の人員しかいないようだが。
「別邸の管理を任せている使用人達です。皆、長年仕えている信用のおける者達ですよ」
バルフォア侯爵が教えてくれる。甲板からバルフォア侯爵がにこやかに挨拶をすると、驚いたような表情をしていた使用人達も状況を把握したのか、笑顔になってお辞儀をしてきた。
「これはバルフォア侯爵。それに、ヴェルドガル王国のお客人方も――ようこそお出でくださいました」
みんなでタラップを降りると、初老の執事が挨拶をしてくる。
「ああ。ただいま。飛行船での観光に関しては通達があったと思うが、南方の観光案内を請け負ってね。サンダリオ卿の生家を見学したいということで、こうしてアルバート殿下達をお連れしたという次第だ」
「そうだったのですか。では、今日は腕によりをかけてお持て成ししなければなりませんな」
「ふむ。だがその前に、お前達には話をしておかなければならない事がある。野外での立ち話というのもなんだしな。食堂で、というのが良いか」
というわけでシリウス号を降りて、旧マルティネス邸内部へと案内してもらう。庭園も椰子の木が生えていたりと何となく南国風の植生で風情があるが。
まずは使用人達に紹介をということで、こちらの面々を簡単に紹介してもらう。それから本題とも言うべき、家探しの話になった。
「これからする話は他言無用だ。実は旧マルティネス邸に、過去のある事件に関する手がかり等が残されているのではないか、という話になってな。こうしてテオドール公の助力を得て調べに来たというわけだ。この事は非公式ではあるが、デメトリオ陛下も承知しておられる話だ」
「そ、そうなのですか」
バルフォア侯爵の言葉に、少し緊張感を見せる使用人達。
「まあ、まだ確定的ではないからこその調査ではあるのだがね。特段お前達には不利益のある話ではないよ。少しばかり、屋敷の中をあちこち見て回る事になるが、それらに問題はない、という事は伝えておかねばならない。だからこうして話をしている。秘密にしているのも過去の事件に関する事であるため、その影響を念のために慮ってのことだ」
「そういうことでしたか」
バルフォア侯爵の説明に使用人達は安堵した様子であった。
まあ、そうだな。使用人達に知られず気付かれずに家探しというのは些か無理があるし。
「隠し部屋……はともかくとして、床板や梁、柱等に何か隠したりぐらいは有り得るかも知れないからな。お前達は普段、この屋敷で暮らしていて何か気付いたことはないか?」
バルフォア侯爵から尋ねられて使用人達は顔を見合わせる。お互い何もない、というように首を横に振ったりしていた。
「私どもは何も。しかし、サンダリオ卿は騎士でありながら魔法も用いたと伝え聞きますからな。もしかすると親族の方も魔法の才能を持っていたかも知れません。そうした魔法がかりの仕掛けでしたら、私どもでは普段目にしていても気付かない可能性もあります」
「ふむ。やはり、一度しっかりと調べる必要があるか」
そんな返答に、バルフォア侯爵は思案するような様子を見せて言う。
「それなら、家族を頼った理由も分かる気がするわね」
少し感心したようにイルムヒルトが言う。
「小規模の結界術で探知の手が届かないようにしたりね。有り得ない話ではない……かな?」
まあいずれにしても……この屋敷とバルフォア侯爵家にある資料と。両方を調べてみてからだな。