番外490 騎士の足跡を
そんなわけで、バルフォア侯爵とネレイド達をシリウス号に乗せ、南方へと赴くことになった。
「ふうむ。よもや、飛行船に乗って領地への旅とは、想像もしておりませんでしたが」
「余としては飛行船の旅は中々に羨ましい事だがな」
と、見送りにやってきたデメトリオ王と旅支度を整えたバルフォア侯爵がそんな会話を交わして笑いあう。
「今日はよろしくお願いしますぞ。私のように年代の離れた者が一緒では、些か落ち着かないかも知れませんが」
「いえ。侯爵とのお話は楽しみにしていますよ。あまり速度を出せないので、到着までは少し時間がかかりますから、のんびりといきましょう。まずは船室に案内します」
「ふっふ。それは楽しそうですな。ではよろしくお願いしますぞ」
と、バルフォア侯爵が楽しそうに笑う。タラップを昇り、人員を点呼。忘れ物がないかなども確認する。
「ヘルフリートの持ってきてくれたお土産も、ちゃんと船に乗せたわ」
「うん。それなら良かった」
と、微笑むカティアと少し照れながら応じるヘルフリート王子である。そんなやり取りを交わす二人を、デメトリオ王は微笑ましそうに見やって俺に向き直る。
「では、気をつけてな。まだどのような物かは分からないが、無理はしないように」
「はい。問題が起きましたらお渡しした魔法生物を通して連絡を取り合えればと思います」
「うむ」
デメトリオ王ともそうした会話を交わし、公館の使用人達に見送られながら……シリウス号はゆっくりと浮上してグロウフォニカの王都を後にするのであった。
そうして南方に向かってシリウス号は進む。
「グロウフォニカ本土の海岸線に沿って進んでいけば、南東の港町につきます。そこから南に進んでいく事になりますな」
バルフォア侯爵が進路を教えてくれる。
「ありがとうございます。ではその港町に到着するまでは問題なく進んでいけそうですね」
星球儀は機密扱いなので今回は一応使わないという方針である。
なので、バルフォア侯爵に案内を頼んだという次第だ。グロウフォニカ側の海図、航路等々を用いて南方へ向かう。
それに伴いシリウス号の進路も通常の航路と同様のもので進む事になるが……まあ、寄港はしなくて済むし、暗礁や地形等々を無視して上空を通過していける。普通の船舶よりは大分早く到着するだろう。
青い海が陽光を反射して――空から見える景色は何とも言えない美しさだ。点在する島々の緑も風情がある。
空から見る風景というのはネレイド達にとっても珍しいもののようで、水晶板に映る風景に目を奪われている様子だ。
「えっと……。ここに触れて、景色を拡大したりするの」
「シオンちゃん達に、教えてもらった」
と、カルセドネとシトリアがネレイド達にややたどたどしく水晶板の操作の仕方を教える。それを見たマルセスカとシグリッタがうんうんと頷いたりしていて、シオンが苦笑していたり、エレナが微笑ましそうに笑っているという光景だ。
「この球体に触れて魔力を送ればいいのね?」
ネレイド達の質問に、こくこくと頷くアピラシア。
アピラシアは養蜂球にネレイド達からの魔力を貰っているようだ。うむ……。これは海洋特化型の蜂が作れるようになるかも知れないな。
イルムヒルトと共にマルレーンもリュートを演奏して二人で楽しそうな旋律を響かせる。アルバートとオフィーリアも一緒にモニターを見ながら談笑していたりして。艦橋の雰囲気は中々賑やかなものであった。
「そう言えば、旧マルティネス邸という話が出ていましたが、今現在はどういう扱いになっているのですか?」
と、バルフォア侯爵に尋ねる。
「マルティネス家はバルフォア侯爵家に統合されましたが……サンダリオ卿が騎士達から英雄視されておりますからな。その生家を無くしてしまうのも勿体ないと、我が家の別邸扱いとしてそのまま残しております。管理の問題からマルティネス家の蔵書等は本宅側に移してありますが……」
「となると、旧マルティネス家と侯爵家の蔵書等々は、どちらも見ておく必要があるかも知れませんね」
グレイスがお茶を淹れながら言う。
「かもね。前の時みたいに、大掛かりな仕掛けはないとは思うけど、ちょっとした細工ぐらいならあってもおかしくはないし」
「ふむ。と仰いますと?」
「以前、高名な魔術師の別荘にお邪魔した時に、大掛かりな細工による隠し書庫を発見した事があるのです。ですから、旧マルティネス邸は一応隅々まで見ておく必要があるかなと」
ドリスコル公爵領の、ワグナー公の海底書庫だな。
他にも隠し書庫というのなら母さんだって本当の書斎を持っていたし、ハルバロニスなどはもっとスケールが大きく集落ごと隠している。
俺自身魔法建築で避難部屋などをあちこちに作っているしな。貴族や魔術師なら、そういった隠し部屋を用意するのはそこまで珍しい事でもないというか。
「ほう……。それはまた、歴史的な発見ですな。つまり、それと似たような事があるかも知れない、と?」
「僕はそう見ています。行方不明になったサンダリオ卿ですが、海賊達が自分や宝を捜索していると認識したわけですから……生死がうやむやになった後で家族を頼ろうとして、その途中で海賊達の監視の目がある事に気付いたとか……そうした可能性もあるかなと」
「国に頼れず家族を頼ろうとするも、監視の目に気付いて逃げた、と? 確かに、それなら行方不明のサンダリオ卿が追われている事を認識できたことの説明になりますな」
「最初から完全に予測で動いた、という可能性も否定はできませんが」
いずれにしても確かめておくのは無駄にはならないだろう。サンダリオ卿が家族を頼らなかったとしても、どこかに物品を隠すのなら尚の事、その生い立ち等々から隠し場所に選びそうなところを推測するなどの必要も出てくる。
「仮に家族と接触していたのなら、隠し場所の手がかりをどこかに残している可能性があるかも知れない、ということね」
と、ステファニアが言う。
「そうだね。俺も……それに期待してる」
「サンダリオ卿と、無人島で暮らしていた人物の照合に関してはどうしたらいいのでしょうか?」
アシュレイが首を傾げると、バルフォア侯爵が言った。
「それでしたら、サンダリオ卿の肖像画がバルフォア侯爵家側に残っておりますよ。これに関しては行方不明になった後、英雄の夭逝を悼むという目的で描かれたとか」
「でしたら、当人と面識のある私達が見れば判別できますね。マルティネス家が途絶えてしまったのは……少し寂しい事ではありますが、その後の一族の系譜も分かったわけではありますし」
バルフォア侯爵の言葉を受けて、モルガンが言った。
「サンダリオ卿だと確定したら、わたくし達も墓前に顔を出すべきかしらね」
「ああ。それはきっと、あの御仁も喜ぶのではないでしょうか」
ローズマリーが言うとモルガンは嬉しそうに頷く。それなら……ローズマリーと結婚した俺や、バルフォア侯爵の甥であるヘルフリート王子もかな。
視線をやればヘルフリート王子も同じ気持ちなのか、神妙な面持ちで目を閉じていた。
ヘルフリート王子はカティアと交際中だし、きっとサンダリオ卿であれば喜ぶのではないだろうか。
「では、マルティネス家、バルフォア侯爵家の調査を経て、はっきりとしたことが分かったらネレイドの皆さん方の里へ、という事で良いでしょうか」
「はい。よろしくお願いします」
目的地も流れも大体決まったな。二つの家に行って隠し部屋等を探ったり、資料を漁ったりしつつ……ネレイドの里でもう一度情報を整理して、隠されたサロモンの宝を探しに行く、というのが良いのではないだろうか。