番外487 海の娘達が見たものは
ネレイド達をシリウス号でヴェルドガル公館に迎えての明くる日――。
ネレイド達は朝食後に公館の会議室を借り切って、今後の方針をどうすべきかの部族会議だ。勿論カティアもその一員として会議に参加中である。
デメトリオ王、バルフォア侯爵達に過去に起きた出来事を相談する際に、ネレイド達もそこに当事者として立ち会うか否か。それは、デメトリオ王やバルフォア侯爵を信じられるかどうか、という話になるだろうか。
打ち明けた場合の諸々のリスクなどは真剣に考えておくべきものだろうし、話し合いを抜きに軽々しく決めて良いものでもあるまい。
義理という観点から言うならネレイド達は立ち会いに賛成という声が大きいが、それは果たして軽率な判断ではないか、一旦立ち止まって熟考しようというわけだ。
俺から見たデメトリオ王達の印象等々は――既にネレイド達には伝えてある。もしネレイドが立ち会うことを選択して立場を悪くするならば、俺も境界公として極力グロウフォニカ王国との衝突は避けつつもネレイド達の庇護に動く、ということになるだろう。
まあ、そんなわけで。ネレイド達の判断はネレイド達に任せる形になる。
助言をしようにもローズマリーやヘルフリート王子の伯父であるバルフォア侯爵はともかく、デメトリオ王とは俺達の誰もが普段から接点があるわけでも付き合いが長いわけでもないからな。世間の評判であるとか、最初に会った印象といった話になる。
実際の統治の様子なら参考にもなるだろう。判断材料の一助になればということでシーカーの映像と音声を会議室に中継。俺達はその上で王都観光というわけだ。あまりあれこれ言わず、目で見て判断してもらうのが良いだろう。
「グロウフォニカ王国の王都は歴史のある建造物が多くてね。古い建造物といっても立派な物が多いから今でも修繕したりして大切に使われているわけだね」
と、馬車で街を巡りながらヘルフリート王子に色々と解説してもらう。
そうだな。民家の街並みも統一されているし、国の関わっている建造物は立派な物が多く、そうした風景を見ているだけでも結構楽しいとは思う。
「修繕の方面でも魔法建築は使われるのよね」
「建物の劣化や疲労を修復したりとかね。通常の方法で修繕しようと思うとその辺は大掛かりになりがちだからね」
と、ステファニアの言葉にそんな返答をする。壁や天井の罅割れを埋めたり構造強化を施したり、という具合だ。
「グロウフォニカ王国でもやっぱりそのへんの仕事は魔術師の仕事だね。人材の育成には力を入れているみたいだ」
「造船でも魔法を使うから、魔法建築と通じる部分があるのかも知れないわね」
ヘルフリート王子の言葉に、ローズマリーが答える。
そうして孤児院だとか静養院といった公共性の高い施設を見て回る。
観光というには社会見学的な側面が強いが、ネレイド達に見てもらうというだけでなく、俺やアルバートも領地経営に関わるものとして色々勉強させてもらおうという狙いはある。
孤児院にしても静養院にしても、遠くから見た印象では比較的古い建造物を利用しているようではあるが、グロウフォニカの場合、だからと言って粗末な建物、とはならなかったりする。
寧ろ石造りで立派な建物で、敷地も広い。孤児院から見て回ってみれば、子供達が中庭で楽しそうに走り回っていたりして、明るく平和な印象があった。
「グロウフォニカ王国はどこでも開放的で明るい雰囲気があるわね」
と、イルムヒルトが孤児院の中庭で鬼ごっこをしている子供達を見て微笑んで言う。シーラもその言葉にうんうんと頷いていた。そうして孤児院を見てから、今度は静養院へと向かう。
「静養院も立派ですね」
と、建物を間近でみたアシュレイが言う。治癒術師だから気になるのだろう。
確かにこちらは外からだけでなく、しっかりと中を見て勉強させてもらった方が良いかも知れない。というわけで、馬車を降りて見学ができないか話をしに行った。
院長は俺達が観光するとは聞いていたようだが、静養院に見学に来るとは思っていなかったのだろう。少し恐縮しながらも来訪を歓迎してくれた。
「貴族の方々に興味を持っていただけるのは嬉しいことです」
と、初老の院長が柔和な微笑みを見せる。院長自身も治癒術の使い手なのだそうな。
但し、治癒術師は数が少ないので、あれもこれもと治療しているとどうしても負担が大きくなってしまう。
そこを薬や療養で補うという方法で治癒術師の負担を減らしつつ病人や怪我人の治療を行う、という方針らしい。そうした方針に基づいた実務について幾つかアシュレイが質問して、それに院長が答えたりしながら建物の中を見て回る。
船乗りらしき者、王都の住民といった顔ぶれが診療目的で訪れていて、病気や怪我等に応じて病室に割り当てられる等しているようだ。
病室の窓の外には緑豊かな中庭が見えていて、そこから明るい陽射しが差し込んでくる。静かで落ち着いた環境のようだな。
「王国は船団と騎士団に大きな被害を受けて全盛期より衰退はしたけれど、海洋資源はそのままだわ。特に薬の原料となる海藻の群生する海域を国内に抑えているのが大きくてね。代替となる薬の発展で貿易面での収益は少なくなったけれど、代わりに国内で安価に流通させたり静養院で活用することで国民の健康維持に役立てている、というわけね」
薬学に関してはローズマリーの分野ということだろう。グロウフォニカの事情という事もあって、しっかりと調べているようだ。
「良くお調べになっていらっしゃいますね。デメトリオ陛下の代になって予算面でも多少潤沢になっているのですよ」
と、院長はにこやかに教えてくれた。印象としては……節約しつつも必要なところには金を出す。手持ちの資源は有効活用する、という感じだろうか。これがデメトリオ王の方針ということなのだろう。
魚人も普通に混じって生活していたり静養院を訪れていたりもするが、どういう経緯でグロウフォニカの国民になったのかについては、図書館で調べた中で知識を仕入れさせてもらった。
かつて海賊として活動していた魚人の部族を平定し、グロウフォニカの民として組み込んだ、という経緯があるらしい。以来、海の民とも繋がりが生まれ、元々友好的だったグランティオスとも交流が進んだのだとか。
まあ……そういった諸々を見る限りでもグロウフォニカは異種族、特に海の民にも寛容な性質ではあるかな。
「ありがとう。勉強になった」
「こちらこそ」
アルバートが礼を言うと、院長も微笑んでいた。
そうして静養院の見学を終えて、院長に礼を言って後にする。
その後は街中を見て、民の暮らしぶりやらを見ながら散策し、グロウフォニカの服や装飾品等の買い物をしたりして、公館へと戻ったのであった。
公館へ戻ると、すぐにモルガンやカティア達が出てきて、方針が決まった、と伝えてきた。
「デメトリオ陛下やバルフォア侯爵を、信じたいと思います」
「ヘルフリート達が街を巡って、色々な物を見せてくれたから。先々の事は分からないけれど、今の王様達ならお話をしてもきっと大丈夫だと思うという意見が多かったわ」
「分かりました。僕も話を持ちかけた関係上、今回のお話で悪い方向に転んだ場合、境界公として助力をするとお約束します」
「ヴェルドガル王国と月神殿は方向性も一致しているものね。そこは間違いないと思って貰って良いわ」
俺の言葉に、クラウディアも目を閉じて静かに頷く。
「ありがとうございます」
嬉しそうに微笑むモルガンと握手を交わす。
では――決まりだな。王城に連絡を取り、デメトリオ王、バルフォア侯爵と再び面会できるように段取りを整えて貰おう。