番外479 飛行船見学
「武装は音響砲程度ですが、装甲関係――というか船体の耐久力は相当なものですね。魔人に空中で対抗するために無茶な機動で飛行することも想定した結果、ですね」
反応する程度に軽く装甲表面を拳で叩くと、船体表面に薄らと小さな光の波紋が広がっていった。
「確かに普通ではないな。魔法的な防御があるということか」
「製法や効果に関しては明かせない部分がありますが、かなり強固なものだと思って頂ければ間違いないかと」
「まあ、そのあたりは仕方のないことですな」
デメトリオ王の言葉に答えると、バルフォア侯爵も納得したというように首肯する。
そうしてタラップを昇り、グロウフォニカの面々を船内へと案内する。通路を通りまずは船室から始まり、厨房や風呂、トイレ、船倉、船室と順々に紹介していく。飛行の実演を行うので艦橋は後の方に回す。
「かなり内部の設備が整っているのだな。下手をすると宿などよりも居心地が良さそうだが」
「内部の温度を一定に保っていますから、そういう意味でも過ごしやすくはありますね」
そんな話をしながら通路に出て手近な伝声管で実演を行う。
「こちら右舷後方通路。聞こえるかな?」
「ん。こちら艦橋。聞こえてる」
伝声管を通して艦橋に先に向かっていたシーラからの返答があった。そんなやり取りに、グロウフォニカの面々が少し驚いたように顔を見合わせる。
「船内の各所に、船の中枢側と意思疎通の可能な伝声管を通してあるわけですね。船外へ声を届けたり、船内全体に船長の意思を伝えたり、各所から中枢部へ報告したりという事が可能です」
「これは――素晴らしいな。飛行船ではなく、通常の船舶でも有用な技術なのではないか?」
そうだな。俺としても、グロウフォニカにとっては有用な技術ではないかと思うから見てもらったところがある。
「原理的には管楽器に近いもので、風魔法の応用で補助をしています。通常の船舶でも組み込めば全体の意思伝達や注意喚起が迅速になりますね」
伝声管については原理、コスト、技術等の面から見てもそれほど難しいものではない。航行の助けになるのなら広まって良い技術だとも思う。模倣することもできるだろうし、工房としても技術協力可能な内容だろうという話をアルバートとも交わしている。
そうした話をすると、デメトリオ王は目を閉じて頷いていた。
「それもまた親善を深める方向に作用するものであるかな。検討課題としておこう」
そんな話をしながら艦橋へと向かう。
「おお……これはまた……」
「あれこれと想像はしていましたが……すごいものですな……」
艦橋の内部を見てデメトリオ王達は声を上げた。水晶板モニターに各所に繋がる伝声管等々、グロウフォニカ王国の面々としてはこうした技術は興味深いものだろう。
「最初は船を飛ばす形でしたが、それでは死角が多いのでこうなったというわけですね」
「空を飛ばす以上は普通の船とは勝手が違う、というわけか。感心させられる」
というわけでそろそろ飛行の実演といこう。正面モニターが見やすい位置の座席に座ってもらい、しっかりと注意事項を伝え、シートベルトも締めて貰う。
「これで良いのかな?」
「拝見します。――はい。これで大丈夫ですよ」
シートベルトの状態を一人一人見て、問題がないことを確認してから操船席へ向かう。人員の所在など、飛行できる状態であることをチェックした上で水晶球に手を触れてシリウス号をゆっくりと浮上させる。
「では、飛行していきます。最初はゆっくりと。段々と速度を上げて飛ぶ事になると思います」
「うむ。各所に通達もしているから、大きな混乱は起こるまい」
では、始めよう。最初はゆっくりと。次第に速度を上げて海原の上空を進んでいく。
「空から見る景色は――美しいものですな」
バルフォア侯爵が言う。
「更に速度を上げていきますよ」
前面からの空気を取り込み火魔法で点火して後方に噴出すると、一気に速度が跳ね上がり、景色の流れる速さも変わる。
グロウフォニカの面々の様子を見ながら、雲を突き抜けて大きく弧を描いてから、今度は緩やかな角度で下降しながら海面をなぞるような高度で進む。高低差をつけてつき進んだりターンしたりはしているが、慣性的にはあまり無茶のない動きだ。速度がどの程度の物か理解してもらうために高度を落としたところはあるが――。
「すごい光景だな……!」
「おおっ……これは……!」
と、デメトリオ王とバルフォア侯爵は楽しげに声を上げる。ほとんど同時にシリウス号がまた上昇していく。大きく旋回して段々と速度を緩めていく。
「飛竜に乗った時のような光景でしたね」
「うむ。余も同じことを思った」
騎士の言葉に、デメトリオ王は楽しそうに答え、バルフォア侯爵も頷く。
なるほど。先程の反応はデメトリオ王達に飛竜に騎乗する経験があったからか。王侯貴族は武芸や魔術を嗜みとして身につけている面々も多いが、デメトリオ王やバルフォア侯爵もそうらしい。
まあ、シリウス号については見せられる部分はこんなところだろうか。流石に魔力光推進はどうかと思うし。このまま程々の速度で周辺の島々を遊覧してから公館に戻るとしよう。
「――いや、堪能させてもらった」
「若い頃の事を思い出しますな」
と、公館に戻ってきてシリウス号を停泊させたところでデメトリオ王とバルフォア侯爵がそんな風に言った。
「楽しんでいただけたなら何よりです。技術交流的なお話にもなっていましたし、お土産として魔道具も用意したのですが」
「ほほう」
土産というのは押印機などだ。シリウス号見学のタイミングで見せるというのは、これが歓待としての時間になるのも考慮に入れていたからだ。余人の目に触れないというのもお互い都合がいいだろう。
艦橋のテーブルにて押印機等の事務用品も見てもらうと、デメトリオ王もバルフォア侯爵も明らかに身を乗り出して興味を示していた。騎士達がそれほどピンとこない印象に対して二人はやはり執務を行うので食いつき方が違うというか。
「素晴らしいな……。これをお土産にと……?」
「これは……良いものですな!」
紙にぽんぽんと印を押していくデメトリオ王とバルフォア侯爵である。
「あちこちで評判が良いので是非にと思いまして。工房と商会で扱っている品なので話題にしていただければ商機にも繋がりますからね」
そう言うと、デメトリオ王は上機嫌そうに笑って頷くのであった。
「うむ。これは――返礼というわけではないが、飛行船の分も含めてこちらも色々見せねば釣り合いが取れまいな」
というわけで、シリウス号は公館に停泊させておき、動物組、魔法生物組にまた留守番を頼む。
俺達はデメトリオ王達と共に馬車に乗り込んで造船所へ移動するというわけだ。あの橋を渡った離島側に造船所があるらしい。
「造船所には船舶技術を向上させるための研究施設もあってな。境界公とその支援を行った工房の主が見学に訪問してくるという話をしたら、皆随分と喜んでいたよ」
「それは……光栄ですね」
「見学が楽しみです」
アルバートもにこやかに応じる。
俺達を乗せた馬車はやがて街を抜け、海の上を横切る橋を進んでいく。橋の上からの海原の眺めもまた、遠くまで見渡す事ができて見事なものだ。
そうして橋を渡って離島側の街に入る。王都の一部ということで離島側の街もしっかりと整備されている印象があるな。
やがて道の先に立派な建物が見えてくる。歴史を感じさせる風格があるのは、造船所や研究施設がグロウフォニカ王国が全盛期だった頃に作られたものだからだろう。
さてさて。どんな技術が出てくるやら。グロウフォニカ王国としても俺達と同様、部外者には開帳できない技術等々もあるのだろうが、諸々楽しみなところがあるかな。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
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詳細は活動報告に書きましたので参考にしていただければと思います。
今後ともウェブ版、書籍版共に頑張っていく所存ですのでよろしくお願い致します。