番外478 宴と交流と
宴会は夕食も一段落し、楽士の奏でる曲を楽しみながら茶や酒を楽しみつつ貴族同士親睦を深める、というような時間に変わりつつあった。
ただ、今は国王と侯爵という大物が俺のところに来ているからか、話の腰を折って不興を買うのを嫌ってか、他の貴族や武官、魔術師といった面々は挨拶回りを遠慮しているようだ。
バルフォア侯爵は静かに笑みを浮かべて俺に言う。
「姪の事をよろしく頼みます。グラディス殿下も平穏を好む性格なので同じ意見なのではないかと思いますが、私としても今の状況には安心しているのですよ」
ああ。グラディス王妃と基本的な考え方は同じ、ということか。兄妹だから性格的なところも把握している、と。
それに、ローズマリーの事を気にかけているというのも分かる。
とは言っても、ローズマリー側からはグロウフォニカ王国への接触を控えていたから、色々と独自に調べたのだろう。ヘルフリート王子からも話を聞いているかも知れない。
「ありがとうございます。グラディス殿下とも少しお言葉を交わしましたが、見守って下さっているという印象を受けました」
「それは何よりです。先代侯爵は妹の才覚に期待して国外との人脈が太くなると見込んでいたようですが……王妃としての立場を堅持することを選ばれたようですからね。最近は先代もすっかり丸くなっておりますよ」
と、バルフォア侯爵は冗談めかして言う。その言葉にデメトリオ王も苦笑していた。
なるほどな。先代侯爵はやや野心的というか、人脈作りにいそしむタイプの領主だったと。グラディス王妃が元々才媛として名高かったのなら、グロウフォニカ王国のために……と言うよりは、バルフォア侯爵家のために色々働きかけをしてくれる事を期待していたのだろう。
まあ、ローズマリーによれば、グラディス王妃は呑気なところがあるとも言っていたから、あれこれと政治的な働きかけをするより、平穏で子煩悩でいられる事を喜ぶ人なのだろうと思う。
ともあれ、デメトリオ王の反応を見た限りでは先代侯爵も落ち着いて、今はバルフォア侯爵家も平穏なのかな、という気がする。
「祖父の人柄については多少聞き及んでおりますが、伯父上も苦労なされたのですね」
「ふふ。ローズマリーはその辺の筋を通してくれたから、そこは感謝していたがね」
「そこはまあ……母上の立場もありましたので」
ローズマリーもバルフォア侯爵とそんな風に言葉を交わす。
まあ、先代侯爵の人柄を推察する限りではローズマリーからグロウフォニカの人脈を求めるような話があれば飛び付いていたのだろうという気はする。
ローズマリーがそのあたりで自重したのも、バルフォア侯爵がこちらに好印象を以って接してくれる理由、といったところだろうか?
そうしてバルフォア侯爵との挨拶やちょっとした世間話も終わったところで、デメトリオ王が言った。
「それと……明日の飛行船見学について少し聞いてみたいのだが、余やクストディオにも見せてもらっても良いだろうか?」
「勿論です」
それは構わないというか、デメトリオ王に見てもらった方がこちらとしては良いような気もする。
船内設備などと共にこちらの人員等々も見てもらうという話になっているので、デメトリオ王やバルフォア侯爵にそこを実際に確認して貰えれば、お互い安心だろうというわけだ。
「余としては、グロウフォニカの船も見て貰って、意見を聞いてみたくはあるのだがな。無論、それで飛行船の見学内容を踏み込んだものにして欲しいなどと、他意があるわけではない」
「グロウフォニカ王国の船ですか。それは……面白そうですね」
「そうであろう」
にやりと笑うデメトリオ王。海洋国家として名高いグロウフォニカの船だしな。使われている技術等々は俺としても気になるところだ。アルバートも魔法技師として興味があるのか、うんうんと頷いている。
「人員の確認と共に相互の見学での軽い交流、というのも良いのではないですかな?」
「ふむ。差し支えなければそれも予定に組み込んでおこうと思うのだが、どうだろうか?」
バルフォア侯爵が笑顔で提案し、デメトリオ王が尋ねてくる。
「そうですね。楽しみにしています」
アルバートと頷き合い、そう答える。
というか、デメトリオ王とバルフォア侯爵は年齢が近いからか、友人同士といった雰囲気がある、かな? 西方諸国との均衡を考えるとヴェルドガル重視派、海洋諸国重視派などという派閥はあれど、どちらかに偏重するというわけにもいかないのだろうが……少なくともヴェルドガル王国との親善を意識してくれている二人とは、こちらも良好な関係を築いておきたいものだ。
そうして飛行船見学の時間等々の打ち合わせをして、デメトリオ王とバルフォア侯爵、二人との話が終わると宴会会場の貴族、武官、魔術師達からの挨拶回りがあった。
武官と魔術師はゼヴィオンの一件からか、大分俺に対しては畏まっているような様子が見られた気がする。
まあ、最初から親ヴェルドガル派と分かっているバルフォア侯爵はともかく、グロウフォニカの国内事情にそれほど詳しくないままに派閥に波風を立てるつもりもないので、程々の距離と節度を保った対応にはなったと思う。……武官や魔術師達のイメージを壊すのも悪い気がするので、些か肩が凝ったような気もするが。
そうして王城での歓待も終わり……その日は公館に戻って静かに一夜が過ぎて行ったのであった。
夜が明けて――朝食を済ませて暫くすると、王城からデメトリオ王とバルフォア侯爵を乗せた馬車が公館に到着した。大体予定していた通りの頃合いといったところだ。
「おはようございます」
「うむ。良く晴れた、爽やかな朝であるな」
と、朝の挨拶をするとデメトリオ王はそんな風に言って笑みを返してくれた。
護衛は俺達がグロウフォニカ王国に到着した時に案内してくれた騎士達だ。やはり、こちらに気を遣った人選という印象ではあるかな。
こちらも船に乗ってきた人員でデメトリオ王達を迎えると同時に、使い魔や魔法生物達も紹介していく。
「船で同行してきた面々はこれで全員ですね。使い魔や魔法生物達もいるのですが、護衛扱いと考えて頂けたらと思います」
と、俺の紹介に合わせて動物組と魔法生物組が揃ってぺこりとお辞儀をする。こうした面々を含めても、王族の護衛としては規模が小さい方だろうとは思う。
「これはまた。愉快な顔触れですな」
「全くだな」
バルフォア侯爵とデメトリオ王はそれを見て破顔していた。
とりあえず魔物がいても危険はないと理解してもらう必要がある。誰の使い魔であるとか、言葉も通じる事だとかを伝えつつ、改めて個々に紹介していくと、デメトリオ王やバルフォア侯爵、護衛の騎士達もラヴィーネやホルンの頭を軽く撫でたり、コルリスやティールと握手をしたりと笑顔で応じてくれた。流石にマクスウェルが言葉を発して挨拶した時には驚いていたけれど。
「では、シリウス号へ案内します」
「よろしく頼む」
一通りこちらの面々も紹介したところで、シリウス号の見学会だ。公館の敷地の端に浮遊させて停泊させてあるので、まず外観等々から分かる部分を説明していく。
「シリウス号は対魔人の戦闘を目的とした軍船として作られた側面がありますが――基本的には弓矢などの直接殺傷を目的とした兵器の類は搭載していません。代わりに魔人の飛行術を乱すための干渉波を放つことのできる音響砲を積んでいます。これを用いて接近してくる魔人の動きを抑制しつつ、随伴する竜騎士達や空中戦装備を用いての白兵戦等で打倒する、という運用を想定していたわけです」
「興味深いな。境界公は同盟国家間で飛行船による行き来をしていたようだが、納得できる内容でもある」
デメトリオ王がその説明を聞いて顎のあたりに手をやりながら頷いていた。
その代わり、装甲面や機動性はかなりのものであることも伝えていくとしよう。機動性に関しては……これから実際に乗ってもらって、やり過ぎない程度に実演していくのが良いだろう。