番外476 王子とネレイドの出会い
話は纏まった。とりあえずこちらとしては目録を眺めて分かる範囲で予定を組みつつ、王城での歓待まではのんびりとしているのが良いだろうか。
「これから公館の外で行動する事も増えると思いますし、治癒術が使えるので足のお怪我を見せて頂いても良いでしょうか? 人化の術を解いてもらった方が、予後は良いかも知れません」
と、アシュレイが微笑んで尋ねる。
「ありがとう。大分回復しているから、家事のお手伝いをしたりして様子見をしていたのだけれど……長距離を泳ぐのは少しだけ不安があったの」
「そうでしたか。人化の術を解くのであれば――隣のお部屋で治療を進めた方が良いかも知れませんね」
そう言ってアシュレイとカティアが連れ立って、一緒に隣の部屋に向かう。
人化の術を解いて治療等する場合は、服装等々の関係で異性の目は無い方が良いだろうしな。大分良くなっているようだし、ここはアシュレイに任せておいても大丈夫だろう。
そうしてしばらく待っていると、アシュレイとカティアが笑顔で戻ってきた。再度人化の術を使ったようだ。足首を回したり、爪先で軽く床を叩くようにして具合を確かめているようだが。
「少しだけあった違和感が無くなったわ。前に使ってもらったポーションもそうだけど、陸の治癒術ってすごいのね」
「お役に立てたようで何よりです。最初の治療の後、安静にしていられる環境だったのが良かったのではないかと思います」
「ええ。ヘルフリートにも感謝してるわ。すごく」
明るく笑うカティアの言葉に、頬を赤らめて咳払いするヘルフリート王子である。
そうして、改めて俺にも向き直り、カティアが言う。
「ああ。そうだ。陸の治癒術と言えば――あの時のポーションはテオドールさんが作ったものだって聞いて……。今こうして怪我が良くなったのも、あの薬のお陰だわ。ありがとう」
と、カティアは丁寧に一礼してくる。
ああ、足だけでなく他の怪我もあったらしいからな。
「いえ。お役に立ったようで何よりです」
と、答えておく。手作りだし材料も高価なものでもないから、まあ気軽に考えて貰って構わない。そんな風に説明しながら、怪我と治療についての話も一段落したところで、カティアが言った。
「この後少し海岸に行きたいのだけれど、出歩いても大丈夫かしら? さっき言っていた皆への連絡を取ろうと思っているの」
水の精霊に伝言を頼みに行くというわけだ。
「僕達も同行しましょう。コルリスやティールやホルンあたりが目立つので、人目に関しては逆に気にしなくて大丈夫になるかなと」
「なるほど。それは道理ですな」
と、ソロンが頷く。
コルリスにしても知名度が上がってきているようだが、同行者がその分目立たなくなるというメリットがあったりする。
それに、お互いに出会ったばかりということもあり、カティアやソロンとも必要な事以外の話をする時間を作った方が良いだろう。
「公館を出て敷地の脇を少し歩いていくと、坂道を降って海岸沿いの岩場に出られるんだ。案内するよ」
ヘルフリート王子が立ち上がる。
というわけで護衛と雑談、散策がてらにそれについていくということになった。
「最初に会った岩場がその場所かしら?」
と、道を歩きながらローズマリーが尋ねるとヘルフリート王子が頷く。
「そうです。嵐の後だったので安全のために空を飛んで、公館から近い海岸線を見に行ったわけですね」
そうしてそこでカティアと出会ったというわけだ。
「怪我の治療をしてもらって……陸の事を質問したりして、最初は必要な事を聞いていたのだけれど、何気ない会話をするのが楽しくて。何となく、無人島で暮らした二人の気持ちもわかった気がするわ。自分がそんな風になるなんて、想像もしてなかったけれど」
カティアはそう言って微笑む。何というか、自分の気持ちは素直に表す人物のようで。
対するヘルフリート王子はやはり照れてしまうのか、頬を赤らめて明後日の方を向いていた。カティアにとってはそうした反応も楽しいものであるようでヘルフリート王子のそんな様子を見てくすくすと笑う。
グレイス達だけでなく、アルバートやオフィーリアも、そんな二人の様子は微笑ましいというか好ましいものに映るようだ。そんな和やかな雰囲気の中、海までの坂道を下っていく。
しかしまあ、諸々抱えている事情を相談したのは、仲が深まってからという事になるのか。
そうして道を進んでやがて海の近くの岩場に着くと、カティアは周囲に漁師の船などが無いことを確認してからおもむろに海に飛び込む。海面から顔を出した時には既に人化の術を解いていたようで。
確かに、普通の人魚と違って鱗が無い。イルカやシャチのような海棲哺乳類を思わせる光沢のある半身をしていた。人化の術を解くことで感じる、強い水の力を宿した魔力。
なるほどな。このへんはやはり、独立を維持できるだけの魔力を持っている種族ということになるのだろう。争いは好まないようだが、実力は十分に感じられる。
カティアはそのまま、見慣れない形式のマジックサークルを展開して目を閉じる。すると――カティアの目の前の海面がぼんやりと光を帯びたかと思うと少し盛り上がって水柱となり、そこから小さな精霊が水で形を与えられるように顕現した。
海の民の精霊魔法か。術式と魔力で本来なら顕現できないぐらいの小さな精霊を補強している、という印象だ。
そうして、カティアがあれこれと精霊に現状とこれからについての説明をする。
「――というわけなの。私については心配いらないわ。私を助けてくれた人達にはきちんとお礼が言いたいから、近いうちに里に案内するわね」
「ソロンめにございます。お嬢様はご無事です。陸の方々も立派な御仁が多く、心強い限りです」
カティアに加えてソロンからも伝言を受け取るとウンディーネはこくこくと頷いて、水の中に潜っていった。
精霊も使役される事で個体としての存在感や力を増していくもの、とアウリアから聞いた。
次第に力を増して、術式や魔力での補強がなくとも自力で顕現したりすることが可能になるらしい。なので精霊使いと精霊はお互いを助け合い、高め合う関係なのだとか。
だからこそ、自分の存在を歪めない相性のいい術者、知識のある術者であるとか、精霊に近しい種族というのを精霊側も求めるそうである。
そうしてネレイド達への伝言も終えたところで公館に戻り、停泊させているシリウス号の内部を見に行こうという話になった。
「あちこち船で移動することになるかも知れないので、普段使わない荷物がありましたら、シリウス号の船室に置いておくと良いかも知れませんね」
などと言いながら甲板から船内に入り、シリウス号内部を案内する。
「手荷物か。さっき渡したお土産は、船の中に置いておいた方が良いかもね」
と、ヘルフリート王子がカティアに言う。ああ。貝殻や珊瑚を加工した髪飾りや小物入れやらの品々だな。
工房の面々が貝殻等を集めてくれれば加工するからお土産にしたらどうかと、以前ヘルフリート王子にも伝えていたものだが……。どうやら俺達がシリウス号を取りに行っていた時に、カティアに渡したらしい。
「そうしておいた方が安心かも知れないわね。でも、もう少し公館のお部屋に置いておくわ。手元に置いて、見ていたいかなって思うの」
「えっと……カティアがそう言うなら」
と、ヘルフリート王子が少し照れくさそうにしながら頷く。うん。アルバートとオフィーリアとはまた少し違った感じで仲が良さそうな雰囲気で、何よりではあるかな。




