番外467 海底宮殿の朝
目を覚ますと、そこは海底宮殿の一室だった。
みんなで一緒に眠れるような大きな一枚貝の寝台というのは、グランティオスならではの異国情緒を感じられるものだと思う。
貝を素材にしている、と言ってもそれほど単純なものでもなく、怪我をしないように角を削ってあったり、曲面なので寝心地が悪くならないようにと寝台が平らになるように詰め物をしたりと、色々工夫してある様子だ。水蜘蛛の糸で作られた布団もさらさらとした肌触りで中々に寝心地が良い。
隣ではアシュレイとクラウディアが俺に寄り添って寝息を立てていた。体温や寝息、鼓動が伝わってきて、心地が良い。
艶やかで指の間を滑っていくような髪の感触が指先にあって。
アシュレイは銀。クラウディアは黒。対称的な髪の色と光沢が引き立てあっているようで何とも美しい。
目を閉じて――洗髪剤の柔らかい香りや温かな体温をすぐ側で感じている内に、すぐに目を覚ますのが勿体ないような気持ちになってくる。
もう少し――眠っていても大丈夫、かな?
そうして軽く二度寝をしてから再び目を覚ますと、今度は皆が先に起きていて……何やら楽しそうな様子で寝顔を覗かれたりしていた。みんなも寝転がったままで、ゆったりとした朝の目覚めといった雰囲気である。
「あー……。おはよう」
少しの気恥ずかしさから笑って返すと、みんなも微笑んで応えてくれる。
「良く眠られていたみたいですから、私達も起きるのが勿体なく思えてしまって」
「ん。みんなでテオドールの寝顔見てた」
と、そんな風にグレイスとシーラが教えてくれた。
「おはようございます、テオドール様」
「うん、おはよう」
「良い朝ね。よく眠れた?」
と、そっと隣のアシュレイとクラウディアの手が伸びて髪を撫でられたりして。
「ああ。俺もこう、みんなが周りにいると安心して眠れるっていうか……。あんまり緩まないようにしとかないといけないかなとも思うけど」
「ふふ。でも、そうやってテオドールが私達と一緒なら気を休めていてくれるっていうのは、嬉しく感じるものよ」
ステファニアが微笑んでそう言うと、マルレーンもこくこくと頷いて。
「まあ……そう、かも知れないわね」
と、ローズマリーも明後日の方を向きつつ肯定していた。
「それに、テオドール君は熟睡してても異常があるとちゃんと気付くものね。休める時にちゃんと休めるのも良い冒険者の証拠だって、アウリア様も言っていたわ」
イルムヒルトがそう言ってにっこり笑う。
「まあ……周りにあるのがみんなの魔力だけだと、俺も何も気にしなくていいからね」
周囲が安全だと分かっているだけに熟睡できてしまうというか。
ともかく、二度寝からの目覚めではあったが気分はすっきりとしている。そのままみんなと寝台の中でごろごろとして、少しだけじゃれあったりしてから、起き出すのであった。
海底、且つ屋内なので少し分かりにくいところはあるが、洋上から差し込んでくる光の角度等々で、大体の時間は分かる。
ゆっくりとした起床になってしまったが、こちらが起きた旨を伝えると、マーメイドの女官は朗らかに応じてくれる。動物組達とも合流して食堂に案内してもらった。
「おはようございます」
「うむ。良い朝よな」
エレナやカルセドネ、シトリア、ヘルフリート王子やドリスコル公爵家の面々は先に食堂に来ていて、エルドレーネ女王達とお茶を飲んだりしていたところのようだ。朝の挨拶をして席に着く。
アルバートとオフィーリアも……楽しそうに話をしながらも、俺達に少し遅れてやってきた。相変わらず仲が良さそうで何よりであるが。
そうしたところで、朝食が運ばれてくる。魚料理の他に海藻サラダ等々、魚介尽くしではあるがさっぱりとした味付け、味わいだ。動物組も各々食事をとる。
「朝食をとりながら、中庭を小魚や海亀が横切って行くのを眺めたりというのは……グランティオス王国ならではですね。何とも風情があります」
水の壁の向こうの中庭にしても植え込みの代わりにイソギンチャクやら珊瑚、海藻で彩られていて何とも綺麗なものだ。
「楽しんでもらえているようなら妾としても嬉しいものだな」
そう言って笑みを浮かべるエルドレーネ女王。
食事も一段落したところで今日の予定についての話題が出る。
「一泊では慌ただしいところもありますが……予定通りにもう少ししたら出発しようかと思います」
「うむ。グロウフォニカ王国には待たせている者もいるようであるしな。その事についてだが……差し支えなければ我が国から誰か一人同行してもらった方が、何かの折に信も得られやすくなる事もあるのではないか?」
「もしよろしければ、私とブルーコーラルも同行させていただきたく思います」
エルドレーネ女王の言葉を受けて、ロヴィーサがお辞儀をしてくる。海洋型に改造したティアーズであるブルーコーラルも、ロヴィーサに合わせるようにこちらに一礼してきた。
何かの折、というのは、ネレイド達だけでなく、グロウフォニカ王国に対しても状況によっては、という部分はあるかな。実際、ロヴィーサは現在グランティオス王国の大使という立場でもあるので、エルドレーネ女王の代行であるとも言える。
「それは――陛下のご厚意嬉しく思います」
と、ヘルフリート王子が率先して頷く。
「そうですね。御助力いただけるのであればとても心強いです」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
と、ヘルフリート王子と俺の返答にロヴィーサは微笑んで答えるのであった。
そうして……見送りの前にマリオン達、セイレーンが別れを惜しんで演奏と踊りを披露してくれた。勇気と活力を与える呪歌、呪曲ということで、餞別としては有り難いものだ。
宮殿からシリウス号に向かう際は海の都の住民達がみんな見送りに沿道に顔を出してくれて。また来てね、と子供達から手を振られる。
「ああ。また遊びに来るよ」
そう答えると、人魚と魚人の子供達が顔を見合わせて笑顔になっていた。
ドリスコル公爵家とも一旦海の都で別れる形であるので、エルドレーネ女王達と一緒に、シリウス号まで見送りに来てくれる。
「では――お気をつけて。グロウフォニカで困ったことがありましたら私の名を出して下さっても大丈夫ですぞ。必要でしたら領地を避難先等々に選んでいただくこともですが」
「私の召喚獣が必要だと判断なされた場合はいつでも手伝いに参ります」
ドリスコル公爵とライブラが、そんな風に言って握手をしてくれる。
「ありがとうございます。何かの折には頼らせて下さい」
「ふっふ、公爵家の恩人ですからな。お安い御用です」
ドリスコル公爵が笑い、ライブラも静かに頷く。
「今度は公爵領にも遊びに来て下さいね」
「はい、是非に」
と、ヴァネッサとエレナもそんな会話を交わして握手をしていた。ヴァネッサとも近い年齢ということで仲良くなっている様子だ。
オスカーはと言えば、アルクスと握手をしていたりして。
「騎士を志す者として応援しています」
「ありがとうございます。私も期待に応えられるよう、精進していく所存です。オスカー殿もご健勝でありますよう」
そんな内容の会話をしている様子だった。エルドレーネ女王は小さく笑って俺に向き直る。
「ドリスコル公爵も言っていたが、そなたが求めるのなら妾達もいつでも力になろう。今回は戦いに赴くというわけでは無いが、はっきりと伝えておきたい」
「ありがとうございます、陛下」
「旅行から戻りましたら、また昨日の件についてお話を致しましょう」
アルバートもそんな風に言う。赤潮、青潮に関しては、魔道具等々でも補助できたらと思うからな。工房として共に考えるとエルドレーネ女王と約束をしたのだ。
「うむ。楽しみにしておるよ」
そうして別れを惜しみつつも、俺達は皆に見送られてシリウス号に乗り込む。ゆっくりとシリウス号が浮上を始めると、見送りのみんなも大きく手を振ってくれるのであった。