番外463 海底の都にて
やがて広々とした海底の平原とでも言うべき場所に海の都が見えてくる。
まず目に入って思ったのは、以前転移門を設置しに来た時よりにも増して雰囲気が明るい、ということだ。
都にグランティオスの民が戻ってきて復興が進んだというのもあるだろうし、それに伴って精霊の動きも活発になっているのだろう。
その他にも外から見て明らかに変わったと思える部分が1つ。
石で作られた円型の広場がある事だ。広場の外周を囲うように光源が配置されており――多分夜間でも広場の位置や輪郭が分かるようになっている。
「あれは――船着き場でしょうか」
「その通りだ。そなたの言っていた、タームウィルズの造船所の作りを参考にさせてもらったぞ」
俺の言葉にエルドレーネ女王が満足そうに頷く。
シリウス号等々を含めた飛行船の挙動を考えると垂直離着陸が可能なので、飛行船の発着所の作りは空港というよりもヘリポートに近い形となる。
だからああして光で降りるべき場所を誘導するということになる。広場にしても細かく見て行けば光源によって区分けされていて、一度に何隻かの飛行船が降りられるようになっているのが見て取れた。あの場所に船を停泊させれば良い、というわけだ。
近くに武官達の詰所らしきものもあるし、警備も置かれていてセキュリティもしっかりとしているようだ。
グランティオス側の飛行船――というよりは、主な活動域を考えれば潜水船とも言うべき船――はといえば宮殿に横付けされていて、巨大な泡で覆われ、何か周辺で足場を組んでの作業中なのが見える。
「こちらの飛行船は今現在、塗装作業中でな。公爵を送っていくのにはまだ使用できぬのだ。そのあたりは公爵には申し訳ないとは思うが、動かせるようになったらあれで送迎が可能になるな」
「それは楽しみです」
と、ドリスコル公爵が表情を綻ばせた。
最初の対魔人同盟――シルヴァトリア、バハルザード、グランティオスにそれぞれ一隻ずつのシリウス号の姉妹船は、それぞれに特徴がある。
シルヴァトリアなら他のものより暖房設備がしっかりしているし、吹雪の時でも地形や生命反応の光を見通す事が可能だ。
バハルザードのそれは一時的に砂に潜る事が可能でこちらも人員の立ち入る空間では断熱と冷房機能が充実している。水作成の魔道具なども多めに用意されていたりして、砂漠での活動を想定しているわけだ。
グランティオスの船は――当然、海中での活動に特化している。耐水、耐圧構造で他の飛行船よりも深海に潜る事が可能だ。それに加えて暗視能力、音響による周辺地形測定といった具合だ。
「塗装作業というのは、例の塗料ですか?」
「そうです。グランティオスの建造物全般や武器や防具にも使われているものですね」
「海水で金属が腐食しないように、というわけですが……船の色をどうするかもそこで決めるので色々話し合いをしていたわけですね」
グレイスの質問にロヴィーサとマリオンが答える。
つまりあれはカラーリング等のデザインや船体表面の保護作業も兼ねるというわけだ。塗料を使う事で海水に晒されても金属は錆びないし藤壷なども付着しない。
「色合いや国の紋章だとか……それらの諸々の話し合いをしていたら作業の開始時期が遅れてしまってな」
と、苦笑するエルドレーネ女王である。
塗装によるデザインは、引き渡し後のそれぞれの国に一任されている。デザインを考えて実際の作業に移すとなると、それなりに構想を練る必要もあるだろうから、ベシュメルクの一件が解決してから今の時期になるというのも分かる気がする。
「シルヴァトリア王国やバハルザード王国でも色々悩んでいそうね」
「話を聞いた限りではそのようだな。エベルバート王やファリード王とは、色合いが被らないように相談済みではあるな」
と、苦笑するステファニアに、こちらは楽しそうににやりと笑って答えるエルドレーネ女王である。
「仕上がりはどうなるのかしら?」
「一部の海の生き物を参考に、船体下部は明るく、上は暗めの色合いで仕上げる予定です」
クラウディアが尋ねると、ロヴィーサが答える。
「ん。つまりティールに似た感じ」
理にかなったカラーリングだ。シーラの言葉にティールは嬉しそうに声を上げてフリッパーをパタパタとさせていた。
「ティールは初めて会った時もシリウス号の輪郭に親近感を感じていましたからね」
「おお、確かに似ておるな……!」
と、そんな会話を交わしつつ、光と武官達の誘導に従い、船着き場にシリウス号を停泊させるのであった。
エルドレーネ女王とロヴィーサの魔法を受けて水中での活動ができるようにし、更に各々の魔道具の所持を確認してから船外へと出る。単なる広場というわけではないらしく、停泊させた途端シリウス号が泡で包まれて……船外に出やすくなっているな。
「お帰りをお待ちしておりました」
「皆様も遠路はるばる良くお越しくださいました」
と、出迎えに来てくれたのはグランティオス王国の武官、ウェルテスとエッケルスだ。
挨拶をしながら泡から出て海の都の正門から海の都内部へと案内される。あちこちに色とりどりに光る珊瑚や、ぼんやりと内側から光る大きな巻貝風のオブジェやらが配置されていたり……復興が進んだ海の都は前にも増して幻想的だ。
頭上を泳いでいく人魚のシルエットやら、色鮮やかな魚が都の内部を泳いでいたりという光景も、グランティオスならではの光景だろう。
「あちこちの光が――何とも美しいですね」
「綺麗……」
と、初めて訪問したエレナやカルセドネ達、オスカーやヴァネッサといった面々がグランティオスの風景に感慨に浸っているのも束の間の事で。
俺達が訪問してきた事に気付いてか、あちこちからマーメイドやセイレーン、魚人達が集まってくる。
子供達もひょこひょことあちらこちらから顔を出す。民家の上からでも様子を見て、直接泳いで目的の場所まで移動できるというのは海の中ならではだな。
「あれはシリウス号だよね?」
「みんな、テオドール様達が来たよー!」
「ほんと!?」
と、俺の名前が出たりして。笑顔の子供達が泳いで集まってきた。
以前来た時に見覚えのある顔もあったりして。
「ああ。久しぶり」
笑って子供達に手を振ると、子供達も嬉しそうに、みんな笑顔で手を振り返してくれた。また、結構な歓迎具合だ。
「ふっふ。海王との戦いや、その後に慈母の像を修復してくれたことは語り草になっておるからな」
エルドレーネ女王が笑う。んん。時間が経って色々話が広まってこうなったというわけか。前よりも子供達の歓迎ぶりが凄い事になっているわけだ。
地上の民から見ると幻想的な風景や建築様式のちょっとした違い等々も目につくが――こうして色んな海の民が暮らしている事や、地上の民にもフレンドリーで賑やかなところもグランティオス王国の特徴と言えるだろう。
沿道から手を振ってくる、と表現するにはグランティオスの人々の集まり方は立体的なのだが、往来を妨げてくるということもなく、みんなが嬉しそうに手を振って歓迎してくれる中、海の都を更に奥へと進む。
海王が封印を破った時の裂け目や亀裂も綺麗に修復されて――安全に下の様子が見えるように水晶の足場が架けられていたり、海溝内部に入れるように通路が整備されていたりと、海の都を襲った災厄の痕跡も整然としたものになっていた。
「大分復興が進んでいますし、あちこちで明かりが灯って、前より華やかな印象ですね」
「そう言ってもらえるのは嬉しいものがあるな。建物の修復に伴う区画整理や再建も一通り終わってな。あちこちから民が戻ってきているのだ。前より賑やかで華やかにもなろうというものよ」
エルドレーネ女王は笑ってそう答えると、言葉を続けるのであった。
「今日は宮殿で存分に英気を養ってからグロウフォニカに向かうと良い。平和になった海の都を堪能していってくれ」
そうだな。こうして歓迎してくれるのは嬉しい。シーラも耳と尻尾を反応させて期待している様子だし、グランティオスの歓待を楽しませてもらおう。