番外459 西方の海へ向けて
エルドレーネ女王達にネレイドとの交流や協力における出来事など、実例となる話も聞いたり。
グランティオス王国の面々はネレイド達に明らかな非――というより平穏を乱すような悪意がない限りは、大抵の状況は支援してくれるとのことで。
「そなた達だからこそしっかり言っておきたいことではあるのだが、大抵の状況での支援……というのは、何も情報提供だけに限らぬぞ。妾達としてもネレイド達には友情や義理を感じている。ああ、海の民だから陸の民だからと言うつもりはないぞ。そなた達には――それ以上の物を感じているしな」
エルドレーネ女王はそこまで言うと、にやっと笑っていった。
「だから、何か困ったことがあったらできる限り力になると、はっきり伝えておこう」
それはまた……。義理堅いことだ。
「そこまで言って頂けるのは――嬉しい話です。こちらとしても厚意に甘えるような事がないようにとは考えています」
そんなエルドレーネ女王にこちらも笑みを返す。やや冗談めかして言っているがエルドレーネ女王は嘘を言わないだろう。だからこちらも言葉は真剣に返す。
ヘルフリート王子も立ち上がり、深々とお辞儀した。
「あまり細かい事情をお話できていないにも関わらず……心強いお言葉を頂き、感謝しております。この話を持ち込んだ者として、状況をしっかりと見極めて、きちんと動くことで、そうした信頼のお気持ちに応えたいと存じます」
そうだな。グランティオス王国はネレイド達とは若干離れた立ち位置にある。
エルドレーネ女王はああ言ってくれているが、こちらとしてもそこまでの負担を強いることが無いように立ち回らなければなるまい。
俺やヘルフリート王子の言葉に、エルドレーネ女王達は穏やかに笑って頷くのであった。
後は――ミリアムやエルドレーネ女王達の情報網、ヘルフリート王子の調べ物等々を参考に現地で判断していく事となるだろう。
「後は――移動手段についてかな」
「飛行船でグロウフォニカ王国に入れるか、ですか」
「現地にシリウス号で行けるだけでも小回りが利くし、転移魔法での融通も利くようになるものね」
「そうだね。場合によっては月神殿の無いような場所を回る事になる可能性もあるし」
グレイスとクラウディアの言葉に頷く。
「それだったらドリスコル公爵領に返答が行くように父上が手筈を整えてくれているよ。僕達の新婚旅行の護衛というのを理由にしているけれど……グロウフォニカ王国も飛行船には興味があるようだからね。そろそろ向こうの返事も来る頃合いじゃないかって言ってたけど」
と、アルバートがみんなに説明する。
ドリスコル公爵領に返答が行くように――というのは、転移港か通信機でドリスコル公爵領へ連絡を入れ、そこから公爵が飛竜等で遣いを出して返答待ち、という意味だ。勿論返答が来たらその内容はタームウィルズに連絡が回って共有されるという寸法である。
グロウフォニカ王国でも隣接している公爵領からなら迅速なやり取りが可能になるからな。このへん、転移港や通信機があればできる芸当と言えよう。
返答の頃合いについては……アルバートの新婚旅行に合わせるのだから、向こうの返答も大体こちらに合わせての物になる、というわけだ。
逆に言うなら、返答が遅いようならそれは諸々の情勢等々を勘案した上で飛行船での入国に対して難色を示した、と考えても良いだろう。
まあ、その場合はドリスコル公爵領まで飛行船で向かい、そこからは普通の船でグロウフォニカに向かうということになるかな。竜籠と併用すれば諸々どうにかなるだろう。
といった内容の会話を経て、談話室での相談も一段落といったところか。結婚式の当日だし、あまり長々とこうした話をするものでもない。
この後は――迎賓館で集まって話をするもよし、もうのんびりと休むもよしと言ったところだ。
グロウフォニカ王国への出発については相談の上で明後日あたりの出発を検討している。元々予定として入っていたので関係者の旅支度は既に整っているから慌ただしくなることはないが、それだけにアルバートとオフィーリアは準備やら何やらで忙しかった分、ゆったりと過ごせる時間も作れるとも思うからな。
因みに招待客の面々は新婚旅行に出かけるアルバート達や俺達を見送りたいということらしい。
そうして俺達も居城本棟へと戻り、迎賓館に戻っていく面々とも「それじゃあ、おやすみ」と挨拶をして一旦解散となったのであった。
明くる日――。昨夜は招待客の皆も遅くまで話をしていたということもあって、遅めの時間に起き出して迎賓館のサロンへと向かったのであった。
「おお、テオドール」
「良い朝ですな、境界公」
サロンには既にメルヴィン王とドリスコル公爵が起きてきていて、通信機を手に話をしていたらしい。
「おはようございます。ゆっくりお休みになれましたか?」
「うむ。客室の居心地が良くてな。心地よく眠ることができた。椅子の魔道具も一役買っているかも知れんな。」
「湖近くなのに湿度も丁度良い塩梅でしたな」
「貴賓室はそのあたりの管理もしていますからね」
植物園で培った温度管理技術が空調に活かされている部分もある。
「なるほど。道理で」
と、笑みを浮かべるドリスコル公爵である。それからメルヴィン王と顔を見合わせて頷くと、手にしていた通信機をこちらに見せてくる。
「先程、領地から連絡があったので、その話をしていたのです。グロウフォニカ王国からの飛行船に関することですな」
「昨晩もアル達と少しその話をしていたのです。そろそろ返答があるのでは、と」
「うむ。だが、グロウフォニカも少し条件をつけてきてな。観光であちこち回るにしてもまずは都を訪れ、内部を少し見学させて欲しいとのことだ。勿論、機密に関わらない範囲内で構わないという話だが。それと、拠点回りで目立つ飛行は控えて欲しいと」
「なるほど……。それはまあ……妥当なところでしょうか。ドラフデニア王国でも似たような手順を踏ませていただきましたし」
とりあえずシリウス号でグロウフォニカ王国に向かえるのは確定といったところか。
「場合によっては輸送船であるカイトス号でも、という条件も提示していたのだがな。シリウス号で問題ないということだ」
「グロウフォニカの立場として考えるなら――ヴェルドガル王国や同盟との友好関係も見せる事で、西方海洋諸国に対する牽制にもなれば、ということなのかも知れないわね」
「牽制を目的として考えた場合、輸送船であるカイトス号よりもシリウス号の方が望ましい、ということでしょうか」
メルヴィン王の言葉に、ローズマリーが顎に手をやって思案しながら言うと、アシュレイもそんな風に推察を口にする。
「そうだね。こっちとしても新婚旅行に向かうアル達の他は、護衛と操船を兼ねた最低限の人員しかいない、っていうことになっているし……内部見学の建前と、こっちの言っていることの確認にもなる。内部見学自体はこっちとしても特に問題はないし、グロウフォニカ王国とも良好な関係は維持しておきたいところだね」
後は……それを受けて西方海洋諸国がどう思うかというところだが……。
まあ、国内移動の見返りとして内部見学の許可という名目でもあるので、グロウフォニカ以外の面々は船の内部を見たりこちらの行動に口出しをする正当性というか理由がないから、そういう点では問題あるまい。ネレイド達の暮らしている海域もグロウフォニカ南部という話だしな。
ともあれ、これでグロウフォニカ王国へ向かう準備も整ったというところか。