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番外454 工房の主と婚礼の儀式

 そうして控えの間から移動した謁見の間の空気は……厳かながらもどこか温かいものだった。列席者の顔ぶれも様々で、東西南北、国内外の王族貴族、果ては海や月からとバリエーションに富んでいるが、皆一様に柔らかい表情でアルバートの結婚を祝福している様子が見て取れる。


「オフィーリア様も、少し緊張なさっておいででしたが嬉しそうでした」


 と、アシュレイが微笑む。控室から戻ってきたみんなも笑顔で。どうやらオフィーリアも安心といったところか。


「これより、ヴェルドガル王国第4王子、アルバート=ヴェルドガル殿下と、フォブレスター侯爵家のご令嬢、オフィーリア=フォブレスター様の婚姻の儀を執り行います!」


 という役人の宣言と共にファンファーレが響き渡る。


「ヴェルドガル王国第4王子、アルバート=ヴェルドガル殿下のおなりです!」


 ファンファーレが鳴り終わった後で控えの間に続く扉が開くと、そこに花婿衣装をまとったアルバートの姿があった。

 真剣な表情で、適度に緊張しているのだろうが堂々としていて、心の準備は万端整っているという印象だ。


「ほう……。良い空気を纏っておるな」


 と、イグナード王がにやりと笑う。獣王として、武術家として、色んな相手と立ち会ってきたから、アルバートの纏う雰囲気なり表情なりに、何か思うところがあるのだろう。

 ファンファーレが終わると列席者から拍手が巻き起こり、アルバートが前に出る。赤い絨毯を真っ直ぐ進み、メルヴィン王の前まで行き、臣下の礼を取る。


 それを見てメルヴィン王が静かに頷き、役人に先を促すように視線を向ける。


「続いて、オフィーリア=フォブレスター様のおなりです!」


 再び響き渡るファンファーレ。一旦閉ざされた控えの間に続く扉が開かれると、そこには花嫁衣装を身に纏ったオフィーリアとフォブレスター侯爵の姿があった。


 薄いヴェールと光沢を纏った白いドレス。生地を立体的に織り込んで花の飾りをあしらったり、細やかな刺繍を施したりして。かなり手の込んだドレスであるのが傍目にも分かる。列席者からはおお……という感嘆の声が漏れ、そしてやや遅れて拍手が巻き起こる。

 フォブレスター侯爵に付き添われるようにして、オフィーリアが前に進み、アルバートの隣まで来たところで二人もまた、臣下の礼を取る。


 メルヴィン王は再び頷き、そして言った。


「苦しゅうない。面を上げ、立ち上がるがよい」


 その言葉に従い、3人が立ち上がる。

 そうしてメルヴィン王も立ち上がると、厳かな声で続ける。


「今日は――めでたき日である。我が国は、世界は。幾度かの戦いと困難を乗り越え、こうして平穏の日々にある。その平穏と安息の日々を得るために、様々な立場で奮戦した者達がいる事を忘れまい。今ここに立つアルバートも……武力は持たずとも、そうした困難に自らできることで立ち向かった者の一人であろう」


 そう言ってメルヴィン王は掌を見せるようにして左右に広げる。


「彼の者はフォレスタニア境界公と共にブライトウェルト工房の成立に深く関わり、工房の者達と共に様々な魔道具の開発に携わった。それらの魔道具は困難に立ち向かう戦士から力を持たぬ守るべき者達に至るまで、数多の者達を助けた。アルバートの――その役割は裏方であるが故に、こうして公の場、皆の前ではっきりとその功績を伝えておく必要があろう。我が子故の欲目という部分を差し引いても、後世まで称賛を受けるに値する働きであると、余は確信している」


 そんなメルヴィン王の言葉にアルバートが深々と一礼する。居並ぶ列席者から惜しみない拍手が巻き起こった。俺もみんなもアルバートに拍手を送る。

 アルバートが顔を起こし、拍手が収まるのを待って、メルヴィン王は言葉を続ける。


「アルバートがまだ行動を起こす前からその才覚を見出し、後ろ盾となったフォブレスター侯爵。そして才媛として名高きその娘、オフィーリア。彼の者達の慧眼もまた、我が国の誉である。オフィーリアよ。そなたはアルバートの行動に理解を示し、婚約者として良くその背を支えてくれた。もしもそなたがいなければ、アルバートの進む道行きもまた迷いや苦難を増していたであろう」


 オフィーリアもその言葉に感謝を示すように深い一礼を返す。先程と同じように大きな拍手が起こる。


「見るがよい。幾多の困難を乗り越え、ここに立つ二人の若者を。少し前までまだ小さな子供と思っていたが、堂々たるものではないか。故に余はこの者達の婚姻を、新たな門出を、ここに祝福するものである」


 拍手と歓声。メルヴィン王が頃合いを見てフォブレスター侯爵に視線を向けると侯爵も頷いて口を開く。


「こうして無事に婚礼の日が迎えられた事を喜ばしく思っております。私がアルバート殿下に力をお貸ししたのはほんの少しのもの。こうして皆に称賛と祝福を向けられるのは、殿下の才覚とたゆまぬ努力、そしてお人柄によるものでしょう。そのような御仁と娘が婚礼の日を迎えたことを、領主としても父としても嬉しく思っております」


 フォブレスター侯爵はそうしてオフィーリアに視線を向ける。


「これからは……殿下と共に、力を合わせて進んでいきなさい。日々の道行きに苦も楽もあるとは思うが、それがどのようなものであれ、お前と殿下なら乗り越えて進んでいく事ができると私は信じているよ。殿下、我が娘を、よろしくお願い致します」

「はい。父上」

「非才なれど全力を以ってお応えします」


 一礼を交わし、フォブレスター侯爵は最前列の列席者の席まで身を引く。

 そうして、礼装に身を包んだ巫女頭のペネロープが前に出る。ティエーラや四大精霊王、テフラやフローリアが一緒にいるのも俺達の結婚式の時と同じだ。


「こうしてこのようなめでたき日を迎えられた事をまずお祝いします。駆けつけてきた人達の喜びようが、お二人が彼らの祝福と称賛を受けるに値する道行きを歩いてきた事の何よりの証明でありましょう。そのようなお二人の新たな門出に立ち会い、巫女頭としてシュアス様やティエーラ様達との仲立ちを行える立場にある事を光栄に思います。」

「ありがとうございます。こんなにも沢山の人達に祝って頂けて……嬉しく思っています」


 アルバートの返答にペネロープは笑顔で頷く。

 名前を出されたクラウディアは少し気恥ずかしげに、小さく咳払いしていた。

 本来結婚式はこうして婚礼の儀が始まった事を宣言してから街を通り、月神殿に向かい、祭壇の前で愛の誓いを口にするという形式だが、今回もまた「本人達が最初から列席している」という事情があるので、誓いもまた謁見の間で、ということになる。俺の時もそうだが、結構異例と言えば異例だ。まあ、通常は誓いを見届ける本人達が列席などというのがありえないわけだが。


 この場合その後、街を巡って神殿に向かうという流れは……まあ王子であるが故に、内外に結婚したことを示す意味合いが強いかな。


「それでは、月女神シュアス様と、精霊の皆様の前で愛の誓いを」


 ペネロープの言葉と共に巫女も祈りを捧げ、月女神の力と精霊の力が高まっていく。


「私、アルバート=ヴェルドガルはオフィーリア=フォブレスターを妻とし、生涯愛することを月の女神と精霊に誓います」

「私、オフィーリア=フォブレスターはアルバート=ヴェルドガルを夫とし、生涯愛することを月の女神と精霊に誓います」


 それぞれに誓いの言葉を口にして指輪を交換する。かなり大きな見事なサファイアが細かな装飾を施されたミスリルの台座にはまったもので。互いの指に指輪が付けられると、周囲を舞う精霊達の力が高まって、指輪が煌めきを纏う。


「では、誓いの口づけを」


 アルバートは、わずかにぎこちなく一歩前に出て。そうしてオフィーリアのヴェールを上げた。オフィーリアも真剣な面持ちでアルバートを見返していて。

 そうしてみんなの見守る中で、そっと二人は誓いの口づけを交わすのであった。やや間を置いて離れると拍手と喝采が巻き起こり、指輪の煌めきが寄り添う二人を包むように舞う。


 これで、婚礼の儀は成立だ。改めて街の大通りを巡って月神殿まで向かう事で、内外に結婚を知らせるということになるだろう。俺の演出も……そこからということになる。マルレーンにランタンを貸してもらう。


「兄様……も、オフィーリア様も、嬉しそう。よかった」


 と、マルレーンが笑顔で声を聞かせてくれる。


「そうだな。ここからは俺の日頃の感謝の気持ちでもあるし、頑張ってくるよ」


 そう言うとマルレーンもこくんと頷き、シーラもサムズアップを向けてくる。みんなも笑顔で見送ってくれる。ビオラやエルハーム姫、コマチといった面々も深々とお辞儀をしてくるのであった。うむ。では、頑張ってこよう。




 屋根のない、周囲から見えるタイプの馬車に乗ってアルバートとオフィーリアは神殿まで向かう。俺はその馬車の御者席に魔法で姿を消すようにして同乗し、最前列で演出していくわけだ。


 王の塔、謁見の間からアルバートとオフィーリアが出てきて。そうして馬車に乗り込む。さあ、始めようか。


 先陣を切るのは着飾ったゴーレム楽士隊だ。小さなドラムロールが段々と大きくなって、賑やかで楽しげな音楽を奏で出すと、アルバートとオフィーリアを乗せた馬車も動き出した。ただし、馬車を引くのは馬ではなく、ゴーレム馬である。何となく手作りのレトロ感を出したデザインのゴーレム馬だ。


 城の敷地から街へと出る。同時にマルレーンのランタンで幻影を広げれば、光の粒や泡が舞うのと一緒に歯車やバネといった小さな部品達や工房で使う道具類に小さな手足を生やしたようなものが馬車の横を随伴してくる。よく見ると全員蝶ネクタイを付けていたり、祝いの正装のような装飾品を付けていたりする。


「あははっ、これは、可愛いな」

「ふふ。動きが面白いですわね」


 馬車の上からそれを見たアルバートとオフィーリアが笑う。

 バネは空中戦装備を身につけているという設定で、足元にシールドを展開してぴょんぴょんと宙を飛び跳ねながら馬車についてくるという具合だ。歯車もぐるぐると頭部を回して空に飛び立つが揚力が足りずにすぐに着地。地面をちょこちょこ走って加速してからまた離陸をする。短い手足で重そうな頭を振りながら疾走する金床。空中で手を取り合ってダンスを踊る金挟みと金槌もいたりして。


 ヒタカノクニの付喪神達のような雰囲気でもあり、小さな精霊達のような雰囲気でもある。それらを模してアレンジした幻影ではあるが、これがアルバートとオフィーリアを祝福する演出としてのコンセプトであったりする。


 即ち、工房の主。魔道具の作り手としての側面を強調しつつも華やかさと同時に賑やかさやユーモラスさを見せていくというものだ。

 魔法生物、付喪神、ゴーレム。どれとも言えないような連中がユーモラスな仕草でついてくる。

 マクスウェルやイグニス。ティアーズといった工房に関わりのある魔法生物も本物が一緒に列に加わっている。ハイダーとシーカーは……あまり大っぴらに出来ないが、馬車の御者席にこっそり融合して同行していたりして。


 それを見た沿道の人々は驚いたような表情だったが、アルバート達が馬車の上から手を振ると、これが演出だと気付いたらしい。おお、という歓声と共に笑顔になり拍手が広がって。

 アルバートとオフィーリアの姿に見とれる者。手を振りかえす者もいて。道具や部品達で囲まれた馬車に笑顔がこぼれる者達もいた。

 花で飾られた街。着飾った人々の嬉しそうな顔。ゴーレムと道具達に囲まれた一団。そこに小さな精霊や植物園の花妖精達も集まってきて、ティエーラ達の力の影響か、次々と肉眼で見られるぐらいに顕現してくる。


 幻影の道具達。小さな精霊達に囲まれて、光もきらきらと舞い――街を飾る花々の花弁も風に舞い――最初に予想していたより随分と華やかで賑やかな事になっている。沿道の人々だけでなく、精霊達もアルバートとオフィーリアの結婚式を祝福してくれているのは間違いない。


 ミリアムやデイジーと共ににかっと笑うゴドロフ親方やドワーフの職人達。店先から寛いだ様子で手を振るベアトリス。

 楽しそうに大きく手を振る孤児院の子供達。面白い物を見た、と言うように笑うイザベラやドロシーと、盗賊ギルドの面々。ロゼッタを始めとしたペレスフォード学舎の関係者もオフィーリアと手を振り合う。


 街の住人。冒険者。観光客。商人――様々な顔触れを街中に見ながらも2人を乗せた馬車は街を一周し、月神殿のある中央広場へと進んでいく。そこには冒険者ギルドのアウリアやオズワルド、ヘザー、ベリーネ達もいて。アウリアはレビテーションで宙に浮かび、にこにことしながら大きく手を振っていた。


 そうして、幻影の道具や部品達は広場に馬車が止まると、一斉にずらっと並んで神殿への道を指し示すように畏まった体勢を取る。

 そんな道具達の仕草にアルバート達や人々からも笑顔が浮かぶ。アルバートは楽しそうに笑いながらオフィーリアの手を取って馬車からエスコートする。そうして拍手と歓声に見送られながら、共に寄り添って月神殿へと進んでいくのであった。

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