番外450 王妃と王女の原点
そうして王城セオレムでアルバートとオフィーリア、ヘルフリート王子に声をかけ、改めて迎賓館の面々とも合流してからフォレスタニアの居城へと向かったのであった。
居城に到着すると子供達がうずうずとしながらも自制しているのが分かるというか……。まあ、広々とした長い廊下であるとか、走ってみたくなるような気持ちは理解できなくもない。
「調度品……尖ったものや割れ物を置かない部屋や通路を用意しても良いかもね。小さな子供達も遊びに来ることも増えるし、あー。先々の事を考えて」
「子供が、ええと。安心して遊べる部屋を、ということですね」
と、将来の自分達にも関わってくる内容でもあるだけに、グレイスは俺が言い澱んだところから言い掛けている内に察してしまったらしく、一瞬止まりながらもそんな風に言ってはにかんだように小さく笑う。
「どこか片付けておきますか?」
セシリアがそんな風に尋ねてくる。
「んー……。今日のところはこのままで良いかな。船着き場の方も広いし、今日のところはそっちで遊ぶ事にするよ。でも、どこを片付けるのが良いかは考えておこう」
「分かりました」
セシリアが頷く。子供達の遊び場となると、迎賓館のように賓客を迎える場所には向かない。では船着き場で良いのかと言われると、今度は船着き場に向かない品物を常設しておくわけにはいかないということで……やはり専用スペースを用意しておくのが良いのではないだろうか。
「子供達が、思い切り運動して遊べる部屋、ね。わたくしの小さい頃はそういう遊び方はあまりしなかったけれど……しっかり考えてみるのも面白そうではあるわね」
ローズマリーがいつになくしみじみとした様子でそんな風に言う。先程グラディス王妃と会った事も関係しているだろうか。
「グラディス様と小さな頃のマリー様、というのは気になります」
と、アシュレイが言う。
「ああ、そうですね。何となく想像がつきにくいと言いますか」
グレイスもそう言って微笑む。ローズマリーは自分の事を語るべきか少し迷ったようだが、マルレーンにも興味があるといったような視線を向けられ、苦笑すると口を開いた。
「そう、ね。仲は悪くなかった、と思うわ。わたくしが目的のために距離を置いたところはあるけれど、別に嫌っていたわけではないし。思い返してみれば……母上とは、王侯貴族の令嬢らしからぬ遊びをしていた気がするけれど」
と、ローズマリー。どんな遊びなのかと聞いてみれば、数学的な要素を含んだ……所謂、魔方陣パズルであるとかだったらしい。
「最初は母上も何となくだったとは思うのだけれど。単純なのを解いた時に結構驚かれてね。それが嬉しかったのかしら。ならこれは? これは? と、段々高度なものになっていって……まあ、それも解けてしまって、それで将来は国の役に立てる人になれるとか何とか褒められて……。それが全てではないけれど、原点……ではあったような気がしないでもないわ」
ローズマリーはそう言って肩を竦めていた。
……なるほどな。親としては期待を高めてしまうし、ローズマリーも期待に応えられるスペックを有しているし、気質としても応えられる以上は結果を出すというところがある。
本人はそれで奮起して、どうせなら最高を目指そう、みたいな事になってしまったのだろうか? まあ、ローズマリーの言うようにそれが全てというわけではないのだろうが、一因ではあるかも知れない。
「だから、もしかするとわたくしの行動に、責任を感じたりもしていた……のではないかしらね。ヘルフリートも可愛がっていたけれど、そういうのは落ち着いていたものね」
「ああ、確かに」
と、ヘルフリート王子が思い当たる事があるというように頷いた。
その上でローズマリーはグロウフォニカ関係の人脈とは距離を取ってグラディス王妃の立場を尊重するような姿勢ではあったし、本人は国の為にと言うし、考えているものだから……グラディス王妃のスタンスからすると、中々ローズマリーをたしなめるのも難しかっただろうとは思う。
だから……親子仲は悪くなくてもお互い若干の引け目のようなものは感じていたのかも知れない。
だからこそグラディス王妃側は紆余曲折を経てローズマリーの立場が落ち着いたのは親としては嬉しい、ということか。
「グラディス殿下は……今の状況を喜んでくれていたわね」
「そう……かも知れないわね」
ステファニアの言葉に、素っ気なく答え、目を閉じて羽扇で口元を隠すローズマリーだったが……横から見たその顔はどこか嬉しそうで。
小さなわだかまりがあったとしても、今日話をしたことでそうしたものも解消されていくのではないだろうか。
そんなステファニアとローズマリーのやり取りに、アルバートも頷き、マルレーンやみんなも微笑みを浮かべるのであった。
フォレスタニアの城の一角にある船着き場に関しては、流れも無いし水も澄んでいて見通しが利く。水門を閉めておけば外に出て行ってしまう事もない、と。水中呼吸の魔道具さえあれば一先ずは安心という環境だ。
カルセドネやシトリア、子供達も泳ぎを覚えたばかりという事もあり、溺れる心配もないと、水着に着替えて魔道具を装着し船着き場から水の中へと次々飛び込んでいく。小さな桟橋のような、簡易の飛び込み台を作ったのだ。
そこから楽しそうな声を上げつつ水の中にジャンプしたり、ラヴィーネやコルリス、ティール、ホルンといった面々の背中や腹に乗せて貰って泳ぐのはいつもの光景であるが、ラスノーテや、月光神殿の守護者であるカルディアも混ざって、やはり子供達を背中に乗せて泳いだりしていた。マクスウェルも柄に掴まった子供を引っ張って水を進んでいったりと言う具合で、楽しそうな笑い声は絶えない。
元々運動神経の良い子供達なので結構な速度で泳ぎまわったりしているようだ。
子供達が楽しそうに遊ぶ光景を眺めながら船着き場に腰を落ち着け、お茶を飲んで談笑するといったような、のんびりとした時間を過ごす。
「――それじゃ今度は西の国に出かけるってわけだ」
「アル達の結婚式が終わってからだから、もう少し先だけどね」
というわけで、スティーヴン達にも今後の予定を話しておく。
「何か役立てる事があるならいつでも声をかけてくれ。すぐに駆けつける」
「ああ、ありがとう。とはいっても今度は相談事の解決が主目的になるのかな。政治的にもグロウフォニカは少し複雑な事情を抱えているみたいだし、あまり込み入った政情には踏み込まないようにしてくるつもりでいるから大丈夫……だとは思うんだけどね」
「確かに、平和ならそれに越したことはないか」
と、笑って頷くスティーヴンである。そうだな。グロウフォニカも国力衰退であるとかの話は置いておいて、とりあえず平和が続いているようではあるし。
「まあ、留守の間でも遊びに来て貰って構わないよ。セシリアやゲオルグには伝えてある。それから能力行使による健康管理関係はシリウス号を拠点に転移ができるから、留守の間でも困ったことがあったらすぐに言って欲しい。対応するから」
ガブリエラやスティーヴン達に伝えておきたかったのはこっちの話だ。
「それは助かるわ。でも、平和が続いているから能力行使にしてもそんなに機会自体が無いのだけれどね」
「能力を多少使ったからって言っても、すぐに体調が悪くなるわけでもないし、薬や魔道具も、ちゃんとあるものね」
そう言ってユーフェミアとイーリスが微笑む。
「遊びに来ても良いというのは、子供達は喜びそうですね」
「そうね。色々我慢や苦労をしてもらったところはあるから、そう言って貰えるのは嬉しいわ」
ガブリエラがにっこりと笑ってそう言うと、エイヴリルも首肯していた。
うん。アルバートとオフィーリアの結婚式に備えるのもそうだが、それまでにスティーヴン達との約束通り、体調管理のデータ取りも細かく進めていくというのが良いだろう。