番外449 もう一人の王妃
王城への報告が終わったところで、みんなと合流してフォレスタニア居城へ向かおうという事になった。
この場にいないアルバートやオフィーリア。それから、調べ物が一段落していて手隙なようならヘルフリート王子にも声をかけて、と考えてメルヴィン王に聞いてみると、アルバート達もヘルフリート王子も、王の塔にいるだろうとのことで。
メルヴィン王はもう少しクェンティン達と話をすることがあるそうだ。
女官に案内してもらって、話をしに行こうということになったのであった。そうして女官達が先んじて王の塔へ連絡に行き、案内できる準備が整ったというところで、上階へと向かう。
そうして王の塔を進んでいくと――いつだったか、ローズマリーと初めて出会った花壇に誰かがいた。供の女官を数人連れた、身形の良い姿の女性――。宝冠は王族の証だ。つまりは――。
「これは、母上」
ローズマリーの言葉と、王妃を相手に俺達が臣下の礼で畏まるのとがほとんど同時だった。
第二王妃グラディス。ローズマリーとヘルフリート王子の母親だ。グラディスは俺達の姿を認めると、女官に何事か話を聞いた後で俺達のところへ歩いてくる。
「こんにちは、境界公、ローズマリーや皆様も御機嫌よう」
「これは、グラディス殿下」
式典や結婚式などで見かけたり、挨拶する機会は今まで何度かはあった。聞くところによると、グラディス王妃は立場故に自ら一線を引く、という人物らしい。
容姿は――確かにローズマリーやヘルフリート王子に似ている。ただ、活動的なローズマリーとは違って、物静かな雰囲気のある人物だ。
俺達が挨拶をすると、グラディス王妃は静かに頷いて口を開く。
「わたくしが距離を置いているから、という点はありますが。こうして直接話をする機会に恵まれるのは初めてですね。ヘルフリートから、あの子やアルバート殿下と共に、グロウフォニカ王国へ訪問することになったと聞きました」
「はい。アルバート殿下の結婚式が終わってから、ということになりますが」
「先程ヘルフリートと話をしていたら、女官達が境界公を案内してくるというので、先に会って話ができるように段取りを整えて貰ったのです。内密の話というわけでもありませんし、ローズマリーが共にいるのなら大丈夫でしょう」
グラディス王妃の言葉に、ローズマリーも静かに頷き、居並ぶ女官達も畏まって応じる。
ヘルフリート王子は――恋愛や結婚を考えている事などは一先ず置いておいて、怪我をしているところを助けたネレイド達が何か事情を抱えているらしい、という話までは少しメルヴィン王にも伝えたそうだ。
まあ、全て伏せたままでは動けないところもあるからな。俺が一緒に訪問するという事で、事情が分かったら連絡をする、という事で話もついている。
「お伺いします」
「グロウフォニカ王国は……西方海洋国家群の長として栄華を極め、そして凋落した国です。故に、他の大国――ヴェルドガル王国やシルヴァトリア王国と対立しようとして、関係を悪くしている時代もありました。今は国力も殺がれ……そうした栄光も過去のことと、すっかり対外的には落ち着いてしまったところがあります」
そう、らしいな。今でも海洋国家群の盟主という立場に代わりはないが、発言力等々も相応に落ちているらしい。
まあ、立場も相応に複雑なのだろう。ヴェルドガル王国との関係も軽視せず、侯爵家令嬢であるグラディス王妃の婚姻や、ヘルフリート王子の留学を認めているし、対魔人においても情報の操作や提供、軍事的な支援、対魔人との戦いにおける不可侵の約束等々、協力的だったそうだが、完全な同盟となると一線を引いて固辞したりと、海洋国家群とのバランスを考えて立ち回っているところがあるようで。
バランスを考えて、というのはグラディス王妃も同じで、グロウフォニカ王国の友好と親善以上には踏み込まず、グロウフォニカ出身であるということの影響力は出来るだけ行使しないように、している部分がある。
以前王宮で活動していたローズマリーがグロウフォニカ関係で人間関係を構築せず、独自に人脈を築いていったのも、こうしたグラディス王妃の立場や考え方に慮った部分もあるのだろう。
その立場を無視するとメルヴィン王やグラディス王妃を敵に回してしまうだろうし、グロウフォニカの事情も考えれば、ローズマリーがその方向で影響力を強くしようとしなかった、というのも分かる気がする。向こうも均衡を保とうとしているわけだから、下手をすると国家間の関係がこじれかねない。
その点、全て自前で構築した人脈なら、ある程度自由に動ける、というわけだ。
「今代の国王も聡明な方ですが、お立場故に慎重なところがあります。ある程度の事であれば便宜は図ってくれると思いますが、公に国として協力できること、できない事の線引きやしがらみは強い、かも知れません。人魚達とは関係も良好なのであまり心配はしていませんが、境界公は影響力が強いお方。故に、訪問してくればよからぬ考えで接触してくる者もいるかも知れません」
「それは……御忠告痛み入ります」
俺の返答にグラディス王妃も静かに頷いていた。こちらとしてもあまり無茶を通さずに済むように立ち回れるのなら、それに越したことはない。
「ふふ。忠告と言うよりは、もう少し個人的な感情に寄っている部分でのお話ではあるのですよ。わたくしは既にヴェルドガル王国の一員であると思っていますし……何より母親ですからね」
そんな風にグラディス王妃は微笑んで、ローズマリーは小さく咳払いなどしているが。そうしてグラディス王妃は言葉を続ける。
「最近では海洋国家群の新興国が発言力を強めていると聞きましたので、そのあたりの国との関係も見ていくとグロウフォニカの立ち位置も見えやすいのかと思います。ですが、メルヴィン様もわたくしも、境界公の選ぶ道行きであれば大丈夫だろうと……そんな話も交わしておりました」
「そうだったのですか」
「わたくしも、テオドール公には今までの事に感謝しているのです」
そう言ってグラディス王妃は微笑み、軽く一礼すると女官達と共に立ち去っていった。
肝心な本音は隠しつつ、応援してくれているというか、好印象を示してくれた感じだな。……立場上言えない事も多いが、その中でも可能なだけの忠告をしてくれた、という印象だ。
グロウフォニカの事情にある程度察しがつけば、こちらとしても何かあった場合でも状況に合わせて上手く立ち回りやすくなったり、落とし所を見つけやすくなるというのは間違いない。
その上で、どうしても仕方がない局面は、メルヴィン王もグラディス王妃も俺の選択の方を信頼すると……そんな風に言ってくれたわけだ。
ローズマリーやヘルフリート王子の事を心配しているからこそ、ああして普段のスタンスを曲げてくれたのだとは思うが。
ローズマリーは去っていくグラディス王妃の背を見送って、口を開く。
「母上は父上を敬愛しているから……王妃としての自分の立場を堅持し、それ以外は自らを律しているというだけで、実際はかなり頭の切れる人だわ。もしかすると、ヘルフリートの事も察している部分があるかも知れないわね」
ああ。それは流石ローズマリーの肉親、という気もするが。
「それならメルヴィン陛下も情報を共有しているかも知れない」
「分かった上で応援をしてくれている、というのはあるかも知れないわね」
と、苦笑するローズマリーである。まあ……そうだな。
ヘルフリート王子の恋愛感情に気付いていたとしても「助けたネレイドが何か困っている。しかし具体的な情報がない」という状態から推測し、俺達が応援する事も分かった上で報告を待っている……ということは有り得るな。
仮にそうであってもなくても……俺達を信頼してくれればこそ、か。
メルヴィン王やグラディス王妃の信頼に応えられる様に、しっかりと考えた上で行動していきたいものだ。