114 露見
メルヴィン王に第1王妃ミレーネ。ジョサイア王子以下、王族が居並ぶ。
王妃ミレーネが夜着だった事もあり、場所は食堂に移された。
テーブルの上には刺客の連中が所持していたハルパーが置かれており……異様な緊迫感で食堂が満たされていた。
「父上、これはどういう状況なのです?」
ジョサイア王子が眉を顰める。非常事態である事を察したのだろう。寝室に呼ばれた時と違い、食堂に現れた時には腰に杖を吊るしてきている。
「そなたらも寝室で目にしたであろう。屋敷に侵入を試みた慮外者の持っていた代物だ。屋敷に詰めていた者に撃退されて、今は船着き場の方へ身柄を移しておる」
メルヴィン王は静かに答える。
はっきり言うのなら――首謀者はもう詰みかけているのだ。
タームウィルズに帰って色々調べれば証拠も出てくる。このまま帰ったら自動的に首謀者の負け。つまり何かしら言い逃れる方法か、ここから王族達を殺すかするなどして、手立てを考えないとならない場面なわけだ。
翻って俺達は、帰り道に行動の自由を奪える根拠が欲しい。仮に刺客達を拷問して吐かせても陥れるつもりだと抗弁する以上、魔法審問無しで黒である事を確定させておきたい。可能なら首謀者が複数いるかどうかも。
犯人は他に――もう1つ切り札がある。マルレーンの時の手口。魔法審問官の抱き込みや脅迫だ。
だからこそ、話の中に敢えて犯人にだけは分かる嘘を混ぜていくわけである。全てが挑発であり、釣り針であり、罠だ。
「この武器――何かの紋章が刻んであるわ」
ステファニア姫がハルパーを手に取って紋章部分をしげしげと眺める。
「デュオベリス教団の紋章だな」
向かいに座ったロイ王子が腕組みをしたまま目を閉じて補足した。
紋章そのものは、間違いなく教団のものだ。武器も連中が如何にも好んで使いそうな代物ではある。ただ――これらの武器を所持してきても、連中が使っていたのはスタンダードな直剣であったけれど。
つまりこれらの物品は偽装工作用だろう。例えば現場に残された犠牲者の死体に、これ見よがしに突き立てておくだとか。
こんな小道具まで用意して、何のためにデュオベリスの仕業に仕立てるのか。
それは邪魔になる王族を殺した後、自身が王となるにしても、暗殺事件の犯人が外聞的には必要になるからだ。
治世を敷いているメルヴィン王を弑するのならば、そこにはそれなりの動機が無くてはならない。それが例えば――デュオベリスという分かりやすい邪教徒であるなら、その動機についてあれこれと推測を巡らすまでも無いのだ。魔法審問の必要さえない。犯人役を引っ被ってもらうには非常に都合が良い。
「デュオベリス教団……そんな輩が、何故この島にいるんですか?」
ヘルフリート王子がメルヴィン王に首を傾げて尋ねる。
……ヘルフリート王子もまた、アルバート同様、こういった謀を起こせない人物だ。ローズマリーの失脚と幽閉以後、姉の派閥が瓦解してしまって、王宮内でのヘルフリート王子の立場は良くはない。
俺に詰め寄ってきたのも、留学から帰ってきたら以前と状況が違いすぎてショックを受けたからのようだし。
ここまでの準備を人知れず整えるには自身の領地や、直属の配下が必要になるだろう。王族殺しの手伝いをさせる事の見返りは王国内での重用と……十分過ぎるリターンがあるのだから、動機については分かりやすい。
ヘルフリートと同様に。普段は後宮から外に出る事のない王妃ミレーネも除外するべきだ。当のミレーネ妃はメルヴィン王の傍らに静かに控えている。表情に緊迫感はあるが、弱々しい印象はない。気丈に振る舞っているようだ。
「デュオベリス教団については……炎熱のゼヴィオンを退けた魔人殺しをヴェルドガル王国が抱えておる事に反発しているという情報を掴んでおる」
「それで、刺客を放ってきたという事かしら」
ステファニア姫は不快げに眉を顰めてハルパーをテーブルの上に置く。
「いや、待ってくれ。連中が刺客を送ってくるというところまでは良しとしよう。だが、この島に? 私達が滞在する日を狙ってか?」
「……王国内に内通者がいるな」
ジョサイア王子の言葉に、ロイ王子が答える。
「そう考えるのは、少し早いかも知れません」
そこで方向性を修正したのがアルバートだ。
「そもそも。デュオベリス教団の紋章を刻んだ武器を持っていたからと、それが偽装でないとは言えないのでは?」
「……待ってくれ、アルバート。その言葉が意味する事が分かっているのか……?」
ジョサイア王子が言葉の裏の意味に気付いて目を見開く。つまり――自身が狙われたという事と、身内が犯人である可能性が高い事を示唆している。
当然の帰結として――犯人である可能性が高いのは、ステファニア姫と、ロイ王子の両名という事になる。2人もまたそれを察して、目を丸くしていた。
「そういう可能性も、考慮すべきと言っています」
それは多分、アルバートだから言える事だろう。マルレーンと第3王妃についての話をしていると誰もが気付いて、不敬であるとその考えを窘められる者などいなかった。
「……偽装だという証拠もないだろう?」
暫くの沈黙の後で、ロイ王子が言う。
「そ、そうだわ。本当に教団だという可能性だって考えられるもの」
「その取り押さえたという者に、詳しく話を聞きたいな」
ジョサイア王子の言葉に、メルヴィン王が頷く。
「よかろう。マティウス。入って参れ」
と、呼ばれたところで俺は食堂の中に入って行き、一礼する。
「使用人のマティウスと申します」
全員の視線が集まったのが解る。
「こんな子供が、犯人を取り押さえたのか?」
「この子、確か……アルバートと一緒にいた?」
ジョサイア王子とステファニア姫が顔を見合わせる。
「マティウスは使用人ではありますが、とても剣の腕が立ちますので。護衛も兼ねて雇ったのです」
アルバートの説明が入る。俺は今、ウロボロスを持っていない。事前に腰に剣を佩いてきている。結界があって魔法が使えないのは首謀者も分かっているから、俺の正体を悟らせずに話にある程度のリアリティを持たせるため、というか。
「マティウス。詳しく話して聞かせよ」
「はい。アルバート殿下のお部屋の水差しの水が切れてしまいましたので、水を汲んでこようとしたところ、館の中に裏口から不審な者が忍び込んできたのです。その場で取り押さえて身元を検めましたところ……その武器を所持していました」
できる限りしれっとした顔で言ってみせる。
「ですが――僕は下手人は、教団の人間ではないと思います」
「何故そう思うのか?」
「ハルパーを使わず、ロングソードを使っていましたので。……それで――ええと」
そこで、言い澱む。所在なさげに言葉を詰まらせてみせた。居並ぶ連中を見渡して、不安げに俯いてみせる。
「構わん。申せ」
「犯人を……その、少々痛めつけたのですが、それで犯人が首謀者の名前を口にしたのです」
「何故今まで黙っていたのだ?」
メルヴィン王の言葉に、首を竦めてみせる。
「そ、その――恐れ多くて」
言外に、相手の身分が高いと臭わせてみせる。
「それは、誰だ?」
「ええと、その……」
「――いや、待て」
そう言って、俺の言葉を遮った者がいた。
「そもそも。その言葉が真実であるとは限らない。誰かを陥れようと下手人が出まかせを言っている可能性がある。その下手人共々、マティウスが嘘を言っていないかどうかも魔法審問で調べるべきだ」
俺が嘘を混ぜているという確信があるからか、強気な事だ。アルバートに罪を擦り付ける算段でも頭の中で組み立てたかな?
ま、教団の名前が刺客から出た時点で、ある程度は予想が付いていたんだ。
――第2王子ロイ。南方の国境付近を治め、恐らく王子や王女達の中では、最もデュオベリスに縁が深いだろう。教団が動いているという情報も彼からメルヴィン王に齎されたものだそうだ。
島に配備されている警備兵の抱き込み。或いは警備兵に息がかかった者を紛れ込ませる。その辺りの準備は……他の者にも前々から準備を進める事ができたとしても。
紋章付きのハルパーなどは……中々ロイ王子以外には準備できるものではない。
後は――ステファニア姫も関わっているかどうかが問題だったのだが……彼女は教団の紋章さえ分からなかったようだしな。
この点について、紋章を知らないと演技をする必要はないのだ。首謀者は教団に罪を被せて疑いを逸らしたいのだから。
「それは構いませんが。犯人の名前を申し上げてもよろしいですか?」
「よかろう。聞かせてくれ」
ロイ王子は余裕さえ感じる態度で、言う。
俺は――魔法通信機の画面を見ながら、そこに書かれている名前を読み上げる。
「デズモンド=バイエット。パウエル=コリガン……ええと、それから」
その名前に、ロイ王子の顔色だけが、みるみる変わっていく。
こちらも間に合った。だからこそ、ロイ王子に審問官を使わせる方向に誘導していたのだ。
恐らく敵方は王が不在になるタイミングを狙ったのだろう。
タームウィルズ側では魔法審問官の娘を誘拐しようとした曲者を取り押さえたとシーラ達から連絡が来ている。審問官の家の周囲で張り込みをさせたり家人を尾行させたりな。
網を張っていたらまんまとかかったというわけだ。だから抱き込みではなく、脅迫。ならば魔法審問官の協力を取り付けるのは簡単な話で、実行犯の本名を魔法審問で聞き出して、連絡してもらえばいい。
「――というわけです」
名前を全て読みあげて、ロイ王子にわざとらしく笑みを向けてみせる。
「お前――まさ、か」
「……ロイ?」
ロイの尋常ではない反応の仕方に、ステファニア姫が訝しげに首を傾げる。
魔法通信機の事など、ロイは知らない。誘拐の実行犯を「最初から知られている」となれば、それをどう解釈するか。知っていて踊らされていたと判断する。するしかないだろう。
「は――」
ロイの口元に、不遜な笑みが浮かぶ。
これで、目の前のハルパーにロイが手を伸ばせばそれで詰みだ。下からカドケウスが腕を串刺しにする手筈になっている。
が、ロイは降参するかのように腕を頭上に掲げる。
悪寒。その表情は、諦めた人間の浮かべるそれではない。
「来い。キャストイーター」
天井を突き破って。何かが食堂に飛び込んでくる。その正体を見極める前に、俺もウロボロスを引き寄せながらロイ王子の前に踏み込んでいった。
銀色の輝きを放つ刀身が飛来してロイの手に収まる。笑いながら目の前のステファニア姫に剣の切っ先を突き付けようと動くが――カドケウスがステファニア姫を椅子ごと後方に下がらせ、俺が机の上に滑り込むようにしてウロボロスで受けた。
ステファニア姫は無傷。そして既にカドケウスがガードする態勢に入っている。
「ちっ」
ロイは態勢を立て直す事を優先したらしい。舌打ちすると大きく後ろに飛ぶ。
恐らく――ウロボロスと似た類の魔剣だろう。キャストイーターと言ったか。この状況に持ってくるとしたら、まず魔術師対策の武器だろうな。
「……ロイ、あなた……」
ステファニア姫は言葉もない。ジョサイア王子も言葉を失っている。
「悪いな、姉上。ま、そういう事さ。資質の面でも序列の面でも遅れている俺が王になるにはってな。さすがに自分の手でってのは忍びないから、ローズマリーの奴か邪教徒辺りの手にかかった方が、とも思ったんだが」
ロイが笑う。その手には銀色に輝く魔剣。
「……何故だ?」
メルヴィン王の短い問い。ロイは笑みを浮かべたまま答える。
「戦をね――したいんですよ」
肩を竦めてそんな事を言った。ジョサイア王子はロイの言葉に何か心当たりでもあるのか、目を丸くする。
「大迷宮を擁する我が国は、昔から資源も技術も周辺の国より抜きんでている。特に南方はそれが顕著だ。容易く勝てる戦なら、どんどんやればいい。だというのにあんたらと来たら。迷宮との契約があるから治世を続けなければなどと、宝を持ち腐れている」
戦力の不均衡が戦争を引き起こす、か。
多分、教団がヴェルドガル王国と俺に敵意を持っているという情報までは本当で……実態さえ伴っていれば教団に罪を擦り付けられると考え付いたわけだ。後は敵討ちを理由に――南方への軍事介入をするといったところだろうか?
「探りを入れても父上は駄目。話をしてみた感触では、兄上や姉上が王になっても駄目なようだ。なら、俺がなればいい」
「……そんな理由で、マルレーンを――母上を」
アルバートが、怒気を滲ませた声で、言う。
初めて――アルバートの暗い感情を目にした気がする。
これまでアルバートはずっと自分の感情を殺して自制してきた。妹を守るためにと動いてきた。
そんなアルバートを一瞥してロイは歯を剥き出しにして笑う。
「あれは失敗だったな。実行させたのは俺だが、量を間違えるなんてヘマしたのは使用人だ。ま――お前の母親の仇は、俺が討っておいてやったから安心しろよ」
「お前……ッ」
……口封じをしたのも自分だと。
ロイは俺に向き直ると、笑みを消して睨み付けてくる。
「その杖――お前の正体も解ったよ」
「なら、俺が言いたい事も解るか?」
「さあな」
ロイは肩を竦めた。理由を聞かせてやる必要はないだろう。
どうせ――こいつが俺の目的に価値を見出すわけがないのだから。
言葉を交わしたところで不快になるだけだ。俺はそれ以上語らずにウロボロスを構えた。




