番外447 移送任務
「では、門については後程。国内の状況はその後、どうですか?」
「地方領主達も恭順の意を示し、デイヴィッド王子の即位とクェンティン殿下の摂政に賛同して下さいました。個々の思惑はどうあれ、現状に即した形で先王以前の体制に戻していく方針となれば地方としては歓迎ということなのでしょう。地方は制度等々で制限を受けておりましたからな」
マルブランシュ侯爵が答えてくれる。
そうだな。ベシュメルクはザナエルクの元で中央集権を強めていたから。
領主達の思惑がどうであれ、先々で地方が楽になる方向であれば歓迎しない者はいない、か。
「中央の状況も落ち着いているな。ザナエルクの派閥の魔術師達は魔法行使の力を封じられて研究の放棄等を誓約しているし、証言に応じる者も出てきている」
「何より……兵士達の士気が驚く程高いのです。規律正しく、民衆からの評判もすこぶる良いですな」
と、スティーヴンとバルソロミューが中央の状況についても教えてくれた。
「では、研究内容の漏洩や中央の治安については心配も無さそうだ、と」
「はい。兵士達については……テオドール公のお陰で間違いありません。改めて感謝を申し上げます」
クェンティンがそんな風に言った。
「いえ、こちらとしても順調なようで安心しました」
「ふふ。何もかもが順風満帆というわけではありませんが、それは我らの力で解決していかなければならないことでもあります。ですが、テオドール公が気にかけてくれているというのは嬉しい話です」
そんな、ガブリエラの言葉にパルテニアラも含めて、重鎮達も同意するように頷いていた。
ベシュメルクの立て直しについてはどうやら問題なさそうだ。
「それでは、再会を祝してという意味も込め、もう少しのんびりお話をさせてもらってから移設作業に移らせていただけたらと思います」
と、そんな風に言ってカルセドネとシトリアや、スティーヴンのところの子供達にも視線を向ける。
「そうですな。ただ移送作業だけで終わりというのも味気ないものです」
そんな風にクェンティンが言って、場の空気が少し砕けたものになる。というわけで少しの間、雑談となった。
エレナとガブリエラもお茶を飲みながら最近はどうしていたといった具合の世間話をしたり、カルセドネとシトリアも子供達に囲まれておかえり! と、声をかけられて嬉しそうに応じていた。
「移設が終わればもっと遊びに行けるんだよね」
「ええ。みんなで遊びにいきましょう」
子供達の質問に、ユーフェミアが微笑んで答えていた。まあ、そうだな。アルバートとオフィーリアの結婚式まではこれで大きな仕事も一段落するし、ガブリエラも行動に自由が利くようになる。
カルセドネとシトリアはベシュメルク以外の世界を見てもらうということでタームウィルズ側に来ているが、色々と賑やかになるのは歓迎だ。
そうしてお茶の席も和やかに過ぎていき、遊びにくる約束であるとか、不在の折でも来てもらって構わない事等も伝えたところで、移設作業をするということになった。
こちらの作業については――移送中に万一のことがあってはいけない。
グレイスの封印も解除し……装備品も整えて、完全に臨戦態勢だ。スティーヴン達もそれに加わって、ベシュメルク王城の地下区画へと降りていく。
そうして――広々とした円形広場の中央に、魔界の門は前と同じ状態でそこに留まっていた。斜めになったままで浮遊する四角い枠のようなそれは……向こう側の風景を揺らがせながらただそこにある。
「暫し待つがよい。今……移送が可能な状態にしよう。2人とも、力を貸してもらえるか? 妾に祈りの力を送ってもらうだけで良い」
「はい、陛下」
「お任せください」
パルテニアラがエレナとガブリエラに視線を向けると、二人の巫女姫は頷き、手を額の前で組んで祈りを捧げるような仕草を見せた。
パルテニアラの魔力が大きくなっていき――そうして足元にマジックサークルを展開しながら手に淡い光を宿し、広場の外周をなぞるように円を描く。
すると、広場の魔力に変化が生まれた。片眼鏡で見るといくつか弾けるような魔力反応があった。術式が解除されたようだな。
「これで門を動かせる状態となった。障壁や呪法等々も……今は発動しない。門を閉じている術式のみで……それは刻印の巫女姫が解放しなければ開かない」
エレナとガブリエラが揃って真剣な表情で頷く。
その封印こそが最も強固なものではあるらしいが、セキュリティの面から言うと、門の強奪が可能な今こそが最も脆弱な瞬間であるとも言える。
二体のゴーレムを作り出し、浮遊している門の端をゴーレムの身体に半ば埋め込むような形で支える。前後左右に上下までしっかりみんなで固め、扉の鍵を握る巫女姫達もしっかりとみんなが護衛する。足元も……カドケウスとコルリスに警戒してもらう。
「それじゃ、転移門まで向かって行こうか。シーラ、イルム。周囲の索敵と警戒を頼む。エイヴリルも、能力で周辺の警戒をしておいてもらえると助かる」
「ん。了解」
「分かったわ」
「私の能力が役に立つのなら」
と、シーラ達が各々頷いて返事をする。
「クラウディア。転移門であっちに到着したら、門の点検と人員の点呼を行うから、その後転移魔法の準備を」
「ええ。すぐに区画に飛ぶわ」
魔力反応、生命反応共に異常なし。
「それじゃ、隊列を組んだままで進んでいこう」
「はいっ……!」
俺の言葉に、殿を務めるグレイスが返事をする。上空にバロールを飛ばして高い視点から周辺を確認しつつ地下区画上階から、螺旋階段で王城の祭壇、祭壇から通路、通路から王城の中庭へと移動する。その都度斥候役の面々に不審者や怪しげな品がないか毎回確認してもらう。
中庭を通って迎賓館へ。クェンティン達が見守る中、転移門の間へと進む。
「私達は――見送りはここまでで。移送作業が終わりましたらそちらへ向かいます」
「行って参ります。作業を最後まで見届け、報告致します」
クェンティンの言葉にガブリエラが言う。
「後程連絡を入れますので、その後はタームウィルズでお会いしましょう」
「はい」
そう言って頷いて。転移門の前まで進む。門の傍らに立つパルテニアラに視線を向けると、問題ない、と頷いた。
そうして転移門が起動する。光に包まれて、そうしてそれが収まると。みんなと共に転移港に移動していた。
「門の状態はどうですか?」
人員の確認をしながらパルテニアラに尋ねる。
「問題ない。転移系の術式での強奪も想定している故、影響が出ることはない」
パルテニアラからの返答は即座であった。頼もしい事だ。
門の内側の風景の揺らぎは、水面に波紋が走る様に少し大きくなっていたが、すぐにそれも収まっていく。どうやら……大丈夫そうだな。
「門は無事だ。人員の点呼を」
「はいっ!」
アシュレイが答えて、人数、内訳が間違っていないことを確認していく。
「大丈夫です。問題ありません」
……よし。転移港は今現在、騎士団長のミルドレッド達が厳重な警戒体制を敷いてくれている。このまますぐに迷宮奥へと向かうとしよう。転移門が干渉しないよう、設備から出て中庭に移動してからクラウディアに視線を向ける。
「ええ。迷宮へ飛ぶわ」
クラウディアの足元からマジックサークルが広がり。そしてまたも転移の光に包まれる。
そうして転移した先は――浮遊要塞区画の入り口であった。これから要塞内部へと、ガブリエラに案内しながら安置しにいく、ということになる。
門の状態、人員等を確認していると、大きな魔力反応が1つ。その場に現れる。
「どうやら――無事に運んでこれたようですね」
ティエーラも顕現してきたようだ。魔界の扉移送ということで、管理者として立ち会う、ということになっていたからな。
「そうだね。ここまでは安全に運んでこれた。まだ要塞内部を通って広間に設置しに行く必要があるけど」
「場所を動かせないよう、呪法で改めて固定すれば完了となります」
「では、一緒に参りましょう」
俺とエレナの言葉にティエーラが頷き、そうしてみんなで門を中心に配置する形で守るようにしながら浮石に乗る。ピラミッド上部の縦穴入口まで行くと奥から3機のティアーズ達が出迎えに来てくれた。
では――最後まで気を抜かずに広間まで進んでいくとしよう。