番外444 要塞構想
ヘルフリート王子との方針も定まったところで、のんびりとみんなで果実やジュース、シャーベットといった品々を食べ、カードやチェスで前祝いの席を楽しむ。
ヘルフリート王子としても一人で色々動いていた時に比べて話せる相手がいるというのは心強いのか、それとも抱えている事情を打ち明けられて心配事が少なくなった為か、割と晴れやかな表情を浮かべていた。
「この球体に魔力を送れば良いのかい?」
と、養蜂球を手に取ったヘルフリート王子が尋ね、アピラシアがこくこくと頷く。
ティールやホルン、アルクスやアピラシアとはあまり接点が無かったので改めてヘルフリート王子と挨拶したりして。ティールのフリッパーやホルンの鼻と変則的な握手を交わしたりした後で、アピラシアの特性を聞いて魔力を渡すという話になったのだ。アピラシアもヘルフリート王子から魔力を貰ったりして、嬉しそうにしていた。
「ふふ、良かったですね」
グレイスから声をかけられたアピラシアは、色んな性質の魔力の方達が多くて嬉しいです、とそんな風に答えていた。
ヘルフリート王子は兄弟姉妹の中ではあまり魔法が得意な方ではないと言っていたが、それでも風魔法を得意とし、更には水と闇の魔法にも適性があるなど複数の系統に跨って術を使えるらしい。そんな中で風魔法を得意とする兄弟姉妹がいないことから、それなりに修練を積んだ、という話であった。
「風魔法が得意で水系統も、というのは良いですね。水中で活動するのに便利な魔法もありますから。必要ならその系統の術式をお教えしますが」
「本当かい!? それは嬉しいな……!」
ヘルフリート王子としては願ってもないといった様子であった。まあ、水中で暮らすのなら効率化を追求した魔道具が良いのではないかと思うのだが。そんな会話をしながらのんびりと過ごしてから、前祝いの席は一先ず解散となったのであった。
方針が定まってしまえば後は動いていくだけだ。アルバートの結婚式までに、まずは浮遊要塞区画を完成させ、魔界の扉を移送しておかなければなるまい。
そんなわけで工房に戻り、パルテニアラやエレナ、水晶板モニターの向こうのガブリエラを交えて、浮遊要塞の構想を練りながら説明していく。
「否応なく空中戦に持ち込むためには最終的な出入り口を一つとし、兵力を集中させて展開させるために空間を広く使うのが良いかと思っています。従って、要塞の最上部から浮石を使って縦穴を通ることで出入り可能な構造にする、というのが良いでしょう」
と、立体模型を見せながら説明する。例えばピラミッドの頂点に長い縦穴があって、そこから外部と内部を行き来するような感じだ。
当然、内外からの侵入者は移動のための浮石を使えないので、縦穴を何らかの手段で移動することになるわけだ。
「これは……挟撃狙いか」
と、構造を見たパルテニアラがにやりと笑った。
流石に部隊を率いての戦闘に慣れているだけある。こうした大きな一本道に兵力を集中させることで、外部に出ようとする存在も、内部に侵入しようとする存在も、どちらも最大戦力での挟撃が可能となるというわけだ。
しかもアルクスやティアーズ達は空中戦を得意としているわけだから、最も優位に立てるフィールドと言える。縦穴を突破できても外ではまだ空中戦。内部ではそこから迷路ということになる。
「要塞内部は遅延戦闘、奇襲、罠等々で徹底的に敵の消耗を狙います。ティアーズ達が現場の判断で操作し、通路の構造を変え、堂々巡りをさせたり、隠し部屋から奇襲を仕掛けたり、罠のある方向へ誘い込んだり、といった具合ですね」
以前ヴァルロスらを平原で迎え撃つ時に、砦の内部でやったことと同じことをティアーズ達にやってもらおうというわけだ。
「正式な訪問者は……そうした危険な場所を通らずに、きちんとした安全な通路を通って移動できる、というわけですか」
『構造を変えられるというのは便利ですね』
エレナとガブリエラも要塞内部の話を聞いて感心したように頷いている。
「それから、罠についてですが……出入り口の初手でまず、仕掛けを解除しないと往来が難しく、仕掛けてある事がわかりやすいものを配置します。シーラと話した上での案でもあるのですが、罠があると最初から警戒しなければならず、警告の意味を与えることができ、またそれを無視された場合でも確実な消耗を狙える、というわけですね。その後比較的難易度の低めの罠を幾つか配置して慣れたところで……本命の多重罠を配置します」
「ん。斥候仕込み」
そう言ってシーラが胸を張る。
罠を解除することでもう一つの罠が発動するといった具合だ。例えば魔法をトリガーとして発動する比較的簡単な罠に慣らしておき、警戒心や集中力を削いだ頃合いで突然多重罠のトリガーを機械式に変えて本命の罠に確実に嵌めるといった具合だな。
或いは一見仕掛けが無いように見せかけて長居する事がトリガーになる時限式の罠だとか。休憩できそうな場所そのものを罠とするわけだ。
そういったものを、ちょこちょこ出現頻度を変えつつ混ぜることで予想を立てさせず、簡単な罠、それらしき構造物にも一々警戒心を高めて当たらなければいけなくなる、という寸法だ。
具体的にどの程度の間隔で罠を仕掛けるかは、ある程度の理詰めを基準にした上で乱数表を使って偏りを持たせることで予測不可能なものにする。
ここで纏めた案は概ねウィズが記録し、具体的な構造として構築を始めている。
「……なるほどな。いや、参考になる。守りには障壁等々考えたが、こうした仕掛けによる防衛は、妾などまだまだ素人であったな」
と言いながらも、楽しそうに笑うパルテニアラである。
「これで……要塞内部の構想は概ね纏まったと言えそうですね」
後は迷宮核に伝えて、実際の区画を作るだけだ。区画を満たす魔力はパルテニアラへの祈りに応じて段々と蓄積され、呪法的な支援も更に強固なものになっていくだろう。
というわけで今後の予定などもパルテニアラ達に伝える。
アルバートとオフィーリアの新婚旅行に合わせ、ヘルフリート王子と行動を共にする、というわけだ。
前祝いの席で決まったこと等を伝えると、エレナが自分の胸のあたりに手をやり、真剣な表情で言った。
「その……私も、グロウフォニカ王国に同行しても良いでしょうか? ベシュメルク王国での一件では助けて頂いてばかりだったので、今回の件で何かお役に立てればと思うのですが」
「それは――助かるな。その場合、魔界の扉関係で問題はありますか?」
呪法でできる事というのは結構あるし、同行してもらえるのは助かる。エレナはパルテニアラから更なる呪法の指導を受けているようだしな。
そんなわけでパルテニアラに視線を向けて意見を求めると静かに頷く。
「魔界の扉を移送した後ならば、寧ろテオドール達に同行するのは良い方向に働くのではないかな? アルクスは修行中であるから、門には妾がついておる。そして妾が活動している時であれば門への異常を察知できる。必要とあらばエレナとガブリエラのいる場所にも顕現することが可能である故……何かの折には迅速な対処が可能となるであろう」
なるほど。寧ろ俺達への同行ならば推奨というわけか。そんなパルテニアラの返答にエレナが嬉しそうな表情を浮かべ、モニターの向こうのガブリエラも微笑む。
「アルクスも……本体の起動を許可すれば該当区画への直接転移もできますからね。居残りよりも同行して色々学んでもらった方がいいでしょう」
『そういうことでしたら、カルセドネちゃんとシトリアちゃんも同行して色んな物を見てもらう、というのはどうでしょう』
「スティーヴンはどう思う?」
『あの2人が行きたいと言うなら俺達は構わないぞ。広い世界を見せてやってほしい』
尋ねると、ガブリエラの護衛として近くにいたスティーヴンがモニターに顔を出す形で答えてくれた。
では――グロウフォニカ王国へのエレナ達の同行も決定だな。