番外443 海洋の王国へ向かって
「事情は分かったけれど、そうなると今の時点で明かすのは少しだけ性急かも知れないわね」
ヘルフリート王子からの説明を受けたところで、ステファニアが言った。
「って言うと?」
「王族との婚約ともなれば、相手方の事は当然、国として調べる事になるわ。あまり交流のないというか……接点を持てずにいたネレイド達との友好関係は、ヴェルドガル王国、グランティオス王国、グロウフォニカ王国、それぞれが乗り気だとしても……ヘルフリートの口から、自らの信用故に明かせない事情を抱えているという今の状況は、やや明かしにくい、ということよ」
なるほど、確かに。メルヴィン王やジョサイア王子達は理解があるから良いとしても、そうでない者に痛くもない腹を探られるのは面白くない。膏薬と理屈は何にでもつくなんて言葉もあるが、そういった輩というのはいるものだ。
仮に今見回してそうした利害関係の政敵が見当たらなくとも、後年になって掘り返してきて当時何やら怪しい動きをしていた等々の理屈で攻撃してくるという可能性はある。脇は固めておくべきだろう。
「なら、当人に事情を窺いに行き、内容に問題がないのであればそのまま協力をしてしまう、というのはどうかしら? 事情を聞かれた時でも、当人の許可があれば話せるようになるものね」
「それなら、問題ないと思う。その……皆に手間をかけさせてしまうことを除けばだけど」
クラウディアの言葉に、ヘルフリート王子がやや申し訳なさそうに言う。
「まあ……他種族との友好にも関わってくる問題だものね。わたくし達が動く分には問題はないでしょう」
ローズマリーが羽扇の向こうで目を閉じて言った。そうだな。俺に関わってくる仕事と主張することは可能だろう。
「でしたら……わたくし達の新婚旅行の行先をグロウフォニカ王国にしてしまうというのはどうでしょう? それにテオドール様達が同行し、事情を聞きに行く、と」
オフィーリアが明るい笑顔でそんな風に言った。
「ああ、いいね。グロウフォニカ王国内を飛行船で動けるかはまだ分からないけれど、利便性や安全を名目に、シリウス号でドリスコル公爵領の端まで送ってもらうことにした、とかね。それなら表向きの理由を観光って言うことにしたまま動けるし」
アルバートも笑顔でオフィーリアの言葉に頷いて提案する。そのやり取りに驚いたような顔をしたのはヘルフリート王子だ。
「いや、それは……。折角の新婚旅行なんだし、もっと気兼ねなく旅行を楽しめる方が……」
「僕達としては――元々、旅行先にドリスコル公爵領やグロウフォニカ王国も候補として考えていたからね」
「グロウフォニカ王国もすごく海が綺麗な場所だと窺っているので気になっていたのですわ。それに新婚旅行が誰かのお役に立ったのなら、ただ楽しみに行くよりも後で誇らしく感じられる気がします」
と、そんな風に顔を見合わせて頷き合うアルバートとオフィーリアである。
「なら――アル達には夫婦水入らずの旅行として楽しんできてもらって……。僕達はヘルフリート殿下と共に行動をしてお手伝いできるならする、というのはいかがでしょうか? 出る幕がないようであれば、陛下に報告する際に僕達からも補足ができますし」
「良いね」
俺の提案にアルバートが笑みを深める。マルレーンもにこにこしながらこくこくと頷いていた。まあ、護衛はいた方がいいかも知れない。アルバート達の邪魔にならない方向で考えておこう。
「それは――いや、そこまで言ってくれるなら、固辞するのは失礼か。ありがとうと、しっかり感謝の言葉を伝えておくべきだな」
ヘルフリート王子は口を開きかけたが、途中で考えを変えたのか、居住まいを正して深々と頭を下げてきた。
「ありがとう。心配してくれた事も嬉しいし、こうして力になってくれるというのも心強いよ」
「僕達としても、ヘルフリート殿下のお話を聞いて安心しました」
「そうですね。ネレイド達の事情は分かりませんが、どうも悪いお話ではなさそうですし」
「何だか調べ物をしたり、大変そうではありますが」
俺の言葉に、グレイスとアシュレイがそんな風に言って顔を見合わせて頷いたりしていた。
「ネレイド達とも仲良くなれると嬉しいわね」
「ん。見た目とかマーメイドやセイレーン達との違いも、気になる」
そんなイルムヒルトやシーラの言葉にみんなして盛り上がっていたりするが。
「んー。一番の違いは……マーメイドやセイレーン達とは違って、魚の足の部分にも鱗がない事、かな?」
と、ヘルフリート王子がネレイドについて説明してくれる。
「想像すると、イルカやシャチのような感じ……でしょうか」
「イルカは……近いかも知れないね」
なるほど。まあ、ともあれ話もまとまって良かったと思う。となると、他に確認しておくべき事としては――。
「その方の安全については大丈夫ですか?」
「ああ。それは大丈夫だと思う。僕の調べ物が終わるまでヴェルドガルの公館に滞在しているし、それに――」
ヘルフリート王子は懐から、桜色をした綺麗な色合いの二枚貝の片割れを取り出す。何やら……不思議な魔力を感じる品だが。
「貝型の魔道具、と言っていいのかな。これを使って魔法で絆を結ぶと、お互いの持ち主の無事とか、居場所が感じられるんだ。もし何か不測の事態で危険を感じるような事があったら、東の海に逃げてドリスコル公爵領に逃げ込めば比較的安全に落ち合える……とか、そういう打ち合わせも一応している。テオドール公の危機管理方法は見習うべきかなって思ったからね。公館も海から近いし」
……なるほど。うん。それは安心かな。俺を見習ってという部分には若干苦笑が漏れてしまうが。ともかく、そのネレイドもヘルフリート王子をかなり信頼しているというのが分かった。そうした品を預けるというのは信頼あってこそだろう。
「では、お話としてはこんなところでしょうか。今後の方針も纏まりましたし」
「そうだね。今の時点ではまだ事情を話せない事もあるけれど。調べ物も……手伝って貰えれば捗りそうだけど、ああいった手前、僕一人で頑張るよ」
ヘルフリート王子はそう言ってやる気に満ちたような表情を浮かべている。
「では、決まりですね。前祝いの続きといきましょうか。今度は、ヘルフリート殿下の前途も祝してということで」
というと、みんなも頷く。
「ああ。前祝いと言えばアルバート殿下やエリオット卿が拾ってきた、貝殻や珊瑚を使って装飾品を作ったのですが、その方にも何かお土産をというのはどうでしょうか?」
「貝殻や珊瑚は見慣れているかも知れませんから、逆に陸上の物を使って、というのも良いかも知れませんね」
「陸上の物……何が良いんですかね? 海中に持って行っても大丈夫なものが良いですよね?」
と、ビオラとエルハーム姫が良い事を思いついた、という感じでそんな風に提案すると、コマチも笑顔で応じていた。
「ああ。綺麗だな。小物や装飾品かぁ……」
オフィーリアに送られた品々を目にして、ヘルフリート王子としても興味がありそうな様子だ。
みんな乗り気な様子で、どうせならヘルフリート王子とそのネレイドとの仲が深まるような、そんな装飾品であるとかが良いのではないかといった話で盛り上がる。
「耐水の魔法をかけることはできるよ。鉄でも錆びないように、みたいな」
「それなら色々選択の幅も広がりそうだね。魔道具化して実用性のある装飾品にしてもいいし」
と、俺の言葉にアルバートが楽しそうに頷くのであった。