番外441 姉弟の絆
さて。ヘルフリート王子がまだ動きを見せていない現状、メルヴィン王に対しても諸々秘密にしているはずだ。だから王城に俺達が遊びに行くのだとしてもヘルフリート王子の事で動いているわけではない、という口実が必要だ。
そこでアルバートが協力してくれる、というわけだ。
アルバートとオフィーリアの結婚式の準備が大体終わったということで、工房関係者と共に迎賓館に集まって前祝いというかお茶会でも、という話になっている。
アルフレッドではなくアルバートとの繋がりを王城で見せておくという意味合いもあるが……まあ、みんなでお祝いしようという部分も勿論嘘ではない。どれが建前でどれが目的というわけでもなく、どちらも並行してこなしてしまおうという話をして笑い合ったりしていたが。
「や、いらっしゃい、テオ君」
「お待ちしておりましたわ」
そんなわけで少し準備をしてからみんなと共に王城の迎賓館に向かうと、アルバートとオフィーリアが笑顔で出迎えてくれた。
収穫した果実を持って来たりしているので、それを味わったりして過ごそうというわけだ。
「ああ、お待たせ」
「うん。ヘルフリート兄上は、もう少ししたら来るってさ。前祝いなら顔を出すから先に始めていて構わないって。ジョサイア兄上は転移門でドリスコル公爵領へ出かけているから不在で、父上は年代の近い者同士の方が肩の力を抜けるだろうからって笑って固辞なさっていた。だから、とりあえずテオ君や工房関係者での前祝いっていう名目に一応なってる」
なるほど。アルバートの調整は完璧と言っていいのかも知れない。では、みんなでのんびりとさせてもらうか。
「そっか。じゃあ……先に今回の仕事のお土産を二人に渡しておこうかな」
と、貴賓室のソファに腰を落ち着けつつ、新区画用に作った水晶の造花をアルバート達に渡す。ちょっとした光魔法が魔石に組み込んであり、起動させると間接照明になるというわけだ。
「これはまた、綺麗だね」
「扉を安置する場所にこれを装飾として作るから、そこまでいかないと見られない……予定」
「それじゃ、随分な貴重品だ」
俺の言葉に、アルバートも楽しそうに笑う。まあ、人工物ではあるのだけれど。
「あたし達も用意してきました。用意してきたというか、アルバート殿下にご用意してもらったものなのですが」
と、ビオラが微笑む。前祝いの贈り物ということで俺やビオラ、エルハーム姫やコマチ達で色々持ってきているのだ。
ビオラ達が小さな木箱を開けると、中には前に見た珊瑚やら貝殻を加工したアクセサリーが収まっていた。デボニス大公領南方の港町で、アルバート達が集めていた貝殻や珊瑚だな。
折角だし自分達が加工する、とビオラ達が息巻いていたが、どうやら無事完成したらしい。単純な髪飾りやネックレスばかりでなく、小物入れの装飾として小さな海を再現したようなものもあったりして。
「こちらも素敵ですわね」
と、オフィーリアがにっこりと笑う。そうだな。それぞれの貝殻や珊瑚の形、色合いを活かしつつ……全体的な意匠も上品な印象がある。
「そう言って貰えると嬉しいな。実は僕が選んで拾ってきたんだ。少し加工すれば、いいお土産になるかなって思ってね」
「そうだったのですか……! それは……ありがとうございます、アルバート様!」
「喜んで貰えて良かった」
そんなやり取りを交わして笑みを向けあう二人である。その様子にマルレーンもにこにことしている。相変わらず関係良好のようでなによりだ。
貝殻と珊瑚もアルバートがオフィーリアへのお土産に、と選んで拾ってきたという背景があるだけに、ビオラ達もきっちりと仕上げてきたらしい。
「ちなみにエリオット様から預かった品も加工が終わっていますよ」
「それじゃあ、エリオット兄様には後で連絡を取っておきますね」
コマチの言葉にアシュレイがそう言って微笑んだ。アルバートはエリオットと共に海岸付近の探索に行っていたからな。
工房組はエリオットの拾ってきた貝殻や珊瑚についてもよければ加工すると申し出ていたそうで。完成品はカミラへの贈り物になる、というわけだ。
そうして桃やパイナップル、バナナといった果物類を食べたり、シャーベットにしたものや果汁を絞ったジュースやらを飲みながら談笑する、といった具合だ。
そうやって過ごしているとヘルフリート王子がやってきた。
「いや、遅れてすまない。少し調べ物をしていて、忘れないうちに纏めておきたい事があったんだ」
「やあ、兄上。まだまだ始まったばかりだから大丈夫だよ」
というわけでヘルフリート王子を貴賓室に迎える。
「――甘くて美味しいな、これ」
よく冷えた桃を何気なくフォークで口に運んで、ヘルフリート王子は少し時間差を置いて驚いたような表情を浮かべていた。やはり、少し考え事をしていたという印象があるな。
「東国の面々に頂いた果実ですよ」
「道理で知らない果実なわけだ。香りも良いなあ」
と、ヘルフリート王子は感心したように頷きながらもぐもぐとやっていた。
そうしてヘルフリート王子を交えて談笑を続ける。アルバートとオフィーリアの結婚の前祝いなので、当然話題は馴れ初めであるとか、結婚の準備や連絡などの根回しだとか、今回送った祝いの品だとか、そういう方向になるわけだ。
「後でアルバート殿下をどう思うと、父に聞かれまして。優しいのに行動力もあって……話していて楽しいと答えたら後はとんとん拍子に話が進んでいましたわ」
そんなオフィーリアの話題に、真剣に耳を傾けて思案している印象のヘルフリート王子である。
ローズマリーが予想して答え合わせが済んでいるから、言われてみれば一つ一つの細かい所作から心理的な動きが分かってしまうところはあるな。ローズマリーとしては肉親としてもっと細かい部分からあたりをつけたのだろうから、ヘルフリート王子に王族として隙がある、という程ではないのだけれど。
「ねえ、ヘルフリート? お前は、少し悩んでいる事があるのではないかしら?」
ふと話題が途切れたところで、ローズマリーが言う。意趣返しとは言っていたが、茶化すような雰囲気はなく、ローズマリーも真剣な雰囲気ではある。
「いや、それは……」
ヘルフリート王子は一瞬固まる。
「別に、お前が慎重になるのは悪いことではないわね。わたくしの予想が正しければ、の話ではあるのだけれど、熟考するのは好ましいことでもある。ただ、父上はそれほど度量の小さい方でもない……とも、わたくしは思うのだけれどね。もしもお前がそこで踏ん切りがつかないのであるなら、わたくしとしてはいつぞやの意趣返しをしないと、と思ったのよね。自分一人で考える心がけは立派だけれど、結論が出ないのなら、相談するという手もあるでしょう。勿論、お前が望むのなら、の話ではあるけれど」
そう言って肩を竦めるローズマリーである。ヘルフリート王子はその言葉に驚いたような表情を浮かべて、それから少し苦笑して頭を掻いた。
「ああ。これでも少しは成長したつもりではあるんだけどな。隠し事ができない性質なんだな、僕は」
「前よりは大分良くなってはいるわ。自分だけでなく、周囲の者もそれで助けられる事もあるのだから、精進なさいな」
そんなローズマリーの言葉に、ヘルフリート王子は真剣な表情で頷く。
「そう、だね。多分、姉上が予想している通り、だと思う。こうして前祝いにお邪魔させてもらったのも、僕の参考にもなる話が聞けるかなって思った部分もあるんだ」
「それはつまり……」
「うん。結婚、を考えている人がいる」
俺が尋ねると、ヘルフリート王子ははっきりと口に出して頷いた。少し気恥ずかしかった様子ではあるが、口にしてからは吹っ切れたように表情に迷いがない。それから言葉を続ける。
「別に秘密にしていたわけでも父上を信頼していなかった、っていうわけでもないんだ。ただ、父上に対して相談を持ちかけてしまったら話も前に進んでしまうから。相手もいる話だけに、そうする前に他の要素で悪い事が起こらないかとか、本当に大丈夫かとか、色々考えておこうと思ったんだ」
「そうであるなら……お前を侮っていたのはわたくしの方かも知れないわね」
「いや、決断が遅いっていう自覚はあるよ。姉上に心配をかけさせないぐらいにはなりたいね」
「別に心配とは言っていないわ」
と、羽扇で口元を隠すローズマリーである。そんな姉弟のやり取りにグレイス達は微笑ましそうに笑みを浮かべ、ローズマリーは更に広い部分を羽扇で隠すのであった。